240 新人ローテーション研修 攻略サポート編14
「これから行くダンジョンのある世界の冒険者は、まぁ、考え無しが多い方ですかね」
雑な採点を終えてから、カワセミは淡々と総評パートに入る。
「どういう感じかと言うと、そこらの農村でゴブリンを追い払った経験がある農夫の子供なんかが、色々あって冒険者になるような世界なんですけど、その成功体験があるせいか、ゴブリンとかウルフとかのモンスターを舐めがちなんです」
その辺の農夫に代表されるような一般人の強さと、その辺をウロウロしているモンスターの強さは世界によってさまざまだ。
子供でもゴブリンくらいは追い払える、という世界もあれば、大人が寄ってたかってゴブリンに挑んでも被害を出すくらいの世界もある。
その点で言うと、今回の世界は比較的人間が強めの世界だろうか。
ただ、そういう世界だと起きがちなのが、昔野良で戦ったけど楽勝だったから大丈夫、くらいの感覚でダンジョンに突入する初心者という構図である。
あえて当たり前のことを言うが、ダンジョンとその辺のフィールドは違う。
その辺のフィールドで出てくるゴブリンの強さに関しては、こちらの関知するところではないし、ダンジョンで出てくる魔物だろうと、Solomonとしては個体の強さくらいしか関わらない。
だが、ダンジョンにはダンジョンの管理者が存在する。
管理者のさじ加減で、ゴブリンは強敵にも雑魚にもなりうる。
群を組まずに適当に探索させて、見つけた冒険者に襲い掛かる、くらいの行動傾向であれば、それは野良で出て来たのとそう変わらないだろう。
だが、常に複数で行動し、冒険者を見つけたら群の長にまで報告に戻る、くらいの社会的な傾向を与えていたら、初心者ではひとたまりもないだろう。
モンスターの厄介さとは、決して個体の強さだけではない。
仲間の数、知能、特殊能力もろもろ、どれか一つでもその工夫が冒険者を上回れば勝利の天秤は簡単にひっくり返るのである。
「というわけなんですけど、今回の依頼主的には、舐めた装備の初心者は追い払いつつ、しっかり考えられるようになったら攻略できる、くらいのバランスが理想とのことですね」
それはまた、随分と難しい調整を依頼しているな、とドラ子は思った。
理想はそうだろう。
誰でも──それこそ子供でも攻略できるような初心者向けダンジョンというのは、本来存在することがおかしい。
ダンジョンを経営する管理者がダンジョンに求めているものはマチマチだが、大抵の管理者はダンジョンの中で倒れる冒険者の何かを欲しているものだ。
……いや、本当に、なんかそういうダンジョンらしいダンジョンのお問い合わせを受けた経験が数えるほどしかない気はするが、本来はそういうものなのだ。
決して、スーパー作るとか、駅作るとか、世界作るとか、面接するとか、そういう用途に使われる為の術式ではないのだ。
だが、冒険者を殺してどうにかしたいと管理者が考えたとて、ただひたすら強いモンスターを配置して、誰にも攻略できない、なんてダンジョンは論外。
冒険者も人間だから、なんの利益も無いダンジョンに入ることはまずない。
ましてや、入った人間が一人残らず死ぬようなダンジョンならなおさらだ。
では翻って、入った人間全員が攻略できるダンジョンはどうなのか。
単純に、こちらはダンジョン管理者の利益がない。
少なくとも、ダンジョンを運営する上でのリソースは出て行くばかりだろう。
だから、ダンジョンにはバランスが大事なのだ。
初心者向けなら、初心者が丁度戦えて、適度に倒れて、それでいて初心者にとってはありがたい報酬が出る。
そのさじ加減が難しいのだ。
報酬が不味すぎれば人はこない、美味しすぎれば中級者以上の人間に荒らされる。
だから、初心者向けダンジョンは、正しく初心者向けに作らなければならない。
そういう意味で、顧客の要求はまさにそのピンポイントを突くものだ。
初心者を狙う上で、しっかりとそのレベル帯の中でも優劣を付ける。
考え無しはクリアできず、しっかり考えられるようになればクリアできる。
もし、調整が上手く行けば、報酬次第ではその周辺の初心者をまとめて集客できるかもしれない。
「じゃあ、私達はその世界の考え無しの死にたがりに合わせて、装備を再考する感じですか?」
「ど、ドラ子さんストレートすぎます」
ドラ子の歯に衣着せぬもの言いに、ちょっとだけマイマイが笑った。
その隣で、ビッグ天丼がぼそりと言う。
「いや、お前もその考え無しと同レベルだっただろ」
「ああ?」
「そ、そうやって脅しでなんとかなると思うなよ!」
と口では威勢のいいことを言いつつ、ビッグ天丼は大袈裟に三歩くらいドラ子と距離を取った。
そんなビッグ天丼に、ドラ子はゆらりゆらりと近づくが、途中でメガネに頭を掴まれる。
