228 新人ローテーション研修 攻略サポート編2
薄眼で見ればギリギリ体感火曜日ですね
「新人ローテーション研修ですか……」
時は少し遡る。
年末年始を前にして、最後の余裕ある時期とも言える冬の入りのこと。
珍しくゴーレム部長とハイパーイケメン蝙蝠の二人に連れ出されて、少し良い値段の個人居酒屋で清酒を嗜んでいたメガネは、話もそこそこにそう切り出された。
「まだやってたんですか。それ」
「まだというか、一応会社の方針で決まったことだからね……」
メガネは呆れ半分の気持ちでそう零すと、蝙蝠がフォローした。
新人ローテーション研修とは、この会社に今年入った新人に、配属された部署以外の仕事をローテーションで経験させるというもの。
理念としては、自分の部署以外の仕事を知ることで、会社全体の仕事の流れを俯瞰的に見る事ができるようになり、Solomonやその他術式に対する理解がより深まってうんたらかんたら、というもの。
ただ、メガネ本人はこの研修に対して懐疑的だった。
もちろん、自分が配属された部署以外の仕事を知るというのは、悪い事じゃない。
特にSolomonは総合術式であり、同じ術式の中でも担当が違えば仕事が全く違うということも少なくない。
よその部署に対して『なぜこんなこともできないんだ』という文句を垂れる側が、よそからの要望には『そんなの無理に決まってるだろ、なぜ分からないんだ』と答えるなんて冗談みたいな光景が割と日常茶飯事だったりする。
そういう意味では、新人にローテーションで触りくらい教えて置くのは良いことだし、余裕があるなら、ジョブローテーションの仕組みを組んで、新人と言わず社員全体で部署配属を流動的に回して行くことも、考えても良いだろう。
お互いの仕事が見えれば、作業内容は変わらないのに余計な軋轢が減って、円滑に仕事が進むことだってあるのだ。
相手が欲しいと思うものを少し意識して、ほんの一手間ぶんデータを整えておくだけで、仕事効率が段違いに上がることだってあるのだから。
ただ、それはもちろん、理想的なローテーションの話。
ここには、一つの大きな癌細胞がある。
「結局、実情は有望なのを見つけて、あのゴミ共のお目付役として引っこ抜く事になってるじゃないですか」
ローテーションの負の側面。
それは、まともじゃない部署の仕事を学んでも何の意味もないことだ。
言葉を濁さなければいけない場ではないので、メガネははっきり言う。
「攻略サポート部に今の白騎士向かわせたら、真っ先に引き抜き対象になっちゃいますよ?」
攻略サポート部。
仕事内容はともかくとして、その内情は、縁故採用で入って来たロクデナシのたまり場。
他の業務では使えないと判断された連中に、適当なお題目で肉体労働をさせる場所。
もちろん、全員が全員役立たずだとお題目を果たすことすらままならないので、その最低限の仕事をこなす為に、優秀な人材がまとめ役として必要になっている。
そして、メガネにとってこのローテーション研修は、せっかく大事に育てていた保守サポート部のカワセミを、攻略サポート部に見つけられることになった忌むべき慣習であった。
「それは私達も分かっています。というより、上層部も分かっていますし、今年はローテーションという程の規模ではありません」
ゴーレム部長が、苦々しい顔で答えた。
普段の飲み会ではあまりハメを外したりしないが、ここが知っている人間しかいない場であるからか、今日の彼はやや饒舌である。
頼んでいた焼酎のお湯割も、これで三杯目だ。
「今年は、魔王城の改修という大きな案件がありますからね。新人を各部署に回して行くというよりは、開発サポートの方に人を集めるというのに使いたいようです」
「じゃあ、ローテーションとは名ばかりで、今は猫の手も借りたい開発に、テスト要員を送り込むみたいな感じですか」
メガネはそう納得した。
毎年恒例のローテーションでは、最低でも新人は三つ程の部署を三週間くらいかけて回る。
だが、今年は開発が魔王城の超特大案件で手一杯であり、尚も人員が不足中。
新人に術式構築の仕事は任せられないが、テスト要員としてはこれ以上ないほど使える。
だから、ローテーションという名目で、人員を出し渋る他部署から人をかき集めるつもりなのだ。
「まぁ、開発に送るなら良いでしょう。で、それでなんで自分はこんな仰々しい感じで呼び出されたんですか?」
話を理解したメガネは、そこで改めて疑問を感じる。
今日、自分はゴーレム部長とハイパーイケメン蝙蝠の二人に揃って呼び出された。
わざわざ、開発に新人を送るというだけの話なら、こうはなるまい。
「それなんだけどさ。さすがにローテーションの名目上、全部署から開発にだけ人を送るというのは、体裁がね」
「まあ、事情は分かってはいるけど、それはそれとして納得はいかないって感じにはなりそうですね」
各部署の上の人間からしても、開発の今の状況は分かっている。
魔王城デスマーチは苛烈を極めており、相手方からは年明けには出来れば営業を再開したいとか言われる始末。
