190 お問い合わせ『ランダムエンカウントの実装方法』4
ランダムエンカウントもどき。
メガネは、それをダンジョン管理術式の力を使わずに実装すると言った。
そんな発言を聞いて、当然のようにドラ子は訝しげに目を細める。
「それができないから、困ってるっちゅう話じゃないですか」
そうなのである。
ゲームの中にはゲームの法則があるように、この世界にも、世界の法則がある。
そうだ、ランダムエンカウントしよう! と思っても出来ないから、困っているのだ。
それを、さも当然のようにできると言い切ったメガネ。
それならば、今までの話はなんだったんだと思うのは当然である。
「そう思うのももっともだが、ちゃんと言ったぞ。あくまで擬似的な『ランダムエンカウントもどき』だってな」
だが、そんなドラ子に対して、メガネは再度、諭すように言った。
ドラ子は訝しむ表情を変えることなく、さりとて無意味に反発するのも無駄と悟ったので、ふてぶてしくデスクに肘をついて聞く態勢になった。
「なんなんですかその、もどきってのは」
「読んで字の如く、一見ランダムエンカウントに見える、全くランダムエンカウントじゃないもののことだ」
「なるほど。もう分かったんで説明入ってください」
ドラ子は理解した。
このまま自分で考える時間がきっと無駄だな、と。
そうやって開き直った後輩に、いつものため息を吐きながらメガネは説明に移る。
「まず、大前提として、そもそもランダムエンカウントとはなんだ?」
「さっき言っていた通り、元々はゲームのシステムの一つで、歩いているといきなりモンスターの集団と出会って、戦いになる現象のことですかね」
先程ノリノリで詰めていた内容を思い出し、ドラ子は出来るだけ簡潔に言った。
「では更に聞くが、なぜ、ゲームの世界では存在するランダムエンカウントが、現実世界では存在しない?」
「何故って……」
何故、と聞かれてドラ子は考える。
ゲームと現実で、何故そこが分かれるのか。
少し考えたら、ゲームとの違いはポツポツと浮かんでくる。
エンカウント率なんてものは現実にはないし、戦闘フィールドなんてものもない。
モンスターはお行儀良く違う種類で群れることはまずないし、そもそも、よーいドンの形で戦闘が始まることもない。
そう、大きいのは一番最後だ。
「現実では、戦闘に入る前に相手の存在が分かるからじゃないですかね」
少し考えて、ドラ子の中で出て来た一番の答えはこれだった。
ゲームであれば、エンカウントした時、いきなり目の前に敵がいて、敵味方同時に動き出すような形で戦闘が始まる。
だが、現実では、そんな簡単な話はない。
「普通に考えたら、敵味方双方の索敵能力の違いはあれど、戦闘に入る前にお互いが相手の存在に気付きます。奇襲もありますが、それにしたって奇襲を仕掛ける側が、戦闘になる前に相手の存在に気付いています。だから、ランダムではないんです。遭遇戦は、相手を探すところから始まるはずです。まぁ、ゲームシステムでたまに先制攻撃なんかが発生することはありますが」
そう、戦いは戦う前から始まっている。
エンカウントは、戦闘に入ることではなく、敵の存在に気付くことから始まる。
もちろん、ゲームでもたまに『敵はまだこちらに気付いていない』といった演出が入ることはある。
そこで先制攻撃するか逃げるかの判断もできたりするし、逆に相手に奇襲を受けることもある。
だが、本来であれば、そもそも敵味方双方の攻撃が有効な位置で、戦闘の判断をすることはないはずだ。
オープンワールドのゲームなんかを思い浮かべて貰えば分かるだろうが、強そうな敵がうろついているのが見えたら、戦闘になる前に対処するのが当たり前なのだ。
遠距離から一方的にちくちく攻撃したり、移動ルートに罠を張ったり、一人が囮になって敵を釣り出しキルゾーンに誘い込んだり、戦闘での要らぬ負傷を避けるために人は色々な策を講じる。
お互いがクロスレンジで斬り合うような展開は、本来なら最後の手段に近い。
繰り返しになるが、戦闘は戦う前から始まっている。ただそれだけのことだ。
だから、ランダムエンカウントがなぜ現実にないのかと言えば、端的に、
