01 お問い合わせ『ミミックが使えません』
『
件名:ミミックが使えません
差出人:異世界889契約番号4──駆け出しダンジョンマスター
製品情報:Solomon Ver28.4
お問い合わせ番号:20019020601
本文:
貴社製品のSolomonをインストールし、モンスター召喚の確認をしようと思ったのですがミミックの項目が存在しません。
たしかデモダンジョンを拝見した際にはミミックが確認できたと思うのですが、新しいバージョンの術式による不具合でしょうか。
ミミックの使用方法を教えて下さい。
』
とあるところの、地球が存在する世界とは全く異なる世界の片隅にて。
剣もあれば魔法もあった冒険の世の中は、遥か昔。
強さを求める時代から、より効率的な生活を求める時代へと移り変わってどれくらいの月日が経ったことだろう。
剣と魔法はあるが、とある勇者志望の青年が『魔王を倒す』と言えば、母親に『馬鹿なこと言って無いで勉強しろ』と言われ。
かつて力を誇ったドラゴンですら、迷宮の奥で寝ていれば『家でダラダラしてないで働け』と追い出される時代。
そんな、人間だろうが魔物だろうが、働かなければ人権のない世界の片隅に、その会社は存在した。
そしていま、その会社の本社ビル第八階──保守サポート部の窓口担当のデバイスに一件のお問い合わせが届いた。
お問い合わせは正式に受理され、窓口から回答任命者へとアサインを知らせるメッセージが送られた。
────
オペ子:Toドラ子、Toゴーレム部長、CCメガネ
以下の新規チケットのご対応をお願いします。
回答者『ドラ子』
レビュアー『ゴーレム部長』
チケット番号#20019020601『ミミックが使えません』
ドラ子:承知しました。対応いたします。
ゴーレム部長:対応します。
────
そのお問い合わせを今読んでいるのは、回答者に任命された新入社員の少女である。
人間らしい背格好だが、頭から突き出た角だけで、彼女が人間でない証明としては十分であろう。
少女──ドラゴンらしい要素を多分に含むドラゴン少女は、むーんと軽く唸ったあと、結論づける。
「よし。不具合の方向ですね」
「違う」
少女が方針を決定した直後、彼女の隣のデスクに座っていた眼鏡の青年が否定した。
眼鏡の青年のほうは、ぱっと見では人間以外の要素が見当たらないが、その髪の毛は不思議なほど真っ白であった。
青年の否定に対して少女が恐る恐る聞き返す。
「えっと? マニュアルも見たんですけど、確かに『モンスター召喚』の項目に『ミミック』が存在しないんですけど」
少女が言って、自身のデバイスの表示を青年に見せようとする。
「例えば、マニュアルに載っているのにも関わらず、ミミックが見つからなかったら不具合かもしれない。だが、マニュアルにも載ってないんだからそれは仕様だ。モンスター召喚にミミックはない」
青年は向けられたデバイスの表示を見るまでもなく答えた。
言われて少女もふむ、と唸る。
青年は自分の作業の手を止めず、端的に尋ねる。
「それで、このお客さんのSolomonのバージョンは?」
「28.4です」
「じゃあ、ミミックはモンスター召喚機能じゃない。家具配置機能だ」
家具配置機能とは、主にダンジョン全般の内装に関連した設備を管理する機能である。
極論を言ってしまえば、通路と魔物さえあればダンジョンは成立する。だが、それだけでは味気ないダンジョンにしかならないため、大多数のダンジョンマスターはそれ以外の内装に拘る。
例えば坑道のダンジョンであれば、廃棄されたツルハシやスコップ、松明などといった小物や、休憩室変わりの小部屋に配置する椅子や机などが挙げられる。
そして、ダンジョンに配置される宝箱もまた、特殊な家具という扱いになっていた。
だが、少女はその機能を想定したところで、ピンと来た様子はなかった。
「……ミミックって、家具ですか?」
ここでミミックのおさらいが必要だろうか。
俗に言うミミックとは、ダンジョンにおいて宝箱に偽装している類のモンスターの一種だ。
中身の有る無しはパターンによって変わるとはいえ、基本的に一度騙された場合には準備もおろそかな状態で戦闘に突入する、面倒な類のモンスターである。
不意打ちで相手のヒーラーでも仕留められれば、モンスター側としてはかなりの金星と言えるが、逆に人間が最初の対応をミスしなければ、逃げるなり戦うなりの選択が生まれる。
盗賊やレンジャーといった、罠に対応する技能を持った人間がパーティに居る場合は、不用意に近づく前に気付いて、万全の状態で戦うことも可能だ。