もちろん、そんな突貫工事で作業など終わる訳ない。二年、いや最低でも一年足りないと悲鳴を上げる現場。
そんな状況を知ってはいる。
だがそれはそれとして、ただ自分の所の人員を取られるだけというのは、面白くないのも事実。
ではどうなったかと言えば。
「せめて一人ずつくらいは、開発以外にも送ろうという、暗黙の了解が生まれてしまいました」
そういうことになった。
大多数を開発に送るのは良いが、本来の目的として、一人くらいはうちの部署にも教える人間を寄越せという感じだ。
それが何の意味があるのか、といったところではあるのだが、そうなってしまったものは仕方ない。
では、保守サポート部はどうするのか。
「ドラ子さんを、攻略サポート部に送ろうと思っています」
「…………え?」
ゴーレム部長の言葉に、メガネは耳を疑った。
ドラ子はいわば、保守サポート部の最終兵器だ。
別に本人の性質が悪いというわけではないのだが、ドラ子を無計画に送り込んでしまったら、想定外の爆発をして相手側に多大な迷惑をかける可能性を無視できない。
それを聞いたメガネは、ゴーレム部長に思わず尋ね返す。
「部長は、攻略サポート部を破壊するおつもりなんですか?」
「流石にそこまでは思っていません」
そこまでは思っていなかった。
だが、少し意趣返しが混ざっているのは否定しなかった。
仮に白騎士を攻略サポート部に送ってしまえば、彼女はそつなく仕事をこなすだろう。
攻略サポート部で一年近く学んで来た新人の、三倍は良い仕事をするに違いない。
そうしたら白騎士が目を付けられるのは想像に難くない。
だが、ドラ子であればどうだろう。
攻略サポート部の新人より仕事ができない、は無いと思う。
だが、攻略サポート部の新人を鼻で笑うような、どでかい惨事を引き起こす可能性も否定できない。
彼女は、考え無しの割に持っている力が強大すぎた。
「というわけで、メガネくんには一つお願いがしたいんだ」
「お願いですか?」
攻略サポート部をどうしたいのか、とメガネが思っているところで蝙蝠が言った。
メガネは嫌な予感を覚えながらそれを聞く。
「ドラ子ちゃんのお目付役として、一緒に攻略サポート部に行って欲しいんだよね」
「え、嫌ですけど」
メガネは秒で拒否した。
ただでさえ普段から迷惑をかけられているのに、何故自分がそんなことまで。
「そこをなんとか! ぶっちゃけドラ子ちゃんが何かやらかした時に、力で制圧できるのはメガネくんくらいなんだよ! 普通に考えてダンジョン面接合格者とか、意味分かんないんだから!」
そんなメガネに蝙蝠は精一杯頭を下げた。
すごい頭の下げ方だった。
こんなにぺこぺこするのは、奥さんに浮気を疑われた時くらいではないだろうか。割といつもだった。
「もちろん、我々としても、メガネさんをただ送ろうと思っている訳でもありません」
「…………では」
「可能であれば、現在の攻略サポート部の『問題』の証拠を集めて欲しいのです」
ゴーレム部長の雰囲気が変わったことで、メガネは少し表情を鋭くした。
今の攻略サポート部が、やりたい放題にやっていることは全員が理解している。
それというのも、本来の攻略サポート部部長が長期案件に出向いており、現在の部長代理がコテコテの縁故採用派閥だからだ。
それでも業務が上手く回っているのは、他所から引き抜かれた有能が、なんとか仕事を回しているから。
ただ、それを静観し続けることは、そろそろできないと言った様子だった。
「……場合によっては、攻略サポート部の解体、再構築も視野に入ります」
「何か不正の証拠が見つかればってことですか?」
「不正がある、とまでは言いませんが、今の現状でクレームの件数が少ないのは、流石に何かあると思っておかしくないでしょう」
つまるところ、メガネの役割はこうだ。
表向きは、ドラ子を抑える為のストッパー。
そして裏では、攻略サポート部の現状を調査するための監査官。
「幸い、メガネくんは『ローテーション研修』は受けてないじゃない? 新人以外でも、そういう希望者を対象にって枠があるのは知ってるでしょう?」
「受けてないもなにも、普通に業務で開発のほうも手伝ってますが」
「まぁ、うん」
既に他の業務を手伝っているのに、ローテーションもクソもあるか、とメガネは溜息を吐く。
だが、メガネとしても攻略サポート部の現状が気に入らないのは一緒だった。
なにより、カワセミを取られたことに思う所があるのも、本当である。
「分かりました。全く気は進みませんが、お引き受けしましょう」
「ありがとうございます」
それが、今年の新人ローテーション研修の始まり。
そして、ドラ子と一緒にメガネが攻略サポート部へと向かうきっかけであった。
「ただ、ドラ子ちゃんのやらかしだけは、マジで本当に気をつけてね」
「…………」
裏の任務は確かに大事だが、表向きの任務の方も普通に大変そうだと思った。
事実、大変だった。




