237 新人ローテーション研修 攻略サポート編11
「あと、各々の役割もこの時点で決めてしまいましょうか。前衛後衛など」
カワセミは相変わらず、何事もなかったかのように話を進める。
「とりあえず、皆さんの傾向を元にこちらである程度枠組みを作ってあるので、そちらでお願いする形で良いでしょうか?」
「「お任せします」」
基本的に、この場に居る攻略サポートの人間はカワセミだけである。
カワセミの指示に従うことに関して否がある人はいない。
「では、まずマイマイちゃんから」
「え、私ですか」
マイマイはいきなりの指名に少し固まる。
彼女だけは、自己紹介の時に自分の得意なポジションのようなものを口にしていなかった。
だから、どちらかと言えば自分は、空いているポジションに入るものだと思っていた。
だが、カワセミは最初にマイマイの役割を指示した。
「マイマイちゃんは、初心者パーティのタンクです。敵の攻撃を引きつけ、後ろに通さないように位置取りを気をつけながら戦ってくださいね」
「わ、わたしがタンクですか!?」
タンクという役割については知っていた。
前衛の中でも、特に相手の攻撃を引きつけるという役割を持つもの。
要するに、パーティ全体の盾役だ。
ゲームではヘイト──相手の敵意を一身に集めるだけでその役割が全うできるが、現実的には、相手の攻撃を通さない位置取りだとか、敵の攻撃の妨害だとかで何かと忙しいポジションでもある。
その上で重装備を身に纏うのが一般的な、マッシブな役割であり、マイマイのイメージとは真逆だった。
「次に天丼くん。君は、マイマイちゃんの隣でソードマンをお願いします」
「僕も前衛!? あれ? 言いましたよね? 後衛かヒーラーが得意って」
「はい、聞いてますよ。だからバリバリの前衛で剣士してくださいね」
「?????」
ビッグ天丼は、言葉が通じているのに会話が通じていないような、不思議な感覚に戸惑いを隠せなかった。
ソードマン──剣士とはタンクとは真逆の役割。自身の手で敵を切り裂き、戦況を開いて行くような、バリバリのアタッカーである。
後衛からサポート射撃をしたり、支援をしたりする役割とは真逆に近い。
敵の攻撃に晒される危険と隣り合わせで戦う役割で、天丼が戸惑うのは当然であった。
カワセミは、そんな反応も想定通りと言うように、続いて指名していく。
「じゃあ次にドラ子ちゃんですが」
「な、なんでしょう」
「ドラ子ちゃんは、ヒーラーをお願いしますね」
「……はい」
ドラ子が身構えたところで、カワセミはにっこりと告げた。
ドラ子は、何も言わずにただただ頷いた。
言わなくても分かるかもしれないが、ドラ子の性格傾向は、攻撃一辺倒である。
回復なぞ、自然治癒でどうとでもなると思っているし、最悪死んでも復活すれば良いと思っているので、他人をサポートし回復も行うヒーラーという役割を、自分がやろうと思ったことなど、本当に人生で一度もあったか怪しい。
「ちなみに、ヒーラーは全体を俯瞰的に見てパーティを指示する役割を兼任することが多いです。タンクへの位置取りの指示とかですね。今回は私がやるつもりですが、もし行けそうだったら、お願いするかもしれません」
「う、うっす」
ただでさえヒーラーなんぞやろうと思った事もないのに、そのうえ全体の指揮とか言われたら頭がこんがらがること間違い無しである。
ただ、ドラ子の体育会系な部分が、先輩からの指示に逆らうことを許さなかった。
やれと言われたら、やるだけである。
「それでメガネ先輩ですが……」
「荷物持ちとかその辺だろ」
「あ、はい」
そしてそんなドラ子を置いて、メガネは荷物持ちに就任していた。
カワセミはそのあと、言いにくそうに続ける。
「それもただの荷物持ちじゃなくて、できれば『ダンジョンになんか行きたくなかったのに、仲間達の誘いを断り切れずに行く事になった、気弱で逃げ腰で、いざという時にも勇気なんて出せない感じの荷物持ち』でお願いします」
「徹底的に何もするなってことだけは分かったよ」
メガネの役職にだけ注文が多かった。
それでいて、後は察せとでも言うようにアドリブに任せる指示だった。
「というか、それはもはや、居ても居なくても変わらない存在なのでは?」
端で聞いていたドラ子は、思った事をうっかり口にする。
メガネはドラ子に補足した。
「居ても居なくても変わらないわけじゃないぞ。要所要所で的確に周りの足を引っ張る言動をする荷物持ちだ。ことあるごとに荷物が重くて動けないとか弱音吐いたり、敵から隠れているタイミングでうっかり足音を立てたりするぞ」
「なんで邪魔するんですか!?」
「そういう役割だからだよ」
ドラ子のツッコミをメガネは淡々と流した。
そして涼しい顔で、メガネはカワセミに続きを促す。
「それでカワセミ自身の役割は?」
