216 継続お問い合わせ『在庫の数が合いません』2
ちょっと長めです
ぎりぎり木曜日
ダンジョンには種類が様々あるように、宝箱にもまた様々な種類がある。
様々な種類があるということは、そこには様々な分類がある。
Solomonでは顧客の要望に応えられるように、家具には色々なパターンが設定できる──となれば、家具の一種である宝箱にもまた色々なパターンを設定できるということだ。
例えば、宝箱の形をどのようにするか。
例えば、宝箱そのものを持ち運び可能にするか否か。
例えば、宝箱のサイズを無視して中にアイテムを入れられるか否か。
例えば、宝箱の中のアイテムをどのタイミングで決定するか。
例えば、宝箱の中の時間を止めておくか進めていくか。
Solomonのデフォルトの設定はあれど、そのあたりはダンジョンごと、世界観ごとに様々であるため、かなり細部まで設定できるようになっている。
その中でも、今回のお問い合わせに関わってくる特性とはなにか。
それは。
「この顧客の場合『宝箱の再利用はできない』設定になっている」
「……宝箱の再利用とは?」
ドラ子は唐突に出て来た『宝箱の再利用』という単語を考える。
言われてパッと思うのは、中のアイテムが取り出された宝箱をダンジョンが回収し、それを再び利用するといった形だろうか。
だが、もし本当にその意味であれば、先輩は『宝箱の再利用はできない』ではなく『宝箱の再利用はしない』と言うのではないだろうか。
そこまで考えたドラ子に、メガネは淡々と答えを言った。
「簡単に言うと、冒険者が宝箱からアイテムを取り出すことはできても、宝箱にアイテムを入れることはできない設定ということだ」
「あー」
そういうことか、とドラ子は思った。
「となると、宝箱からアイテムを入手したら、その入手したアイテムを再び宝箱に戻すことはできない感じですね?」
「そういうことだ。加えて言うと、アイテムを回収した宝箱は即座に消える設定だな」
ダンジョンの宝箱とはどういう存在かを考えた時に、出てくる問題の一つに『開けた後の宝箱ってどうなるの?』というものがある。
これはダンジョンの──ひいては世界のデザインにも関わってくる問題である。
たとえば、ダンジョンに固定配置されている宝箱を開けたとき、普通に考えればアイテムを取った後の宝箱を冒険者が回収することはないだろう。(中身の入った宝箱ごと持ち帰るなんて例を除けば)
であれば、誰かが開けた宝箱は『空の宝箱』として、その場所に放置されつづけることになる。
その場所に次に訪れた人がいれば、中身が空っぽの宝箱を発見してがっかりすることだろう。
だが、これがもしモンスターとの戦闘でドロップした宝箱の話になるとどうだろう。
ダンジョンでの戦闘が終わり、ドロップした宝箱を開けても、空の宝箱がその場所に残り続けるとしたら。
決して減る事はなく、モンスターとの戦闘がある度に、一定確率で空の宝箱が増え続けるとしたら。
ダンジョンはやがて、通路の至る所を空の宝箱で埋め尽くされることになる。
そういった事態を回避するために、空の宝箱をどうするのかという設定は大事だ。
例えば、モンスターからドロップした宝箱は中身を取ったら消えるみたいに個別の設定を行ったり。
例えば、モンスターからドロップした宝箱は極小サイズにしてダンジョンの外に出たら開封できるようなギミックにしたり。
例えば、宝箱の数が一定数以上になったら、古い宝箱からダンジョンに回収されるようにしたり。
そういった、ダンジョンごとの設定が、宝箱問題には必要になってくる。
もちろんさっきの話は極端な例ではあるが、ダンジョン的に宝箱というのは配置するだけで終わりではなく、開けられた後の処理まで考えなければいけないギミックなのだ。
(ちなみに何もしなくてもSolomonのデフォルトの設定では、空箱はゴミのようなものとして、清掃機能が動いていれば自動で取り除かれるようになっている)
