199 お問い合わせ『本棚の中身について』2
ギリギリ水曜日ってところですね
「結論から言うと、どうとでもなるが、どうにもならんな」
「また先輩は、すぐそういう良く分からないことを言い出す」
軽く相談をしたメガネの返答を受けて、ドラ子はなんとも言えない渋面を浮かべざるを得なかった。
お問い合わせの回答者に指名された後、とりあえずドラ子は家具の本棚について調べた。
相手がSolomonを使ってダンジョンを作っている以上、当然あるとは分かっていた『本棚』ではあるが、その詳しい仕様については今まで調べてこなかったからだ。
まず手始めにユーザマニュアルを確認したところ、Solomonの本棚はすごく大雑把に分けると三つの種類があった。
一つは、恐らく今回顧客が使ったであろう、空の本棚。
本棚の形状はある程度自由に選択できるらしく、いくつか本棚の種類があった。
木製の本棚から始まって、メタルラックみたいなものとか、自走式のものとか、謎のガラスケースみたなものとか、色々だ。
そもそもSolomonの家具は割とシンプルなものが多いので、その中であっては種類が充実しているなぁ、という程度の感想を抱いた。
二つ目は、中身が詰まった本棚。今回のお問い合わせに役立ちそうなものだ。
当然と言えば当然かもしれないが、Solomonにはやはり、本棚に適当な本を詰めてお出しする機能は備わっていた。
のだが、これに関しては、ドラ子としては安易にGOサインを出せるものではなかったりした。
というのも、基本的にこの詰まった中身というのは、顧客側が『事前に用意した本』を、自動で詰めて配置するようなものであるらしい。
カスタム機能的な側面もあるようで、本棚の中の本の配置は術式からいつでも変更可能という設定になっているため、整理は大変やりやすいがそれだけだ。
一応『空欄を埋める』という設定もあって、それをチェックするとダミーの本が本棚の空欄に適当に入るらしいが、そのダミーの本の中身についてはデフォルトでは空白のページで埋め尽くされていることだけが分かった。
そして三つ目は、罠だとかギミック付きの本棚だ。
これは所謂、本棚の本を正しい位置に並び替えると隠し扉が現れるとか、本棚の特定の本が本に擬態したモンスターであるとか、そういう純粋な本棚ではないギミック的な本棚を作る為のものらしい。
カスタムモンスター召喚とか、カスタムトラップ機能とかでやることを、一部デフォルトで行えるようにしたものだ。ある意味ではミミックの親戚と言えるかもしれない。
使い方自体は先程の中身入りの本棚を設定するのとあまり変わらない。ギミックをついでに仕込むだけだ。
地味な話ではあるが、本棚の本を適当に取ったらこれがブック型のモンスターであっていきなり戦闘になる、というイベントはこの設定を使わないと実現できない。
(何故かと言われると、Solomonのデフォルトのモンスター召喚の設定では、周りに障害物がある場所にモンスターを召喚することができないからであったりする)
というのが、午後三時の珈琲タイムまでにドラ子が集めた情報である。
これ以上深堀りするなら、管理者マニュアルか、ソースコードでも確認しないといけないかぁ、というのが正直な感想であった。
ユーザマニュアルで明らかになっていないのは、ダミーの本についての話だから、その設定についてをどこかで確認する必要があると思っていた。
そんな感じで、軽い休憩がてらウォーターサーバーまでお湯を貰いに行ったドラ子と、たまたまタイミングがあったメガネが雑談した後の、メガネの答えが冒頭のそれだ。
「先輩の口振りから察するに、管理者マニュアルあたりに、ダミーの本についての記載があるって感じですかね」
「まぁ、そうなるな」
インスタントコーヒーの粉末を入れた紙コップを軽く揺らしながら、メガネはドラ子の疑問に答える。
このまま直でオフィスのデスクに戻っても良いのだが、一度ウォーターサーバーの前で雑談を始めるとなんとなく戻るタイミングを失くしてしまって、ドラ子はずずっと自身の紙コップを啜りながら続ける。
「じゃあどうとでもなるってのは、ダミーの本の内容は、白紙から多少は書き換えられるってことですか。じゃあ問題無さそうですけど」
「まぁ、一応そう言っても良いっちゃ良いんだが」
「なんですか煮え切らない」
先輩にしては、どうも断言を避けるような物言いをドラ子は訝しく思う。
「ちゃんと自分で調べろと言いたいところではあるが、まぁいいか」
