213 お問い合わせ『在庫の数が合いません』5
久々にちゃんと(?)体感水曜日
「そもそも普通、モンスターって宝箱開けないですよね?」
今まで一般常識的ダンジョンの話をしていたとあって、ドラ子は一般的なモンスターの特徴を挙げた。
そんなことをいちいち挙げるのもおかしい気がしたが、その筈だった。
「実際、一般的なモンスターは開けないな。そもそも、開けられないモンスターも多い」
「手先が器用なモンスターばかりじゃないですからね」
「だが、逆に言えば、宝箱を開けられるモンスターが開けない理由ってなんだと思う?」
「理由ってそりゃ……あれ」
そんなの常識だから、以外の合理的な理由を述べようとしたドラ子だが、言葉が止まる。
そう。無いのだ。
そこにはなんの理由もない。
モンスターが宝箱を開けない理由も無ければ、開ける理由もない。
そもそも、ミミック以外のモンスターと宝箱の関わりが、最初からない。
「モンスターが宝箱を開けないのはな──それが何かを知らないからなんだ」
「…………つまり逆に言うと」
「そう。宝箱の中に『良いモノ』が入っていると知ってしまえば、開けないわけがない」
言われてみると納得してしまう。
そも、野生動物だってその中に餌が入っていると知っていれば、木の実の固い殻を食い破るくらいのことはするのだ。
その中に、自身を助けるものが入っていると知ってしまえば、開けない理由がない。
罠があると知っても、それをどうにかして開けようと考えるまで至るかもしれない。
ここに関しては、人間と、人間型モンスターに根本的な違いはない。
「そもそも、人間だって宝箱を開ける理由は、そこにアイテムが入っていると知っているからだ。中に何も無いと知っていれば、開ける人間は居ないだろう」
「なんか本当に、宝箱ってダンジョンから人間への餌なんだなって思わされますね……」
「長年の餌付けの結果が、世に溢れる冒険者だと言っても過言ではないかもな」
宝箱という存在がダンジョンにあるのがまずおかしいのである。
モンスターがわらわらと湧いているダンジョンの中に何故宝箱があって、なぜその中にお宝が入っているのか。
今でも時たま、そういうことを疑問に思う人間もいるだろうし、その結果それがダンジョンの出している餌だと理解している人間もいるだろう。
だが、それを理解したところで、結局目の前に宝があると知っていれば開けない理由はないのだ。(宝箱を開ける行為がダンジョンを成長させると危惧して無視する、なんてタイプを除けば)
人間がダンジョンの宝箱を開けるのは、実は長年の餌付けの結果だと思うと、ドラ子はダンジョンに関わる人々が少し哀れに思える気がした。
まぁ、気がしただけですぐに『割とどうでもいいこと』カテゴリに分類されたが。
「そういうわけで、モンスター……生身の肉体を持つタイプで、知恵が一定以上ある奴は、宝箱の有用性に気付いてしまったりするんだよな」
「なんで生身限定なんです?」
「魔力形成のモンスターだったら、行動原理に『宝箱に触るな』って刻むだけで解決する話だから」
「ああ、なるほど」
つまり、この不具合にしか思えない仕様は、結構限定的な条件下でのみ発生する特殊事象なのだろう。
不幸にもそれでバランスが崩壊してしまった可哀想なダンジョンもあるのだろうが、それはそれだ。
実際に、フル武装のゴブリンの群れが現れたところで、同じくフル武装の上級冒険者の群れで攻め込めば根絶やしにすることは難しくはない。その辺は人間側がどうにかできない問題でもない。
だから、致命的な問題に思えはするが、不具合ではなく仕様なのだ。
「でも餌付けの結果人間が宝箱を開けるようになるのであれば、逆にモンスターの方の記憶に宝箱へのトラウマを植え付ければ良いような気がしますけどね」
ドラ子はSolomonから召喚されるモンスターの生態を考えながら言った。
たしか、Solomonのモンスターはここで育てた後にその記憶を抽出し、培養した肉体に記憶を植え付けて出荷する流れだったはずだ。
であれば、その記憶の部分に『宝箱に近づくとろくな事にならない』という戒めを刻むのはどうだろうと考えたのだ。
だが、メガネはその提案に首を振った。
「実は、ある程度宝箱を忌避するような調教はすでになされているんだ」
「え? じゃあなんで?」
「仮に人間に置き換えて、何代も前の先祖が語っていた禁忌を後世の人間がどれだけ律義に守ると思う?」
「あー」
そういう問題もあったかとドラ子は理解した。
基本的にSolomonにおける生身のモンスターは、その都度召喚するよりは、生態系を用意して自然繁殖させることを推奨している。
そうなると、初代でどれだけ宝箱への忌避感を植え付けようと、世代を繰り返すごとにその忌避感は薄れ、消えていくだろう。
そういう面でも、この特殊事象は生身のモンスターでのみ発生するものなのだ。
「で、その解決策として、Solomonはその微妙に扱いの違う在庫? を用意したと」
「まぁ、そうなるな」
「なんかもっとこう、なかったんですか。たとえばモンスターが宝箱を開けてもそれは取得扱いにならない、みたいな設定をするとか」
一応、モンスターの方をどうにかするのは難しいと理解しても、術式の方はどうなのだと。
ドラ子の方で単純に考えても、ややこしい変数を一つ追加して複雑に管理するよりは、そういう設定を付け加える方がシンプルに思えた。
モンスターがアイテムを手にしても、所有権は移動しないようにすればいい。
どうせ起こる事象は同じだろう。モンスターが開けた宝箱は空のままになって、モンスターの手から誰かに渡れば、後はその誰か次第だ。
