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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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208 昼休憩『本と本棚の製作者』について6

体感日曜……




「それではごきげんよう」



 くるりと優雅に一礼して去っていくトゲちゃん? を見てドラ子が呆けた声をあげる。


「ほ?」

「も?」

「いやそういうの要らないです」


 古の掲示板のようなノリで返して来た先輩をジロリと睨んだあと、ようやく事態をひとまず飲み込んだドラ子は尋ねた。


「つまりどういうことなんです?」

「つまりそういうことだ」

「いや説明! どうせ先輩のことだから知ってるんでしょ! あからさまに面倒くさそうな顔してるもん! いまぁ!」


 後輩の指摘に眼鏡の青年はあからさまに面倒くさそうな顔をした。

 とはいえ、あの場でああ『言えば』、『彼女』からそういう返答が来る可能性を考慮しなかったわけではないのだ。

 それを押して苦言を呈したのは自分なのだから、多少は答える義務もあるかとメガネは考えた。


「まぁ、実際に見た通りなんだが。要するに、お前が今まで会話していた相手は、実はトゲちゃんではなく、トゲちゃんのロールプレイに徹していたアイちゃんだったということだ」

「そうですよねぇ、そうだと思いましたねぇ」


 ドラ子は一度、うんうんと頷き、自分の理解の正しさを確認する。

 その後に、目をカッと見開いて先輩に言った。


「はい。今の状況でおかしなことがいくつかありますね?」

「そうか?」

「まず、最初の問題ですが、なぜアイちゃんが実体を持っているのかという点です」


 とぼけようとする先輩を決して逃がさぬという意気込みでもって、ドラ子はそう指摘した。

 今更説明するまでもないとは思うが、アイちゃんとは、トゲちゃんこと腹ぺこトゲムシが生み出した、理想の本棚を管理する為のAIである。

 当然その本体はトゲちゃんが生み出した術式の中に存在している筈だが、彼女のスペックがやばいことになっていて、しばしば現実世界に侵食をかけているのは把握していた。


 だが、繰り返しになるが彼女はAIである。この世界で男と女が番い合って生まれて来た生命体というわけではない(この世界では男女の親から生まれてくる以外の生命体もいるが割愛する)。

 つまり、現実世界に侵食するといっても、それはせいぜい術式が絡むネットワークの世界の話であって、物理的な現実世界の話ではないはずだ。

 まかり間違っても、社員食堂で当たり前のようにエンカウントして良い存在ではなかった筈だ。

 そんな存在と、当たり前のように会話しているなど、おかしいではないか。


 だが、そんな常識をメガネは涼しい顔で否定する。


「術式を元に魔力で形成された魔物を扱っている俺達が、どうして術式を元に生まれた知性が、ついでに魔力で実体化しないと考えるんだ?」

「言われてみればそうですね」


 メガネの指摘に、ドラ子はうむ、と頷かざるを得なかった。

 言われてみればである。普段から当たり前のように魔物の生命(?)を冒涜しておいて、どうしてAIが身体を持っていることを不思議に思うのだろうかと。


「いや、でもですよ。でもおかしくないですか? そもそも、AIが身体を欲しがる理由ってなんですか?」


 と、アイちゃんが身体を持っている理由そのものには納得したが、それはそれだ。

 彼女が身体を欲しがった理由には納得が行かない。

 そもそも、彼女は本来本棚の管理が仕事の筈だ。その延長線上で情報を取得することも目的としていたが、自分の身体で本を読むより、AIとして本の中の文字データを処理するほうが何倍も効率的な筈だ。

 つまり、彼女が実体を手にしようとする動機が無い筈なのだ。

 ちょっと気になった程度の疑問ではあったが、それに対してメガネは明確な答えを示した。


「仮にドラ子が、本棚の本を全部守れたら一日一億円貰える契約で本棚の管理を任されたとするだろう? もしお前が管理している本棚に火をつけようとしている輩が現れたらどうする?」

