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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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186 基本ダンジョン攻略技術者試験41

二話に分けてもいつもの一話分の倍近く長いのにどうして一話でまとまる気でいたんでしょうね



「ちょちょ、待って下さいよ! え?」


 困惑からようやく回復したドラ子は、先輩の口から出てきた回答に、今度は盛大に混乱する。


「何を待てばいいんだ」


 そんな後輩の様子を、涼しい顔で見ながら日本酒をちびちびやるメガネである。

 その姿が、どうにも慌てる後輩を眺めて面白がっているように見えて、ドラ子はふっと苛立ちが頭に上り、それ故に冷静になった。

 短く深呼吸を二回して、当然の疑問をぶつける。


「ドッペルゲンガーをドラゴンにぶつけるって、どういうことですか?」

「言葉通りの意味だが」


 メガネの顔には『何を当たり前のことを?』と書いてあるようだった。

 だが、ドラ子はそもそもの前提を突っ込む。


「いやいやだってドッペルゲンガーですよ? 人間に化ける魔物ですよね? ドラゴンにぶつけてどうするんですか?」

「お前の方が何を言っているんだ」


 そんな疑問に対して、メガネはまるで中学生に足し算を教える教師のような、微妙な表情を浮かべる。


「逆に聞きたいんだが、ドッペルゲンガーがドラゴンに化けられないと思うのは、何故だ?」

「なぜって、そんなの常識的に考えたらそうですよね?」

「その常識とやらは、どこの世界の話だ?」

「どこの……って」


 それは今まで生きて来て、培った常識ですけど。

 と思いつつ、そこでドラ子も気付いてしまう。

 そもそも、ドッペルゲンガーについての常識を学ぶ程、今までの人生でドッペルゲンガーを調べたことがない、と。

 ドッペルゲンガーが人間に化ける魔物だということは知っているし、彼らの言葉が嘘八百だということも、カワセミに教わって知った。

 だが、それだけだ。

 ドラ子が知っている、ドッペルゲンガーの正しい情報は、それしかない。


「世間一般の常識とやらは知らないが、Solomonの話をしよう」


 ドラ子自身が、自分の持っている常識に疑問を抱いたあたりで、メガネはモンスターの解説に入った。


「そもそもドッペルゲンガーは特定の形を持たないモンスターと言われている。その本体についても複数種類あって、化ける能力を持った動物型、人間の形をした影型、どんな形状にもなれるスライム型、物理的な身体を持たない精神憑依型やガス生物型などだ」

「えっ、そんなに」

「そう、そんなにいるんだよ」


 そもそも、不定形タイプのモンスターは、不定形であるが故に、全く別の種類のモンスターが、まとめて同じモンスターと認識されることもままある。

 ミミックなんかが、生態としては全く別物の種であっても、結果的に宝箱に化けるモンスターであれば全てミミックと呼ばれるのと一緒だ。


「この際に、人型タイプやスライムタイプなんかには、化ける対象の制限がある。物理的な体積の問題だな」


 それはそうだ。人の形をした実体があるなら、当然に人にしかなれない。

 スライムが色んな姿を取れるといっても、ある程度無理したところでその体積以上や体積以下にはなれない。


「だが、化ける能力を持ったタイプや、精神タイプは、そういった制限がない。ならばどうなるか分かるか?」

「…………」

「相手がどんな相手だろうと、化けようと思えば化けられるってことだ」

「……うそでしょ」


 残念ながら、そういうことなのだ。

 そういったタイプは、物理的な変身をしているのではなく、化かす相手に自分の姿をそう見せかけているだけだから。


「そして、Solomonで採用されているドッペルゲンガーは、相手の思考を読み取った上で、幻影の魔法で騙すための偽りの身体を作り、そこに自分の精神を憑依するというハイブリッドタイプだ。変化の自由度を持ちながら、物理的な攻撃力や弱点も持つ、騙すことに特化した比較的弱めのタイプだな」


