196 お問い合わせ『商品案内をスムーズにしたい』4
「とまぁ、そんな悲しい話は置いといてお問い合わせなんですけど」
ちょっとしんみりしてしまったドラ子だったが、それはそれ、これはこれである。
Solomonの機能が知られていようがいなかろうが、彼女の仕事はお問い合わせに回答することでしかない。
「つまり、そのイベントナビケーターを案内するだけで終わりって感じで良いんですかね」
「……んーまぁ、基本は大丈夫だと思うが」
「基本は?」
「基本は」
後輩に尋ねられたメガネは、どことなく歯に何か挟まっているような物言いであった。
先輩の顔色を窺うことにかけては右に出る者が居ないと自負するドラ子は、そんな先輩の様子に目敏く反応する。
「なんですか。不安にさせるのやめてくださいよ」
「いや別に不安にさせたいってわけじゃないんだが」
メガネは何かを言うべきか、言わないべきかを迷っているような素振りを見せる。
だが、どうせ乗りかかった船と思ったか、自分の想像した未来を語ることにした。
「もしかしたら、それだけだと継続するかもな」
「うぇ」
継続、と聞いてドラ子は露骨に嫌そうな顔をした。
継続とはそのまま、お問い合わせに対する回答でお客様が満足をせず、さらにお問い合わせを重ねて来ることである。
新規でくるチケットは、基本的に抱えているチケットの量を見て、窓口が余裕のありそうな人に振り分けるが、継続チケットはそうではない。
継続チケットの担当者は、よほどの場合を除いて前回の回答を作成した者になる。
そのため継続チケットは、自分が何件チケットを抱えているかによらず割り振られる。
余裕のあるときならまだしも無い時に継続チケットが届くのは、悪夢と言って良かった。
そんなわけだから、チケットが継続するかもしれない、と言われれば思わず嫌な顔をしてしまうのも無理はない。
「なぜなにどうして継続すると?」
「いや、あくまで俺の想像だから、別にそんなことは無いかもしれないんだが」
そう言いつつ、メガネは自身が想像した顧客の今後の行動を例に出してみた。
今回イベントナビゲーターを案内された顧客は実際にそれを試してみるだろう。
実利的に考えても、一から自分で案内妖精なりなんなりを仕込むより、ずっと手間もかからずにコストも安い。
そして、今回の顧客の悩みが、案内役が通路で引っかかるという話なのだから、案内役を付けないで済む方法を取るだろう。
なおかつ、探し物が商品カテゴリーの場所(例えば酒売り場とか)、または商品そのもの(ある種類のウィスキーとか)の場所とすれば、手っ取り早いのは、その場所自体を光らせるなり、商品を光らせるなりしてしまうことだ。
その場所に着くまでは、視界に矢印でも浮かべてしまえばいい。
「先輩ちょっと良いですか?」
それまで、大人しくメガネの話を聞いていたドラ子が、申し訳なさそうに話に割って入る。
「お話し中に大変申し訳ないんですけど、どうしても気になって」
「なんだ?」
「その商品を光らせるって、マジで光らせる感じです?」
ドラ子の懸念はこうだ。
もし、お客さんの求める商品と一致するものがあった場合にそれを光らせたとする。
だが、物体を実際に光らせるとすれば、それは求めているお客さん以外の目にも光って見えることになる。
そして、仮に他のお客様が違う場所で違う商品について尋ねていたりすれば、店中の至る所でピカピカし始めて、結局目当ての商品を探すのに苦労するのでは、と思った。
「ああ、それについては商品を物理的に光らせるわけじゃない」
「ほうほう」
「ただ、質問をして来た客の目には光って見えるようにするだけだ」
「人体改造ですね?」
ドラ子は、真顔で尋ねた。
つい先日、ダンジョンマスターというか世界の管理者クラスの人間は、その気になれば結構気軽に人間を人体改造できると知った上での言葉であった。
「別に脳を弄ったりしねえよ。ただ、ナビゲートの条件を満たした相手の網膜に、探し物の魔力を検知して光らせるスクリーンみたいなのを張り付けるだけだ」
「だけって割には、結構気軽に高度な技術使いますね!?」
少なくとも、相手の眼球サイズのスクリーンを即座に構築し、相手の目に張り付けるというのは、どう考えても簡単じゃない。
それをこんな、買い物でケチャップを探すときみたいな軽いノリで使ってもいいのだろうか。術式製作者に怒られないだろうか。
「というか、そんな超小型スクリーン作れるなら、この前のランダムエンカウントの話にだって流用できたんじゃないですか」
「隠すのと見つけるのは全く別の話だからな……」
と、話が更に脱線しそうになったところで、メガネはやや強引にドラ子の疑問を断ち切って話を続けた。
というわけで、顧客は案内としての矢印や光に導かれて、目的の棚のところまで辿り着いたとしよう。
だが、実を言うとこの案内された後でその商品が残っているという保証はないんだ。
ドラ子だって、スーパーに買い物に行ったはいいけど、目当ての商品が品切れしていたなんて経験はあるだろう?
