236 新人ローテーション研修 攻略サポート編10
ぎりぎり体感金曜日というところですね(まさか書き終わって推敲中に寝落ちするなど……)
「えー、というわけで、これからの研修では、皆さんに二つのダンジョンを攻略してもらうことになります」
資料をまとめ終えたカワセミが戻って来て早々、部屋の中の空気を塗り替えるように言った。
全員に配られた資料によると、日程的にはこんな感じ。
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初日:研修を受け入れてくれるダンジョンマスターさんにご挨拶。ならびに研修の準備。
二日目:実際の仕事を体験(初心者向けダンジョン)
三日目:攻略後のフィードバックや反省など。
四日目:もう一つの研修受け入れダンジョンへ向かう。
五日目〜六日目:泊まりでの仕事を体験(中級者向けダンジョン)
七日目:攻略後のフィードバックや反省など。
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「研修後には振替休日がありますので、一先ずそちらの方はご心配なく。泊まりの研修があることは、事前に連絡が行ってましたよね?」
新人への研修というには、一見ツメツメの日程に思える。
だが、実際は攻略サポートを行うダンジョンへと向かう時間などは転移のおかげでほとんど無いし、やろうと思えば一日で挨拶からフィードバックまで行えないこともないので、かなり余裕を持ったスケジュールである。
そんなスケジュールを眺めていたドラ子は、ハッと思いついて手を上げた。
「はいドラ子ちゃん」
「カワセミ先輩、これダンジョンの攻略をさっさと終わらせれば、空いた時間分休み貰えるってことですか?」
「はーいドラ子ちゃん。これそういう仕事じゃないからねー」
カワセミはにっこりと笑ってドラ子の提案を却下した。
「攻略サポートの仕事は、自分たちの能力を発揮してタイムアタックで攻略を行うことじゃありません。顧客が想定するレベルのダンジョンになっているかを、実際に我々が攻略して確かめることです」
「でも、正直初心者向けダンジョンとか、苦戦するのも難しいと言いますか」
ドラ子の懸念も、まぁ、ある意味でもっともではある。
生まれたばかりの赤子の頃ならいざ知らず、今のドラ子ではダンジョンにゴブリンやコボルトが出た所で、普通に歩いているだけで蹴散らせる。
そんなドラ子の疑問に答えたのは──。
「そんなの少し考えれば分かるじゃないか。本当にウチの社員で?」
「ああん?」
と、思わずといった様子で口にしたあと、ドラ子に睨まれてビクッとなった天丼君であった。
「だ、だから、そもそも攻略サポートは仕事で、ダンジョン側の要請で入るんだぞ。最初から、生身の命懸けで行うような仕事じゃないだろ。となれば、アバター再生成式の限定ダンジョンになるだろうし、その時にアバターの能力値を制限すれば、初心者らしい能力でダンジョンに潜れるだろう?」
「ああああん? なるほどたしかに……」
と、天丼くんの言葉を少し考えてみてドラ子は納得した。
というかあれだ。
かつて魔王城でイベントダンジョンを先行体験したのと同じようなものだ。
あの時は先輩が要らぬ怨みを買っていたためにレベル1だったが、それと似たようなことをやれば、今の自分たちが初心者と同じような弱さになることはできるのだ。
「まぁ、天丼君の言い方はともかく、その通りですね。私達は基本的に相手側の要望に合わせたステータスやパーティ編成でダンジョンに挑戦することになります。今回は研修なので一日通しでやるだけですが、実際の仕事では、パーティ編成を色々入れ替えたり、情報を持っている状態持っていない状態などを想定して、同じ編成で何度もチャレンジしたりと、色々な方向からダンジョンアタックをして、情報をフィードバックしていくことになります。単純に、ダンジョンを攻略すれば良いという話ではないんですね」
「はい」
カワセミの説明で、なんとなくドラ子は仕事を理解した。
つまり、与えられた能力値で攻略を目指す縛りゲーみたいなものかな?
「ちなみに、私達はあくまで仕事の延長線上で攻略を目指すだけで、攻略できなければ罰金や違約金などを払わないといけないわけではありません。初心者役として攻略サポートをするなら、初心者なりの判断力や覚悟を想定しているわけで、当然攻略失敗も増えるでしょう。それを無理やり攻略しようと躍起になると──」
「なると……?」
「今の攻略サポートの現状が出来上がるので注意しましょうね?」
あまりにも、笑顔と雰囲気に差がある、圧のある言葉だった。
カワセミに笑顔で釘を刺されて、ドラ子は『わかりました』と心の中で返事をする。
なんか昔、縛りプレイと勘違いどうのこうの、って嘆いていたなぁとぼんやり思い出す。
「というわけで、理想を言えば、能力を制限した上で、初心者並の注意力だったり判断力だったりを想定して、あえて迷ったり、道具を制限したりとかもするんですが、今回は研修ですので、そのあたりはこちらでサポートしますね」
と、カワセミが空気を変えるように朗らかに言って、部屋の中のメンバーはホッと胸を撫で下ろしていた。
そのまま、彼女は今回最初に攻略に向かうことになる、初心者向けダンジョンの資料を出した。
『
初心者向け洞窟ダンジョン(仮)
出現モンスター:ゴブリン系
階層数:不明(現在三層まで攻略済み)
その他情報:明かりが必要。四層以降は要マッピング。
』
ざっと並べられた情報を見て、真っ先に声を出したのはそれまで黙っていたマイマイだった。
「えっと、これだけですか?」
「はい。今回はこれだけです」
「でも、これじゃ」
これじゃ、ほとんど何も分かっていないのと一緒ではないか。
そう問いたげなマイマイに、カワセミはうんうんと頷く。
「マイマイちゃんの言いたい事は分かりますよ。こんな事前情報でダンジョンに潜るなんて、どう考えても自殺行為と言いたいんですよね?」
「は、はい」
マイマイのおどおどした頷きに、カワセミはうんうんと同意を示しながら言う。
「ただ、それが初心者冒険者です。ゴブリンを下級モンスターと見下して舐めてかかり、返り討ちにされることもある、初心者です。準備不足は当たり前、情報不足も当たり前、それでどうにかなる、という考え無しの冒険者を演じるのが私達の最初の役割です」
つまりはそういうことだ。
カワセミはこう言っている。
『まずは、どうあがいても全滅しそうなパーティでダンジョンに潜ろう』と。
もちろん、アバター再生成式の限定ダンジョンであろうと、死が間近に迫れば怖い。
というより、そこで恐怖を感じないようでは『ダンジョン管理術式』を使う意味がない。
攻略サポートとは、仕事のためにそこまで身体を張るのかと、マイマイが思わず見直しかけたところで、
「……今の内に普段できないことをやらないとね……」
ぼそっとカワセミが何かを呟いていた。
その呟きを聞いていしまったのは、耳が良いドラ子とメガネだけだった。
新人研修の方が仕事がスムーズに進む職場があるらしい




