183 基本ダンジョン攻略技術者試験38
大変遅くなり申し訳ない。少し長めです。
次はちゃんと更新できる、はずです……
「素直に褒められることはないだろうな、とは思ってたんだけどね」
と、常に微笑みを絶やさないカワセミが、本当に疲れた表情を浮かべながら事の顛末を語り出す。
──────
試験が明けた翌月曜日。
折しもドラ子がメガネに出題されたダンジョンクイズに頭を悩ませていた丁度その頃に、カワセミもまた攻略サポート部の上司に呼び出されていた。
「うむ、集合ご苦労」
実年齢の割には若作りの上司が、威厳を意識したような低い声で言った。
パーティションで区切られた上司のデスクの前には、カワセミの他に三人の男がいる。
カワセミと一緒に呼び出されているのが、一緒に基本ダンジョン攻略技術者試験を受ける予定であったパーティメンバー達だったので、なんの用件で呼び出されたのかについては分かった。
今日の仕事内容はまちまちだろうが、どうやら全員がまだ仕事に向かう前だったらしい。
カワセミ以外のメンバーと言えば、気の抜けた様子で眠そうにしていたり、カワセミににこやかに手を振ったりしている。
なぜあれだけやらかして笑顔で手を振れるのか、カワセミには理解できなかった。
「さて、なぜ呼び出されたのかはみんな分かるね?」
その言葉に全員が頷いた。
だが、その言葉の裏を考えているのはカワセミだけだろう。
間違いなく、試験についての小言は言われる。
問題は、上司がどのくらいまで、現状を正しく把握しているのかだ。
今の所何も知らない、という可能性はある。
だけど、自分と違って上司はがっつり攻略サポート部らしい考え方をする人間だ。
悪く言えば身内ノリなのだが、良く言えばコミュニケーション能力が高い。
すなわち、報告がある前に『自分が気に入っている相手』に、率先して尋ねている事も十分に考えられる。
そんな相手からの報告が、全て正しく事実だろうかと考えると──。
「今回は、残念な結果に終わったようだね」
「「「「…………」」」」
「誰が悪い、と一概に言えることではない、だが、それでも問題があったと言わざるを得ない。わかるね?」
まぁ、そりゃ全員で寝坊してるんだから誰が悪いとは言えないだろう。
聞きながら、カワセミは流石の上司にも一欠片の常識は存在していたのかと安堵した。
ここで『今回は飲み過ぎたなら仕方なかった! どんまい! 切り換えて行こう!』とか言い出したらどうしようかと。
そして、彼はこう続けた。
「カワセミくん。今回の資格試験の失敗は、君に大きく責任があると考えている」
「……………………はい?」
頭の回転が早いと評価されるカワセミをして、突然の発言に脳の処理が秒単位でフリーズ。
今、この上司は、前日に、酒を、飲んで、寝坊した、連中よりも、私が悪い、と言ったのだろうか? と頭が追いつくには、さらに数秒を要した。
「カワセミくんは、自分のどこが悪かったのか分かるかね?」
「申し訳ありません。上手く理解できないのでお教え願えればと」
カワセミは、怒りとか失望とかの前に、頭の中に渦巻く疑問に従ってそう答えていた。
端的に言うと、ちょっと何言っているのか分からなかった。
本当に分からなかった。
上司はそんなカワセミに、仕方が無いと言わんばかりの顔で答える。
「ふむ。では説明してあげよう。これも部下を教育するものの務めだとも」
「ありがとうございます」
そんな上司に感謝など一片たりとも感じはしなかったが、早く話を進めたくてカワセミは頭を下げた。
「まず、君達は難関資格である基本ダンジョン攻略技術者試験の突破のため、日々切磋琢磨していた。ここは良いね?」
「はい」
それについては、流石に否定するほどのことでもない。
使い勝手の悪い道具三つを、ギリギリ使えるまでに調整することを切磋琢磨と表するならば、それはまさしく切磋琢磨の日々であっただろう。
「そして迎えた試験前日だ。ともすれば、その瞬間は君達パーティの絆が最大限に高まっている瞬間とも言える」
「…………絆ですか」
「そんな折り、彼らは君にこう言った筈だ。『明日の大事な試験を前に、パーティの絆を確かめ合う決起飲みをしよう』と」
「まぁ、はい。言い方は違えどそういう感じだったかと」
ついでにカワセミの記憶の中にある誘い文句は『明日試験だし俺ら今まで真面目にやったじゃん? 前祝いってことで飲もうぜうぇーい』的な感じであった。
どのように修飾したら、そのクソみたいな飲み会が、絆を確かめ合う会になるのかは甚だ疑問ではあったが、上司の中ではそういうことらしい。
まぁ、仮に百歩譲って絆を確かめ合う素敵な飲み会だったとして、だからなんだと言うのか。明日は試験である。
続きを促すように上司を見やれば、彼は悲しそうに、逆にカワセミに尋ねる。
「カワセミくん。なぜ決起飲みを断った?」
「いえ、大事な試験の前日だったからですが」
「大事なダンジョン攻略の前日だからこそ! 飲む必要があるんじゃないか!」
お前は何を言っているんだ?
