194 お問い合わせ『商品案内をスムーズにしたい』2
「まぁ、ごちゃごちゃ言ったところで、結局やることは道案内ですよね」
一回怒りをぶちまけたところで少しすっきりしたドラ子は、改めてお問い合わせ内容を確認してみた。
今現在は、ゴーレムやオートマタの店員(?)に商品の在処を尋ねると、そこに案内して貰える、という形らしい。
しかし、ゴーレムやオートマタの場合、接触事故などを防ぐためか進路に人が居ると立ち止まってしまうため、混雑時にはマトモな案内ができない、と。
「人間に道を譲るゴーレムとか、ゴーレムとしてのプライドが無いんですかね?」
「プライドがある生き物じゃねえからな。というか生き物じゃないし」
そもそも、ゴーレムの主な仕事は門番などだ。
それが冒険者──かどうかは分からない、もしかしたら主婦かも──相手に、お行儀良く待てができるとは、ゴーレム界の面汚しである。
きっとゴーレム部長も、怒り心頭に違いあるまい。
「いやゴーレム部長は自我を持ったゴーレムとかじゃないからね、確かに岩石系の形質っぽい顔はしてるけど」
「なぜ私の考えていることが」
「ゴーレム部長を急にガン見しだしたらそう思う」
なお、ガン見されていたゴーレム部長は今日も真面目に仕事に取りくんでいる。
ゴーレム部長が視線に気付いてこちらを見たところで、二人はさっとデバイスを睨みながら作業している顔をした。
「まぁ、それは良いんですけど、現実問題どうやって解決しましょうかね」
デバイスの方をガン見しながら、小声でドラ子が尋ねる。
「ドラ子はどう思う?」
「うっ? むむむ」
最近あんまり優しく教えてくれなくなったメガネに尋ね返されて、なんとなくそう来るかなとも思っていたドラ子は、考えていた対策をあげてみる。
「客にぶつかるのを検知してゴーレムやオートマタが止まるって言うのなら、いっそのことぶつからないモンスターを案内役にすれば良いんじゃないですか? 例えばゴーストとか?」
顧客の話では、お客様の安全を優先しすぎるあまり、立ち止まってしまうのが問題だと言っているように思えた。
であれば、安全が確保されているモンスターを案内に出せば、その問題は解決するのではないだろうか。
ドラ子の考えを聞いたメガネは、ふむふむと頷いた。
「考え方は悪くない。むしろ良い」
「うっす!」
珍しいメガネの褒め言葉に、ドラ子は得意気な顔になる。
だが、いつものようにメガネは上げてから落とした。
「だが根本的な問題がある。魔力形成で作ったとしても、ゴーストみたいなモンスターにはそういう高度な行動パターンは仕込めない」
「え? あ、あー」
そう言われて、ドラ子もなるほどと納得してしまった。
ゴーストは本来、人間を襲うことを基本の行動ルーチンに設定されているモンスターである。
生体を召喚した場合は言わずもがな、魔力形成で生み出したとしても、本来は見た瞬間に人間に襲い掛かってしかるべきだ。
それを、道案内だけして帰って来させようとするのは、なるほど、確かに少々無茶があるかもしれない。
ゴーレムやオートマタを店員に使っているのも、恐らく彼らが、行動パターンを全てこちらで指定できるタイプのモンスターだからである。
「であれば、人間とぶつからないタイプのゴーレムなら良いですか? 例えば飛行ゴーレムとか、小動物みたいなゴーレムとか」
ゴーレムと一口に言っても、その種類は多岐に渡る。
その中には当然、どう間違っても畑にはならないようなタイプも含まれている。
だが、メガネはまだ難色をしめしていた。
「まず小動物はないな。ただでさえ混雑して危ないってのに、客にずっと下向いて歩けってのは、恐らくお問い合わせしてきた顧客の怒りを買う回答になる」
「確かにそうですね……」
「で、飛行ゴーレムなら、まぁ、下向いて歩くほど問題はなさそうだが……」
地面を向いて歩くよりはまだマシ、といった感じではある。
あるのだが、及第点を出した後にメガネは残念そうに言った。
「飛行ゴーレムを使うには『超古代文明オプション』か『未来都市オプション』が必要だ。この問題の為にサブスクリプション契約しろってのは、ちょっとばかし難がありそうだな」
「ぬがー! 良い案だと思ったのに!」
良い発想だったのだが、同時に顧客が不満を持つかもしれないというのは、少しばかり問題だ。
自分の出した案が、顧客の不満に繋がるかもしれない、という点にドラ子は敏感だった。
