224 お問い合わせ『デスゲームってどう思いますか?』1
「…………」
角の生えた赤髪の少女が、自身のデスクに座り沈黙していた。
今日は休日明け。一番仕事が楽しくないと評判の曜日。
特に今日のドラ子は、輪を掛けてテンションが低かった。
ドラ子は引きこもる気になれば、一日二日どころではなく、十年二十年でも余裕で引きこもれる自信のある生粋のドラゴンではあったが、別に引きこもるのが好きというわけでもない。
用事がなければ進んで外出しないだけで、用事があればどこまでもアクティブに活動するタイプのドラゴンだ。
そんなドラ子だから、昨日は大学時代の友人と久々に映画を見に行く約束をしていた。
最近話題の映画なんて知らないドラ子は、知り合いの中でも特に映画マニアで有名な友人のオススメと聞いて、そこそこの期待に胸を膨らませていたのだ。
そして案内されたのは、名も知れぬアマチュア達の作った、良く分からない映画の詰め合わせ上映会であった。
ドラ子は、騙された気分になった。
だが、ドラ子とて腐っても社会人だ。
多少展開が退屈だろうと、一生懸命作った映画に『つまらなかった』と正直に感想を漏らすほど、子供ではない。
子供ではないつもりだった。
事実、最初の二分くらいはまだ『頑張ってるね』くらいの微笑ましい気持ちでいた。
だが、そんな気持ちは、一作二作、三作と立て続けに流される十数分から数十分の映像を前に、完膚なきまでに粉々にされた。
面白いとか、つまらないとかなら、まだ良い。
分からないのだ。
内容が分からない、というのもまだオブラートに包んだ言い方だろう。
もっと根本的なところで『なぜお前(監督)ごときが、映画を作ろうと思ったのかが分からない』というのが、ドラ子の素直な感想であった。
繋がっていない脚本、感情の置き場の見えないキャスト、破綻した構成に、意図の分からない演出。
一から十まで、何を伝えたいのか分からないどころか、そもそも何かを伝えたかったのかすら分からない映像群は、飽きてポップコーンを貪るという精神状態にまで持って行けないほどの破壊力で、ドラ子の休日をズタズタにした。
ドラ子を誘った友人は、馬鹿笑いしながらズケズケ駄目出ししていたのだが、その言葉を聞く度に悲しそうな顔をするスタッフらしき人物を見て、ドラ子は更に感情の置き場を失った。
本音を言えば友人と一緒にこき下ろしたかった。
だが、本当に本音を言うと『映画作る前に死ね』という感想が出そうだったので、何も言えなかった。
いや、もちろん、そういう作品だけではなかった。
ちゃんとした、見るべき所がある作品だってゼロではなかった。
冷静な目で見たら、ツッコミどころくらいあるのだろうが、ちゃんと面白く映画を作ろうという意思があるだけで、百点満点中九十点は与えたくなった。
そうじゃない作品には、一点たりとて与えたくなかった。完成させたことくらいは評価したかったが、本当に完成しているのかすら分からなかった。
とりあえず、そんなこんなでドラ子の休日は散々だった。
ドラ子を誘った友人には『二度とこんな悲しい思いをさせるな』と半ギレしながら、夕食を割り勘にさせた。美味しかった。
とまぁ、そういう休日を過ごしたドラ子にとって、今は、映画だの映像だのという単語は文字すら見たくない気持ちだった。
そしてそんな彼女に割り振られたチケットが、こうだ。
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件名:デスゲームってどう思いますか?
差出人:異世界1003契約番号30──ミレニアチェーン
製品情報:Solomon Ver31.0
お問い合わせ番号:20025002009
本文:
ダンジョン内でデスゲーム用のセットを作り、その映像を利用した作品を作りたいと考えています。できますでしょうか?
また、デスゲーム以外にも可能であれば恋愛物やヒューマンドラマも作成したいです。
Solomonでそういうセットを作ることは可能ですか?