「私は魔術師役やります。ただし、使える魔法は四発だけで、使い切ったら何もできない──ので、魔法を使うタイミングはドラ子ちゃんにお任せしましょうか」
「私ですか? さっき指示だしはカワセミ先輩がするって」
「はい。なので指示だしに集中しているため、自分の役割を忘れているという設定です」
あっけらかんとカワセミが言い、部屋に沈黙が満ちる。
というか、ここまで言えば全員がなんとなく、カワセミの狙いが分かっていた。
相手の攻撃をまともに止められなさそうなタンク。
自分で前に出ることに慣れていないソードマン。
味方を回復した経験に乏しいヒーラー。
自分の魔法の使いどころを知らないガス欠ソーサラー。
そして自身こそが最大の荷物である荷物持ち。
全員が全員、およそダンジョンを舐めているとしか思えない役回りである。
そしてそれが『初心者』としてダンジョンに挑むということなのだろう。
「私達は、部署は違えど全員がある程度ダンジョンに精通した、いわばダンジョンのプロです。ですが、世の冒険者は、ベテランと言われるような方々でも、私達ほどダンジョンに精通してないことがほとんどです」
これは、もはや世界観的に仕方のないことだ。
かたやダンジョンという枠組みを作り、その仕組みを知り、そしてそれを操ることを生業としているような存在。
かたや、ダンジョンがなんであるのかも知らず、ただ、あるがままに世界を受け止めて、ダンジョン攻略に精を出している人類。
もちろん、攻略するために必要な知識や経験は、管理する為に必要なそれとは異なる。
だから、全てが全て『こちら側』の方が詳しいとは言わない。
それでも、そもそもの理解度の違いは、確実に存在してしまう。
犬が夜空を見ても、そこに宇宙を見出せないのと同じように。
人類は、ダンジョンを見ても、ダンジョンを作り出している仕組みにまで理解は及ばないのだ。
そしてその事実は、ダンジョン初心者を演じる上で不都合になる。
素人なのに、知り過ぎているというアンバランスな状態が生まれるのである。
「そんな私達が、初心者の役割を演じようと思ったら、普通にステータスを調整しているだけじゃだめなんです。普段やらないような役割を演じ、注意力を散漫にしてダンジョンに挑むくらいで、丁度良いでしょう?」
今までそういう仕事でダンジョンを回って来たカワセミなら、初心者としての視点から上級者としての視点まで、立場に応じた視点で難易度を計ることができる。
だが研修に来ただけのドラ子たちでは、それは難しいだろう。
だから、あえて初心者をやるためにはそういう工夫が要る。
知っている事を今更知らないふりはできないのなら、知っていることに気付かないほど、他に頭のリソースを割けばよい。
今回の配置にはそういう意図があった。
「あの、おっしゃることは分かりましたが、一つだけ良いですか?」
言われてみればそうかも……という感じで新人達が不承不承納得したところで、タンク役を押し付けられたマイマイがそっと手を挙げた。
質問タイムはまだであったが、別にこれ以上説明することもないので、カワセミはにこやかに答える。
「なんでしょうマイマイちゃん」
「どうして、その、メガネさんは荷物持ちとかいう役割を?」
そう。
ドラ子達に押し付けられた役割はなんとなく理解した。
三人が三人、適性の無さそうな職業である。
だが、研修に集った最後の一人、メガネだけは全く何の役割も与えられていない。
この人にも、何か、苦手な役割で良いからさせた方が研修として良いのではないか。
そういう、ごく当たり前の思いからの質問であった。
だが、その質問を受けたカワセミは、ちょっとだけ遠い顔をする。
「マイマイちゃんの言いたい事は分かります。ですが、仕方ないんです」
「えっと、仕方ないとは?」
メガネに荷物持ちをさせざるを得ない、仕方ない理由。
それは。
「だって、その、メガネ先輩って、できないこと無いですから……」
「……うん?」
「どんな職業やらせても、ステータスを初心者まで落としても──初心者向けダンジョンだと多分ソロで攻略できてしまいますから。研修という手前それは……」
新人三人は、一斉にメガネの顔を見た。
メガネは軽く肩を竦めて言う。
「別に、手加減しろって言われりゃするし、初心者やれって言われたらやるけどな」
メガネは涼しい顔で言ったが、反対にカワセミは目の光を失くした。
「でも先輩、自分に向かってくる攻撃とか、敵とか、罠とか、見もせずに条件反射で全部対処しますよね。魔王城でそうでしたよね」
「……………………そうかな」
メガネには、心当たりはなかった。
それは当然である。
無意識の行動に心当たりがあるわけがない。
だが、隣のドラ子が「確かに」と頷いていたので、そういうことらしかった。
君、(初心者の)才能ないよ




