222 継続お問い合わせ『在庫の数が合いません』7
気持ちは体感日曜日です
「これ私も『納得できない』って継続問い合わせして良いですか?」
「やめとけ、時間の無駄だ」
「うぐううううう」
所有権関連の術式開発元から届いた回答を眺め、もう一度悔しそうに呻いたあと、ドラ子は溜息を吐いた。
「まぁ、分かりました。とりあえず、用意していた中間回答を提出しつつ、急いで開発に不具合報告投げます。で、良いんですよね?」
相手側の返答を待つ間、ドラ子とて何もしていなかった訳では無い。
素直に不具合と認めるパターンと、不具合とは認めないパターンの二つを想定して、それぞれの状況に対応できる準備は進めていた。
もし所有権の不具合と認められた場合は、それを顧客に伝えるだけの回答を。
もし、所有権の不具合と認められなかった場合は、顧客に現状分かっていることを伝えつつ、不具合の発生条件をまとめて開発に提出して、不具合認定及び必要であれば個別パッチが作られるのを待つ。
そう。不具合と認められなかった場合の方が、遥かに面倒であった。
だから、ドラ子は不具合であってくれと願っていたし、先方は仕様ですと言い張ったのであろう。
まだ憤懣やるかたない様子で、開発の方に用意していた資料をぶん投げながら、ドラ子はふと気付いたことを口にしていた。
「ていうか先輩。私、おかしなことに気付いちゃいました」
「なんだ?」
「Solomonの管轄って基本ダンジョンの中じゃないですか。なんでダンジョンの外の出来事でまで所有権の動きが発生するんですか。どうやってそれをSolomonが判断してるんですか?」
ドラ子は、まだ諦め切れない様子でずっと回答の粗を探していた(ある意味粗しか無いともいう)のだが、その中でも気になったのはそこだった。
今回の所有権の移動がダンジョンの内部で起きたのだとすれば、所有権の術式の動きも、それを察知していたSolomonの動きも分かる。
だが、Solomonの感知しないダンジョン外でのやり取りまで、どうやってSolomonが知るというのだろうか。ましてや、所有権の術式がどうやって動くというのか。
つまるところ、相手側が適当ぶっこいてる証拠じゃねえのか、とドラ子は思って先輩に尋ねたわけである。
だが、メガネはその疑問にさしたる迷いもなく淡々と答えた。
「まず結論から言うと、もろもろの動きが分かるのは、今回のアイテムが『魔力形成』されたアイテムだからだな」
「…………ふむ?」
とりあえず、何か理由があるということだけは分かったドラ子だった。
だが、詳しいことは全て、メガネの説明待ちである。
「まず、実際の──物理的なアイテムと、魔力形成したアイテムの違いは大丈夫だよな?」
「ええと、はい」
ざっくりとだが、ドラ子も理解している。
実際の、物理的なアイテムとは読んで字のごとく、その世界の物理法則に基づいて生み出されている、純粋な物質的アイテムのこと。
逆に、魔力形成したアイテムとは、大元が魔力であり、その魔力に『役割を全うする』ように命令を与え、その役割に応じた物質に変換させている魔力的アイテムのこと。
簡単に例を上げるなら、水を生み出すというプロセスにおいて、空気中の水分を集めるのが物理的な話で、空気中の魔力を水に変えるのが魔力的な話という感じだ。
「ではそこから一歩踏み込むぞ。魔力形成した鉄の剣があるとする。これはダンジョンの内部ではSolomonによる命令で鉄という『役割』を演じている。Solomonの支配力を越えるような、神と邪神と魔神を足して3を掛けたような存在が現れない限り、その命令が覆されることはないだろう。ダンジョン内では、こいつらはずっと『鉄』のままだ」
「Solomonのプロテクトが強固すぎる」
メガネの大袈裟な物言いに、ドラ子は素直な感想を零した。
でも確かに、魔王城のときも思ったが、この術式は防御には大分力を割いていた。
……そうなるとなおさら、その術式防御を力技でぶち破った先輩の存在が謎になるのだが、ドラ子は怖いので考えないようにした。
「そんな魔力形成された『鉄の剣』が、ダンジョンの外に出たとしよう。ここで一旦Solomonの命令からは離れるわけだが。そうなるとどうなる?」
「えっと、一応、命令はなくなっても直前の命令が生きていて、そのまま『鉄の剣』で居続けるわけですよね」
その辺は、当然と言えば当然の話だ。
ダンジョンで手に入れた鉄の剣が、ダンジョンの外に出たら途端に幻のように消えてなくなるというのはあまり聞いたことがない。
ダンジョンの命令から外れたところで、鉄の剣は鉄の剣でいるのが普通である。
「そうなるな。余談だが、モンスターが装備していた武器が、モンスターを倒したら消えてなくなるっていうのは、だいたい、モンスターが倒れた時点で、魔力に対する命令を解除して武器から魔力へと戻しているから生じる現象になる」
「心の中で『なんでやねん!』と突っ込んでいた事柄に、答えが得られて嬉しいです」
その辺は、ダンジョン管理者の設定次第ではあるが。
少なくともSolomonでは、モンスターが装備していた武具をそのまま冒険者に拾わせるのも、モンスターと一緒に消すのも自由だ。魔力形成で作ったものであるなら。
「というわけで、魔力形成した『鉄の剣』を外に持ち出した場合の話だが、この時点でSolomonの支配から外れるのはその通り。だけど、完全に命令を外しているわけではないんだ」
「ええと、どういうことですか?」
「魔力形成されたアイテムには、そのアイテム内に『命令』を継続するような術式を個別に仕込んであるんだよ」
曰く。
ダンジョン内に限れば、魔力形成したアイテムの性質の維持はSolomonが直接担っている。
だが、一度ダンジョンの外に出ると、Solomonの支配から外れ、備え付きの子機のような術式が、代わって性質の維持を行っている、と。