 実際のところ、ドラ子が倒したドッペルゲンガーは弱かった。

 物理的な手応えもあった。

 そして、倒した相手は復活しなかった。

 その点を鑑みても、メガネの言っていることに、間違いはなさそうだ。


「そして、相手の心を読んで身体を作るという性質から、化ける相手は一定以上の知性を持った相手に限定される」

「一定以上の、知性と言いますと?」

「一概には言えないんだが、ユニーク級モンスターなら間違いないってところだな」

「…………」


 ようやく、ドラ子も理解した。

 骨無しペンギンのメッセージが何を意味していたのかを。


 あれは、ヒントだったのだ。


 竜王が、人間に育てられたモンスターであり、一定以上の『知性』を有していること。

 その竜王が、現在『恋愛』のせいで心に隙を持っているということ。

 そして『メッセージを活かせるものなら活かしてみろ』とは、本当に、心から、本心で言っていたのだということ。


 一見するとふざけたメッセージであるが、そこから読み取れる情報は、確かにあったのだ。

 聞いた人間の99%がぶちぎれるような、ふざけたメッセージだったとしても、僅かでも気付く人間はいたのだ。

 少なくとも、又聞きですらメガネは気付いたのだから。


「というわけで、ドッペルゲンガーを用意したら後は簡単だ。竜王の想い人──想い竜に化けさせて、仲間割れを誘発するなり、戦闘の不参加を求めるなり思いのままだ。相手がどのくらいでドッペルゲンガーの正体に気付くかは分からないが、状況を立て直す時間くらいはあるだろう」

「……そんな簡単に行きますか?」

「世の中、一人の女に唆されて崩壊したコミュニティもまた、枚挙にいとまがないぞ」


 まぁ、そうだろうなぁ、とドラ子は思った。

 自分で言うのもなんだが、あのひよこは相当戦闘に偏った頭に育てあげたのだ。

 女に騙されてころっと寝返る──なんて姿はあまりにも簡単に想像できた。


「で、でもですよ。そもそもの問題として、そのドッペルゲンガーをどうやって最下層まで持ってくるんですか」


 ドッペルゲンガーを利用すればいい、というのは真だったとしても。

 そのドッペルゲンガーをどう用意すればいいのか。

 メガネはそう尋ねるドラ子に、再度呆れた顔をする。


「なんのためにダンジョン改変用のデバイスを配ってると思ってんだよ。その階層で味方のドッペルゲンガーを召喚するなり、背刃の牢獄で無理やり主人を書き換えるなりして拾ってくれば良いだろ」

「で、でも、モンスターは階層間移動ができないかもしれないですし」

「んなもんSolomonの設定一つなわけだが。試してみないと出来ないかも分からんし、仮に出来なかったとしても改変しろ」

「ぐぅ」


 あまりにも簡潔な答えだった。ドラ子もぐうの音しか出せなかった。

 そう。別に、この試験は全てが全て己の力で乗り越えねばならないものではないのだ。

 必要なところで、必要な術式改変を行い、少ない労力でダンジョンを突破する能力が求められる試験だったのだ。


「で、でも、私達、その、持ち点1だったわけですし」


 恥の上塗り感はあったが、ドラ子は言い訳した。

 仮に改変すれば簡単だったとしても、それでも自分たちには、その手を打つ事ができなかったのだ。

 ドラ子はそう主張したが、戻って来たメガネの返事は簡潔であった。


「カワセミ?」


 メガネは視線をそっとカワセミに向ける。

 カワセミは、ドラ子を真っ直ぐ──いや、目を少し斜め上に泳がせながら見つめる。


「…………ごめん、ドラ子ちゃん、ほんとごめん、私、その、実は魅了系のテイムスキル持ってます、はい……特に夜とか闇とか、そういうタイプに特攻の……」

「アッハイ」


 持ち点関係なく、実は手札は全て用意されていたらしい。

 気付いてさえいれば、カワセミは簡単に、ポイント消費なしで、あの場を切り抜けることが可能だったのだ。

 気付いていなかったが故に、ドラ子が命を削る程に苦労したが。


「とまぁ、モンスターのことを良く知らない一般人なら分からないのも無理はないが、基本ダンジョン攻略技術者の試験を受ける程度の『ダンジョンのエキスパート』なら、注意深く考察すれば気付ける程度のギミックだったということだ」


 メガネの声は、実に淡々としている。

 淡々としながら、話を聞いただけのダンジョンを脳内に構築し、そのダンジョンを攻略するための最善手を思い描いている。

 これが、仕事ではなく趣味でダンジョンに潜っていた人間の実力なのか、とドラ子は一人戦慄していた。


「カワセミ、普段のお前なら気付けた筈だ」

「…………ドラ子ちゃんのステータスが高くて、それを利用した突破法が何か無いか、と、恐らく無意識に」

「力に溺れたな」

「ぐぅ」


 そうこうしていると、今度はドラ子よりも数段上の筈のカワセミもぐうの音タイムに突入していた。


「人は便利な力を手に入れると、往々にしてそれを利用したくなるものだ。だが、ダンジョン攻略を考えるなら、便利な力はあくまで選択肢の一つに過ぎないと心に刻め。それで解決できる場合でも、より効率的な解決方法はないかを模索できるようにな。行き過ぎると、馬鹿の一つ覚えになる」

