193 お問い合わせ『商品案内をスムーズにしたい』1
体感日曜になってすみません。
書きあがって推敲しようと思いながら寝転がったところまでは記憶があるんです。
「うぁ」
開口一番。
倉庫の扉を開いた赤髪の少女の口から漏れたのは、呆れと絶望が混じったようなうめき声であった。
その隣で、その様子を見ていたメガネは訳知り顔で頷くのみである。
さて、なぜドラ子が倉庫の扉を開けたのか。
その発端は、保守サポート部で主に受付業務を行っているオペ子からの依頼であった。
──────
「ドラ子ちゃん、ちょっとお願いしてもいい?」
「ん? いいですよ」
「ありがとう!」
その時、ドラ子は昼食の唐揚げ定食をおかわりまで堪能してご満悦の状態であった。
もともと、先輩からのお願いを無意味に断ることをするドラ子ではないが、機嫌の良いときであれば、それこそ二つ返事でOKするのもやぶさかではない。
お願いの内容すら聞く事無く了承した後輩を、メガネの青年は理解できない生き物を見る目で見ていたが、生憎とドラ子はその顔に気付かなかった。
「実は、今度受付窓口の方に新しい方が配属されることになったんだけど、その人用の備品を倉庫から持って来てほしいの」
「そんなことならお安い御用です!」
昼食明け、現在は特に切羽詰まったチケットは所持していない。
さらに仕事は簡単な荷運びとあれば、ドラ子にしては丁度良い腹ごなしとしか思えなかった。
その依頼内容を聞いて、メガネの頬が露骨に引き攣っていることにも、やはりドラ子は気付かなかった。
だが、メガネとだいたい同期くらいのオペ子は、その小さい身体でもはっきり分かる程、安堵した様子で胸を撫で下ろした。
「それじゃこれ、備品のリスト」
「はい」
今のご時世でも、ちょっとした用途には使われ続けている紙のメモを貰い、備品の内容を軽く確認するドラ子。
そんな彼女に、オペ子はそっと応援の言葉も残す。
「本当にありがとう。私だと最悪遭難する危険があるから、ドラ子ちゃんが代わってくれて助かるわ」
「いえいえ──遭難?」
「それじゃよろしくね! 倉庫の場所はメガネさんに教えて貰って!」
不穏な単語を残しつつ、それを説明せぬまま去っていったオペ子を見送り。
ギギギと、油の足りていない車輪のようなぎこちなさで、隣のメガネに向き直ったドラ子が、恐る恐る尋ねる。
「先輩。倉庫で遭難ってどういうことですか?」
「行けば分かるよ」
メガネは、端的にそう言って説明を拒否した後、ドラ子を連れて本社ビルの3階にある倉庫へとドラ子を連れて行く。
そして、倉庫の扉を開けたドラ子の第一声が冒頭である。
──────
まずドラ子の目に飛び込んで来たのは、うず高く積まれたダンボールの山であった。
倉庫全体の至る所にダンボールが集っていて、それぞれが気持ち程度に同じジャンルの備品で固まっているように見えた。
だが、その山と山を行き来する為の通路には、ダンボールを満載した台車がいくつも縦列駐車していて、道を半分以上埋めている。
入口からでは奥の方は見えないが、きっと、奥の方までこの台車の列は続いているのだろうと確信できた。
「え、ここから探すの?」
そりゃ遭難もするわ、とドラ子は思った。
まず、目的のブツがどの山にあるのかも分からないし、山になったダンボールには丁寧に中身のメモが付いているわけでもない。
箱から読み取れるのは、なんとなくのサイズだけである。
そして、それらの山を一つ一つ調べるにしても、至るところに並んだ台車が道を塞いでいてどうしようもないほど邪魔だ。
台車をどかさなければ辿り着けない山がいくつもあるのに、その台車を動かすスペースがない。
苦労して台車を動かして適当な山に着いたとして、そこに目的の備品があるのかどうかも、調べてみないと良く分からない。
ドラ子の頭の中には、リアル倉庫番ゲームという単語が浮かんでいた。
「先輩」
「なんだ?」
「とりあえず目星でお願いします」
ドラ子は茫然の状態で、道案内をしてくれたメガネに言った。
突然TRPGの技能みたいなことを言い出したドラ子に一瞬渋い顔をするが、メガネはパチンと指を鳴らす。
すると空中に二桁の数字が映り、同時にコロコロというサイコロを転がすような音が聞こえた。
「59(失敗)。ドラ子は部屋を見渡すがなんの目星もつけられず途方にくれる。ついでに、息を吸った拍子に部屋に舞っている埃を吸い込みくしゃみをする」
「……!? ふ、ふぇ、ふぇくしゅん!」
メガネが言うが早いか、ドラ子は盛大に可愛いくしゃみをした。
ただ、それがメガネの仕業なのか、単なる偶然なのかは判別できなかった。
ただ、ドラ子の中ではメガネの仕業だと決まったので、ドラゴンらしい鋭い眼光で先輩を睨みつけていた。
「……ついでに、成功してたらどうなりました?」
「ドラ子は部屋に埃が舞っているのに気付いた。くしゃみをしないように慎重に息をする」
「意味ねえ!」
「対象を指定しないで目星を振る方が悪い」
成功しても特に意味はなかった。
「まぁ、多分、デバイスとかはあの辺の山にあると思うから」
「…………あの、一際デカいマッターホルンにですか?」
メガネは入口から比較的近めの、周りに比べても一回りでかいダンボールの山を指差す。