と、ダンジョンと宝箱の簡単な話は済んだところで『宝箱の再利用』という言葉に戻るとしよう。
つまり『宝箱の再利用ができない設定』というのは、一度中身を取ってしまった宝箱を、再びただの箱として利用することができない設定ということになる。
空の宝箱に不要なアイテムを詰め替えることはできないし、そもそも、今回の顧客の設定では中身を取った宝箱は即座に消えてしまう。
つまり、冒険者にとっての宝箱は、アイテムを受け取るだけの一方通行のギミックだということだ。
「その他にもかなり尖った設定してるかな」
と、自身のデバイスにて解凍した設定データを眺めながらメガネはさらに零す。
「宝箱の再利用は不可で、宝箱の放置も不可。固定宝箱は無視できてもドロップ宝箱は開けて中身を取るまで離脱不可。取ったアイテムは宝箱に戻せないし、捨てた場合もその場にずっとアイテムが残り続ける、といった感じか」
ふむ、とドラ子は少し想像してみる。
ダンジョンに潜っている最中、どれだけ気をつけても敵との遭遇は避けられないだろう。
それが行きの道か帰りの道かは知らないが、エンカウントを避けられずモンスターの一団と戦闘になった、とある冒険者たち。
少しヒヤリとした一面もありつつ、全員が無事なまま戦闘を終えると、ポンっと出現する宝箱。
みんなが顔を突きつけ合う。
どうやらその表情は喜びとは違うようだ。
行きならば、食料を満載していて宝を入れる隙間がないのかもしれない。
帰りならば、もっと奥の戦利品を詰めていてやはり隙間が無いのかもしれない。
しかし、宝箱は出たら開けなければならない。
なぜならそれがこのダンジョンのルールだからだ。
しばしの逡巡ののち、皆が頷き合い盗賊が宝箱へ向かう。
そして仕方なく開けた宝箱から──燦然と輝く『ひのきの棒』が!
彼らはそれをポイッと投げ捨てて、道を急ぐ。
後には、捨てられたひのきの棒が、ずっとその活躍の時を待ちながら、ダンジョンに横たわり続けるのであった。
「いや普通に考えて、はた迷惑な設定にしか思えないんですけど?」
「こういう設定、実は意外と珍しくないけどな」
ちなみにメガネの言う『こういう設定』というのは、モンスターが落としたアイテムは強制取得になる設定のことである。
それが宝箱で落ちるか、普通に落ちるかの違いはあるが、ダンジョンの設定としては実はそこまで珍しくもない。
俗に言う『モンスターは○○を落とした。しかし持ち物がいっぱいだ!』状態である。
「なんでそんな強引な設定が珍しくないんです?」
「そこを強制した方が、例外処理とか減って管理が楽だから」
「めちゃくちゃこっち側の事情ですね!?」
悲しいがそういうことであった。
宝箱を出現させたとき、そこに取捨選択の余地があると、条件分岐が増える。
少し考えただけでも、開けずに放置する、開けたが要らない中身なので放置する、開けたアイテムを必要な分だけとって放置する、必要な分を取って要らないアイテムと交換する、とりあえず全部取得する、全部取ったは良いが持ちきれないのでやっぱり戻す、などといった分岐が浮かんでくる。
この分岐ごとにそれぞれの処理を考えるのが良いダンジョン管理者なのだろうが、一々それぞれの分岐で処理を考えるのが面倒くさいという人も多い。
そういう人は、とりあえず宝箱が出たらアイテムを強制取得させて、宝箱は消してしまうという手段に走りがちだ。
その後に冒険者が出来ることは、アイテムを全部持っていくか、要らない分のアイテムを捨てるかくらいしかないので、処理を考えるのが大変楽なのである。
「言いたい事は分かりますが、それ世界観的に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だからやっているか、ダンジョンの中はそういうものとしてルールを押し付けているか、だろうな」
「後者は絶対に大丈夫じゃないやつじゃないですか」
どうか、様々な異世界に存在するダンジョンの管理者は、マメな人でありますようにとドラ子は心の中で願った。
