200 お問い合わせ『本棚の中身について』3
モンスター召喚の術式と言えば、Solomonの基幹の一つを成す重要なものだ。
未だ謎に包まれているブラックボックスを内包し、その根幹に関わっている(と思われる)骨無しペンギン氏が、どんなやらかしをしようとギリギリでクビにならない程度の、それはもう重要な術式である。
これくらい重要なものと言えば、あとはもうダンジョンの地形そのものを作る術式とか、トラップ機能とか、基盤となる根幹術式くらいのものではないか。
そんなモンスター召喚と同じくらい高度な術式が、たかが本棚一つに組まれているなどドラ子は到底思えなかった。
「ああ、勿論実際はそこまで高度な術式は採用されてないぞ。本棚一つの術式だけでそこそこでかい図書館くらい負荷重くなるようなことしたら、流石にSolomonがマトモに動かなくなるからな」
「なんだ、安心しました」
「もっとも今は、そうやって説得させられた担当の人が、『なら軽くすればいいんだろ!』と機能はそのままに本棚の術式の軽量化を全力で推し進めているところだ。聞いた話だともう図書館改め図書室くらいの負荷にはなっているそうだな」
「安心できなくなりました」
「で『そ、そこまでやるなら』と術式の読み込みを切り換えることで、実はその軽量化された術式を利用することも可能になっている」
「聞かなかったことにしたくなりました」
その本棚の術式を担当した人はアホなのだろうか。
まだ、その全容を聞いていないながら、ドラ子はこの術式の開発陣の正気を疑った。
だが、きっと聞いたらまた意味の分からないソースコード沼に、ズブズブと浸かることになると確信したドラ子の切り替えは早い。
「その正気じゃない人は置いておいて、実際、Solomonではどんなことができると?」
「そうだな……」
ソースコード沼の前でハラハラと立ち止まったドラ子に対し、メガネは少し眉間に皺を
寄せる。
いったい何をそんなに悩む必要があるのか。
とドラ子が追撃をかけようかと悩むくらい、メガネは言葉を選んでいた。
ややあって、ようやくメガネが口を開く。
「端的に言うとだな」
「はい」
「この世界で、製造も単純所持も禁止されているレベルの禁書ってあるだろ?」
「……ええ? はい」
「あれを作る以外のことなら、なんでもできると思ってくれて良い」
「…………」
今度はドラ子が眉間に皺を寄せた。
話の中に出た『禁書』について少し。
この世界には、存在するだけでヤバいアイテムも、割と、そこそこ、軽い都市伝説として一般人が認知している程度には数が存在する。
その中でもポピュラーなものが『世界を滅ぼしうる三冊の禁書群』と呼ばれるものだ。
ざっくりと言えば、その禁書群を持つ者は『現在』『過去』『未来』のありとあらゆるものを知り、ありとあらゆるものを手にし、そしてありとあらゆることを成せると言われる。
まぁ、流石にそこまで行くと眉唾で間違いないが、そんな荒唐無稽な話でも『まぁ禁書だしな』と思える程度にこの世界でも『禁書』はやばいブツ扱いだ。
術式とネットワークが広く普及し『本』という媒体は骨董趣味に片足を突っ込み始めている現代において、なお『本』という形に固執しているということは──それは一般的な『術式』に組み直すこともできない、厄な魔法の品であるとされるからだ。
つまり『禁書』とは、存在そのものがブラックボックスな術式を内包した、製作者不明の謎アプリみたいなものである。
そんなもん好き好んでダウンロードしようとするのはよほどの変人か、無敵の人か、研究者くらいのものだろう。
「と、意識が飛びかけましたけど、流石に『禁書』は作れないと」
「ああ。あれらはまだ術式として分解できてないからな」
「でもそれ以外はなんでもできると?」
「できるぞ。およそ、本棚と本に関することならなんでもできる」
ドラ子は、メガネの先輩を馬鹿を見る目で見そうになるのを必死で堪えていた。
(だって、ただの本棚の術式ですよね?)
