215 継続お問い合わせ『在庫の数が合いません』1
「…………」
ドラ子は無言でメガネを見ていた。
ただただ、じーっと。
最初は無視していたメガネも後輩のあまりにしつこい視線に短いため息を吐いた。
「なんだよ?」
ようやく自分の方を向いたメガネに、なおもじとっとした目を向けたあと、ドラ子はデバイスに届いたメッセージを指差す。
先日簡易回答で終わったと思っていたお問い合わせの、継続のお知らせであった。
「不具合起きないんじゃなかったんですか!?」
「そういうこともある」
「むしろそういうことばっかじゃないですかこの術式!」
「そうだな」
ドラ子はデスクに突っ伏して「うーうー」と唸った。
一応補足しておくが、別にドラ子とて仕様調査や情報解析のチケットは絶対に受けたくないというような我侭は言わない。
ただ、終わったと思っていたチケットが思わぬ形で反撃してきたことに、想定外のダメージを受けているだけである。
そして悲しいことに、そういった事例は、メガネの言う通りに『そういうこともある』程度の頻度で起こることだった。
──────
回答ありがとうございます。
ですが、回答の内容を拝見したところ、弊ダンジョンにて発生している事象とは異なるもののように思えます。
依頼された情報を添付しますので、改めて回答お願いします。
1. 貴ダンジョンにて発生している差異について、以下の状況から当てはまるものをご選択ください。
b-1 魔力形成したアイテムの実在庫が、データ上の在庫よりも多い。
2. 1.にて選択頂いた状況を基に、発生している事象について、できるだけ詳細にご説明ください。
数十年は安定して稼働していたダンジョンにて、つい最近になって以下のような現象が発生するようになった。
『鉄の剣を筆頭にするような鉄製の装備品の実在庫が、何故かデータ上の在庫よりも多い状態が頻発する』
この状態は気付いた段階でアイテムの在庫チェック機能を起動すると修正されるが、それに気付くまでアイテムの自動設置機能が正常に作動しないなどの問題が発生する。
事象が発生している間、宝箱などの実数に変動が起きているようには見えない。
発生する時間帯などは基本的に日中が多いが時間帯はバラバラであり、原因についてなんの心当たりもない。
そのため、Solomonの何らかの不具合ではないかと疑っている。
3. Solomonの情報出力機能を利用しダンジョンの設定情報をご提示ください。
添付したファイルをご確認ください。
4. お問い合わせの事象が発生しているダンジョンにおける以下の情報を取得してご提示ください。
添付したファイルをご確認ください。
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「バッチバチに不具合の匂いがします」
読んだだけでドラ子はげんなりした。
しかし彼女にはまだ希望がある。
自分はぱっと見まるで推測もできないような事態であるが、もしかしたらこの先輩なら『あーあれね』と、あっさり原因を教えてくれるのではないか。
果たしてその期待の先輩は、お問い合わせの文章を読んでふっと笑みを浮かべた。
「なんだこれ、さっぱり分からん」
「もうだめだぁ! おしまいだぁ!」
ドラ子は両手を上げて椅子の背もたれに思い切りもたれかかった。
きぃと軽い音を上げて椅子が軋む。だが、ドラ子の脳裏はもっと悲鳴を上げていた。
少なくとも、先輩に全く心当たりがない時点で、まず仕様の線はないだろう。
さらに言えば、既知不具合の可能性も薄い。
ということは、新規不具合。
なんの手がかりもないままに、また、顧客から貰った情報とそれを基に作った試験環境と、うんざりするごちゃごちゃソースの睨めっこが始まるのがほぼ確定であった。
「そう悲観することもないだろ」
「そりゃ先輩だったら、ちょろっと情報見ればすぐ糸口を見つけられるから」
窘めるようなメガネの言葉に、少しだけドラ子は不貞腐れたように言う。
だが、メガネはやれやれと言うように肩を竦めた。
「いやそうじゃない。そうじゃないんだドラ子」
「何がですか」