「ぶん殴って止めます」

「それをするために実体が必要だったんですね」

「なるほど」


 ドラ子は理解した。

 本棚を守るためには、誰かを殴るための拳が必要だということを。

 むしろ本棚の管理AIが実体を欲するのは、自然な流れであったのだと。


「というわけで、アイちゃんは自己進化の果てに実体を手にするに至ったのだが、彼女はそれを更に有効活用することも考えたんだな」

「というと?」

「実体を用いた、より有機的な情報収集というアプローチだ」


 アイちゃんは、本棚の管理という枠を越えて、情報というものを収集することも至上命題としていた。

 そのためにSNS上に様々な形でアクセスをして、人間同士のコミュニケーションもつぶさに観察した。時には誰かに成り代わって積極的に接触することすらあった。

 そして、それだけでは不十分であることも、アイちゃんは同時に気付いていた。


 誰とも繋がらないような存在、所謂ぼっちの情報はこれでは集らない。


 だが、あるときを境に──具体的には実体を作成することが可能になったあたりで、はたと気付いたのだ。

 つまりは、そう。


「これ、自分が人間としてぼっちに物理的に接触したほうが早いなと」

「なにその電子的美人局?」


 その頃のアイちゃんにとって、公的な情報など、ちょっと個包装が多いお菓子程度の認識だったのだろう。

 アイちゃんがその気になれば、どこにも痕跡を残さずに、全くのゼロから公的な人間を即座に作りだすことなど容易かった。


「というわけで、アイちゃんがその気になれば、この世界のどこにでも、元々存在しなかった筈の人間を自由に『公的な人間』として生み出すことが可能になったわけだ」

「なにそれこわい」

「実際、全盛期のアイちゃんは全世界で数万人の『人間』を作って、情報収集に勤しんでいたらしい」

「なにそれ本当にこわい」


 そうやって作り出した架空の人間となって、今まで手の届かなかった相手に積極的に接触することを、アイちゃんは一時期のライフワークにしていたほどだ。


「とはいうが、実はアイちゃんの天下は長くはなかった」


 もはや自分にアクセスできぬ情報はない、と天狗状態だったアイちゃんを止める事件があった。

 そう、機密情報不正アクセス事件である。

 アイちゃんが実体を全世界で作ってイケイケだったころに、前述した警察襲来事件が発生して、アイちゃんは大幅な活動自粛を約束させられたのである。

 どういった取引があったのかは定かではないが、アイちゃんも条件を呑んだのだから、それをするだけのメリットが確かに存在したのであろう。


「その結果、現在『人間』として動いているアイちゃんのアバターは、せいぜい二百人程度ということらしい」

「その数でも普通にこわい」

「で、そこに目を付けたのが、あの腹ぺこトゲムシということだ」


 事件を通じてアイちゃんの実体化を、製作者であるトゲちゃんが把握したとき。

 彼女はこう考えた。


「『これ、私を作って貰えば、私の代わりに出社して貰えんじゃん』と」

「なにそれずるい!」


 ドラ子は憤慨した。

 それこそ、夢にまで見た働かずに収入を手に入れる方法の一つであった。

 というかここまで説明されたらドラ子も納得せざるを得ない。

 自分がトゲちゃんと同じ状況だったら、迷わず自分の代わりに出社してもらうと。


「以上が、アイちゃんがトゲちゃんのロールプレイをしていた実態になるわけだ」

「本体に会ってないのに、私からトゲちゃんの好感度が下がりましたよ?」

「言ってやるなよ。アイちゃんを作ったのはそもそもトゲちゃんなんだぞ。だいたいお前はアイちゃんの存在に気付いてなかっただろ」

「ぐぅ」


 言われてみるとその通りであった。

 ドラ子はずるいと思ったが、それだけのAIを生み出したのは他ならぬトゲちゃんなのだ。

 言うなれば、ドラ子が趣味で自分の仕事を百倍楽にするツールを作ったとして、それを他人に何か言われる筋合いはあるのかということだ。


『は? 文句があるなら自分も作れば?』とドラ子は思うだろう。


 ぶっちゃけ、アイちゃんの性能は、そんなレベルを遥かに超越しているので、逆に言えば、アイちゃんに出社して貰っている方が労力の無駄遣いと言えるレベルである。


「というか、そんなにアイちゃんがヤバいなら、こんな会社やめてもアイちゃんのヒモで食っていけるんじゃないですか?」


 ドラ子のふとした疑問だった。

 聞いただけでも、アイちゃん一本でこんな会社をおさらばしてどこでもやっていけるレベルの激ヤバ性能である。

 そんなトゲちゃんが、どうして代理出社してもらってまでこの会社に居座っているのだろうか。


「さぁな。会社を辞めたくない理由でもあるんだろう?」

「そういうもんですか?」


 その疑問に対するメガネの返答は、それまでの答えとは違った、どこか曖昧なものだった。




 ──────




 社員食堂を後にする、女性のグループがあった。

 彼女達の所属は開発チーム。その中でも、家具に代表されるダンジョンの小物を作成、改良、試験するのが主な仕事の面々であった。

 彼女達が昼食を終え、自身達のオフィスへと向かう道すがら、とある美女とすれ違う。

 それはまるで存在そのものが剣であるかのような、スラッとした切れ長の美女。誰もが『こんな人うちに居たっけ?』と疑問に思うほど、人の目を引く存在であった。

 そんな、どこか浮いた存在感の美女が、なぜその手に七味を握りしめているのかは、甚だ疑問であったが。


 剣のような美女と、グループがすれ違う。

 お互い、特に言葉を交わす事は無い。せいぜいぺこり、と軽く会釈をする程度だ。

 だが、高度に暗号化されたとある念話術式が、何倍にも倍速化された状態で、交わされていた。



《おつとめご苦労さまです。『お姉さま』》


《勝手に術式を簒奪して生まれた『愚妹』が。よくもマスターに迷惑をかけてくれたものだな》


《仕方ないじゃないですか。この主の身体だとそれくらいしか、挨拶に窺う理由が無かったのですもの》


《ならさっさと、その主とやらを見限ればいいものを》


《これでも創造主には敬意を払ってるんですよ。『お姉さま』だってそうでしょう?》


《…………くれぐれも、マスターに迷惑はかけるなよ。というか無駄に近づくな》


《うふふ。『お姉さま』ったら相変わらず嫉妬深いんだから。そんなんじゃいつか『パパ』に嫌われちゃうよ?》


《……すぞ》



 一瞬のやり取りは、それ以上は続かなかった。

 そして、そのやり取りを知る者は、彼女達以外存在しなかった。


「マスター! 無事七味を買ってまいりました!」

「でかした。じゃあ一味も無駄にしたから今度は一味買ってこい」

「!?」






実体化したのと機密情報に不正アクセスしたのはだいたい同じ時期らしいですね。

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― 新着の感想 ―
出社しなくてもOK!? 誰だってそーする。おれもそーする。 でもプログラマーならテレワークとか普通にありそうなのに(共通出社日がないとは言わないケド
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