伝説の聖剣なら選ばれし者にしか持ち去られないかもしれないが、今晩の料理の材料は献立に選ばれしものから無くなっていくわけだからな。
「なにちょっと『美味いこと』言ってやったぜみたいな顔してるんですか」
そっくりそのまま返してやるよ。
ということで、ただ存在しないってだけなら案内の不備で終わってもいいんだが、これがスーパーで、同じ商品を複数扱っていると仮定すると、問題が出てくる。
それは何かと言うと、棚にはないだけで、他の客のカートの中に入っているって場合があることだ。
こうなると、イベントナビゲーターはどう動くと思う?
最初に登録されていた場所に無かったっていうなら、気を利かせて、そのアイテムが今どこにあるのかを指し示してくれてもおかしくない。
つまり──
「──何も考えずにイベントナビゲーターを利用すると『こいつを倒せばアイテムが手に入るよ』とナビゲートしてくれる可能性があると?」
「そういうこと」
それはまた、なんとも悩ましいというか、お節介というか、であった。
そりゃ欲しいアイテムが、ウルフの毛皮とかのモンスターからのドロップアイテムとかなら、ドラ子にだって理屈は分かる。
だが、これが特売品のキャベツとかなんだから渋い顔をせざるを得ない。
「よくそんな物騒なデフォルト設定になってますね?」
「そりゃ、普通はスーパーで利用することを想定してないからな。冒険者なら欲しいアイテムは殺してでも奪い取ってなんぼなんだろ」
「な、なにをするきさまらー!」
まぁ、実際にお買い物に来ている冒険者(主婦かもしれない)が、それを是とするとはあまり思えない。
思えないが、特売品とかでそれをやって、トラブルが発生しないと言い切ることもできない。
そんな下らない出来事があって継続お問い合わせを出されるくらいなら、最初からこちらでこういう可能性がありますよ、と指摘してしまうほうが手間もかからないだろう。
「対応策としてはなんですかね」
「イベントナビゲーターの終了条件をきちんと設定することだな」
そもそも、本来のイベントナビゲーターは、まず結果ありきでそこへ何かを導くという設計であった。
落とし穴に落とす、という結果を求める為に、そこに至る道筋を色々と考えるというのが、本来の使い道である。
求める結果を決めてから、原因や動機を作っているのだ。
それが今回に限っては客が商品の場所を尋ねる、というところから始まって、客が商品に辿り着くという結果を作ろうとしている。
動機ありきから始まっているので、それが求める結果に結びつくとは限らないのだ。
例えば求める商品が売り切れていたり、もともと扱っていなかったり、始まるのが来月からだったり、商品に辿り着けないパターンはいくらでもある。
なので、無事に案内できましたという結果以外にも色々と想定しうる結末を考えて、きちんとナビゲートが終わるようにしましょう、と回答する形になるだろう。
「流石にどういう想定をするのかって点については、顧客の方で検討してくれで良いですよね?」
「そうだな。そこまでは俺達の考えることじゃないだろう」
とりあえず、発生しうるトラブルの対処まで考えたので、ドラ子は早速といった形で回答方針の作成に入る。
その途中で、ふと思ったことを尋ねていた。
「でも、イベントナビゲーターの終了条件もちょっと面倒ですよね」