カワセミは再び話が理解できない所に飛んで戸惑ったが、そんなカワセミをよそに、ヒートアップした上司は、カワセミではなく、呼び出されてあくびをしていた三人に尋ねる。
「諸君ら四人は何者だ!?」
「「「栄えある攻略サポート部の選別パーティです!!」」」
「諸君ら一人一人は何者だ!?」
「「「我が社が誇る、攻略サポート部所属の冒険者です!!」」」
「では諸君らの友は何者だ!?」
「「「スリルと酒と冒険と、命を預ける仲間達です!!」
「よろしい」
何一つよろしくないです。
カワセミは喉まで来ていた言葉を必死に飲み込んだ。
まず、我々攻略サポート部に大層な栄えはない、ということは百歩譲ろう。
我々は、冒険者ではない。会社員である。
冒険者は下手をすれば明日死ぬかもしれないが、会社員は明日いきなり死ぬような場面にはそうそう出くわさない。
もちろん絶対に出くわさないとは断言できないが、少なくとも明日をも知れぬ冒険家業よりは安定しているだろう。
なにより、仕事中にダンジョンで死亡したとて、仕事中はアバターが再生成されるだけであり、ダンジョン否定論者でも無い限り死んだと思うことすらないだろう。
それ故に、我々の側に本物のスリルはない。胸躍る冒険もない。酒しかない。
攻略サポート部の側にあるのは、甘えと、飲み会と、盗んだに等しい給料と、なあなあの関係で作られる居心地の良い──カワセミにとっては悪い──ぬるま湯だけだ。
それをよくもまあ、ここまで綺麗に修飾してみせるものだと、カワセミは感心してしまった。
上司はそんなカワセミを諭すように、あるいは洗脳でもするかのように言う。
「大事な試験を前に、共に酒を飲む。これは冒険者として大切な儀式ではないか。なぜそれを拒むことができる?」
「翌日が大事な試験だからですが……」
「試験と仲間達の絆とどちらが大事なのかね!?」
「試験の合格が最優先だと思うのですが……」
むしろそれ以外にあるのか、と思うが、上司はその答えを盛大に嘆く。
「合格を最優先に思うのならば、飲みに参加するべきだったのだと言っているんだよ。カワセミくんが参加してくれなかった時の、彼らの気持ちを少しは考えたのかね?」
「いえ」
むしろ、試験前日に飲みに誘われた私の気持ちを考えて欲しい、とカワセミは思ったが、さて、そんな被害者達はと言えば。
「いや、俺らカワセミちゃんに嫌われているのかなって」
「こんな大事な時に誘っても来てくれないってなると、ちょっと凹むっていうか」
「そんな感じだったから、ついつい飲み過ぎちゃったと言うか」
「!?」
こいつら、自分たちが飲み過ぎた原因を、私に押し付けたとでも言うのか!?