「重要なのは、この顧客がそんなに焦ってないというところだ」
ふむ、とドラ子はお問い合わせを読み返す。
確かに、起きている事象は謎なれど、この文章からは焦っている顧客特有の追いつめられた感をあまり感じない。
実際、数字のズレによる宝箱の自動設置がちょっと困るくらいで、ダンジョンの存続に関わるような致命的な問題が起きていないからだろう。
今まで見て来た顧客の中でも、焦っている相手からは特有の圧を感じたものだ。
具体的には誤字がそのまんまとか。
「そして、顧客がそんなに焦ってないということは」
「ということは?」
「こっちもそんなに焦らなくて良いということだ」
「…………」
いや、それは保守サポートとしてどうなんだろう。とドラ子は心の隅で思わなくもなかった。
「実際大事なことだぞ。言ってはなんだが、そのへんのクソみたいな簡易回答で済むチケットと、一刻も早く回答しないとダンジョンが崩れ去るような危険なチケットを、同じ優先度で対応することは流石に出来ないからな」
「そりゃそうですけど」
実際、保守サポートの対応は先着順というわけではない。
概ね先着優先ではあるが、その時々で抱えているチケットの量や種類によって、回答の順番が前後することはままあることだ。
同じくらいの時間が掛かるチケットなら、〆切が許す範囲でより顧客が困っている方を優先させたり。
ざっと見ただけで分かるマニュアル案内するだけの簡易回答を本命の環境構築がてらにぱぱっと片付けたりもある。
つまり、相手があんまり焦ってないというのは、こちらもめちゃくちゃ優先度高く対応しなくても良いという許しになる。
「まぁ、泣き言を言ったところで状況は変わないんだから、さっさと情報解凍して検証環境作れよ」
かといって、全体的な〆切が待ってくれるわけではないので、だから何だと言われるとそれまでなのだが。
「なんかこれ、雑に励まされただけじゃないですか私?」
「そんなことないよ」
実際、何一つ問題は解決していないが、だからと言ってやる事が変わるわけでもない。
どこか釈然としない思いを抱えながら、ドラ子は言われたように顧客から貰った情報をぶち込んだ検証環境構築に勤しむのだった。
「というわけで、事象は全く再現しませんでした」
暫くして、とりあえず顧客のダンジョンの情報から検証環境を作り、時間加速でグルグル回してみたが、事象は再現しなかった。
それを聞いたメガネは、うむ、と一つ頷いてから言った。
「だろうな」
「だろうなって」
「そもそも、在庫が動く要素がない」
そう言われると、そうなることは想定の範囲内過ぎて何も言えない。
もともと、アイテムの在庫が動くということは、アイテムに干渉する冒険者なりが居ないと話にならない。
とすれば、誰も入らない検証環境であれば、事象が再現もクソもないだろうなとは思っていたからだ。
だが、ドラ子はその予定調和に対しても少し思う所がある。
それはそもそも、冒険者がアイテムを手に入れて在庫が『減る』という現象と、今回の事象では根本的に違うところもあったからだ。
「人の出入りについては分かりますけど、それ以前の問題もありますよね?」
「なんだ?」
「まず、Solomonってどうやったら在庫が増えるのかっていう所です」
検証環境を作ってグルグル回している傍らで、ドラ子はソースにも軽く目を通していた。
だが、仕様を知っているおかげで在庫が減る記述については確認できたが、逆に在庫が増える部分についてはまだ目を通せていなかった。
それに対する、メガネの答えはシンプルだった。
「簡単だぞ。この顧客の宝箱の設定では、管理者が増やさない限り在庫は『増えない』が正解だ」
「……………………???」
メガネの断言に、ドラ子は沈黙を挟んでから疑問を呈した。
「でも、増えてますよね?」
「だから、不思議なんだよなぁ」
「…………おうふ」
このチケット、一筋縄では行かないんだろうなぁ、とドラ子はしみじみと思うのだった。
ダンジョンの設定やおかしな点とかは次回以降明らかになっていく予定です
……知人に「話の展開の仕方が推理小説っぽい」と言われて「そうかな? そうかも……?」と思いました
 