そもそもダンジョンに存在する宝箱ってなんなんだよとか、見ず知らずの宝箱を勝手に開けるなとか、常識を考え出すと止まらないわけだが、まぁそこは良いだろう。
今の問題は、ミミックとは家具なのか否かだ。
少女の純粋な疑問に対する、青年の答えはシンプルであった。
「世界的な定義は知らん。ただし、Solomonの現行バージョンでは家具だ。俺達が持つ答えにこれ以上もこれ以下もない」
「ええ……そんなん、クレームも来ますよ」
世界がどうだろうと、ウチではこう。
という問題は、実は割とこの次元の世界では良くあることではあった。
なにせ、今のご時世ではその『世界』ですら無数に存在するのだ。他の世界から移動してきた人種も多く存在するこの世界において統一的な見解を求めることこそナンセンスだ。
とはいえ、先程から答えている青年自身も、別にミミックは家具が相応しいと思っている訳ではない。
「実を言うとだな。Solomonの初期開発陣もミミックを家具だと思っていたわけじゃない。現にVer6.0までミミックはモンスター召喚機能に含まれていた」
「あ、そうなんですね」
「しかし、Ver7.0からVer18.2まではトラップ設置機能の一部となり」
「……ん?」
「晴れてVer19.0から家具配置機能の一部となったわけだ」
「いやいや! ミミックころころ機能変わりすぎなんですけど!!」
少女の心の叫びを聞き、青年はそのトレードマークとも言える眼鏡を一度くいっとしてから答えた。
「じゃあドラ子、逆にお前、ミミックってなんだと思う?」
「……なにって、ミミックですけど」
「だから、ミミックってモンスターなのか、トラップなのか、それとも宝箱なのかってことだよ」
「……えっと」
先輩に尋ねられて、少女はしばし悩んだ。
が、ここは奇をてらわずにぱっと思いついた事を言う。
「一応、モンスターじゃないでしょうか。トラップの一種と言えなくもないとは思いますが、あくまで特殊な方法で奇襲を狙ってくるモンスターと考えるのが素直かと」
「そうだな。当初、Solomonを開発していた当時のスタッフも同じように考えたはずだ。だから最初のバージョンではミミックはモンスター扱いになっていたわけだ」
一拍の呼吸ののち、青年はもう一度メガネをくいっとやってから、言った。
「クレームが山のように来た」
「なんでですか!」
「組んだ術式と、お客さんの理解力の双方に問題があったんだよな」
これはあくまで聞いた話だが、と前置きをして青年は続ける。
「ミミックってさ、動いちゃだめ、だろ?」
「……そりゃ、宝箱が動き回ってたら、ひっかかる馬鹿はいないかと」
「開発チームもそう思った。だから、ミミックはデフォルトの行動傾向としては、完全に待つタイプのモンスターとして設定された。自発行動のパラメータのデフォルトを0に設定していたんだ。で、それを見た顧客は思うわけだ。『これじゃミミックが戦わない』と」
「……なんとなくオチが見えましたね」
「そう、ユーザ側がろくにパラメータの説明も見ずに、自発行動のパラメータを上げた結果、Solomon製ダンジョンでは動き回るミミックが頻発した。ついでにクレームも来まくった」
ドラ子の脳裏に、イメージが浮かぶ。
冒険者になり、色々なダンジョンを攻略し、ある程度の実力をつけてきたパーティ。
そんなパーティが、次に挑むのは古代文明が残した遺跡。様々なお宝が眠り、そのお宝を守るモンスターとトラップの数々が待ち構えるダンジョンだ。
罠を警戒しつつ、恐る恐る足を踏み入れた一行の前に、いきなり現れる、宝箱。
何故か、宝箱が自分の方から近づいてくる、そんな光景。
「なんつうか、間抜け通り越して寒気がする光景ですね」
「だろう? で、流石に開発陣も慌てて対応した。ミミックの自発行動のパラメータを0で固定するように、術式を弄ったわけだ」
「これで問題はなくなったんですね」
「いや、今度は術式の方で不具合が発生し、冒険者に攻撃しないミミックが誕生した。かつての顧客が怖れた通りだな」
「それただの宝箱!!」
動かねえ箱はただの箱である。
「で、修正しようと色々と術式いじくり回している内に、どんどん収拾がつかなくなっていった。そこで、いっそのことバージョン更新を期に第二案にする方針になった」
「トラップ機能に移動したわけですよね」
「まぁ、ミミックはトラップとしても使えるし、トラップには自発行動パラメータは付いてないから最初の問題は回避できた。ユーザ側もモンスター召喚の一覧に無ければトラップを探すから、クレームは穏やかになった」