もう一度この顧客にアンケートで5を付けられたら──ちょっと傷つく。
「まぁ、例えば、小妖精みたいな人を導くこともあるモンスターなら、ギリギリ行動パターンを組めないこともないかもだが」
「ほ、本当ですか!?」
「だが、多分それよりも簡単な方法がある」
メガネの垂らした蜘蛛の糸に秒で飛びついたドラ子が、さっそく回答方針を作ろうとしてしまう前に、メガネは今回の話では使えそうな機能を口にした。
「それは、イベントナビゲーターだ」
「イベントナビゲーター?」
今までSolomonを触って来たドラ子でも、聞いた事のない単語だった。
メガネは言外に『だからなんでお前は知らないんだよ?』と後輩を目で責めたが、後輩はデバイスの方を向いているので視線に気付かなかった。
「これはSolomonに実装されてるゲーム的機能の一つなんだが」
「ほむほむ」
「ドラ子はゲームとかやっててたまに見た覚えがないか? 屋敷の中で調べ物をする時に、怪しい所が光ったりするの」
「あー、ありますよね。現実にも欲しいやつ。てかさっき欲しかったやつ」
ドラ子はやや無茶なことを言いながら頷いた。
イベントナビゲーターの前に、少しだけ話をしよう。
昔のゲームと今のゲームでは、ユーザーへの配慮に大きな違いがあることが多い。
というのも、昔のゲームでは次の目的地を教えてくれる人が誰か分からなかったり、目的地の名前だけ聞いても、その場所がどこか分からなかったり、どこぞのダンジョンを探索するのに必要なキーアイテムがどこにあるのか分からなかったり──なんて不親切なイベントは当たり前のようにあった。
もちろんゲーム制作者だってユーザーに意図的に不親切にしていたというわけではなく、それが限界だったという面もあるのだろうが、いずれにせよ、ちょっとした情報不足で先に進めなくなって詰むというのは、昔のゲームにはそれなりにあることだった。
それが今のゲームになると、そういう部分が大分優しくなっていたりする。
次の目的地を教えてくれる人が分からなかったとしても、城を出ようとしたら(誰々に話を聞いておこう……)とか勝手に出て来たり、目的地の名前を聞いたらミニマップにガイドの矢印が出て来たり、ダンジョン探索に必要なキーアイテムは遠くからピカピカ光っていたり。
とにかく、人が次にどこにいけば良いのか分からなくなったときに、目的地へとナビゲートしてくれる機能は、昔に比べて充実したように思える。
なんだったら、ストーリーを進めるための次の目的を忘れてしまっても、メニューの中とかにそれを思い出すための機能まで付いていたりする。
翻ってSolomonである。
Solomonはゲームではなくダンジョン管理術式であるが、考えた人間がややゲーム寄りの思考をしていたせいか、ところどころにゲーム的な仕掛けがある。
例えば、ダンジョンのボス部屋から入口に戻れる転移陣だったり、ダンジョンの中で回復ができる泉だったり。
その世界の文明的には結構不思議な機能が、ダンジョンだからという雑な理由で、特に深い考えもなく利用できるようになっていたりする。
同様に、冒険者のドラマを盛り上げるための仕掛けを作るのに必要な機能も豊富にある。
それが例えば、様々な出来事を一連のイベントとして関連づけることができる関連イベント機能であったりするし。
「イベントナビケーターというのも、そういう親切機能の一つというわけですか」
「そうなる」
イベントナビゲーターという機能もまた、Solomonが無駄にユーザーフレンドリーを発揮した結果、実装された機能であった。
「具体的にどんな機能なんですか?」
これまでドラ子が触ったこともない機能について尋ねると、メガネはちょっと難しい顔をした。
「具体的にと言われるとちょっと難しい。この機能は冒険者を導くために、随所で付けられる付属的な機能の総称だからなぁ」
「???」
その説明じゃ良く分からん、とドラ子が目で訴えたところで、メガネは言葉に悩み過ぎたのか、ついに吹っ切れたように言う。
「だからまぁ、端的に言うと、目的のアイテムをマジで光らせたりできる」
「マジで光らせちゃうのかぁ」
相変わらず、バカみたいな機能付いてるなこの術式。
ドラ子は、心からそう思った。
幼いころの自分はそれでゲーム何個も詰みました。
多分今やったらクリアできるはず……




