219 継続お問い合わせ『在庫の数が合いません』5
大変遅くなってすみません
少し長めです
「そもそも、どうやってこんなの見つけたわけなの?」
なんで? なんで? と止まぬ疑問を感じながら、ドラ子はまず白騎士のその不思議を尋ねてみた。
先に述べたように、このチケットの事象は原因が不明だった。
エラーログにそれらしい表示も無いし、顧客の方でも具体的な発生条件も、事象発生の時間も分かっていない。
だから、事象の再現がとても出来なくて、ドラ子はソースを眺めながらひいこら言っていたのである。
それを、白騎士がポンと見つけ出し、あまつさえ昼休みにぱぱっと検証環境を作っている理由が、全く分からなかった。
「それは簡単ですよ」
「え?」
「冒険者のログから、彼らが何をしていたのか分かったんです」
冒険者のログ。
それは確かに、ドラ子が顧客に添付するように求めていたものだった。
その内容が何かと言えば、基本的にはそのダンジョンに入っている冒険者──人間達がどういう存在なのか、どんな行動を取っているのか、どんな会話をしているのかといったものの情報のことである。
Solomonの情報収集機能によって、侵入者ログとして保存されているものがそれにあたる。
とはいえ、ドラ子としては稼働中のダンジョンであるから念の為依頼しておいた程度のもので、そこから何か情報が読み取れるとは思っていなかった。
「私がやったことは、その冒険者さんたちの会話内容から、どういった行動を取っているのかを類推して、それに極力当てはまる行動を取ってみただけなんです」
白騎士の言葉を、ドラ子はぼんやりと受け取った。
詳細までは分からないが、先程、ドラ子たちが訳も分からぬままリレー形式でやり取りした鉄の剣の動きは、その冒険者さんとやらをトレースしたものだったらしい。
「え、じゃあ現地で事象が発生しているのは、現地の冒険者が鉄の剣を宝箱に詰め直しているからってこと?」
「そうですね」
ドラ子は頭に極大の疑問符を浮かべた。
実際の冒険者の動きを把握したところで、至極当然の疑問が残る。
「…………なんのために?」
「…………うーん、ちょっと説明が必要になっちゃうと思うんですけど」
白騎士は、そこでちらりと蝙蝠の方に視線をやった。
白騎士は事象解明の手伝いのためにこの場に来たのだが、彼女自身はこのチケットに直接関わっている人間ではない。
考え過ぎと言ってしまえばそれまでだが、彼女はこの時間、自分の仕事をさぼっているのとあまり変わらない気持ちでいた。
だからこそ、この中で一番立場が上の蝙蝠に確認を取った。
『ここからはチケットというより趣味の話になりますけど大丈夫ですか?』と
蝙蝠はその視線にうむと頷いた。なんだか知らんがとにかくよしという気持ちであった。
「では。このお問い合わせのダンジョンを見ていて最初に疑問に思ったことなんですけど、このダンジョン、珍しいモンスターが居るんですよね」
上司の許可も貰って、晴れ晴れとした顔で白騎士が語り始めようとする。
のだが、ドラ子がその言葉を遮って尋ねる。
「ちょっと待って、その前になんで白騎士ちゃんがこのチケットのダンジョンの設定情報解凍しているのか聞いて良い?」
「え? 普通、自分の知らないダンジョンの情報があったら見てみますよね?」
「え?」
「え?」
なお、ドラ子は基本的に自分の担当しているチケット以外のダンジョンの設定情報に目を通すことはほとんどないのであった。
ちらりと視線をやった先輩と上司は、曖昧な表情であった。
どうやら、白騎士が特別ダンジョン好きだというだけなようだった。
「あ、続きをどうぞ」
「はぁ」
ドラ子としては「やっぱり白騎士ちゃんちょっとおかしいよ」と言いたかったが、それによって今助かっているところなので、何も言えなかった。
「ええとですね。そうです。このダンジョン、実は珍しいモンスターが設定されてるんですよ」
「そのモンスターとは?」
「ソードダンサーです」
「なるほど」
ドラ子の知らない名前のモンスターだった。
現時点で読み取れるのは、多分剣を使うということだけだ。
そのドラ子のいつもの「なるほど」を聞いたメガネが、そっと捕足を入れる。
「ソードダンサーは、スケルトン系列のモンスターで、その中でもかなりの上位種だな。がいこつ剣士とかのカテゴリーで、最低でも四本の腕でそれぞれ剣を持つ四刀流。現状の設定では八刀流までは召喚できた筈だ」
「ほへー」
「ただし、物好きな管理者がユニークモンスター扱いで呼び出すことがある程度の、ぶっちゃけ不人気モンスターだがな」
メガネが不人気と断言したのがちょっと気になったドラ子は、そこを少し掘る。
「なんで不人気なんですか?」
「一体召喚するのに、プラスして最低でも剣を四本、それに上位のスケルトンだから防具なんかも生成しないといけない。つまり、コスパ悪いんだよ」
「あーそういう。世知辛いですね」
強力なモンスターあるあるであった。
基本的に、ダンジョンとは掛かったコスト(主に魔力)でどれだけダンジョンマスターの求めるもの(生気とかマナとか金とか娯楽とか色々)が回収できるかがキモだ。
求めるものの違いがあるので一概には言えないのだが、強いけどコストが高いモンスターよりは、強さはそれほどでコストが安いモンスターの方が喜ばれる傾向がある。
そこで言うと、本体のスペックがまずそこそこ止まりで、使い捨ての装備にたくさんコストをかけるタイプのモンスターは、あまり喜ばれない典型であった。
