212 お問い合わせ『在庫の数が合いません』4
1日だけなら体感誤差かもしれない……
「まず、その説明をする前に一般常識的なイメージを摺り合わせておくべきか」
かつてのSolomonの在庫の仕様がいったいどうやってダンジョンを崩壊させたのか。
その話をする前に、メガネはダンジョンの常識を摺り合わせておく必要があると考えた。
なお、言われたドラ子は綺麗な目で首を傾げた。
「常識ですか? ここで働いている時点で、既にダンジョンに一般常識など存在しないということは骨身に沁みているわけですが」
「言いたいことは分かるが、そういうのを置いておいて一般的なダンジョンをイメージしろ」
今日に至るまで、ダンジョン管理術式で何故かスーパーを作ったり、畑を作ったり、駅を作ったり面接会場を作ったりしている時点で、一般的なダンジョンのイメージが怪しかったわけだが、ドラ子はなんとかそういう特殊事例を思考の隅に追いやった。
そうなると出てくるのは、まぁ、俗に言うダンジョンらしい、石畳で出来た謎の迷宮といったところだろうか。
そこにはモンスターが徘徊し、深く潜れば罠も張り巡らされ、そして道中にはご褒美のように宝箱が設置されている。
そしてその最下層にある『何か』を追い求めて、冒険者達は地の底を目指し続けるのだ。
「とりあえず、オーソドックスなダンジョンをイメージできました」
「よし、ではその中で宝箱にフォーカスしよう」
「……ミミックの話をします?」
「今はしない」
宝箱をイメージさせられると高確率で出てくるミミックを警戒したが、とりあえず罠はないらしかった。
そういうわけでドラ子はオーソドックスなダンジョンに出てくる宝箱をイメージする。
木の胴体に金属の枠が付いた、直方形っぽい箱。
その上部だけはかまぼこみたいな形になっていて、正面に鍵穴が付いている。
そして罠を警戒しながら箱を開けると、中からお金とか薬草とか武器とかが出てくるのだ。
モンスターのドロップが期待できない系のダンジョンであれば、それが冒険者の主な収入源となり、その中身に一喜一憂したり、時には手に入ったアーティファクト(めっちゃすごいアイテム的ななにか)を巡って仲間同士で殺し合ったりするのだ。
「イメージできました」
「良いだろう。冒険者達はその宝箱を開けて中身を漁ってワイワイやる」
「それがダンジョンの醍醐味ですよね」
「だが、ダンジョン管理者側はそうはいかない。分かるな?」
と、今まで冒険者目線で宝箱を見て来たわけだが、ここでダンジョン探索者ではなく、ダンジョン管理者として宝箱を考える。
宝箱、当然それを設置する理由は主に冒険者をダンジョンに誘致するためだ。
先程も挙げたように、ダンジョンにはモンスターや罠といった障害が数多く存在する。
そんな存在を乗り越えても、ダンジョンに潜りたいと冒険者に思わせるためには、魅力的な餌が必要なのだ。
モンスターのドロップアイテムに重きを置くのも一つの手だが、宝箱というのはもっと分りやすい餌となるだろう。
もっとも、宝箱がドロップするタイプのモンスターなんていうのは、分りやすいダンジョンらしさの一つと言えるかもしれないが。
で、当然だが、その中身はダンジョン管理者が用意している。
冒険者が宝箱を開ければ、アイテムは無くなる。
だから、冒険者が宝箱を開けて中身を漁ってワイワイするなら、ダンジョン管理者は、その餌が枯渇しないように、ちまちまと宝箱の中身の補充作業をしなければならない。
もちろん、世界観的に宝箱が復活しないダンジョンも存在するだろうが、そういうダンジョンは掘り尽くされた時点で人が離れていく。
Solomon利用者の大半は持続的に冒険者を呼び込むことを目的としていることが多いのだから、宝箱の管理というのは必要な仕事になるだろう。
「要するに、宝箱の中身を考えたり、補充したりするのはダンジョン管理者の仕事ってことですよね」
「その通りだ。そして仕事というからには、当然、その作業はダンジョン管理者に負担を強いることになる」
言うまでもない。
いちいちダンジョンの階層をサーチして、空いている宝箱を確認して、そこに手作業でアイテムを詰めて、なんてやるのは面倒なことこの上ない。
たとえSolomonを使っていたとしても、宝箱が空いてからどれくらい経つまで待って、どの階層だから何を詰めてとか、いちいち管理者が考えながらやってられない。
「まぁ、浅い階層の中にレアアイテムを仕込んで、手に入れた若手パーティの様子を眺めてニヤニヤするのを原動力にして手動でやってる管理者もいるにはいるが、大抵は、そういうチマチマした宝箱の管理業務こそ、術式を使って自動化したいと考えるだろう」