「なんでそんな面倒な真似を? さっきも言いましたけど、ダンジョンから出ても、自然と魔力に戻ったりはしないんですよね?」
少なくともドラ子はそう聞いていた。
魔力形成した物質──例えば水なんかは、ダンジョンの外に出て支配下から外れても、普通の水の役割を全うし続けると。
ダンジョンから出たら、自動で魔力に戻るようなものではないと。
「自動では戻らないけど、手動で戻すことが出来る相手はいるからな」
「……あー、対策しとかないと、解呪みたいなの食らったら武器が魔力に戻されちゃうみたいな話ですか?」
「そういうこと」
これが魔力形成したアイテムの辛い所である。
誰にでも簡単にできるような話ではないが、少なくともこの世界にいる上澄みの人間であれば、魔力形成されたアイテムの命令に干渉して、再び魔力に戻す程度のことはやってのける。
そんな存在にとって、既に命令はなく、なんのプロテクトもかかっていない魔力形成装備に身を包んだ相手というのは、もはや全裸装備と変わるまい。
そういう相手の対策として、Solomonはドロップさせた魔力形成アイテムのアフターフォローまで行っているということだ。
「で、さっきは子機っていったこの術式だが、一応は包括的なもので、その中には所有権関係の判定術式も含まれていたりするんだ」
もちろん、ダンジョン内部で動いているものほど精密ではないが、とメガネは付け足す。
しかし、ドラ子はそもそもその術式の存在理由が分からなかった。
「それこそなんでです? ダンジョンの外で所有権を動かすことの意味ってあります?」
「ダンジョン内で手に入れた自分にしか使えない装備が、ダンジョンから出たら誰でも使えるようになったら問題だろ」
「あ、そういう使い方ですか」
言われたら、納得したドラ子である。
聖剣とかに精霊だのなんだのが付いていて、その精霊が持ち主を選ぶという話はファンタジーでは王道の一つである。
また、善なる心の者とか、悪なる心の者とかしか使えない魔剣なんかも、良く物語に登場するものだ。
当然、Solomonもそういったメイクドラマの小道具として、そういう謂れ付きっぽい装備を魔力で形成する機能がある。
(なお、魔王城にSolomonが導入されたときには無かった機能であり、その事件があって珍しく内部関係者から切望された機能である)
だが、その装備可否などの判断を行っているのは当然精霊ではなく術式である。
術式である以上、Solomonの管理から外れた時に、動かなくなるようでは困る。
ではどうすべきかとなれば、魔力形成したアイテムに予め判定用術式を組み込み、アイテムが自己判断できるようにするのが丸いという結論になったのだ。
例えば所有権の術式を利用すれば、正当な後継者にのみ代々使える家宝の剣なんかも、やってやれないことはないのだろう。
「思わぬ副産物として、一定以上のステータスがなければ装備できない武具なんかも、この子機術式の診断で簡単に作れるようになったりした」
「Solomonってたまになんか、ゲーム的なフィクションに媚びるところありますよね」
とりあえず、分かった事は分かったドラ子だった。
せめて最後まで武器としての一生を全うさせるために、Solomon側がそれ専用の術式を刻んでいるが故に、所有権の動きがアイテム側に蓄積されているというわけだ。
「……なんか、その子機内部で問題起こしているから、今の状況が発生している気がしないでもないんですけど」
「奇遇だな。だがこれは『仕様』だから俺達が考えることじゃないんだ」
仮にそこで何か問題が起きていたとしても、お問い合わせの結果は『仕様』だから問題ないのである。
問題しか無いとも言う。
「というわけで、所有権関係の術式が外でも動いているのは、魔力形成した武具を保護する術式に、その辺が包括的に含まれているからってことだ」
「ほー」
ドラ子は今までの説明をざっくり理解した。
「ところでもう一つ疑問が生まれたんですけど」
理解した上で、気になったことがもう一つだけ。
「その術式って、例えば魔力形成の鉄の剣を溶かして再加工したときとかまで生きてるんですか?」
「なんでSolomonが、ドロップしたアイテムのリサイクル先まで面倒見ないといけないの?」
「なるほど」
つまりそういうことである。
役割を与えた魔力が、その役割に固化するまでの周期って何年くらいだったかなとぼんやり思いながら、ドラ子は知らない世界のことは気にしないことにした。
本当は別のチケットで使おうかなと思っていた設定なのですが、コメントでちらっと指摘があったので先に説明しようと思いました。
前回前々回と宣伝していたカクヨムのラブコメ本日完結します。
こちらの宣伝を見て駆けつけてくださった方、本当にありがとうございました。
カクヨムに対してまだ思うところがあり、改めて新作(これも書き溜め放出)を投稿することにしたのでよかったらこっちも見てやってください。ぴっかぴかの0PVです!
『ローカル神様、ただいま仮免試験中』〜初対面で神を自称した新入生がどうやら本物っぽい〜
https://kakuyomu.jp/works/16818093093257614213
あと、上のと一緒に軽い実験でこの保守サポートも一話から毎日一話ずつ投稿してみようかと思っています。
もしこのニッチな作品をまた最初からじっくり読み直したいなと思っている奇特な方がいらっしゃいましたら、良い機会かもしれないのでよろしくお願いします。
(※こっちを消すつもりは一切無いのでご安心ください)
二月は前も言ったように、なんとか週二回更新に戻したいと思っております。
可能なら今週は水曜木曜あたりにもう一度更新できれば。
新作も新しく書きたいと思っているし時間が無限に欲しいですね。




