209 お問い合わせ『在庫の数が合いません』1
完全に寝落ちしてました申し訳ありません
そして今週死ぬほど忙しいの確定週間でして多分次回更新一週間後となります
「先輩、何も言わずにちょっとここタップしてくれませんか?」
秋もしみじみと染み渡りつつある今日この頃。
秋らしい天ぷらを乗せた蕎麦を堪能してからオフィスに戻ったところで、赤髪の少女は神妙な面持ちで言う。
彼女の手には個人のデバイスが握られており、画面には『期間限定』とか『出現確率UP!』とかの文字と一緒に、華美な衣装に身を包んだ美少女の姿があった。
眼鏡の青年自身に見覚えのある画面ではないが、その美少女には見覚えがあった。
確か、最近スターダストセイバーズの広告で見た気がする美少女である。ということは、ドラ子がやっているのは、少し前に魔王城とコラボしようとして、魔王城が爆散してしまったが為に中止になった可哀想なゲームであろう。
「なんでそれ始めてるの?」
「いや、なんというか、当事者としての罪悪感と言うかなんというか」
より正確に言うなら、実際にダンジョンを攻略してみて、クソみたいな攻略をしてしまった申し訳なさと、単純な興味の二つだろう。
そう言いながら、ドラ子はじとっとした目で先輩を見た。眼鏡の先輩は自分が原因で魔王城が吹っ飛んだことになんの責任も感じていなさそうな顔をしていた。
そんなメガネがドラ子が『ここ』と指で示している箇所を見れば、いくつかあるボタンのうち『11回召喚』という文字が記されているボタンがそこにはあった。
「自分で引けよそれくらい」
「何も言わずにって言ったじゃないですか!」
なんで自分に引かせようとするのか、と当たり前の疑問を呈したメガネに、ドラ子は渋々と状況を説明する。
「……だってもう、自分じゃ何回も引いてるんです」
言ったドラ子は、少々涙目であった。
まぁ、自分に縋ってくるということは、多分そういう事情だろうということは分かっていたので、ただの答え合わせではあったのだが。
「ふーん。何回くらい?」
「……20回くらいですかね……」
「なんだ、全然じゃん」
「……11連を、20回くらい……」
「あっ……」
こういうゲームは大抵、キャラやアイテムのレア度が高くなればなるほど、出現率は低くなるように設定されている。
後から聞いた話だと、このスターダストセイバーズの場合は、最高レアが3%でPUキャラは1.5%になるとか。
ということは、11回召喚を20回──つまり220回ガチャを引いて出てないというのは、それなりに運が悪いと言って良いだろう。
「爆死してんじゃん」
「してるんですよ! よりにもよって人権キャラで!」
「いくら掛かってるの?」
「……六万くらい……?」
曰く、今PUされているキャラは、本人の攻撃はそれほどでもないが、とにかく他者をサポートすることに長けたキャラで、このキャラが居ると居ないでは難易度が変わるほどの強キャラだという。
そして、このゲームは恐ろしいことに今の所天井──つまりは何回引けば確実にキャラが手に入るといった救済措置が存在しない。(五十連で最高レア確定の仮天井はあるが)
だから、これまで引いたガチャに費やした金額は虚空に消えたも同然なのだ。
そこまでどっぷりとソシャゲに嵌っている後輩を、メガネは生暖かい目で見た。
「これを機に辞めたら?」
「真顔でなんてこと言うんですか先輩」
「食費に困るような奴がソシャゲに課金するのはどうかと思う」
「ぐぅ」
叩き付けられた正論にドラ子は何も言えなかった。
そう。ソシャゲはあくまで趣味なのだ(なお食事も趣味であることは一旦置いておく)。
無理の無い範囲で課金をするのはまだ良いとしても、食費を圧迫するほどのひりついた課金をするのはもはや趣味や娯楽と言って良い範囲から片足出ている。
だけど、それでもドラ子はここで引く訳には行かなかった。
「だってもう六万使ってるんだから! ここで辞めたら丸損じゃないですか!」
「典型的なソシャゲ向いてない奴の思考なんだよなぁ」
ちなみに、かけた費用が無駄になると思って途中で引けなくなるのをコンコルド効果というらしい。こんだけ爆死してるんだから、そろそろ出る筈だという負の思考である。
こういうゲームはある程度引いても出なかったら諦めるといった引き際が肝要だ。絶対にいくらかけても出すという決意のもとに金をドブに捨てるのは人の勝手だが、そんなことを繰り返していたら金がいくらあっても足りなくなる。
そういう意味では、自分の欲しいものは基本全て手に入れるタイプのドラゴンとガチャは相性が悪いと言えるだろう。
「だからこそ、普段使ってない運が溜まってそうな先輩に、是非ともその運を消費して引き当てて欲しいんです」
「人の運を勝手に使おうとするな」
藁にもすがる思いなのだろうが、動機がまたしても傲慢な後輩に、メガネは軽くため息を吐く。
だが、そもそも運の蓄積だのはなから信じてはいないので、特に躊躇うことなく画面をタップした。
画面が暗転し、右下の方に小さくデータのロード中であることを示す表示が出る。
