227 新人ローテーション研修 攻略サポート編1
これは、ダンジョン管理術式のお話です。
それは、とある世界のとある冒険者の体験。
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「今回の目的は、ダンジョンの異変の調査だ」
そう口にしたのは、頬に大きな切り傷を付けた大柄な男だった。
恵まれた体格と、それに胡座をかかぬ鍛錬により鍛え上げた鋼の肉体。
並みのモンスターであれば、背中に下げた大剣を振るうまでもなく、その拳で打ち砕くことができる、一線級の冒険者。
『スカー』の二つ名で呼ばれるその男は、久しぶりに集った伝説のパーティ『リヴィ』のメンバーにそう告げる。
「異変の調査、ねぇ?」
スカーに尋ね返したのは『黒百合』の二つ名で呼ばれる女性。
蘇生すら可能とする類い稀な治癒術の使い手であり、同時に魔術にも造詣の深い、こちらも一線級の冒険者。
「俺達が、今更そんな新人上がりみたいな仕事を?」
黒百合に続くのは、やや小柄で甘いマスクをした青年。
その身のこなしは軽く、猫にも引けを取らぬ柔軟性と、空に目を持つとまで言われる気配察知の技術を併せ持つ、やはり一線級の冒険者。二つ名は『リンクス』。
今、ここに集っている三人は、みな一線級。
一人でも、並みのダンジョンであれば攻略を可能とするような生きた伝説達。
かつて志を共にし、上り詰めた先でお互いの道へと進んだ盟友達。
本来であれば、たかが調査依頼などに集められることのない面子であった。
故に、黒百合とリンクスの疑問はもっともだ。
普通の調査程度であれば、それこそ新人を卒業した初心者程度の冒険者に、経験を積んだ補佐を付ける程度の依頼である。
それを、この三人がわざわざパーティを組んでする意味とは。
「国の占星術士が、揃って声を上げた。ダンジョンに魔王を超える力が舞い降りる、と」
「なんですって!?」
「魔王!?」
スカーの言葉に、驚愕する黒百合とリンクス。
魔王とは文字通り、魔物を統べる王。
この世界において、度々現れては人々の生活を脅かし、時の勇者に討たれるまで暴虐の限りを尽くす災いそのもの。
「その、魔王以上の何か、だ」
そんな魔王以上の存在など、この世界の歴史に現れた事などない。
あるいは。
「歴史の断絶すらありえる何かがいるかもしれない?」
「そういうことになる」
魔王によって人類が打撃を受けたことはあるが、魔王に人類が滅ぼされたことはない。
だが、それ以上の存在であれば、それもあり得る。
魔王以上の存在が歴史に残っていないのは、それまでの歴史そのものが、その何物かに奪われたから、かもしれないという、可能性。
無論、最悪の可能性でしかないが、それもあり得るとこの場の全員が思った。
占星術士が揃って声をあげるというのは、そういうことだ。
「もしかしたら、俺達はここで終わりってことかい、スカーの旦那」
「そうならない為に、二人を呼んだ」
「身体が残っていれば蘇生してあげられるとは思うけれど。代償は軽くないのよ?」
黒百合の言葉に、空気は重くなる。
蘇生の奇跡は、タダではない。
沢山の触媒と、並みの魔術師百人はくだらない魔力。
その二つを合わせても成功するかどうかというのが、蘇生の奇跡だ。
黒百合はそれをほぼ確実に成功させる技術を持つが、それとて容易いことではない。
それこそ、ダンジョンで使おうと思えば、彼女の緊急時の備えは全て吹き飛ぶくらいの損失だ。
「まぁ、情報を握ったは良いが、うっかり死んですっからかんは御免ですなぁ」
「だから、俺達の目的は死なずに情報を持ち帰る。その一点だ」
「最悪、死んでも情報を持ち帰る、でしょ?」
三人の心には、今から死地に向かう者の、渦巻いた思いがある。
行きたいか行きたくないかで言えば、当然行きたくない。
だが、そんなわがままを言える状況でも、立場でもないことを三人は知っている。
一線級の冒険者として周囲に認められるということは、それだけのものを背負うということだ。
「出発は、明日の明朝だ。一応言っておく。断っても咎めん」
「冗談でしょ。あなたが咎めなくても、私自身が自分を許せないわ」
「旦那。それは俺達を舐め過ぎだぜ。へへ。ま、せめて最後に母ちゃんに顔でも見せたかったがな」