ドラ子に対して、安易に答えを教えることに少し躊躇したメガネであったが、その内容自体は管理者マニュアルに記載のあることである。
このあとどうせ自分で調べることになるのだから、と、メガネは今回のお問い合わせが『どうとでもなる』という部分を軽く説明する。
「今回のお問い合わせは、基本的には本棚の空いてるスペースをどうにか埋めたいって話だよな」
「そう認識しています」
今回は設定情報の添付があったわけでもないので推測にはなるが、当たらずとも遠からずだろう。
恐らく顧客は、自分たちのダンジョンの要になる図書室を、自分たちの手で一から作り始めた。
空の本棚を用意して、自分達が想定したダンジョン用図書室のために必要な本を手ずから集め、それを手作業で一つずつ詰め込んだに違いない。
「そうでなく本棚の術式で最初から本で埋めていたとしたら『本棚の空欄を埋める』の存在に気付かないとは思えないからな」
「確かに」
「これが一応、どうとでもなる理由だ」
思ったよりもどうとでもなるの部分が浅かった。
だが、今回のお問い合わせに限って言えばそんなものだろう、とも思う。
そもそも、隙間が埋まってなくてヤバいというお問い合わせなのだから、この機能使って隙間埋めれば? で終わるのは明白なのだから。
「じゃあなんで、どうにもならないなんて言うんですか」
「それで隙間を埋めていたとしても、お問い合わせの内容が『隙間を埋めた本をどうにかしてくれ』に変わるだけだからな」
「どういうこと?」
「簡単なことだ」
言うが早いか、メガネは自身のデバイスで何かをさっと操作する。
すると手の上に一冊の『本?』が生成された。
ハードカバーで表紙も背表紙にも何も書かれていない、更に言えば中身もどうやら白紙らしい『本?』は、恐らくSolomonのデフォルトで生み出されるものだろう。
だが、ドラ子はそれをなんとなく『本?』だとは思うのだが、違和感が拭えない。
なんか、こう、パチモン臭いというか、ハリボテ感が強いというか。
例えるなら、クオリティの低い食品サンプルのような、偽物ですオーラが溢れている。
「この通り、なんか偽物くせえんだよ、うちのダミー本」
「確かに、これ本棚に挿さってたら、誰が見ても怪しいかもですね」
「表紙や背表紙になんか書きこんだとしても、まぁ、あんまり印象は変わらない」
「あ、やっぱそこは書き込めるんですね」
ドラ子がパッと見でそう思うのだ。
目星技能なんか使わなくても、大多数の人はこれが本棚に並んでいたら違和感を覚えることだろう。
「だから、本棚に拘るような人間──特に図書館をダンジョンにしたいとか、図書室にギミックを詰め込みたいみたいなこと言っている人らは、このクオリティに満足できないから、デフォルトではどうにもならないところがある」
「問題は自分たちの準備不足なのに、それを棚に上げて文句言うなよぉ……」
ドラ子は心からそう思うが、顧客とは基本的にそういうものだ。
求めるものは山よりも高く、海よりも深く、そして対価は一銭でも安くしたいのだ。
「とはいえ、どうしようもないものはどうしようもない、ですかねぇ」
結論としてはそうなるだろうな、と、ドラ子は思った。
後でマニュアルを確認するつもりではあるが、現状ではこれ以上案内することはあるまいと。
ダミー本のクオリティが気になるのなら、早々に求める本を買い集めてくれ。
「……で、ここからが本題だ」
「ほ? まだ何かあるんですか?」
既に終わったと思った話を、なぜメガネ先輩は掘り返そうというのか。
「……コレを説明するというのは、実は俺でも難しい話なんだがな」
「……?」
ドラ子の軽い疑問に対して、メガネは普段の態度とはまた違った、真剣な声音になる。
「実は、家具の中でも本棚に関しては術式を担当した人が、もの凄い凝り性な人でな」
「はぁ」
「端的に言うと、本棚に関する術式だけは、その気になればモンスター召喚の術式くらい高度なことができる」
「……はぁ!?」
一瞬、ドラ子は先輩が何を言っているのかが良く分からなかった。
だって、どう考えても、それは一本棚に対する労力が見合うものとは思えなかったからだ。
ドラ子の脳内では、骨無しペンギンが『心外だ』とでも言わんばかりの表情を浮かべていた。
時間がなくて推敲が半端なので、時間があるときにちょっと色々修正するかもしれませ、少し修正しました。
感想本当にありがとうございます!
すみません、返信はマジで余裕があるときにちゃんとします……!