──────
「えーと『知るかバカ。勝手にやってろ。そして死ね』」
「どうした急に!?」
感情のない瞳で、いきなり物騒なことを言い出した後輩に、いつもの独り言はよく聞き流している眼鏡の先輩が、流石にと言った様子で声をあげた。
そんな先輩の声に、死んだ目をしていたドラ子もハッと正気を取り戻す。
「すみません先輩。ちょっと今、アマチュアで映画を作っている人間を根絶やしにしたい気分でして」
「そんなピンポイントな人種を滅ぼそうとする奴、なかなかいないぞ」
少なくとも、惑星史上でその人種だけを狙った犯罪は、未だ起きてはいまい。
たぶん、きっと。
ドラ子の事情を欠片もしらないメガネは、画面に映し出されていたお問い合わせの本文をさっと読んだあと、不思議そうな顔をする。
「いつものドラ子案件じゃん」
それの何が問題なのか、という顔をしたメガネに、ドラ子はムッとした。
「そもそも、こういうゲテモノみたいなチケット、とりあえず私に振るところからおかしいんですけど?」
「じゃあお前、代わりに俺の障害解析やりたいの?」
「わぁいゲテモノ! わたしゲテモノだいすき!」
秒で意見を翻した。
実際、お問い合わせを読んだ時のメンタルと、回答の正解がさっぱり分からないという点を除けば、障害解析だったり仕様調査だったりが必要なチケットよりは優しいのだ。
ただ、こういうチケットをこなす度に、目が死んで行くだけで。
「実際、大した内容じゃないだろ。何が問題なんだよ」
と、ドラ子の内情など欠片もしらないメガネは事も無げに言う。
客観的に見ればそうだろうなぁ、とドラ子も納得しつつ、口から出るのはこうだ。
「Solomonを用いて映画を作ろうとするアマチュアに、なんとか否を突きつけて、世界をほんの少し優しくしたいんです」
「お前の心はなぜそんなに哀しみに包まれてるの?」
メガネの追及からは目を逸らした。
「だ、だって、普段散々言っているじゃないですか。Solomonはダンジョン管理術式であって、デスゲーム用映画のセット構築術式でもなければ、恋愛映画やヒューマンドラマの演出用術式でもないって」
「そんなピンポイントな否定はした覚えはないかなぁ」
「でも包括的には言ってますよね!」
「それはまあ、そうだな」
ピンポイントな否定は記憶に無いが、そうでなければ普段から言っていることではある。
Solomonはダンジョン管理術式であり、ダンジョンの管理以外のことに使おうとするのはおかしいだろう、と。
「というわけで、このアマチュア映画家には速やかな否定を叩き付けますね」
「何がというわけだ。ちゃんとダンジョンの話に置き換えて回答しろ。いつもみたいに」
「うぐううううう」
先輩からの正論に、ドラ子は心の中で盛大にのたうち苦しんだ。
だが、まだ根絶やしの野望を捨てたわけではない。
「そもそも、そういうのは映画のセット作成術式とかでやれば良いんじゃないですか?」
「それもそうだが、Solomonは基本無料だからな。アマチュアから見れば、色々好き勝手舞台を弄れて、その上アバター再生成式にすれば危険なスタントまでやり放題の無料術式となれば、魅力的に見えるんじゃないか?」
「なんでSolomonは基本無料なんですかぁ!」
「サポートで金取ってるからだよ」
そして恐らく、今回のお問い合わせ主も、なんかのダンジョンを経営している傍らで『あ、Solomon映画にも使えるじゃん』と思いついたのだろう。
そして律義に相談した結果が、たまたま保守サポートへのお問い合わせとなっただけだ。
普段お問い合わせがやってこないだけで、世界のアマチュア映画家にとってSolomonが魅力的な術式である可能性は、否定できないのであった。
誤解がないように言っておきたいんですが、私はアマチュア映画に恨みなどは欠片もありません。
ただ、意味のわからない映像を見せつけてきて私の十数分を無駄にした友人に恨みがあるだけです。