言って、三人は微笑んだ。
壮絶な覚悟と、それでもなお生きて帰るという決意を胸に秘めて。
──────
「なっ……」
「はっ?」
「えっ……」
そして、その決意も覚悟も、一瞬で打ち砕かれた。
目の前の『たった一人』を前にして、何もかもを失う覚悟をした。
本能と理性が別の答えを出すことは今まであった。
本能が逃げよと命じ、理性が逃げるなと命じるのは、冒険者をやっていれば良くあることだった。
だが、目の前の存在は違う。
本能も、理性も、揃って『逃げろ』と叫び続ける。
その『何も無かった筈の空間』に、リンクスの索敵さえ通さぬほど『唐突』に現れた災厄は、まだ幼さを残す少女の様な姿をしながらも、あまりにも強大だった。
魂さえも燃やし尽くすような、炎のような存在感を纏う、その赤髪に角の生えた少女は。
まさしく、魔王以上の『何か』だった。
「あ、あれ? 転移の設定間違ったかな?」
その『何か』は、スカー達の存在に気付かなかったように、そう呟く。
思わず、三人の誰かが後ずさりをした。
途端、何かはぎょろりと爬虫類のような目を、三人へと向けた。
「あ、やべ。現地の人が、え、ど、どうしよ」
何か、失敗したと思わせるような顔。
ついで、ポンと何かを思いついたような顔。
恐ろしい『何か』は、その存在感を膨らませながら、三人に尋ねる。
「あ、あのー、ちょっとそこの人達に聞きたいんだけど、良いかな?」
「っ……」
「くっ……」
「ち……」
「あれ? あ、そっか。人間だもんね」
三人が『何か』の言葉に、身をすくませた、その直後。
その『何か』は、その存在感を消失させた。
「……は?」
さっきまでの強大過ぎる力の痕跡は跡形も無く掻き消え。
今は、こんなダンジョンにいるのがおかしいと思える、ただの村娘程度の存在にしか思えない。
それが、どれだけ『異常』なことか、分からない三人ではなかった。
「これでどうかな?」
「…………」
「あれ、まだ喋れない」
「いや、喋れ、る」
スカーは三人を代表するように、前に出てそう言った。
後ろの二人には、もちろん目配せも欠かさない。
意味は『隙を見つけて逃げろ』だ。
だが、その目配せにリンクスは首を振る。
隙が見つからないわけじゃない。
むしろ、今は隙しか見当たらない。
だから無理なのだ。この姿が偽装と分かり切っているからこそ、本物の隙など見つけられる筈が無い。
黒百合も、絶望していた。
蘇生と言っても、何も無い状態から復活するわけではない。
肉体はできれば欲しい、魂は無くてはならない。それが蘇生の条件だ。
だが、先程の威圧感はあまりにも強大過ぎる。
目の前の何かが本気になれば、魂の痕跡すら塵も残さずに焼き消されるだろう。
一線級の冒険者として、時にはドラゴンのような魔物とさえ戦った三人が。
揃って出した答えは一つ。
自分たちは『ここで終わり』だ。
そんな三人の心中を知ってか知らずか。
赤髪の『何か』は、朗らかに尋ねる。
「喋れるなら聞いてみたいんだけど、貴方達って現地の冒険者だよね? 実はこのダンジョンに不満点とか持ってたりしない? こういうところが嫌らしいとか、こうだったら良いのになぁとか、こういう改善してくれたらなぁ、とか」
「……え?」
「だから、こう、このダンジョンに対して点数を付けるなら、何点、みたいなね。そういう手土産的な情報をね」
「点数……ですか?」
スカーは戸惑いを隠せない。
何を聞かれているのか分からなかった。
魔王を遥かに上回るような相手が、今、なぜダンジョンの不満点を気にしているのだ。
それも、冒険者目線のそれを。
もしかして、さらにダンジョンを悪辣にするために必要な情報を集めているのだろうか。
だが、そんな小細工など、この存在には必要ない筈なのに。
スカー達の頭が疑問に支配されかけたとき。
その場に、もう一人の『何か』が現れた。
「あっ、メガネ先ぱ──」
「てめえはなに現地の人に迷惑かけてんだボケドラゴンがぁ!?」
「いってえええええ!?」
そして、その白い髪の、人間にしか思えない何かが、赤い髪の何かの頭をぶん殴った。
自分たちではかすり傷一つ与えられそうになかった相手が、頭を押さえて涙目になっている。
スカー達は、相変わらず混乱の最中にいた。
