187 お問い合わせ『ランダムエンカウントの実装方法』1
大変更新遅れましたすみません……
カチャカチャカチャ、ターンッ、とキーボードを押し込む音が聞こえてきそうな、元気の良いタイピングの後、ドラ子は呟く。
「よし、三件目終わりっと」
全て簡易チケットではあるが、本日三件目の回答を完成させたドラ子が、レビューを終え、窓口へと提出依頼を投げる。
後は窓口の方で不備がないか確認され、それがお問い合わせの主へと届けられるのだ。
その日、ドラ子は珍しく仕事に気合が入っていた。
珍しく、なんて言い方もどうかとは思うが、今日のドラ子が、普段のドラ子と比べてやる気を漲らせていることだけは確かだった。
それは当然、先日の資格試験とその打ち上げによって、ダンジョン関連業種に勤めている自分の至らなさに思い当たって奮起したから──では当然ない。
では何故かと言えば。
つい先日プレイし始めた、過去の名作RPGのリマスター版が、思っていた以上に楽しかったからだ。
内容はシンプルなダンジョンもので、とある巨大なダンジョンに潜っていく冒険者を自分でキャラメイクし、自分なりのパーティを組んで攻略していくというもの。
シンプルな内容ながらハクスラ要素もあり、地道なレベル上げと冒険のスリルのバランスも良い。
難点を上げるなら、やや戦闘の難易度が高いところかもしれないが、その点は人によっては評価ポイントにもなる。
結果として、ドラ子の中のゲーム熱は燃え上がっており、そのついでとばかりにダンジョン熱も上がっていた。
だから、仕事のやる気も釣られて上がっているというところだった。
そんな彼女の仕事ぶりには、遠くから部下のあれこれを見守っているゴーレム部長も、思わず満足気に頷くほどである。
もともと、やれば出来る子なのだ。そんな彼女がやる気になってくれるというならば、願ったり叶ったりである。
「調子いいじゃん」
そんなドラ子に、隣のデスクに座っているメガネの先輩が声をかける。
いつもは嫌味っぽく聞こえる声も、絶好調のドラ子には素直な賞賛に聞こえた。
「ふっふっふ。今日の私はひと味違いますよ。なにせ絶賛新規階層開拓中の新進気鋭のボウケンシャー、ドラ子様ですから」
「もうダメそうだな」
そして返って来た答えから、このテンションが一時的なものらしいと悟ったメガネは、思わず出そうになったため息を飲み込んだ。
「なんですか先輩そのダメな後輩を見る顔は。先輩は私のことを褒めても良いし褒めなくてもいいんですよ」
「じゃあ、褒めないかなぁ」
「あーあ、今重要なフラグが一つ失われました」
わざわざ下らない選択肢を用意してくる後輩に、呆れるメガネであった。
そんな折り、社内連絡用のチャットツール『Slash』からピコンと音がする。
「と、またお問い合わせが。人気者は辛いですねぇ……」
理由はどうあれ、ドラ子が本日絶好調なのは間違いではなく、手持ちのチケットを着々とこなしていた彼女であるから、新規チケットが入ってくるのもまた当然であった。
だが、今のドラ子にとっては、新しいお問い合わせも冒険の依頼書のように感じられて、いつもよりは苦ではない。いつもよりは、だけど。
ちょうど昼下がりの時間で、自身の受け持つチケットに一段落ついていたメガネも一緒に、新しいお問い合わせを確認した。
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件名:ランダムエンカウントの実装方法
差出人:異世界543契約番号123──adomin2A
製品情報:Solomon Ver30.0.2
お問い合わせ番号:20024007081
本文:
お世話になっております。
貴社製品を利用して作成しているダンジョンについて質問がございます。
現在、私達は世界創造チームを結成し、とある世界の新規創造を行っております。
と言いますのも、近頃世間ではゲーム世界転生なるものが流行していると聞きます。
それを知った我々の上司が、それならばとチームを結成し、とあるゲームを元にした世界を創造し、管理世界の輪廻から零れ落ちた魂を掬い上げて移住させるプロジェクトを発足させました。
ゲームの世界を元にした住民を創造し、ゲーム開始地点の雛形を作り上げれば、あとは複数の世界を並行管理しながら、掬った魂ごとのストーリーの違い等も観測できるため、娯楽としても注目度の高いプロジェクトとなっております。
ただ、現在その雛形作成にて問題が生じております。
完全なる世界の新規創造に比べ、世界観の作成などの手間が大幅に削減され、著作権等の権利関係の話も順調に進んでいるのですが、ワールドマップ作成、およびダンジョン作成にて問題があるのです。
ゲーム世界で存在するランダムエンカウントが、Solomonの機能として見つからないという点です。
もしかして、Solomonにはランダムエンカウントの設定が存在しないのでしょうか?
