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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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20/251

19 お問い合わせ『HAダンジョンが不具合らしき動作をします』1



「ドラ子。お前HAダンジョンのチケットやったことあったっけ」


 週末。今日が終われば輝かしい連休が待っている某曜日。

 朝一の朝礼が終わってすぐのタイミングで、眼鏡の青年は隣のデスクにいる後輩へと声をかけた。


 始業間もなくのタイミングには、お問い合わせのチケットが溜まっていることがある。

 それは保守サポート部で働く人間の定時外であっても、ダンジョンでは問題が発生するからだ。

 ダンジョンは基本的に24時間営業である。

 ということは問題もまた24時間発生する可能性があり、お問い合わせもまた24時間送られてくる可能性がある。

 保守サポート部の業務時間外に送られて来たお問い合わせは、始業時間にまとめ受理され、そのタイミングでアサインされることになる。

 その一つに『HAダンジョン』に関するチケットがあった。


「H……A……?」


 問われたドラ子は、まだ朝の眠気も醒めないような顔で、ぼんやりと返した。

 まるで、そんなもの初めて聞いたとでも言うように。


「……おいまさか、知らないとか言うんじゃないだろうな」


 メガネの青年の少し尖った表情を見て、それを知らないのはまずいのだとドラ子は直感する。

 一瞬で目を覚ましたドラ子は、即座に頭をフル回転させて対応を検討する。

 が、知らないものは知らなかったので、なんとか誤魔化すように、頭の中からそれっぽい答えを捻り出した。


「あ、あれですよね、あれ、えっと……ヒップアタック……?」

「嘘だろお前」

「ていうのは冗談で、つまり、あれです……ヘッドアタック……とか?」

「……いや」

「ああ、分かりました。……ハンマーアタックです」

「まずアタックから離れろ」


 どんどん呆れの色が濃くなってくる先輩に、焦りを増すドラ子。

 まずい、このままではただでさえ低い自分の評価がさらに下がってしまう。

 そう思いつつ、やっぱり知らないものは知らない。

 だったら、もう、作り出すしかない。


「H……A……そうか!」


 そして導き出した答えを、ドラ子は自信満々に放つ。


「ヒットマンvsアサシン!」

「どこの映画だ」

「……ヒットマンvsアベンジャーの方でしたか……」

「どこの二作目だ」


 この時点で青年からすれば、後輩がHAのことを欠片も知らないのは自明の理であった。

 だが、まだドラ子は諦めていなかった。

 そしてちらりと視界の端に映った、あまり頼りにならない方の先輩の姿を見て、そこに一縷の希望を託した。



 つまり。




「……ハゲ、アタマの略ですね?」




 HAダンジョンは、ハゲアタマダンジョンの略。

 そう信じきった様子の後輩に、眼鏡の青年は微笑を浮かべて言った。


「違います」

「くっ、惜しかったのに」

「どこからその自信が湧いてくるの?」


 はぁ、と大きなため息を隠すこともなく、眼鏡の青年もまたドラ子の視線を追った。

 そこには始業スレスレにデスクに就いたため、まだデバイスの立ち上げも行っていなかったレッサーゴブリン君が居た。

 二人の視線に気付いたゴブリン君は尋ねる。


「俺に何か?」

「何も無いよHA」

「何の話?」


 ドラ子とメガネはともに薄い笑みを浮かべた。その視線はゴブリン君の顔の少し上を見ていた。

 さて、と気を取り直したところで、眼鏡の青年はふと思う。


 なぜドラ子はHAを知らないのか、と。


 確かにこの会社には、特にこの保守サポート部には基礎知識を叩き込むような新人研修は存在しない。だが、そういうのとは別に、営業部の行っている製品説明会を見学しにいって、製品の理解を深めるという機会は新人に与えられていた筈だ。