だが、スカー達の混乱をよそに、白い何かは、赤い何かの顔面をキリキリと鷲掴みにしながら、こちらへと頭を下げた。
「申し訳ない。ウチのバカが迷惑をかけた」
「い、いえ、あの、あなた方は」
「ああ。俺達について気にする必要は無い。どうせこの記憶は今から消える」
「え?」
スカー達の疑問に、しかし白い何かは欠片も答える気がなさそうに言った。
そのあと、白い何かは適当な石ころを一つ拾い、それに何かの魔法を掛ける。
そしてそれは、ただの石ころを魔性の宝石へと変えた。
魔術に造詣の深い黒百合が、理解不能なほど高度な魔術だった。
「君達が見たのは、この呪いの魔晶が見せた『恐怖の幻』だったことになる。後に残るのはその石ころだけ。まぁ、市場価格で言えば、街一つ分くらいにはなると思うから、それを迷惑料だと思って受け取ってくれ。では『──────』」
疑問を挟むことは許されなかった。
そして、三人は一つの真実も知る事無く、気を失った。
──────
「スカー、目を覚ませ」
「う、う?」
リンクスに揺さぶられ、スカーは目を覚ます。
そして意識が覚醒した瞬間、周囲を警戒した。
「リンクス! 化け物は!? あの赤い何かは!?」
「落ち着け。良いか、ここにはそんなものは居なかったんだ」
「居なかった……?」
リンクスの言葉にスカーは疑問符を浮かべる。
そんな彼に結論を述べたのは、魔術の権威でもある黒百合だった。
黒百合は、恐ろしく美しい宝石のようなものを、厳重に封印しながら言う。
「これ、ダンジョンが生み出した魔石の一種だと思うんだけど。一線級の冒険者をも恐怖させる幻覚を見せる効果があったのよ。今はもう処理済みだから、ただのとんでもない価値の魔石でしかないけれど、まかり間違えば『魔王以上』の災厄を招いたかもしれないわね」
スカーは、そう説明されて、ようやく生きた心地がした。
黒百合の言葉は嘘ではないだろう。
一線級の冒険者でさえ、幻覚で戦闘不能にするほどの力を秘めた石など、それは世界最強の力を持った武器と同義だ。
そんなものが、心ない者の手に渡っていたら、それは魔王以上の災厄と成り果てただろう。
「しかし、流石だな黒百合。俺やリンクスでは、成す術がなかった」
スカーは、その魔石の対処をしたのが黒百合だと判断し素直な賞賛を述べた。
だが、黒百合はその言葉に渋い顔をする。
「それが不思議なのよ」
「何がだ?」
「多分私が対処したのは間違いないと思うんだけど、私も幻覚に掛かった記憶があるの。そうなると、無意識にこの高度な魔術をカウンターで施したことになるけれど、流石に自信が無いわ」
黒百合もまた、幻覚に囚われていたのだという。
だが、実際に封印された魔石がある以上、やったのは黒百合以外にありえない。
「まだまだ、黒百合には秘めた力があるということだろう。俺も負けてられないな」
「……まぁ、そういうことに、するしかないかしらね」
こうして、一線級冒険者を三人も投入した調査依頼は無事に幕を下ろした。
この世界は、今日も世界の守護者達に守られて、平和に回っている。
──────
「バカやろう! ドラ子お前! 研修初日に取引先の世界にどでかい風穴開けるところだったぞお前マジで!」
「はい、反省してます」
「ま、まあまあ、被害はなかったのでその辺で」
そして、そのダンジョンのコアルームで、ぺこぺこ頭を下げながら後輩にぶちぎれるメガネの先輩と、
綺麗な土下座で、ダンジョン管理者兼、ダンジョンの実地研修の受け入れを行ってくれている、ホストさんに謝るドラゴンの少女が居た。
この失態を許してくれるホストさんは、本当に優しい人であった。
一回こういうの書いてみたかったんです。ごめんなさい。
次からはちゃんと説明に入ります。
あと、カクヨムで書いていた新作がどうにかジャンル別の週間ランキング100位に入りました。
応援してくれたかた、ありがとうございます!
まだの人も「ちょっとランキング入るくらいなら見てみようかな」と思っていただけたらどうぞ読んでください。
なろうの方にも持ってこようと思ってたんですけど、完全にタイミングを逸しましたので……
ダンジョンサバイバルinゾンビワールド
https://kakuyomu.jp/works/16818093093549908428
 