「ゼロにはなってないんですね」
「モンスター召喚にミミックが無いというクレームは尽きたことがない。ついでに、初期のバージョンでも、トラップ機能にミミックが無いというクレームは来てた」
「もっとちゃんと調べろよ!」
自分もマニュアルを読んでいない癖に、ドラゴン少女は自分のことを棚に上げた。
「で、一時は平和だったんだが、途中から超重大な不具合が発覚した」
「……はい」
「Solomonの目玉機能の一つである、関連イベント機能ってあるだろ?」
「あの、モンスター討伐と鍵の解除が連動したりする機能ですよね」
それは総合ダンジョン管理術式であるところのSolomonの最大の売りと言っても良い機能だ。
この機能により、特定のモンスターを倒し続ける冒険者にお仕置きモンスターをけしかけたり、アイテム採集でミスを連発した場合にちょっとレアなご褒美を上げたり、冒険というドラマの質を高める演出をすることができる。
冒険者が増えること自体はダンジョン経営者にとって喜ばしいことだ。ダンジョン経営の目的により得られるものの違いこそあれ、多くの経営者は冒険者がダンジョンに挑まなければ意味がないのだから。
良質な冒険ドラマの演出、ひいては良質な関連イベントの設定は、経営者にとっても死活問題となりうるところであった。
なのだが。
「何故か、特定条件を満たした場合に宝箱を出現させる設定にしていると、一緒にミミックも出現する不具合が発生した」
「うわぁ」
「あと、特定条件で扉の鍵を開けた場合に、ミミックの口も開く不具合が発生した」
「え」
「それと、特定条件を満たした際に通路が開通する場合に、その通路を塞ぐ形でミミックが出現する不具合も発生した」
「…………」
「更に特定条件で──」
「もう良いですよ! どんだけイベントとミミックを関連づけたら気が済むんですか!」
冒険者のドラマの傍らには、いつもミミックであった。
「トラップ機能に移動しても、ミミックはモンスターであり、宝箱としても使えるってんで、ちょっと特殊なパラメータを参照しててな。細かな条件を設定しないで関連イベント機能でモンスターとか、宝箱とか、隠された何々が、とかを雑に設定すると、ミミックも一緒に引っかかるという事態が多発したんだ。しかも関連イベント機能はちょっと色々と雑な術式で繋いでるから、一つ直したらまた一つミミック関連の不具合が発生するという有様だった」
Solomonは誰か個人が作った術式ではなく、複数人がそれぞれ記述する形で作られた術式である。
そして恐ろしいことに、最初の企画を考えた人間は仕様書をろくに作らなかったのである。
その結果、用途不明のパラメータや、謎のポイントを参照する仕組みがあったり、デフォルトの数値がやけにでかかったり、無駄に領域や魔力を確保していたりと、開発陣ですら仕様の完全把握はできていない有様であった。
術式のソースコードが仕様書である、とはとある開発部長の言葉であった。
「で、最終的にトラップ機能にミミックがある限り、関連イベント機能での不具合は消えないだろうという結論に至った」
「ええと、それで?」
「で、もう面倒なパラメータとか要らないだろ。という結論に至り、ミミックは晴れて家具の一種である『宝箱』の亜種ってことになった」
「また、何か問題起きそうなんですけど」
ここまでミミック関連で問題が起きなかった試しがないのである。
少女の懸念はもっともと言えるだろう。
「それがな。当初の仕様では想定してなかった新家具の『ミミック』を改めて追加し、モンスターとかトラップとかとは関連しない独自のパラメータを設定したおかげで、諸々で発生する不具合がぱたっと止んだ」
「ええ……」
それまでの苦労はなんだったのだろうか、と少女は一人思う。
しかし、不具合が発生しまくるくらいなら、術式の片隅で悪さをしないように隔離された方がミミックも幸せなのかもしれない。
「まぁ、それによって術式としての問題は解決したわけだが」
「まだ、何かあるんですか……」
「…………」
少女の言葉に青年が答える前に、デバイスへと新たなメッセージが届いていた。
────
オペ子:Toメガネ、Toハイパーイケメン蝙蝠
以下の新規チケットのご対応をお願いします。
回答者『メガネ』
レビュアー『ハイパーイケメン蝙蝠』
#20019020604『トラップ機能にミミックが見当たりません』
────
「この通り、ミミックが使えないというお問い合わせが際限なく増加したわけだ」
「マニュアル読めよもう!!」
新人ドラゴン少女は再び自分のことを棚に上げたのだった。