「当然ですね、そのための管理術式なわけですから」
「という需要にお応えするために、Solomonでは宝箱が開けられたらそれをトリガーにして、自動でアイテムを補充するような機能が搭載されているわけだ」
需要と供給という話ではないが、そういった宝箱の自動管理システムは当然Solomonに標準機能で搭載されている。
そこにミミックが絡んでくると話が少し面倒になるが、とりあえず今は置いておくとして。
「そして、この空いた宝箱を検知して、自動でアイテムを詰めるってシステムに内部で利用しているものの一つが、さっきまで説明していた『在庫』の数になる」
「あー、なるほど?」
ドラ子は頭の中で整理する。
まずダンジョンには宝箱が設置されるものである。
その宝箱は開けてからなんらかの条件で補充されるものである。
この宝箱が開いたという判断基準の一つが、在庫の数と関係している。
在庫、というからには宝箱側ではなくて、アイテム側に設定されている数の筈だ。
「要するにあれですか、アイテムの在庫の方で見てるのは、宝箱の中身を詰めるにしても、レアなアイテムは補充までの時間を長く取ったり、逆にゴミみたいなアイテムはすぐ補充してガンガン回転させたり、アイテムごとに重み付けをして管理するのに便利だから?」
「そういう側面もある。言うなれば宝箱の中身もまた、お前が好きなガチャの一種みたいなものだからな。その辺は完全ランダムにするのも、渋くするのも管理者次第だ」
「すみません誤解があると思うんですけど、ガチャは別に好きじゃないです」
「そうなのか」
「むしろ滅びろと思ってます」
どうしても我慢できなかったドラ子は、先輩の言葉に一つ訂正を入れる。
それから、先程の話を一度自分なりに整理してまとめた。
「気を取り直して。ダンジョンの宝箱のランダム設置を行うとして、在庫の数というものは、宝箱の自動管理に使われるパラメータの一つなんですね?」
「そう」
「そしてその在庫の数を、宝箱が開いた瞬間だけで管理していると問題が起きることがあった、と?」
「より正確には、宝箱からアイテムが取り出された瞬間だな。変動タイミングは」
まぁ、そこは良い。
問題は、在庫の変動タイミングがこれオンリーだとどういう問題が起きるのかということだ。
少し想像してみるも、ドラ子にはコレと言ったものが浮かばなかった。
「何が起こるっていうんです? 正直、その在庫の変動タイミングとやらを、宝箱が開いた瞬間と、アイテムがダンジョンから出た瞬間に分けたところで、宝箱補充のクールタイムだのが少し長くなる程度の違いしかないと思うんですけど」
このタイミングの違いによって生じる変化は、言ってしまえばそういうことだ。
とあるパーティがダンジョンに入って宝箱を開けたとする。
そのあと、すぐにダンジョンを出れば宝箱の補充は早くなるし、より奥地に向かえば補充は遅くなる。
どこかで野垂れ死んだとしても、ダンジョンの清掃機能などでその辺を回収すれば、ずっと補充されないと言った状況も発生するまい。
要するに、ただ、補充までの時間が長くなるだけの変更だ。
それで何が変わるのかと首を傾げるドラ子に、メガネは端的に告げた。
「そうだな。この設定を可能にした最大の理由は、そのクールタイムを動かなくさせることにあると言っても良い」
「…………と言いますと?」
そう、ドラ子は先の話を、ただクールタイムが長くなるだけだと思った。
だが、実はクールタイムが動かなくなることが重要だったのだ。
「ゴブリンとか、オークとか、コボルトとかさ、人間に近いタイプのモンスターっているだろ?」
「急に話が変わりましたね。それが?」
「たまにさ、居るんだよ」
「居るとは?」
そりゃ、ゴブリンもオークもコボルトもダンジョンにはたまにいるだろう。
そう思ったドラ子だったが、その後の言葉でその居るの意味が違うことを知る。
「変に賢い個体がさ、宝箱開けちゃうことがあるんだよ」
「……あ、あー!?」
マジで? という疑問のあとにドラ子はその言葉をとりあえず事実として飲み込んだ。
そして、そうなった時に、クールタイムの違いがなぜ必要なのかを理解した。
つまり。
「宝箱から装備が出る場合に、宝箱の補充が回ってしまうと、ダンジョンを放置しておくだけでフル武装のモンスターが発生してしまう不具合……」
「仕様だな……残念ながら」
それが、ダンジョンのバランスを著しく壊してしまう可能性がある仕様の答えだった。
ドラ子「でも普通その程度の想定はしてから術式組みませんか?」
メガネ「大丈夫? Solomonのダンジョンだよ?」