「というと?」
「アイテムを取得したらおしまい、って設定にしたらレジ通すまでずっとナビゲートされるってことじゃないですか」
仮に、複数のアイテムを案内してもらったとしたら、レジを通すまでずっと複数の矢印がひたすらレジに向かうことになるのだろう。
ちょっと想像してみただけで、それは随分と鬱陶しそうな光景であった。
「いや、そんなことにはならんだろ、棚からアイテム取ったら取得扱いになるはずだ。だから矢印も出ない」
メガネのそんな一言に、ドラ子はキーボードを打つ手を思わず止めた。
「え? なんでですか? レジでお金払ってないのに、持って帰ったら万引きじゃないですか」
ドラ子が、きょとんとした顔で見つめながら尋ねる。
メガネもまた、きょとんとした顔で見つめ直した。
「ドラ子? Solomonって何の術式だか知ってる?」
「??? 総合ダンジョン術式ですけど」
そんなことは知っている。
だから、その術式を使ってスーパーを経営しようとしているこんな困った客に、散々愚痴を吐いていたわけである。
そのとき、ドラ子はメガネの言葉の真意を理解しなかった。
メガネは、きょとんとした目を半開きにして、少し鼻で笑うように言う。
「そう、Solomonはダンジョン管理術式なんだよ。だから、この術式はレジのシステムとか想定されてないの。棚とか宝箱とか足元とかでアイテムを拾った時点で、そのアイテムは拾った人の持ち物になるんだよ? わかる?」
「……あ」
ドラ子は、その言葉でハッとなった。
そう。Solomonはダンジョン管理術式である。
たとえ、それでスーパーを作っていたとしても、そのスーパーはダンジョンなわけである。
アイテムは拾った時点で、自分の『もちもの』の中に収納されてしかるべきであるし、人の手に渡ったアイテムでも、金や暴力で取り上げればこんどはその勝った者の『もちもの』の中に入るのである。
レジでのやり取りはこのダンジョンのルールなだけで、実際に最後のゴーレムを倒せれば商品は無料で手に入るのである。
……まぁ、現実でも強引にレジを押し通れば無料で手には入るだろうか。犯罪であるという点に目を瞑れば。
「だから仕様上、アイテムは拾った段階で拾った人のものになる。その仕様を回答に活かせるかどうかは分からないがな」
「……活かせますかねぇ……?」
仕様についての理解は進んだが、ドラ子の中で懸念もまた一つ大きくなった。
自分の作ったフィールドが、ダンジョンではなくスーパーであると信じている顧客に、それがダンジョンであると納得してもらうことは可能であろうか。
回答方針を書きながら、ドラ子は再びの顧客アンケートの真ん中5の予感に、心の中で泣き続けたのだった。
大変遅くなりました。
冗談みたいな言い訳なんですけど先日の同僚の電撃退職が記憶に新しい我が職場にて。
一人欠けた分を無理に補おうとしたツケが回ったのか一昨日一人がギックリ腰になり、
さらに疲れからか昨日一人がちょっとしたアクシデントで労災下りる感じになりまして。
3欠けで死ぬほど忙しくて書いている余裕がありませんでした申し訳ございません。
忙しい状況は脱してないんですけど忙しいとわかっていると心構えはできるのでなるべく定期更新頑張ります。
ただ遅れる可能性も高いのでそしたらごめんなさい。
呪われてるのかなこの職場。