「良しロード長いぞ、こいこいこい」
「ロードが長いとなんなんだよ」
「ロード長いと未所持キャラのデータをダウンロードしている可能性があるんですよ!」
ややあって、画面が切り替わると謎の祭壇らしき場所に、ガチャ用のアイテムをお供えするみたいな表示が入る。すると祭壇が虹色に輝き出した。
それを見て、ドラ子は奇声を上げた。
「虹きたあああ! PU仕事しろ仕事しろ仕事しろ!」
とりあえず最高レアは確定したらしい、とぼんやり思っていたところで、画面では祭壇に備えられたガチャ用アイテムが虹色のシルエットに変化し、そこから召喚された一人目のキャラがバンっと出て自己紹介を始めた。
『俺様は魔導王ヴァッシュ。ふっ、この俺様に助けを求めるとは見る目があるな貴様。良いだろう。王たるその魔導を存分に見せてやるさ』
「あああああすり抜けたぁあああああ!」
どこかで見た顔の男であった。
というか、確か砲台としてコラボダンジョンの攻略に使った男だった。
「ま、まぁ、まだNEWだから当たりだし」
それを見たドラ子は露骨に落胆するが、直後すぐに目を見開いた。
「うそ、やば、二枚抜ききたあああ!」
一人目の自己紹介が終わったあと、二人目の演出が再び虹色を呼ぶ。
どうやら最高レアを二人引いたらしい、とドラ子の興奮ぶりを見てぼんやり思うメガネの目には、次の結果が映る。
『俺様は魔導王ヴァッシュ。ふっ、この俺様に助けを求めるとは見る目があるな貴様。良いだろう。王たるその魔導を存分に見せてやるさ』
「またお前かよ!」
まさかのダブりであった。
新しく現れた二人目の魔導王は不敵な笑みを浮かべながら、何らかの素材へと変換される様子であった。
それを見ていたメガネは、ガチャのダブりについてぼそりと述べる。
「これ、二人目って召喚されて自己紹介したあとに当たり前のようにナニカに変わってるけど、いったいどういう処理なんだろうな。やっぱ本人を召喚してるわけではなく、なんらかの人間を基にした魔力形成で、二人目以降はすぐに魔力に戻されてるのかね」
「んなこたぁどうだって良いんですよぉ!」
ドラ子は怨嗟の篭った声を上げるが、デバイスを床に叩き付けるようなことはせずに、苦々しい顔で画面を睨んだままだ。
と、そのあと祭壇に捧げられたアイテムは、再び虹の輝きを宿した。
「ま、まさかの三枚抜きじゃあああ!」
さっきまでのダブった魔導王ヴァッシュにテンションが激落ちしていたドラ子が、降って湧いたような幸運に思わず感謝する。
そんなドラ子を尻目に、メガネは淡々と結果を眺めている。
やがて虹色のシルエットから現れた男はこう言った。
『俺様は魔導王ヴァッシュ。ふっ、この俺様に助けを求めるとは見る目があるな貴様。良いだろう。王たるその魔導を存分に見せてやるさ』
「どんな確率だよ!」
とうとうドラ子はデバイスを机に投げ出し、声を上げずに泣き始めた。
もはや見る者もいないガチャ画面をメガネが見ていると、虹の輝きとは違う、白い輝きや黄色い輝きがちらほらと流れ、そして最後、オマケの11連目では、それまでと違った虹色に空からの光が差し込むような特殊な演出が入った。
やがて、画面では最初のガチャの画面でドンとPUを謳っていたキャラが映っていた。
『天命士レイラよ。天気のことならおまかせあれ、なんてね。ただし運動だけは勘弁ね!』
「あっ」
多分これPUキャラだろうなとメガネは思った。
なお、ドラ子がその事実に気付いたのは、昼休みが終わる間際のことであった。
四枚抜きに気付いた彼女は実に楽しそうにスクショをカシャカシャ撮ったあと、どこぞのSNSに自慢と共にアップしているようだった。
まぁ、魔導王の三枚抜きとか、その前の220連爆死とかで普通に反撃されるわけなのだが。
「ふんふふ〜ん」
昼休みから少し経って、ホクホク気分で仕事をしていたドラ子。
それまでの爆死を忘れて実におめでたい様子であった。
「……いいカモだろうなこういうやつ」
「なんか言いましたか先輩?」
「お前が幸せそうで良かったなって」
「…………」
絶対違うこと言われた気がしたが、今のドラ子は気分が良かったのでそういうことにしておいた。
「あ、新しいお問い合わせ来ました」
そんなドラ子に、昼に溜まっていたらしいお問い合わせが一件アサインされた。
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件名:在庫の数が合いません
差出人:異世界372契約番号98──アイアンウィル
製品情報:Solomon Ver28.2
お問い合わせ番号:20024011111
本文:
お尋ねしたいことがあります。
現在我がダンジョンで一部のアイテムのデータ上の在庫と実在庫に差異が発生しているようです。
何らかの不具合でしょうか。
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「正解は、ダブったアイテムがいつの間にか凸用の素材に変換されていると見ました」
「真面目にやれ」