そう、ドラ子は内心で自分に問いかける。
今、我々は本棚の話をしていたのだ。
そして、一般的なダンジョンに存在する本棚として、Solomonのデフォルト機能を確認したところだった。
本棚を設置できて、所持品の本を詰め込めて、さらに空いているところに白紙の本も詰め込める。モンスターも詰め込める。
ちょっとクオリティに問題はあったが、それがSolomonの本棚だ。
別に悪くない。むしろ、総合術式という広く浅くな術式にしては、それでも機能過多と言えるくらいだろう。
だのに、実際のSolomonでは、ちょっと術式を切り換えるだけで、なんでもできるという。
そんなわけあるか。
「じゃあ聞きますけど、私の実家に置き忘れた本を記憶から複製するとかできるんですか?」
少し不機嫌そうにドラ子は尋ねた。
今の彼女は、メガネにからかわれたと思っているのだ。
なんでもできる、というならば、ドラ子が先程口にしたことくらいは出来て当然なのだ。
この魔法のある世界で『なんでもできる』と口にするのは、そのレベルのことなのである。
先程のドラ子の例題だって、腕利きの心理魔術師や記憶魔術師に、接続魔術や記録魔術の使い手、複製魔術の使い手が力を合わせれば『可能』である。
ドラ子の心理を読み取ってそれを鍵に記憶に潜り、その記憶を鍵として『世界』の記録から正確なデータを抜き出したらそれをローカルに記録し、最後に記録を元にものを複製すれば、曖昧な条件から全く同じ書籍を作ることはできるのだ。
そのレベルなのだ、この世界の魔法や魔術は。
果たしてメガネはそんなドラ子の答えに、淡々と答えた。
「多少魔力は食うだろうが、多分簡単にできるぞ」
「…………???」
何故か肯定が返って来た。
それはつまり、このSolomonとかいうクソ術式は、こと本に関しては腕利きの魔術師数人分くらいの仕事はこなすということだ。
意味が分からない。
「笑えない冗談ですね」
「冗談で済んでたら笑えたんだけどな」
「…………ははは」
「……………………」
ドラ子は笑ってみたが、メガネは無言だった。
そしてドラ子は気付く。
本棚の話を始めた時から、メガネが一貫して、ずっと眉間に皺を寄せた難しそうな顔をしているということに。
「じゃあ、お爺ちゃんの書斎の左から三番目の本棚の真ん中の本とか」
「可能だろうな」
「私が子供のころ、うっかりオレンジジュース零してそのまま放置した漫画とか」
「汚いまま出すことも、綺麗にして出すことも」
「お父さんの書斎の隠し棚に詰まってるお宝本を並べるとか」
「可哀想なことしてやるなよ」
「親戚のサヤちゃんの家で家族会議を巻き起こし、証拠隠滅のために本人が灰に帰してしまって号泣してた、もう絶版してプレミア付きまくった同人BL本の復活とかも?」
「サヤちゃんの悲劇だけ具体的過ぎるだろ」
マジでなんでもできた。
Solomonの本棚。
これはやばい。やばいなんてレベルじゃない。
「先輩、一つ良いですか?」
「言いたいことはなんとなく分かるが、なんだ?」
ここまで軽く口にしていたが、これはもう、ドラ子が深く考えるまでもなく、分りやすいどでかい問題が一つある。
何を尋ねられるかは、言われているメガネだって軽く想像が付く。
というか全く同じことをかつて思ったし、だから皺を寄せているわけで。
それはもう、この術式の存在自体が大丈夫かなと疑うラインの、どでかい問題だ。
「これ、著作権的に大丈夫なんですか?」
「…………大丈夫だ、問題無い」
「それ大丈夫じゃないやつぅ!!」
大丈夫じゃなさそうだった。
一番いい本棚を頼む
人員補充として入ってきたはずの新人の尻拭いをしながら一ヶ月教育したところで
その新人がいなくなったのでまだ忙しいみたいです……