「ありがとうございます。胆に命じます」


 もはや楽しい飲みの席が一転、苦しい反省会と化していた。

 その勢いでメガネの視線がドラ子に向いたので、ドラ子は思わず身構える。


「ドラ子は……俺がアドバイスをする領域に達してないから、もっと勉強しろ」

「これはこれでなんかモヤモヤするぅ!」


 叱られなかったが、特に褒められもしていなかった。

 そうやって、女子二人をどん底に叩き落としたあと、メガネは一人で締めた。


「総括すると、この試験用ダンジョンはまさに『分断』がテーマだった。ただし、最後の最後では『こちらが敵を分断させる』という、発想の転換が必要だったわけだがな。突然の仕様変更にも関わらずテーマを繋いでみせた製作者に俺は敬意を表するよ。だいたい力技で突破されただろうことが、可哀想でならない」


 言いたい事を言い切ったメガネは、手酌で徳利から日本酒をおちょこに注ぐと、それをまたちびちびとやりだした。

 そしておちょこが空くまで、誰一人、何も言わなかった。無言であった。

 おちょこを再び日本酒で満たしたメガネが、静かなため息とともに零す。


「だから、普通に褒めようか? って言ったのに」

「軽いダメだしでこんな状態に叩き込んだ人が、よくも普通に褒められる気でいましたねぇ!?」


 もしその未来を選択していたら、果たしてどんな褒め言葉が出て来たのだろうか。

 ドラ子には想像すらできなかった。


「もう良いです! カワセミ先輩! 飲んで忘れましょう!」

「う、うん! そうだね! せっかくのお祝いの席だからね!」


 それでも、ドラ子は持ち前の強心臓を発揮し、凹んでいた気分はとりあえずよそにやることに成功した。

 あとは、カワセミの落ち込みも酒で流してしまえば解決だ。

 乙女心の分からぬ、鬼畜眼鏡先輩の財布を空にするつもりで行こう。


「じゃあ、とりあえず、唐揚げ百皿頼みますね」

「おい!? ばかやめろ!!」


 そんなドラ子の無茶な宣言のあと、メガネは咄嗟に止めに入ったが後の祭りだった。

 厨房から悲鳴が上がり、同時に給仕の人が、注文がマジなのかを聞きにくるのはそれからすぐであった。






「それじぁあ! せんぱい! ドラ子ちゃ! お疲れさまでぅ!」

「気をつけてな……」

「ぁい!」


 ややあって、哀しみの自棄酒モードに突入したカワセミが、酔いどれのうわばみモードに突入したりと一悶着あったが、急速に冷え込んだはずの場は、ある程度の活気を取り戻してお開きとなった。

