195 お問い合わせ『商品案内をスムーズにしたい』3
すみませんコミケに行って帰ってきたら更新前に爆睡してしまいました
ダンジョンを作る際、ダンジョンマスターにはある程度『冒険者にはこういう動きをして欲しい』という想定がある。
ただ、一口に想定と言っても『できればこう動いて欲しい』くらいの話もあれば『絶対にここはこう動いて貰わないと困る』みたいな、ダンジョン攻略の根幹に関わる想定もある。
大抵、後者のような場合であれば、条件を満たさないとイベント発生エリアに入れないようにしたり、条件を満たさなければお仕置きモンスターと戦闘になったり、というアプローチで冒険者に半ば強制で順番を守らせることが多い。(多いというだけで、それをゴリ押しで越えてくる奴もたまにいる)
しかし、前者のような『絶対という程強制ではないけれど、できれば順番を守って欲しいなぁ』くらいの緩い想定の場合に、わざわざ順番を守らせるための仕掛けを作るのも、面倒だ。
そんな時に役に立つのが、Solomonに搭載されている補助機能の一つである『イベントナビゲーター』である。
補助機能と言ったが、これはその名の通り、一つの機能として独立しているものではない。
基本的には、他の機能を利用する際に『何か動線を仕込んでおきたい』程度の、軽い要望にお応えするために、随所に設定できるものだ。
例えば、とある聖剣が眠る妖精の森ダンジョンがあったとしよう。
その妖精の森のコンセプトが『心の清い勇者だけが聖剣を手にする事ができる』といったもので、それ以外の人間には異相接続機能全開で散々迷って貰いたいとする。
だが、普通に考えれば『心の清い人』だろうが『心の汚い人』だろうが、迷路への適性に差など生まれない。
心が清くても迷路には迷う。
ではどうするかと言った所で『イベントナビケーター』を利用する。
妖精の森に入った段階で、事前にアライメント判定を組み込んでおいて『混沌・悪』や『秩序・善』などの属性を読み取る。
その上で、森の中での行動で『奥に進みたい』という意思を読み取る。
最後に、奥に進んでも問題無いかの『戦闘力』を読み取る。
それらの条件を満たした人間に、ダンジョンの方から奥に進む為の補助をするのだ。
補助の形については、Solomonの方から幾つか提案があってそれを選ぶことも出来るし、それらが気に入らなければ自分で逆に提案することもできる。
妖精の森らしく、入った人間を気に入った(という設定の)妖精を召喚して、そのものに道案内をさせても良い。
勇者にだけ分かる風を吹かせて、風の通り道を正解にしても良い。
聖剣に意思があるなら、その勇者にだけその意思を伝達して上げても良い。
勇者の目にだけ見える、でっかな矢印を地面に描いても良い。
地形を弄って、聖剣までの直通通路を強引に作っても良い。
とにかく、条件を満たした相手を、的確にイベントへと誘導する機能が『イベントナビゲーター』である。
説明では聖剣を引き合いに出したが、この機能の柔軟なところはその目的がなんでも良いところだ。
ただ意味も無く通路を十周させたいときに設定しても良いし、倉庫で探し物をする時に設定してもいい、冒険者の手助けだけでなく、ダンジョン管理者の意に沿わない相手を危険な場所に誘導することだって可能である。
どういったナビゲートが出来るかはその状況に依るので、一概に具体的な内容を述べる事はできないが、間違いなくSolomonが総合術式であるが故にできる、かなり高度な機能の一つであった。
だが、こんな便利そうな機能であるにも関わらず、利用者は少ない。
それは何故かというと。
「この機能、Solomonのデフォルト設定では『F』に設定されてるんだよな」
「どおりで私が知らないわけですね」
と、一通りの説明を受けたドラ子は、最後の一言で納得した。
なお、当たり前のようにドラ子は知らなかったが、白騎士(仮)だったら当たり前に知っていることである。
お前ももう少し自主的に勉強を──とメガネは言いかけたが、そもそもそんな時間を取らせぬまま、回答者としての仕事にぶち込んだ保守サポート部にも問題があるので半目で睨むだけに止めた。
「で、でもでもですよ! 聞いた限りではSolomonにあるまじき使える便利機能に聞こえるんですけど、どうして初期設定だと切られてるんです?」
先輩の呆れメーターが見るからに上昇していることに気付いたドラ子は、話題を変えるように少し強引に切り出す。
だが、その疑問も当然だった。
Solomonは総合ダンジョン管理術式という点しか、他のダンジョン管理術式に対して優位を取れないような有様の術式(ドラ子の偏見による評価)である。
そして、この『イベントナビゲーター』はそんなSolomonの総合術式としての機能を最大限活かした画期的な機能に思える。
これ一つで、手作業で構築するには手間のかかる誘導のための関連イベントを、各機能を跨ぎながら勝手に作ってくれるという話だ。
単純に聞いているだけでも、相当便利で──相当複雑そうだ。
「いやまぁ多分、関連イベント機能っぽい動作するってことは、どうせ致命的な不具合が発生するからとかでしょうけど」
と、自分で聞いておきながら自分で結論に達したドラ子であった。
だが、意外なことにメガネはその結論に首を振った。
「それがなドラ子。この機能に関しては、多少の不具合が出ることも無くはないが、ダンジョンの運営に関わるような致命的な不具合を吐いたことはないんだ」