ちなみに、そういうマメな設定をする人間は、総合ダンジョン管理術式であるSolomonではなく、個別の特化型術式を組み合わせて使ったりする人も多いのだが……。
「といったところで、今回のお問い合わせに戻るわけだが」
「少なくともこのダンジョンでは宝箱の再利用はできない──つまり、宝箱が出たら中のアイテムを取得する以外のことができないって話なんですよね」
「そういうことになる。だから、普通に考えたら、在庫が増えることは無い筈なんだよ」
それが、メガネがパッとお問い合わせと情報を流し見た段階で『さっぱり分からん』といった理由であった。
「これが再利用可能なタイプなら、空の宝箱にアイテムを詰めることで実在庫が増えるってパターンも有り得るんだけどな。そんなことをする動機は置いておいて」
それが可能であることと、実際に行うかはまた別の話である。
「うーん。でも怪しいですよね」
ドラ子は眉間に皺を寄せる。
一応、通常の動作においては顧客のダンジョンでは在庫が増えることがない。
だが、増えている現状がある。
ということは、そのあたりのどこかに不具合が潜んでいる可能性が高い。
「まぁ、ざっと考えられるパターンは次の二つくらいだ」
「ふたつ」
「一つは、なんらかの不具合によって、再利用不可のはずの宝箱にアイテムを詰める方法が存在する。一つは、アイテムの在庫が増殖するような、ミミックみたいな不具合が存在する」
「なるほど」
ドラ子は頷いた。
なるほど、どこから調べたら良いのかすら分からん、と。
「ああ、あともう一つあったな。一番簡単なパターンが」
そんなおり、思い出したようにメガネがもう一つの可能性を示唆する。
前の二つがそれぞれ面倒くさそうだと思ったドラ子は、縋るようにその答えを求める。
「それはどんなパターンで?」
「顧客の身内になんか術式を弄っている奴が居て、それが不具合に見えているパターンだ」
「ええ……」
最後の一つはどうなんだと思わなくもないドラ子であった。
それってつまり、ヒューマンエラーというか、人災というか。ダンジョン管理的には一番あっちゃいけないパターンじゃん、と。
「現状言えることは、顧客の設定が設定な以上、本当に在庫数が増えているなら不具合か人為的なものかの二択ってことだけだ」
「どちらでもあって欲しくない。これが究極の選択」
「まぁ、人為的なものであればログに操作履歴が残っているわけだから、それがなければ不具合一択になるな」
「簡単に選択肢が減って嬉しい筈なのに、何故かあんまり嬉しくないなぁ」
ドラ子はしょんぼりしながら、まずはログの確認を行うかとため息を吐いた。
そんなドラ子を尻目に、メガネは少し難しい顔をしていた。
「あと個人的におかしいと感じる点もある」
「それは?」
「なぜ、事象が発生しているのが鉄の装備品だけなのかというところだ」
それは顧客のお問い合わせの文章に記載されていたものだ。
もし在庫数の増加が何らかの不具合だとしても、普通であれば、事象が発生している階層の中でならアイテムの種類を問わずに起きていて不思議はない。
にも関わらず、事象が発生しているのは決まって『鉄製のアイテム』に限るらしい。
「もしかしたら、鉄製品を魔力形成する時に限った、なんらかの問題が眠っている可能性もある」
「聞きたくなかったです」
「調べることが一つ増えただけだろ」
その一つを調べるのにどれだけ時間がかかると思っているのか。
ドラ子は涼しい顔でそういう先輩をやや涙目で睨んだ。
メガネはその視線を受けても、特に気にすることはなく『じゃあ頑張れ』の一言で自分の仕事に戻っていった。
しばらくして。
「で、結論は?」
「人為的な宝箱の設置等の操作ログは見当たりませんでしたねぇ」
「じゃあ、恐らく不具合だな」
「ですかぁ」
選択肢が一つ減ったドラ子は、やっぱりどこかうんざりした気持ちになるのだった。
実はこの問い合わせは白騎士向き