 お開きになるころには、カワセミの言語はすでに怪しかった。

 ちゃんと帰れるか心配だったカワセミを、タクシーに叩き込んだメガネとドラ子は、どちらからともなく、ため息を吐く。

 そして、駅に向かう道すがら、ぽつぽつとメガネが零した。


「……カワセミは、何か辛い事があってもあそこまで飲む奴じゃなかったんだけどな」

「いやぁ、うーん、どうでしょうねえ」


 なんか急にシリアスっぽい顔で言われても、ドラ子にはなんとも言えなかった。

 少なくとも、辛い気持ちにさせたのはメガネ先輩では? と言いたくはあった。

 ただ、それとは別に一つ、分かっていることはある。


「私は昔を知らないですけど。昔よりは、ストレス溜まってると思いますよ、やっぱり」

「だろうな」


 カワセミの労働環境は、やっぱりあまり良いとは思えない。

 ゴーレム部長のプレッシャーに支配される、保守サポート部の軽いディストピア感も大概ではあるのだが、まぁ、慣れればそこまで苦ではない。

 それよりも、同僚がクズな上に上司もクズな環境で孤軍奮闘するのは辛かろう。


「攻略サポート部はなぁ、部長が今居ないからなぁ」

「え? あのカワセミ先輩を傷付けたゴミカスって部長じゃないんですか?」

「恐らく部長代理だろうな。もしくは直属の上司かもしれん? 本当の部長はちょっと訳あって今会社を離れているんだよ」


 それはドラ子も初耳であった。

 実は攻略サポート部には、本当の部長がいないらしい。


「……その訳とは?」

「超長期契約の攻略サポート。年単位で泊まり込んで攻略するような超大型案件に対応中なんだよ」

「……そんなんあるんですね」


 攻略サポート部の構成は、実は冒険者ギルドっぽい。

 窓口が案件を受理して、上層部が割り振りを考え、適切なパーティに案件を投げる。

 保守サポート部では個人に割り当てるが、攻略サポート部ではこれが個人だったり、パーティだったり、はたまた複数パーティの合同だったりするとか。

 そのため、他の部署の課長に相当するクランリーダーが居たり、係長に相当するパーティリーダーが居たりする。

 そんな感じだから、自分たちが冒険者だと誤解するのではないだろうか。


 そして、超大型案件に関しては、絶対に失敗できないために、部長他数名の真の精鋭達が臨んでいるらしい。

 なんでも、世界最大級の迷宮を構築したので、一から入ってクリアまでを通しでやって欲しいという、頭のおかしい依頼だったとか。

 下手しなくても年単位かかっておかしくない頭のおかしい依頼であるが、同時に報酬も莫大であったとか。


「じゃあ、鬼の居ぬ間に好き勝手してる、その部長代理が諸悪の根源ですか?」

「……まぁ、端的に言えばそうなんだろうな。もともとボンクラどもの評判はそこまで良くなかったが、部長が不在になってから、攻略サポート案件は増えている」


 こんなところで、またしても会社の闇を垣間見たドラ子であった。

 そんな状況で孤軍奮闘しているカワセミには涙を禁じ得ない。

 そうこう言っている間に、二人は会社の最寄り駅に辿り着いていた。

 今の時間は飲み会終わりの人々で意外と混んでいるが、二人で二次会に向かう気分でもない。


「そういえば」


 それ故に、さっさと駅に入って違うホームに向かってバイバイとなるところで、ドラ子はふいに思い出したことがあった。

 ドッペルゲンガーの話をしていたときに、ふっと湧いてきたが、そのときはカワセミが居たので、なんとなく程度に聞くのが躊躇われたのだ。


「メガネ先輩って、カワセミ先輩に神様だと思われるような心当たり、あります?」

「はぁ? いや、ないけど」

「ですよねぇ」


 メガネの顔には純度100%の戸惑いが見られた。

 少なくとも、メガネの方に心当たりはないらしい。


「変な事聞いてすみませんでした」

「……? ああ。じゃあ気をつけてな」


 そして今度こそ、二人はお互いのホームに分かれていく。

 電車を待つ間、ドラ子はぼんやりと考えていた。


 メガネ本人が忘れているだけで、過去にカワセミに神と思われるような何かをした可能性は、ある。

 あるのだが、実は、ドラ子はここでもう一つの可能性に行き着いていた。

 ドッペルゲンガーがカワセミに化けたことで、カワセミが曲げたくないことだけはそのまま言った、という可能性に加えて、荒唐無稽な可能性がもう一つ。




 それは、化けた本人であるドッペルゲンガーが曲げたくなかったことを、カワセミの振りを放棄してでも正直に答えたという可能性。


 つまり、メガネが、モンスターに『神』と思われている可能性があること。



「……まさかね」



 それこそ、カワセミとメガネの過去に何かあった、と考えるより無理がある。

 第一、ドラ子の頭の中のメガネを、そこまで深く読み取ってモンスターが何か答える、なんてことあるわけがないだろう。

 ふっと湧いたドラ子の考えを掻き消すように、電車の到着を告げるアナウンスが駅のホームに響いたのであった。



基本ダンジョン攻略技術者試験編(完)


なんか前も同じことを言った気がするんですけど想像の4倍くらい長くなってしまいました。

当初はさくっとダンジョンを爆破して帰ってくるつもりだったんですけどね。

色々と思いついたことを仕込むために階層を足してたら全体的にこう……

とりあえず最後にうまくまとまっていたらいいなと思います。

本来の業務より会社外で何かやってる方が長いんですよね。


次の更新からは通常業務に戻ります。

次回のチケットはランダムエンカウントについてのお問い合わせの予定です。

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― 新着の感想 ―
はっきり言って攻略サポートの現状には殺意しかわかないんだよなぁ、、、早く部長戻ってきてほしい、、、もしくはメガネさん送り込もう、、、(戯言)
[一言] そっか、あれはドッペルゲンガー自身の言葉だった可能性もあるのか、、、モンスター牧場とメガネ先輩の繋がりは見えないけども(骨無しペンギンは冒険者?時代のメガネさんのことについて言及してたけど、…
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