装備のコストは、Solomonの牧場で一括生産しているモンスターに比べて重めなのに対し、対策すれば簡単に倒される傾向が強いからだ。
魔力は万能のエネルギーであるが、タダではないのだ。
「で、そのソードダンサーが珍しいっていうのは分かりましたけど。そこから何が?」
理解が進んだので話を白騎士に戻す。
白騎士は、先程の会話を踏まえた上で、ソードダンサーの設定を説明した。
「そうです。本来であればソードダンサーはコストの割に強さはそれほどというタイプのモンスターなんですけど、このダンジョンではそのコストの問題を解消してまして」
「どういうこと?」
「ダンジョンに打ち捨てられている『剣』や『防具』が一定数溜まると、それを装備して生まれてくる設定なんですよ」
「ふむふむ?」
それは盲点であった。
装備のコストが重いなら、出来合いの装備を流用すればいい。
そうすれば、コストを節約しつつそこそこの強さのモンスターを生み出せることになる。
そもそも、世界観的にもスケルトンとかそういうタイプのモンスターは、朽ちた剣とか持っていることが多い。
合理的な考え方と言えるだろう。
ある一点の疑問を除けば。
「なんでそんな大量に剣やら鎧やらが打ち捨てられているわけなの?」
根本の問題である。
もちろん、ダンジョンには危険が付きものだし、ダンジョン内で命を落とした冒険者たちの装備が運良く(あるいは運悪く)集ることもあるだろう。
だが、モンスターとして特定の条件で召喚されるようにしっかり設定されているのであれば、そのダンジョンではその条件が良く満たされると考えるのが妥当だ。
だから、先程の事象の発生条件もそうだが、この話は冒険者が鉄の剣や鎧をダンジョンに良く捨てているという前提がなければ成り立たない。
一本や二本ではない、最低でも四本の剣を装備する必要があるモンスターなのだ。
普通、そんなに捨てるか?
装備というのは当然ながらタダじゃない。
もちろんこれが木の棒とかなら分からなくもない。
だが鉄の剣ともなれば、自分は要らないにしても予備として持っておく価値くらいはあるだろうし、最悪売ってもそこそこの値段になるだろう。
それがダンジョンに大量に放置される状況があまりにも稀だ。
「そこで疑問に思った私は、そのダンジョンに侵入してくる冒険者の装備を確認してみたんですけど」
「うん」
「ほぼ全ての冒険者が、全身ミスリル装備なんですよね」
「なんで?」
ミスリルと言えば、まぁ、ファンタジーの定番的な魔法系金属である。
Solomonとして提供しているものは鉄より軽く、魔力との親和性が高く、そして頑丈。
当然ながら、それで作られた装備であれば鉄よりも上等であり、値段も張る。
全身ミスリル装備の冒険者であれば、鉄の剣が要らないというのは分かる。
だが、そもそも、ダンジョンに入ってくるほぼ全ての冒険者が全身ミスリルは異常にもほどがある。
「この時点で『これは何かあるな』と思った私は、冒険者の会話ログを漁り始めました」
そう言った白騎士がかき集めた情報によると、これがお問い合わせのダンジョンを取り巻く環境らしい。
──────
1.本来、このダンジョンは低い階層で鉄の装備が良く落ちると噂の、中堅冒険者に人気のダンジョンであった。(なお宝石も落ちるからそっちの需要もある)
2.算出される鉄の装備は溶かして再加工されたりもする重要な資源となっており、このダンジョンの周りには街が栄えた。
3.そんな折り、このダンジョンのすぐ近くで大量のミスリル装備がドロップするダンジョンが発見された。
4.ミスリルの過剰供給に伴い、ミスリルが鉄より安くなる。結果として鉄の価値が暴落。当然ながら、鉄装備の価値も下がった。
5.そして鉄の装備を拾って来て売るよりも、捨てた方がマシな状況になる。
6.当然、冒険者は鉄の装備を拾ってくるのを辞めてダンジョンに投げ捨ててくるようになった。
7.大量に打ち捨てられた武器をトリガーとして、低階層にてソードダンサーが大量に発生。新人冒険者が立て続けに殺される事態に発展する。
8.冒険者ギルドは、ダンジョンに装備を捨てていくとソードダンサーが発生すると判断して、装備を捨てることを禁止した。
9.ただでさえ低止まりしていた鉄の価値がさらに下がり、とうとう売るのに金が取られるようになる。
10.ダンジョンの人気も大暴落しかけたが、宝石は欲しいギルドが、慌てて鉄の装備を最低価格で回収することを決定。
11.ギルドに大量の鉄の装備が集りまくって頭を抱える。そこで、鉄の装備を近所のどこかに捨ててくる依頼を発注する。(ノープラン)
12.その依頼を受けた冒険者の誰かが、何かの偶然でダンジョンの宝箱に鉄の剣を戻すと消えることを発見する。
13.一度ギルドで預かった後に、ギルドの依頼で捨てにいかないとダメなことが判明し、晴れて冒険者の仕事の一つに、宝箱に鉄装備を捨てにいく仕事が追加された(今ここ)
──────
「というわけなんです」
「この短時間でよくもそこまで情報を集めたねぇ!?」
現場でいったい何が起きているのかはイマイチ良く分からないが。
それでも、白騎士の情報収集能力がやたらと高いことだけははっきり分かったドラ子であった。
まるで見たきたかのようにログから情報収拾する女
クーデターの指南書もそれで作った