「まとめると、敵が見えているから、ランダムなエンカウントはない、ってことですかね?」
極論を言えばそういうことになった。
もちろん、洞窟の中の曲がり角で不意の遭遇をしたりとか、逃げ場の無い通路で挟み撃ちにされるとかで、予期せぬ戦闘になることはあるだろう。
それらをランダムエンカウントと同様のものと見なすことも出来るだろう。
だが、全ては索敵からだ。
戦闘は、敵と遭遇する前から始まってる。
何の工夫もなく、歩いていたら敵と戦闘になるというのは、現実的にはとてもおかしいことなのだ。
「良いじゃないかドラ子。そこまで分かったなら、もう一つ質問だ」
「はいはい、今度はなんです?」
「Solomonの迷いの森で良く使われている機能の一つ、何か思い出せないか?」
「迷いの森? あの異相接続の?」
迷いの森と言えば、定番とも言えるの自然系ダンジョンの一つだ。
Solomonで言えば、異相接続というトラップの一種を用いて、人間の方向感覚を殺して人を惑わせるのに重きを置いた感じのダンジョンを、迷いの森系ダンジョンと呼んだりする。
だから最初に思い出したのは異相接続であった。
「あの致命的な不具合の卵に何を思えと?」
ついでに、異相接続にまつわる不具合の数々も思い出して、ドラ子は渋い顔になった。
異相接続とは、簡単に言えば、正しいルート以外では奥に進めないようにする、移動ルート制限系の機能の一つで、森の中の隠れ里に続く道なんかによく用いられるものだ。
そういう空間に干渉するようなトラップは、当たり前のように不具合の温床になるのが、Solomonの常なのだ。
「まぁ、異相接続はそれがないと始まらないから置いておけ。それだけじゃないだろう? 迷いの森とか、毒の沼地とかではよく使われる『天候』があったはずだ」
「天候」
とはいえ、異相接続はそれだけでも十分効果的ではあるが、見晴らしが良ければ景色の違和感に気付きやすくなる。
いくら自然に森の中の道を繋いだところで、同じ所をグルグル回っていることにすぐ気付く奴は気付く。
だから、それを補助するため、とある天候をサブトラップ扱いで設定するのも、そこそこ定番だった。
「もしかして、濃霧ですか?」
濃霧。そのまま、濃い霧。
先程言ったように、異相接続単体では、よほど工夫しなければいずれ景色の違和感に気付かれることは多い。
だが、そこに濃霧をセットするだけであら不思議。
冒険者達の視界は大幅に制限され、景色を見る余裕はなくなり、迷いの森は不気味な雰囲気を増してギミックの性能も上がる。
迷いの森と濃霧は、かなりシナジーの高い組み合わせなのである。
そう考えて、ドラ子もようやく、これがどう先の話に繋がってくるのかが分かった。
「……そうか、濃霧で、ってことですか」
濃霧がもたらすのは、地形的な効果だけではない。
たったこれだけで、ダンジョンの難度を二段階は引き上げる主要因は、そう。
「濃霧の中では、モンスターが近くに来るまで気付けない」
ドラ子の気づきに合わせるように、メガネが言った。
濃霧の効果で、最も大きいのは、これだ。
見晴らしの良い草原と、霧の立ちこめる森の中では、敵味方ともに索敵の難易度が段違いだ。
草原では何百メートルも先から相手の存在に気付ける斥候が、濃霧の中では僅か十数メートルになるまで気付けない、なんてこともざらにある。
モンスターと冒険者、双方がお互いの存在に気付かぬまま、お互いに近づいていって。
そして、霧で制限された有効視界に突然相手が現れたとしたら。
「不意の遭遇、ランダムエンカウント──もどきですか」
もちろん、視界以外の能力で索敵を行っていることも当然あるだろうし、一概に言い切る事はできない。
迷いの森のモンスターに、視界に頼らないものを設定することで、より難易度を上げる工夫は良く行われる。
だが、そういうところを取っ払って考えると、そこには確かに、ランダムエンカウントに必要なものが揃っていた。
私ごとなのですが
先日職場の同僚が引き継ぎほぼゼロで突然入院退職してしまいすごくすごい忙しいです
更新に影響が出ないようにできる限り頑張ります