 白騎士(仮)とドラ子の二人は午後の業務を休んで、その説明回に行ったし、なんなら説明回の内容についてレポートも提出したはずだ。

 にも関わらず、なぜドラ子は製品の知識を持っていないんだ。


 そんな青年の視界に、最近ようやくウォーターサーバーから出るお湯は自由にしていいんだと教えられた、生真面目な方の新人の姿が映った。


「白騎士」

「はい?」


 インスタントコーヒーを詰めた紙コップを持った新人を呼び止め、メガネの青年は尋ねた。


「HAって分かるよね?」

「え? はい……High Availability──高可用性の略ですよね?」


 白騎士はなぜそんな当たり前のことを聞くのかとでも言いたげに、きょとんとした表情を浮かべていた。

 対するドラ子は、白騎士の言葉にうんうんと頷いている。


「なるほど、ハイ……アヴェ?……ラビティね、いや知ってましたけど」


 微妙な沈黙が流れる。

 白騎士は事態が呑み込めていないながらも、なんとなく今がドラ子の窮地であることは察した。察したがどうすることもできずにおろおろした。

 ドラ子はもはや開き直った様子で、どんと胸を張っている。

 そんな二人の態度の違いに再度ため息を吐きながら、じとりと睨みつけるようにメガネの青年が言う。


「お前、製品説明会で寝てたな?」

「うっす」

「うっすじゃねえんだよ」


 開き直った後輩の頭をかち割りたい衝動に駆られながら、メガネはふと思う。


「いやでもおかしいな。寝てたならどうやってレポート書いたんだ?」


 その呟きに対して、ドラ子はさっと目を逸らした。

 そんなドラ子と一緒に、何故か白騎士もさっと目を逸らした。


「白騎士。お前か」

「ななな、なんのことでしょうか!?」

「お前の同期を思う気持ちは良いが、それじゃドラ子の為にならない。これからは心を鬼にしろ。こいつはちゃんと怒られた方がいい」


 ドラ子への対応とは違う優しく諭すような物言いに、白騎士はしゅんと俯いた。


「まぁ、白騎士は大丈夫だ。ちゃんと勉強してるなら問題無い。行って良し」


 メガネは努めて優しく声をかけると、俯いていた白騎士はぱっと顔を上げた。

 そんな彼女に、ドラ子も明るく声をかける。


「良かったね!」

「お前は良くねーんだけどな」

「うっす」


 そうして白騎士を解放したあと、眼鏡の青年は改めて角の生えた後輩に説明を始めた。

 HAとはなんなのかについて。


「さっき白騎士が言ったようにHAとは高可用性の意味だ。高可用性がどういうことかって言えば、ある役割を持っているシステムを分散配備して、一つダメになったとしても役割が果たせるようにリスクを減らそう、というような考え方だな」

「なるほど完全に理解しました」

「…………」


 後輩は真っ直ぐな目をしていた。

 まるでガラス玉のような、何一つ言葉の意味が響いてないような透き通った目だった。

 メガネは再度ため息を吐いて言う。


「例えば魔王城へのゲートを開く為には四天王が守護するダンジョンを全て攻略しなければいけない、みたいな時の四天王のダンジョンのことだ。魔王城への道を封鎖するという役割を果たすために、一つが攻略されても問題ないようにリスクを分散しているんだな」


 後輩は、今度はポンっと手を叩いて、晴れ渡るような笑顔を浮かべた。


「なんだ最初からそう言って下さいよ。先輩ってば説明が下手ですなぁ」

「頭かち割ってやろうか?」

「暴力反対!」


 降参するように手を挙げた後輩に、メガネの青年はトドメのため息を我慢できなかった。


 HAオプションはSolomonの無料版にはついていないカスタムオプションの一つだ。

 より単純な言い方をするならば、二つ以上のダンジョンがセットになっているのがHAダンジョン、とでも言えば良いだろうか。

 先程例に上げたような使われ方が主であるが、それ以外にも、世界観的に侵略やハッキングから絶対に守らなければいけないダンジョンをHA構成にしたりすることもある。

 例えば神様が運営している試練の洞窟とか、絶対ハッキングされたら不味いとこは、ハッキングされても即座にサブ試練の洞窟に切り替わったりするようになっている。

 だからこそ、HAオプション関連のお問い合わせは、やや緊張するものだ。

 ここで致命的な不具合が発生している場合の影響は、ただのダンジョンでミミックが悪さをするのとは桁が違う。


「ということで、やったことないならドラ子にこのチケット回して貰おうかと」

「え、話聞いてる限り、私には余りにも早い話に聞こえるんですけど」

「大丈夫大丈夫。余裕余裕」


 いつもの能天気さが鳴りを潜め、不安そうな顔をする後輩に、無責任に太鼓判を押すメガネ。

 そんなメガネの青年が見ていたのは、今朝届いていたお問い合わせの一つだった。


 ──────


 件名:HAダンジョンが不具合らしき動作をします

 差出人:異世界834契約番号6──ツインヘッドキマイラ

 製品情報:Solomon Ver26.0.2

 サブスクリプション:HAオプション

 お問い合わせ番号:20022011041


 本文:

【迅速対応希望】

 お世話になっております。

 緊急の要件によりなるべくく早めの対応をお願いいたします。

 問題の起きたダンジョンは弊社のHAオプションを利用してし、ツインタワーダンジョンをHA構成にて運用していまっす。

 ここのおツインタワーですが今までの設定では片方が攻略されたさいに二時間以内にもう肩法も攻略されなかった場合は、攻略状況がリセットされ中に煎る冒険者をまとめて排除する設定となっております。

 この二つのとうの同時攻略は後に続くだんじょんへの入場件となており、我がダンジョン運営を目玉要素の人つです。

 それなのですがつい先日、片方のダンジョンを攻略し二時間が経つと、もう片方の塔も二時間で爆発して攻略完了になる現象が二時間で発生しました。

 ダンジョンを一次風さして原因を調べましたが爆発物は存在しません。

 このままでいくとはダンジョン運営に大きな問題が出ています。

 支給解決お願いします

 とりあえず用意できる情報は全部出し増したので四球お願いします!!


 ──────


「いやいやいやいやムリムリムリムリ」


 チケットの内容を読んだドラ子はぶんぶんと首を振りながら拒否した。

 まず誤字脱字誤用から顧客がとても焦っていることが分かる。一秒でも早く事態を解決して欲しいというのがよく分かる。

 分かるのに、マニュアルに解決法が載っているような類の問い合わせではない。

 どう見てもこれは、新人が対応するべきチケットではなかった。


 Solomonの保守サポートにおいて、チケットにはある程度の難易度分けがされる。


 一番簡単なものは、お問い合わせに対応するマニュアルをご案内するだけのもので、これは『簡易チケット』と呼ばれる。

 次に簡単なのは、マニュアルの案内だけではなく、こちらで簡単に動作や仕様の検証を行った上で、その説明も付け加えた回答を行う『仕様調査チケット』

 そして一番難しいのは、マニュアル案内だけではどうにもならない事象において、お客様の状況や貰ったデータから事象の原因を解明し、それを解決する手段の発見や、不具合修正パッチの作成を開発部に依頼することになる『情報解析チケット』だ。


 この情報解析でも、簡単なものはログを見れば一発で原因がわかり、既知不具合を案内するだけということもある(こうなるとほとんど簡易チケットレベルである)

 そして難しいものは術式のソースコードとにらめっこしながら、術式のクソな部分を探し当てたり、お客様の状況を再現するために検証環境をいじくり回したりすることになる。


 で、今までドラ子が解決してきたのはほとんどが簡易チケット、たまに仕様調査や既知不具合と思われる情報解析。

 対して今回のお問い合わせは、読んだだけで分かる難しい方の情報解析だった。


「大丈夫だお前ならやれる!」

「何を根拠に言ってんですか! そもそもHAも知らなかった人間がやれるわけないでしょ頭湧いてんすか!?」

「先輩に向かって良い度胸だな」


 全力否定するドラ子に、ついに眼鏡は笑顔をやめた。

 そのまま無表情になり、すっと低い声で告げる。


「ぶっちゃけ、俺の抱えているチケット的に、もうきつい」

「うっ、そりゃ先輩がめちゃくちゃ難しいことやってるのは知ってますけど」

「そして俺の見立てだと、このチケットは比較的簡単だ。何となく原因は見えている。この案件はできるだけ今日中に終わらせてあげたい」


 Solomonの保守サポートは、休日と祝日はお休みとなる。

 そして今日が週末であれば、今日中にこのチケットを片づけなければ、顧客は週明けまで状況が解決しないことになってしまう。

 保守サポート部としては、回答の目安は三営業日と予め告げていることなので、問題はない。

 だが、相手側からすれば、この休みの間がどれだけ貴重な時間だろうか。

 だからこそ、対応できる人間がいるなら、対応してあげるべき事柄だ。


「……いやでも、私にはやっぱ難しいですし」


 それでもドラ子は難易度の前に尻込みをする。

 それが分かっているからこそ、メガネは既に、退路を塞いでいた。


「安心しろ。ゴーレム部長にもうお前のフォローお願いして、スタンバってもらってる」

「何してくれてんですか!?」


 最後の一言が、ドラ子にとって何よりも恐怖だった。

 ハイパーイケメン蝙蝠の方ならともかく、ゴーレム部長への苦手意識は全く衰えていないドラ子である。

 そのゴーレム部長とマンツーマンでチケット対応など考えたこともない。


 ──ないのに、ドラ子のデバイスには、ピコンと新着を告げる音が。


「………………っ」


 恐る恐る、ドラ子がSlashの新着を見ると。


 ──────


 ゴーレム部長:よろしくお願いします


 ──────



 かくして、ドラ子最大の難チケット対応が始まったのであった。


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