238 新人ローテーション研修 攻略サポート編12
役割を決めた後は、いよいよ研修スタート。
の前に、装備をレンタルするところから始まる。
ドラ子達は、攻略サポート部用の備品──特に装備品が集められている倉庫に移動して、カワセミの説明を受けていた。
「基本的に、攻略サポートでは、顧客の要望にあった装備であることが推奨されています。これはわざわざ説明しなくても分かりますよね?」
カワセミの問いかけに一同が頷いた。
それでも念の為説明すれば、先程のステータス調整と似たような話だ。
この世界では装備だけで戦闘能力は決まらない。
しかし、良い装備であればそれだけ、戦闘能力が増えるというのは当然の話だ。
初心者には初心者に相応しい装備、ベテランにはベテランに相応しい装備というものがある。
さらに言えば、装備のランク帯以外にも、個々人にあった装備というのも存在するわけだが、その点に関して今は考えなくても良い。
そもそも、個々人にあった役割をしていないので今更だ。
攻略サポートの仕事では、先方で装備が用意されていたり、特定の装備の指定があったりした場合を除き、設定に相応しいレベルの装備を用意していくのが推奨される。
そして、そんな装備をいちいち自前で用意していてはキリがないので、こうしてレンタル用の装備が、備品として備わっているわけである。
まぁ、魔力形成すればSolomonで作り出すことが出来る程度のランクの装備を、こうやって保管しておく意味があるのかについては謎だが。特に予算的に。
「あれ、でも。攻略サポート部は、レンタルじゃなくて自前の装備を使う事も多い、みたいなことを聞いたような」
説明を聞いていたドラ子が、ふと思い出したように言った。
いつだったか、攻略サポート部の備品でパンパンになった倉庫の、整理をしたときがあった。
その時、そこにあるのは攻略サポート部で更新された装備であり、まだ使えそうなのが捨てもせずに取ってある、みたいな話をメガネに聞いた。
ドラ子はそれに大層ご立腹だったわけだが、その時にちらっと補足されたのだ。
「攻略サポート部の面々は『レンタル装備とかだっせーよな』みたいなノリで、顧客の要望を無視して自前の装備持ち込む、みたいな」
「…………」
ドラ子の疑問に、カワセミは曖昧な表情で沈黙していた。
研修中の都合上、その行為に肯定は返せないのだが、否定を返す訳にもいかない、という複雑な心境が読み取れるような顔であった。
この部署大丈夫かな、と新人達は思った。
「とにかく、今回は『初心者でもなんとかお金をかき集めたら買えそうな装備』のイメージでいきましょうか」
カワセミは、なかったことにして話を進めた。
「皆さんが、そういう要望を受けたとしたら、どう装備を選びますか? まずは考えてみて下さい」
みんなも空気を読んでそれに続く。
装備の選び方、と言われて新人達は悩んだ。
まず、最初にマイマイが疑問を口にする。
「初心者でも買えそうな装備ってどんなものでしょうか?」
新人達はこの世界で生まれ育ったので、一般的な初心者冒険者のイメージがなかった。
せいぜい、魔王城とかゲームとかの知識がある程度だ。
「とりあえず、初心者用っぽい装備を備品からリストアップしてみて、暫定で予算を決めて、許される範囲で装備をセットアップして考えてみるとか?」
ビッグワーム天丼が、思いついたことを口にする。
それに反したのはドラ子だった。
「まず、初心者の予算ってどんなもんか分からないと、暫定でも決めようもないんじゃないのそれ」
「それは……確かに」
そもそも、初心者と一口に言ってもその背景はまるで違う。
その冒険初心者がどういう出生で、どういう人生を辿った上で冒険者になったのか、というのは初期装備に大きく関わってくる問題だ。
例を挙げるなら、極貧の寒村から口減らしのように追い出されて、その日食うのにも困るような状態で冒険者になった人間と、市井の生活を見るためくらいの道楽に近い理由で冒険者登録した貴族の子供では、その装備に大きな違いがあるのは明白である。
さらに言えば、世界そのものの世界観でも変わってくるだろう。