「嘘じゃん?」
「本当じゃん?」
先輩の言葉に、ドラ子は耳を疑った。
「いやいや、だってあの関連イベント機能もどきなわけですよ? あの、挨拶みたいにミミック関連の不具合を引き起こすことで有名な」
「いや、この『イベントナビケーター』は、ミミックが家具になった後のバージョンで実装された機能だから。こいつとミミックが手を組んだことがないんだ」
衝撃であった。
Solomonに致命的な不具合を出さないまま実装された機能が存在するなんて。
ドラ子の知っている限り、新機能と言えばまず致命的な不具合を出して、それを改修するか一旦見なかった事にするか、から始まるものだった。
それが、不具合無しで封印されるなんて、あって良いことではない。
ドラ子の心情は、メガネにしても手に取るように分かった。彼女の混乱に、青年はうんうんと小さく頷いている。
「じゃあなんで、こんな便利そうな機能が使われてないんですか?」
理解のできないものを見る目でそう尋ねたドラ子。
それに対するメガネの答えはシンプルだった。
「ウザいから」
「……ん?」
「この機能オンにしてると、すごくウザいんだよ」
「ワッツ?」
思わず共通語を忘れかけたドラ子であった。
だって、こんな便利そうな機能を封印するには、あまりにもなんというか、ふざけた理由にしか思えなくて。
そんなドラ子に、メガネはそれがどういったことかを説明する。
「例えばだ、ドラ子がダンジョンを作るとして、とある階層に何個かトラップ設置しておくかと思ったとするだろう?」
「はい」
「で、適当な所に、適当に落とし穴を設置したとする」
「まぁ、はい」
適当を二度も使うくらいの適当っぷりなら、本当に何も考えず『この辺に一個落とし穴でも作っとくか』くらいの適当さで設置した話であろう。
そう納得したドラ子に、メガネは続ける。
「イベントナビゲーターがオンになっていると、ここで『この落とし穴に冒険者を落とすためのイベント作りますか?』と聞いてくる」
「いや、そんな適当に作った落とし穴に、わざわざそんなことしませんよ」
「と思ったドラ子は一度ナビゲーターの提案を断り、次は適当な場所に、適当に毒矢の罠を設置したとしよう」
あー、となんとなく話のオチが読めたドラ子だった。
「イベントナビゲーターがオンになっていると、ここでさらに『この毒矢を冒険者に当てるためのイベント作りますか?』と聞いてくる」
「確かにちょっとウザいかもですね」
なるほど、この頻度で提案されるとしたら、ちょっと鬱陶しいかもしれない。
正直、ダンジョンを作っている時は、いちいち一つの罠でそんな深い事は考えていない。
考える人も当然居るのだろうが、大多数のダンジョンマスターは適当に罠を設置している。
もちろん、これには是非引っかかって欲しいというような本命の罠であれば、この『イベントナビゲーター』の提案はありがたいだろうが、それ以外であれば、ちょっと黙ってて欲しいと思ってもおかしくはない。
「それだけじゃないぞ。ここでこの機能はさらに『毒矢を冒険者が食らったら落とし穴に落ちるようなイベントを作りますか?』とも聞いてくる」
「いや、マジでそこまでしてもらわなくて良いですから」
「そこからさらに『毒矢と落とし穴を回避して油断した冒険者を引っ掛ける為の罠を新たに設置しますか? その場合、どのような罠を設置したいですか?』とも聞いてくる」
「ついには勝手に罠の提案をし始めたよ」
「酷いときはさらに『あまり有効な罠ではないですが、本当にそんな罠の設置で大丈夫ですか?』と、頼んでも無いのに聞いてくる」
「親切心がウザいんですよ! 心配性の母ちゃんだってもうちょっと様子見ますよ!」
ドラ子の想像の五倍くらい上をいくお節介っぷりであった。
というか、そこまで提案してきたらもはやイベントナビゲーターではなく、ダンジョン製作ナビゲーターではないか。
「まぁ、ここまで行くのは相当クソみたいなダンジョン作ってるときくらいだろうが、そうではなくてもかなり頻繁に提案してくるものだからな。テストプレイの段階でかなりの不評を貰ったんだ」
「まぁ、不評も止む無しと言いますか。横から母ちゃんが口出ししてくるゲームほど、やってて腹立つものもないですからね」
後半は地味な実感が篭っているドラ子の言葉であった。
「というわけで、せっかく機能追加したは良いが、自動提案されるとめちゃくちゃウザいってことで、デフォルトの設定ではこいつは『F』になったわけだ」
と、メガネの言葉で締めくくられて、このお節介機能が封印された理由は分かった。
もし、こいつがデフォルトで『T』であったら、きっと『こいつを消す方法』というお問い合わせが殺到していたことだろう。
「でもせっかく作ったのに使わないのも勿体無いですよね」
「もっともだな。なので、自動提案はされない状態でも、随時こっちから呼び出すことはできるようになっているんだ」
「へぇ」
落としどころとしては、無難なところに落ち着いたと言えるだろうか。
確かに自動であれこれ提案されるのは鬱陶しいが、欲しいなって思ったときに呼び出せると、便利な機能には間違いないのだから。
「まぁ、問題はそもそも存在自体を知られてないから、随時提案機能を誰も使ってないことなんだけどな」
「世知辛い」
悲しいけれど、認知されなければ無いのと一緒だ。
便利な機能も宝の持ち腐れである。
そして、そういう悲しい機能は結構Solomonには埋まっているのだった。




