203 昼休憩『本と本棚の製作者』について1
ちょっと次のチケットの題材に難航してしまったので、内容を詰める時間稼ぎと設定開示を込めて閑話を少々。
「納得いかないでござる」
会社の社員食堂にて、本日の日替わりメニュー『ゴーヤチャンプルー定食』をパクつきながら、角の生えた赤髪の少女が言った。
向かいの席で若鶏の塩焼き(わさび醤油ソース付き)を口にしていたメガネの青年は、ちらりとだけ目線を向けて言った。
「社員食堂の日替わりで出てくるゴーヤチャンプルーなんだから、ゴーヤの苦味が薄くて満足いかない程度は我慢しろ」
「いや違いますよ、別に私はゴーヤに不満があるわけじゃないです。ちゃんと苦いですし」
「入ってる豆腐が島豆腐ではなく、市販の木綿豆腐なのが不満か?」
「そこも別に不満じゃないです。というか日替わりメニューに不満はないです。基本安いですし」
ついでに、この会社の日替わりメニューは全体的に美味しいほうだ。
たまに、どこの種族向けなのか分からない酸っぱ苦い謎の味付けの民族料理みたいなのが出てくることもあるが、基本は大衆向けの料理だ。
それが今日はゴーヤチャンプルーである。これをわざわざ頼んでおいて『ゴーヤが苦い』と文句を言う人間はいないだろうから、大衆向けで良いだろう。
ドラ子は少なくともゴーヤチャンプルーの出来に不満はないらしい。
となると、食事以外の何かにドラ子が不満を持っているということになる。
ふむ、とメガネは箸を置き、コップに入った水を一口飲んで尋ねた。
「では一体何が不満でござるか?」
「先日のチケットのアンケート結果でござる」
先日のチケット、とドラ子が口にすれば、メガネもどれのことだかは分かった。
あの、Solomonの本棚についてのチケットであろう。
あのチケットで、ドラ子は顧客に『1-3-3』というアンケート結果を貰っていた。
一応、アンケートの問いかけに対する応答としては『回答が早かったのは良いが、その答えで満足できたかと言われるとどちらとも言えない』という感じだ。
だが、以前にも述べた通り、通常、顧客は回答に何も不満が無ければ──言い換えれば、明確にどこかに『問題がある』と思わなければ『1-1-1』というアンケート結果を寄越すものだ。
こういったアンケートにおける『どちらとも言えない』とは、つまりは『不満がある』ということなのである。
ちなみに、オブラートにつつまず4とか5で不満を表している場合は『めちゃくちゃ不満がある』ということになる。
というわけで、ドラ子の前回の回答は顧客にほんのりと不満を抱かせたわけだ。
「とは言っても、あれがベターだったのは間違いない」
「…………むぅ」
メガネがピシャリと言えば、ドラ子は唇を尖らせた。
一応、メガネはドラ子に助言をしていたし、ゴーレム部長のレビューもちらっと確認していた。(その後の応酬も)
故に、自分とゴーレム部長の考えが一致していたことも認識している。
参考情報と言えど、あんなに厄い機能を教えるのはまずい、と。
「でもでも、もしかしたらもう一個の方を紹介してれば、アンケートが良かった可能性も」
「可能性はあるな。可能性だけなら」
可能性。良い言葉である。
たとえ99.9999%破滅に向かう選択肢であっても、0.0001%は救われるのならそれは可能性があると言って良い。
どんな荒唐無稽なことを言ってもそうそう嘘にはならない。それが『可能性がある』という言い方だ。
保守サポート部でも良く使う言葉である。
もっとも、保守サポート部が使う場合は90%問題が解決すると思うけど10%違う不具合が発生する場合があるので、断言を避けるみたいなのが主だが。
可能性がある、考えられる、場合がある、などを組み合わせて、断言したという言質を取られるのをいかに避けるかが、保守サポート部なりのリスクヘッジなのである。
(断言して事態が解決しないとスムーズにクレームに繋がるから)
とはいえ、ドラ子の言っていることは僅かな可能性にかける方の可能性があるに近いので、メガネは遠慮なく言い返した。
「だが、実際問題、それで新たな継続が来たらどうする? 元に戻したいとか言われても俺達にできることはないぞ」
「それはほら、参考情報なんだから対象外ってことで」
「言いたい事は分かるが、それで顧客をどう納得させるつもりなのか聞いてみたいもんだな」
「ぐぅ」
ドラ子は何も言えなかった。
仮に自分が顧客の立場だったとして、そして仮に一度設定したら戻れなくなるという『ただし書き』があったとして。
それでも、設定を変えて問題が起こったら文句を言う。間違いなく言う。
だって、仮に参考情報に書いてあったことだとしても、問題を起こしている術式はあくまで『Solomon』なのだから。
その状況の自分が『Solomon』をディスらないわけがない。
保守サポート部に文句が言えなくても『Solomon』には絶対言う。
