198 お問い合わせ『本棚の中身について』1
体感木曜日です()
「先輩、秋と言えばなんだが知ってますか?」
今日も今日とて、他に食べる人間がいないせいか先輩と連れ立って昼食を食べに来ていた、赤い髪の少女が唐突に言った。
そんな彼女は、着けても居ない眼鏡をくいくいするかのようなジェスチャーをしている。
季節はようやく夏の暑さに翳りが見えてくるころ。
クーラーの設定温度に対する女性陣達からの圧力に対し、今年もゴーレム部長がそのタフネスで粘り勝ち──設定温度は会社の規定ですの一点張り──を決めるくらいの季節である。
会社の近くにある鳥系の居酒屋ではランチ営業も行っていて、その中でも真ん中くらいの人気であるガパオライスを食べていたメガネの先輩は、口に入れたものを飲み込んでから後輩の言葉に答える。
「すまん、特にボケを考えて来ていない」
「なんで私がネタ振りしてる前提なんですか」
じとっとした目で尋ね返しながら、ドラ子は唐揚げ定食の目玉である唐揚げを一つ口に放り込んだ。
後輩の求めている答えがいまいち掴み切れずに、メガネは困った顔をする。
「いや、真面目に考えたら質問ですらない一択だし」
「と言いますと?」
「お前の中で秋って言ったら、食欲の秋しかないじゃん」
「失礼な! こんなお清楚なお嬢様をつかまえて!」
普段先輩が自分をどう見ているのかを間接的に知ったドラ子は、年頃の乙女らしく憤慨しながら唐揚げのおかわりを注文していた。
メガネがジト目を向ける番だった。
「私が言いたい事はですね、この知的な美少女であるところのドラ子ちゃん的に、やっぱり秋と言えば読書の秋かなってことなんですよ」
「正気かお前? ぱっと出てくる中でもっともドラ子と縁が遠いところだろ」
「私これでもちゃんと大学まで出てる才女なんですけど!?」
普段先輩が自分をどう思っているのかを再確認したドラ子は、憤懣やるかたない様子でごはんのおかわりを大盛りで注文していた。
メガネは後輩の思考と食欲が独立している可能性を視野に入れた。
ついでに、ドラ子の知り合いにアンケートを取れば、八割くらいの人間がドラ子と食欲の秋を結びつけるだろう。残りの二割は運動の秋だ。
「まぁいいよ。何も無い星から生命が誕生することもあるわけだし、お前が急に読書に目覚めたという可能性もゼロじゃない」
「私と読書って惑星創成に例えられるくらい縁遠いもんですか?」
さすがのドラ子も、味噌汁のおかわりをしながら自分の立ち位置を正確に把握しはじめていた。
メガネはご馳走様でした、とガパオライスを食し終えたあたりだった。
「で、結局本題はなんだ?」
「あ、そうですね。ほら、私ってやっぱり誰もが認めるくらい知的なエリートウーマンじゃないですか?」
「うん? うん……うん?」
ツッコミどころが飽和していて、メガネは突っ込む機会を失った。
その隙を突いてドラ子は話を進める。
「そうなると、来年入って来る新人とかがいるとして、やっぱり頼れる先輩の私に相談とかしにくるわけだと思うんですよ」
「いやどう考えてもお前じゃなくて白騎士のほう行くだろ」
「思うんですよ!」
ドラ子も言われるまでもなく薄々そんな気はしていることだが、勢いで押し切ることにした。
ついでに、保守サポート部でレッサーゴブリンくんが後輩から相談されたことは今まで一度も無い。
「でですね。せっかく近い将来後輩が私を頼ってくるとイメージしてみたわけですが……もしかして、私のデスクの本棚ゾーンが空っぽなのは先輩の沽券に関わるのでは、と」
「だから?」
「本棚を埋めておくのにオススメな本を先輩に教えて貰おうかなと」
「かつて、こんなくだらない理由でオススメの本を聞かれたことがあっただろうか」
いや、ない。
少なくとも、メガネの記憶には無かった。
勿論後輩に、どこそこの分野を勉強したいから、とオススメを聞かれたことはある。
だが、こんな『とりあえず本棚埋めておきたいけど、ニワカとかステマに躍らされてるとか言われずに済む漫画教えて』みたいなノリで仕事に必要な本を聞かれるとは思って無かった。
「まぁ、お前にピッタリの本はあるんだけどな」
「ほほう? それはいったい?」
と、ドラ子の求めに真面目に答える気の失せていたメガネだったが、そんなドラ子にオススメの本は確かにあった。
これだけは、しっかりとススメねばなるまい。
「『基本ダンジョン技術者試験』の参考書」
「それデスクの本棚に飾ってたらまるで私が試験に落ちたみたいじゃないですか!」
「受かってねえのは事実だろ」
この場の言葉は悲しい事にどちらも真であった。
そもそも、受けてない試験に落ちることはできないのである。
さらに言えば来年ドラ子は新人と一緒に受けるのも確定している。この時点で沽券とやらは跡形もなく砕け散るであろう。
「そもそも本当に本棚を飾る必要があるのか?」
「何を言い出しますか急に」
「先輩を見てみろ、本棚にフィギュア飾ってる奴だっているだろ」
「レッサーゴブリン先輩は私の中で先輩カテゴリじゃないのでノーカンです」
ドラ子のレッサーゴブリンくんへの評価は相変わらず辛辣であった。
だが、ゴブリンくんだけでなく、本棚に本を飾っていない者はそれなりにいる。
その理由も、明白だ。
「とは言っても、もう紙の本なんて下火も良い所だろ。だいたいみんな電子で買うんだし」
「つまり、その電子では売ってない本を並べたらなんかカッコいいってことですよね?」
「その飽くなき冒険心はなんなの」
結局、オススメの参考書を何冊か教えてもらいはしたものの、それで本棚を埋めるのかはドラ子の悩みどころであった。
だって、あんまり興味ない分野だったから……。
「んん?」
昼休憩が終わり、社員のみなが若干の眠気を堪えながら懸命にそれを振り払って働く昼下がりの午後。
今日も今日とて頭のおかしめなお問い合わせが舞い込む中、それをドラ子が見つけたのは本当に偶然だった。
タイトルは『本棚の中身について』
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件名:本棚の中身について
差出人:異世界527契約番号22
製品情報:Solomon Ver30.0.2
お問い合わせ番号:20024008241
本文:
いつもお世話になっております。
現在、私達はとある屋敷型のダンジョンを構築中です。
その中でも、図書室に関しては隠し扉の設置や、徘徊型モンスターへの対処方法を得るなど幅広いドラマの起点になるものと考えています。
ただ、本棚を設置し終えたあとに不足の事態に気付きました。
プロジェクトが用意していた筈の図書室用の本なのですが、本棚を埋めるに至りませんでした。
ダンジョンの公開は目前まで迫って来ており、今から本を用意するのは難しいです。
Solomonに本棚を埋めるような機能はありますでしょうか?
教えてく太宰。
支給対応お願いします。
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「たぶん本当に焦ってるんだろうけど、特に最後の誤字がひどい」
まるで太宰の本が欲しすぎて支給されるのを待っている人みたいに見える。
そんなしょうもないことをぼんやり考えているドラ子のデバイスに、いつものごとくチケット対応のアサイン連絡が入るのはそのあとすぐなのであった。
ちょっと真剣に遅れて申し訳ないです。
でも多分次も少し遅れてしまいます。
なぜ台風なのに仕事にいかなければいけないのか。
感想もちゃんと読んでおります。ありがとうございます!
返信は少しだけ待ってください。