もしそうであれば、どのようにしてランダムエンカウントを実装すればよいのでしょうか?
ご教示願います。
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ランダムエンカウント。
昔のRPG系ゲームでは主流であったし、現在も2Dゲームなんかではまだまだ現役で採用されている、敵との遭遇形式の一つである。
とあるフィールドが敵と遭遇する可能性があるフィールドであるならば、プレイヤーが自キャラを動かした時に、ランダムで戦闘に突入するというものだ。
この際のエンカウント率をどのように設定するかは、ゲームバランスに密接に関わってくる。
一歩一歩にエンカウント率を付けたり、一定歩数ごとにエンカウント率が上がる補正をかけたり、呪いの装備を手にしてしまったらダンジョン内でのエンカウント率が爆増したり、特技を使ってエンカウントを抑制したり。
世界観的な作り込みにも関係してくるものであり、このバランスが著しく悪かったりすれば、クソゲーの評価を下されることすらあるのだ。
とはいえ、それはあくまで、敵との遭遇を上手い事ゲームに落とし込むための、言わば妥協の産物でもあり。
そういうのをより現実に寄せた、シンボルエンカウント方式なんかも、そこそこ市民権を得ているわけで。
「そこまでゲームに寄せる必要ないんじゃないかなぁ!?」
お問い合わせを読んだドラ子の、第一の感想はそれであった。
いやいや、自分でゲームを『元にした』世界の創造って言ってるじゃん。
そこは、元にするだけで良いじゃん。
世界五分前仮説的な世界創造だろうと、住民達は生きた人間として生み出すんでしょう?
だったら、ダンジョンのモンスターもそういう生きたモンスターとして用意して、オープンワールド的なエンカウントさせれば良いじゃん!
どうしてモンスターとの戦闘だけゲームの直接移植を目論むんだよ!
頭おかしいだろぉ!?
「と思うんですけどどう思いますか?」
「ドラ子の言っていることはもっともだと思う」
同じお問い合わせを読んでいたメガネに思いの丈をぶつければ、流石に同意が返ってくる。
実際、世界創造ってレベルの大規模プロジェクトはともかく、好きなゲームに存在するダンジョンを実際に作ってみたい、といった要望は多いのだ。
身近な話で言えば、魔王城でやっていたコラボレーションダンジョンなんかは、まさしくそれだろう。
魔王城に出向していたカクテル爺さんズから、そういった作業の話をメガネは聞いていた。
実際にゲーム内で自由に動き回れるダンジョンであれば、その構造をまるごとコピーして再現することは難しくない。
テキストで進んでいくダンジョン攻略ものや、簡略化された2D3D表示のダンジョンを、現実と擦り合わせながら再構築するのもお手の物。
印象的なイベントなんかは、様々な機能を駆使してお約束のごとく実装してみせる。
だが、それらは全て、ゲーム的な要素を解釈し、それを現実に置き換えるならこう、という手順で行われている。
ゲームそのまま、ダンジョンを歩いていたらいきなり音楽が変わって、気付いたら戦闘に突入している、なんて実装はされない。
ランダムエンカウント、というのも、言ってしまえばゲーム的な都合ゆえのものだし、それを現実に置き換えずに直接持ってこようというのは、あまりにも無茶である。
だから、ドラ子の言い分を受けたメガネも、流石にこう答えざるを得ない。
「残念ながら、Solomonにも流石に、敵との遭遇をランダムエンカウントにするような設定は存在しない」
「ですよね。ちょっと安心しました」
いくら総合ダンジョン管理術式でも出来ることと出来ないことはある。
そうドラ子が安心したところで、メガネは言った。
「だが、まぁ、Solomonの機能を十全に──無駄に使えば、それと近いことはできなくもないだろうなぁ」
お前は何を言っているんだ?
ドラ子は、そう眼差しで訴えてみたが、メガネの表情は真顔のままであった。
とある方から拙作のレビューをいただきました。
このようなニッチ作品を読んでもらった上でオススメまでしていただけて大変嬉しいです!
ありがとうございます!