ドラ子は、そんなメガネにダメもとで尋ねてみた。
「ついでに先輩、可愛い後輩の発掘作業を手伝ってくれたりは?」
「俺やらなきゃいけないチケットあるから」
「薄情者!!!」
ドラ子は精一杯の気持ちを込めてメガネを糾弾してみるが、当のメガネはどこ吹く風でその場をドラ子に託し、保守サポート部のオフィスへと帰って行くのであった。
──────
「酷い目に遭いました」
「お疲れ」
それから暫くして、ドラ子は備品となるデバイス等の道具一式を抱えて保守サポート部のオフィスに戻って来た。
備品等は既にオペ子に引き渡し済みで、ドラ子の役目は完了している。
「身体中が埃まみれな気分です」
「あの倉庫はなぁ」
「どうしてあんなことに?」
ドラ子の目から見ても、この会社の倉庫の有様は納得がいかない。
そもそも、別に商品を取り扱っている会社ではないのだから、倉庫にギチギチに物が詰まっている理由が分からない。
どこに何が置いてあるのか見当も付かないのは尚更おかしい。
好奇心と敵愾心からその辺の箱を一つ開けてみたが、中に入っていたのは良く分からないコスプレ装備みたいなものだったし。
「簡単に言うと、会社の備品が三割、攻略サポート部のかつての備品──という名のゴミが七割と言ったところか」
「攻略サポート部めぇえええ」
ドラ子の怒りは、カワセミへ酷い仕打ちをしたことで評価がどん底まで下がっている攻略サポート部へと向かった。
一応補足しておくと、攻略サポート部のかつての備品というのは、文字通り実際に業務に使われていた装備品などであり、それらの備品がなければ、攻略サポートに向かうための装備を自腹で揃えなければならなかっただろう。
そして、装備も長年使えば更新は必要だ。だが、更新されたとて、使っていた装備がそのまま使えなくなるわけではない。
会社のもったいない精神によって、まだ使えると判断された装備は、倉庫にて粛々と地層を積み上げることになった。
だから、倉庫にその辺りが埋まっているのはある意味では仕方の無いことなのだ。
「まぁ、現在は攻略サポート部専用の倉庫が新たに作られてるから、備品は移すなり捨てるなりしろや、って感じなんだけどな」
「攻略サポート部めぇえええええええ!」
なお、今の状況についてはあまり擁護しようがなかった。
そもそも最近は『備品なんてダッセー装備使ってらんねーよな!』みたいな風潮で、自前の装備(依頼の内容を一部無視してクレームになる)を持ち込むボンボンも多いが。
とはいえ、ここで愚痴っていても状況が変わるわけではないので、メガネはドラ子の怒りをぱっと一言でまとめる。
「まぁ、過ぎたことはいいよ」
「私としては全然良くないんですけど?」
「そんなことより、またお前向けのお問い合わせ来てたぞ」
ドラ子としてはぜんぜん気持ちが収まっていなかった。
だが、悲しいかな、ドラ子が頑張って倉庫整理をしている間にも、お問い合わせは届くのだ。
「そもそも私向けって、どうせまた、顧客が何を考えてるのか分からない系お問い合わせってことですよね?」
「そうとも言う」
「そうとも言わないで欲しかった!」
なぜSolomon(ダンジョン管理術式)でそんなことを? というお問い合わせは尽きない。
そして、ドラ子は幸か不幸かそういう顧客の正気を疑うようなお問い合わせに晒され続けて、若干やさぐれていた。
だが、アサインされてしまったものは仕方ない、とドラ子は自分宛てのメッセージからお問い合わせ内容を確認する。
──────
『
件名:商品案内をスムーズにしたい
差出人:異世界13契約番号43──ゼロキルエース
製品情報:Solomon Ver30.1.3
お問い合わせ番号:20024081027
本文:
いつもお世話になっております。
貴社製品を用いてスーパーマーケットの経営をさせていただいております、ゼロキルエースと申します。
この度は、我が店にて少し問題になっている事柄についての、解決策をご教示いただきたくご質問させていただきました。
と言いますのも、当店ではお客様が商品をお探しの場合は、お近くの店舗スタッフであるゴーレムやオートマタなどに口頭でお尋ねいただき、案内するという形を取っています。
しかし、ゴーレムやオートマタは基本的に全ての行動がお客様優先となっているため、店内が混雑している状況では他のお客様の歩行を優先して立ち止まることが多く、なかなか最初にお尋ねいただいた商品の売り場まで辿り着くことができません。
それに対して、少なくないクレームを頂いている様子です。
当店と致しましても、お客様の安全は第一ではございますが、同時にお客様の満足も優先したいと考えております。
そのため、商品への案内をもっとスムーズにする機能をお教えいただきたく存じます。
よろしくお願いします。
』
「またお前か! こっちだって備品がどこにあるのか知る機能が欲しかったところじゃボケェエエ!!」
お問い合わせの相手は、ドラ子にとってそこそこ因縁のある相手であった。
ドラ子はこの顧客に、アンケートの真ん中の項目(ご要望に応えられたか)で5(不満)を付けられたのを根に持っていた。
ついでに、攻略サポート部の備品の中には懇親会で使ったゴミ(つけ髭とか鼻眼鏡とか)も混ざっています。