いやむしろ、モンスターの手に渡ったなら、問答無用で術式の方で取り上げればそれで済む話ではないかとすら思う。
と、ドラ子にしては合理的に考えた結果だったのだが、メガネはまたもや静かに首を振った。
「それはできないんだ」
「なぜ?」
「それはな。アイテムの取得によって移動する所有権関係の術式は、自社製じゃないからだ」
「……………………あ、はい」
ドラ子はメガネと一緒に、どこか遠くを見つめるチベットスナギツネみたいな目になった。
以前も軽く言ったように、このSolomonは会社で作った術式ではあるが、全ての術式を0から作り上げたわけではない。
フリーの術式を利用できるところは利用しているし、今回で言えばたまたまそれが所有権移動関係の術式だったのだろう。
「さらに言うと、その所有権の移動云々をトリガーにして、在庫管理の数字を自動で動かす処理になっているから、そこらへんを書き換えるのも面倒だったんだろう」
「自分とこの術式の改変で済む部分まで、面倒とか言うなよぉ……」
ドラ子は力無く突っ込んだ。
だが、恐らくその時はそこに触れる時間がなかったんだろうなとはぼんやり思った。
現時点でもとりあえず動いている部分を書き換えて、一々テストを繰り返すよりは、もう新しく外付けでもう一つ在庫っぽい変数作った方が楽じゃねとなっても、まぁ仕方ない。
「そういうわけで、晴れてSolomonには、わざわざアイテムがダンジョンの外に出ることで変動するデータ上の在庫と、アイテムの所有権が移るタイミングで変動する実在庫の二つの在庫が生まれたってわけだ」
「実にくだらない誕生秘話でした」
理解もしたし、納得もした。
が、それはそれとして、もう少しどうにかならないのかよ、というもどかしさがドラ子の胸に渦巻いていた。
「ちなみに、その所有権関係の術式をカットしたら、Solomonってどうなるんですか?」
「正確に想像することは難しいが、少なくとも冒険者の助けになるような機能の何割かは機能不全になるだろうな」
「どういうことなんですかねぇ」
いったい何をどうしたらそうなるのか、ドラ子にはさっぱり理解できない。
それはドラ子がダンジョン管理術式にまだ精通していないせいもあるし、Solomonが何をしでかすかわからないせいもある。
ただ、メガネの頭の中ではいくつか、それによって生じる騒動は思い浮かぶ。
「Solomonで作られたダンジョン、及びその中のアイテムや動物、植物なんかも、基本的にはSolomonの管轄、つまり巡り巡ればダンジョン管理者の持ち物なわけだ。そしてその所有権の移動がなされない限り、ダンジョンの魔力で作られたものを他者が手に入れても、その魔力が譲渡されるわけじゃない」
「端的に言うと?」
「ダンジョンの中で湧いている魔力生成水を呑んでも、水分を摂取できなくなる」
「冒険者が死ぬぅ!!」
ざっくり言えば、魔力精製水とはつまるところ、魔力に『水』という役割を与えている状態であり、これは体内で『水』と同じ働きをするにはする。
だが、Solomonの管理下から外れていない場合はいつでも『水』から魔力に戻すことができてしまうというようなことだ。
ダンジョンの魔力で作られた食物を無闇に信用してはいけない。黄泉の国の食べ物もかくやの罠が仕掛けられているかもしれないのだ。
もっとも、わざわざ命令しなければ普通に『水』としての役割を全うするし、ダンジョンの外に出てしまえば強制的に管理下からは外れるので、この話に関してはそこまで問題はない。
だが、この問題は水以外の様々なことでも言える。Solomonのコンセプトからして、ダンジョンを術式で管理するということは、魔力で管理するのと同義だ。
魔力で作られた水や植物、地形やモンスターなどを、ダンジョンの管理下から外すことで正常に作動する術式もある。
重要なのは、その所有権を司る術式が自社製ではないという一点だろう。
「話が逸れたが、お問い合わせに戻ろうか」
「ええ、はい。大分逸れましたが、お問い合わせは、その在庫がずれているという一点だけでしたね」
これまで色々とSolomonのSolomonらしい仕様を解説されはしたが、もともとのお問い合わせは、データ上の在庫と実在庫がずれているというだけの話だ。
そして、ドラ子はそのズレが起こるのは割と良くある話だと知った。
「それじゃ、Solomonの仕様上、実在庫が減って見えることはありますよー、と言いつつ、その辺の記述があるQ&Aを案内する方針で良いんですよね?」
「基本はそれで良いと思う。追加で、もしQ&Aに記載の無いような状態だったら情報をくれ、だな」
「情報収集依頼要ります?」
「付けといて損はない」
若干だけ面倒だなと思いつつ、ドラ子は先輩のアドバイスに従って脳内で回答方針を定めていく。
そこでふと、気付いた。
さっきまでの話だと、実在庫がデータ上の在庫より少ないというのは仕様上よくある話だと聞いた。
だが、最初にメガネは、状況の切り分けとして、実在庫がデータ上の在庫よりも多い状態というのも考えられるといった話をしていた筈だ。
それはいったいどういう状況なのか。
「先輩、ちょっと聞くのが怖いんですけど、この実在庫の方が増えちゃうことも、仕様上あることなんですか?」
ドラ子の問いかけに、メガネは少しだけ遠くを見る。
それから、静かに答えた。
「仕様上はともかくとしてだ。良くあることだったよ。Ver 18.2まではな」
「あっ」
メガネの言葉に、ドラ子はこのお問い合わせのSolomonが割と新しめの──ミミックが家具配置機能に設定されているVerであることに、安堵したのだった。
増殖バグって怖い。
改めてそう思った。
 