「やめろ考え無しの死にたがり、喧嘩するならダンジョンでやれ。そっちの方がより初心者に近づいて検証が進む」
「なるほど?」
いまいち釈然としないドラ子だったが、言われた事は自分なりに解釈する。
「つまり、ダンジョンの中でなら、うっかり喧嘩して殺してしまっても、セーフ」
「そうだな」
「そうではないだろう!?」
ビッグ天丼君が物騒なやり取りに突っ込みをいれたあたりで、流れを傍観していたカワセミが声をかける。
「はいはい。じゃれ合うのはそこまでです。それでドラ子ちゃんの質問ですが──いえ、装備はこのままで良いでしょう」
カワセミの言葉に、一同は自分たちの服を見直す。
ドラ子はともかく、マイマイとビッグ天丼の二人は、それなりに考えられた服装のはずだ。
それだと、その世界の初心者の定義からは少しずれるのでは、と思ったが。
「そのダンジョンをちゃんと適正にクリアできるくらいの装備が、こういう検証には一番向いてるんですよ。ようは『その装備がなければ死んでいた』というのが分かれば良いんですから。逆に言えば、そこまで考えているのにあっさり死んだとしたら『難易度が高過ぎる』という可能性が浮かんできます。なので、初心者の装備を考えては貰いましたが、今回はそのままで問題無いです」
「なるほど」
「まぁ、ドラ子ちゃんがどうしてもって言うなら、死に戻り前提で全員メガネ先輩みたいな私服チャレンジでも良いですが」
「いえ、私は遠慮しておきます」
ドラ子にとって、正直一度や二度の死など、鼻毛を抜く程度の痛みにもならない。
だが、だからといって無意味に鼻毛を抜く趣味は無い。
そんな趣味をもっているのは、ビッグ天丼だけで十分だと思った。
「まぁ、そうは言っても慣れてない皆さんが慣れてない役割をする以上、一回や二回は全滅すると思いますが、それはそれということで」
「まぁ、本来はそういうサポートですもんね」
「はい。だから、死にたくなくていきなり覚醒とか言って持ち込んだ魔道具を使って無理やり突破するとか本当にあの連中は」
またカワセミが怒りの力でトリップし始めたので、ドラ子達はそんな彼女を生暖かい目で見守った。
今日のカワセミは、いつにもまして感情を抑え込む蓋がゆるそうだった。
少しして、カワセミは正気に戻ると、コホンと恥ずかしそうに咳払いして続けた。
「失礼しました。というわけで、何回か全滅する想定ではあるんですけど、そのあたりは心配ないですよね? 念の為、アバター再生成式の限定ダンジョンでも、絶対に死にたくないという宗教の方はいますか?」
このあたりは、一応デリケートな問題ではある。
現代社会では、限定ダンジョンでの死亡と蘇生に関して異議を申し立てる人はほぼ存在しないが、まったくのゼロとは言い切れない。
そんな奴がダンジョン管理術式の会社に入るか? という前提は置いておいて確認は大事だった。
「魔王城で何回か遊んだことはあるので問題無いです」
「右に同じく」
マイマイとビッグ天丼は揃ってそう答える。
カワセミ、ドラ子、メガネに関しても言わずもがなだ。
ただ。
「あのカワセミ先輩。その件で一つ質問が」
「はい。なんでしょう」
と、ダンジョン内で死ぬ事は問題無いと確認を終えたところで、ドラ子が静々と言う。
「えっと、私ってドラゴンじゃないですか? たとえステータスを貧弱な人間風情のところまで落とした所で、特殊能力は残ると言いますか」
「うん?」
「間違ってその場で復活しちゃったら、どうします?」
「あー」
カワセミの脳裏に、ドラ子と一緒に基本ダンジョン攻略技術者試験を一緒に受けたときの記憶が甦った。
ドラ子は確かに、やろうと思えば、死んでもそのままその場所で復活できる能力を持っているのだ。
一応、最初に設定した場所で蘇生することも可能な筈だが、ドラ子のことだからうっかりそれに抵抗して、一人ポツンとその場で蘇生する可能性も否めなかった。
ただ、それに対する簡単な解決法はある。
「その時はもう一回死んでくれます?」
「笑顔でなんてこと言うんですか先輩」
蘇生に失敗したらもう一度死んでやり直す。
実にシンプルかつ、ドラ子の笑顔が引き攣る回答であった。
「というわけで、準備を終えたらいよいよ研修先に向かいましょう!」
「おー!」
「はい!」
「ふん!」
と、あれやこれやと問題はあったが、概ね滞り無くドラ子たち新人一同は、今回の攻略サポートの研修へと向かうのであった。
大変遅れて申し訳ありません。
ちょっと色々理由はあったのですが、もうこんなに遅れないと思います……
ようやっと研修先へゴー!
「なあカワセミ。俺ももしかしたら、うっかりその場で蘇生するかもしれないんだけど」
「ええ……先輩は、しれっと転移で戻って来てください」
「はい」