「そもそも、参考情報ってのは、基本的に顧客のためを思ってサービスで付け加えるものだ。そこになんらかの思惑を忍ばせることが無いとは言わないが、間違っても自分のアンケート結果のために付けるものじゃない。ましてや、リスクを相手に押し付けるような形ではな」
「ふぁい」
先輩からの正論パンチを食らってドラ子は更に何も言い返せなくなった。
もっとも、この件に関しては、ドラ子だって被害者ではあろう。
誰が書いてもアンケート結果が悪くならざるを得ないチケットを、機械的に割り振られてしまっただけなのだから。
「うぅ、せめてその開発者の人が、もうちょっとマイルドに作ってくれていれば」
「そう思う気持ちは分からんでもないがな」
がっくりと項垂れたドラ子に、通り一遍の慰めをかけながらメガネは保留していた若鶏の処理を再開した。
ドラ子もまた、今になって感じるゴーヤの苦さを噛みしめながら、ぼそりと零す。
「どうしてこの開発者の人は、こんな無駄に色んな機能を詰め込んでしまったんでしょうね」
その呟きは、先程の仄かな怨みを感じるものではなく、純粋な疑問の色を持っていた。
確かに、自分の理想の本棚を作る為にあれこれ詰め込んだのは分かる。
だが、例えば書籍保護の機能をいくらか削除してしまえば、随分と現実的なラインで本棚の術式を改良できたのではないか。
と、ドラ子は思ったし、ドラ子以外のSolomon関係者のほとんどは思っただろう。
ただし、そんな疑問に対する答えは簡潔であった。
「趣味だから仕方ない」
「趣味だからて」
「趣味だから、仕事ならとやかく言われる要素全盛りで作ったし、作れたんだよ。そこに合理や打算など含まれてないから、製作者の才能が遺憾なく発揮されてしまったんだ」
そういうものだろうか、とドラ子は顔をしかめた。
「お前だって、人に『金欠で困ってるなら食事やめたら良くないですか?』って言われたら『は?』ってなるだろ」
「完全に理解しました」
ドラ子は作者の気持ちを理解した。
合理や打算で趣味をやっているわけじゃないのだ。
ドラ子だって、趣味で料理を食っているわけだし、そこに何の意味があるのかと言われたら『意味はない』としか言えない。
でも合理的じゃないからやめろって言われたらむかつくし、せめて量を減らせと言われても、なんでそんな指図されなきゃいけないんだと反発するだろう。
だって趣味なんだから。
そうやって言葉ではなく心で理解したドラ子を、メガネはやや冷めた目で見ていた。
「お前のその完全に理解しました、が、本当に理解したときに発せられたの初めてじゃない?」
「先輩は流石に私を無礼すぎじゃないでしょうかね?」
ドラ子は自分の普段の行いを思い返してみたが、流石に失礼な物言いをされた気持ちになるのであった。
「……あっ」
と、そんな折り、メガネが食堂の一点を見つめて声を出す。
ドラ子も釣られてそちらのほうを見てみるが、何か変わったものは見当たらない。
「どうしたんですか先輩? 指差して『UFOだ!』みたいなこと言って、露骨に話題を逸らそうっていう腹づもりですか?」
「違う。噂をすればなんとやら、って奴だ」
「…………?」
「製作者いるぞ」
「えっ!?」
メガネから続いた言葉を受けて、ドラ子はもう一度そちらの方をキョロキョロしてしまう。
当然ドラ子は製作者の顔を知らない。
それでも、何か天才特有のオーラでも感じられないかなと思ってみたのだが、ドラ子はまだその領域には達していなかった。
「…………!」
だが、そうしている内に、一人の女性がまるでこちらの視線に気付いたかのようにバッと顔を上げた。
小柄で、髪がややぼさっとしていて、野暮ったい眼鏡をかけた、いかにも本の虫といった感じの女性であった。
そんな彼女の様子を見て、メガネは少し残念そうに言う。
「しまった。気付かれたか」
「なんで先輩は嫌そうなんですか?」
「いろいろあるんだよ」
そんな先輩の様子を置いて、明らかに目が合った、と感じたところで眼鏡の女性はパッと立ち上がった。
女性は周りの同僚らしき人々に断りを入れて、ツカツカとこちらに歩み寄ってくる。
「良かったなドラ子。直接文句を言うチャンスだぞ」
「いやいやいや。言いません。言いませんってば」
完全に作者の気持ちを理解したドラ子は、そこの配点を巡ってキレるつもりは毛頭ない。
ないのだが、相手方がこちらに向かって来ている以上は、無視して帰る訳にもいくまい。
メガネとドラ子が二人で待っているところ、女性は少しだけ興奮した様子で人の波を掻き分けながら進み、そしてようやく二人のテーブルに辿り着いて、
「メガネさん! と後輩の可愛い子! ぜひ二人には聞きたいことがあったんです! ずばり二人は付き合っているんでしょうか!」
と、目をキラキラさせながらとんでもないことを聞いてくるのだった。
根も葉もない噂って怖いですね