かたやダンジョンで、装備がいくらでもドロップし、安い装備が投げ売りされている世界。
かたやダンジョンに挑む為の装備一つを作る為に、素材集めから始まって、金策して、職人を捜して、という行程が必要な世界。
その二つを比べて、装備の値段が同じなわけがない。
前者なら、ダンジョンが落とす初心者用装備はお小遣いみたいな金額で揃うかもしれないが、後者であればロングソード一本まともに買うのも難しいだろう。
そのあたりの設定を決めずして、装備を適当に選ぶのもどうだろうか。
新人達は、少しの話し合いでそういう結論に至った。
「カワセミ先輩。初心者用装備を組めと言われても難しいんですけど」
結果として、新人達は自分たちだけで答えを出す前に、カワセミへと投げ返した。
言われたカワセミは、うんうん、と頷く。
「はい。皆さんが今考えたように、一口に初心者用装備と言っても、人間の立場や世界観で、それらは大きく変わってきます。だから、可能であれば顧客側に用意してもらいたいのですが、そうそう上手くはいきません。なので──」
なので、で言葉を切ったカワセミは、先程、研修の説明をする時に用意していた資料から一つを引っ張り出す。
「──顧客の世界での、冒険者のデータや世界のレベルを参考にして、サクサクと決めるのが一番です。これがその資料ですね」
その資料には、今回の研修先のダンジョンがある世界の、冒険者達の統計情報が記載されていた。
この情報は、主にSolomonが提携しているギルドカードなどのデータを、収拾したものになる。
攻略サポートの依頼の際には、可能であればSolomonが収拾している、こういった冒険者のデータを添付するようにお願いしているのだ。
そこにあるのは、冒険者歴と装備の相関関係のデータや、平均的な冒険者の装備のレベルなど、恐らくその世界に魔王が居たら喉から手が出る程欲しがるような情報であった。
「あの先輩。それってカンニング……」
考えてみましょう、と言っておいて、答えはこれです、と出されたかのような統計情報に思わずドラ子が呟く。
それさえあれば、活動歴の短い冒険者のデータを適当に真似すればいいだけである。
「ドラ子ちゃんは、お仕事において一番重要なことはなんだと思いますか?」
「給料です」
「うーん、それは割り切り過ぎかなぁ」
ちょっと諭すつもりで話し始めたら、想定外の答えが返って来て困惑するカワセミ。
だが、まぁ、この場の正解が返って来なかったということで、気を取り直して話を続けた。
「給料という観点はよしとして、でもそれを稼ぐためにどれだけの時間がかかるのか、という話もありますよね」
「まぁ、残業モリモリでお金だけ稼いでもって話ですよね」
「そうです。なので、こと攻略サポートにおいてはですね」
一拍置いて、にこりとした笑顔でカワセミは言った。
「使えるものはなんでも使うんです。労力を最小限に。そしてかける時間は最短に。それでいて最高のパフォーマンスを。これを目指して行くんです」
「い、意識高い……」
会社の暗部とでも言うべき、攻略サポートとは思えぬほど立派な考えであった。
だが、カワセミはそのニコリとした笑顔のまま、目のハイライトだけ落として続ける。
「そうしないと、どこぞの馬鹿共が要らん世話をかけさせてくるので、馬鹿が入り込む余地もないほど、迅速に完璧にプランを組んで行動を起こすのが大切なんですよ。それなのにあいつらは、こっちの考えつかないようなトラブルばかりを──」
「カワセミ、ステイ、ステイ。新人達が怯えてるから」
「はっ。な、なんでもないですよぉ」
メガネの声かけで正気に戻るカワセミ。
その様子を見た新人達は『やっぱり攻略サポート部ってやばいんじゃん』という認識を新たにしたのだった。
そのにっこり笑顔が優しげに見える人員は、ここにはもう残っていなかった。
「とはいえ、これは研修ですし、答えが無い場合もあります。なので今回は、一度自分たちで考えて選んでみてください。聞かれたら必要な情報はこちらからお伝えしますので」
気を取り直して、という風情で研修を再開したカワセミに、新人一同は口をそろえて「はい」と答えるのだった。
準備が終わらない攻略サポート編……
 