カワセミは、どうして自分が飲み会に参加しなかったことで怒られているのか、ようやく理解した。
つまり上司の中では『カワセミが参加すれば、彼らは飲み過ぎることはなく、試験は合格できた。カワセミが参加しなかったせいで、試験に寝坊する事態が発生し、不合格になった』という論理が完成しているのだ。
なお、カワセミの代わりとして拉致されたはずの、鳥の巣頭くんの事は考えないものとする。
「分かったかねカワセミくん」
「ええと、はい、断片的には」
「少しずつで良いんだ。君も攻略サポート部で頑張ってくれていることは知っている。君ももう少し心を開いて、我々の心の仲間に──ギルドメンバーになってほしい」
「…………(にっこり)」
カワセミは、うっかり罵詈雑言が飛び出しそうになったのを、笑顔で抑え込んだ。
ただ一つだけ。心の中で一つだけ。
ここは会社のただの一部署であって、決して冒険者ギルドではない!
そう心の中で叫びながら、カワセミは全力で表情筋を維持し続けた。
「うむ、分かってくれたか。なに、試験は来年もある。この四人の絆をより深める機会はいくらでもあるということだ。期待しているよ」
カワセミの笑顔に、上司もようやく穏やかな笑みを浮かべた。
上司の言葉に同調するように、アホ三人も思い思いの声をかける。
「そうそう。俺達だってカワセミちゃんともっと仲良くなりたいんだ」
「今回はカワセミちゃんが悪かったかもしれないけど、俺達気にしてないしさ」
「そうだ! 今日は改めて決起飲みしようよ、俺達の未来に向けてさ」
そう言葉を述べる三人にも、カワセミはにこりと笑顔を浮かべた。
攻略サポート部はやばいと思っていたが、ここまでやばいとは思っていなかった。
カワセミはもはや理解の出来ない石像と話している気分になりながら、己の意見だけはしっかり主張しておいた。
「あ、私は即席パーティ組んで試験に合格したので、来年は私抜きでお願いしますね♪」
──────
「そしたらもうさぁ! 「そんな自分勝手はありえない!」とか「社会人として常識がない!」とか「仕事に大切なのは個人の能力よりもコミュニケーション能力!」とか「力を合わせることでより大きな困難を乗り越えられるんだ!」とか、出るわ出るわの批判の嵐ですよこれが。もうねアホかと。これ裁判にかけたとして私の責任一欠片でも出てきます? 自信を持って10:0って言い切れる珍しい案件だと思いますけど? ねえドラ子ちゃんもそう思うよね?」
「ウッス。そう思うっス!」
そう言えば、カワセミの酒癖は悪いのである。
それを、ドラ子は今思い出していた。
話をしている間、グビグビとカワセミの酒は進んでいた。
というかもう、一言喋る度にビールジョッキ半分くらい消えて行っていた。
ドラ子が「これやばくね?」と思った時には、ビールのおかわり五杯くらい同時に頼んでいたので止めようもなかった。
そして、飲めば飲む程、穏やかな微笑みの美女カワセミは、酔いながらくだを巻く残念美女カワセミへと変わって行くのであった。
「メガネ先輩も思いますよね!? 私悪くないですよね!?」
「そうだなー、カワセミはよく頑張ったなー、試験合格できて偉いぞー」
「うわあああああん! 先輩好きいいいいいいいい!」
「そうかー、ありがとなー」
あ、カワセミ先輩告白しとる……。
ドラ子はあれだけ直接的な思いを言わなかったカワセミが、いとも容易く告白している姿を眼の当たりにして、チベットスナギツネみたいな顔になってしまった。
対するメガネはどこか慣れたもので、そんな彼女の告白を普通に受け流している。
というか、告白と思ってすらいない。
いや、ドラ子も見ていて「これは本当に告白だろうか?」と疑問に思うレベルではある。
なんなら、ドラ子が同じことを言ったら、カワセミはドラ子にも告白してきそうだった。
「ていうかメガネ先輩。私も頑張ったんですけど? 私も褒めてくれていいんじゃないですか?」
「急にめんどくせえこと言い出すなよ」
「可愛い後輩に向かってめんどくさいとはなんですか」
「可愛い後輩……? どこ……?」
「むきいいいいい」
ドラ子に対するメガネの扱いは雑であった。
それに対して盛大に抗議しようかと思ったところで、メガネは少しだけ優しげに笑った。
「と意地悪はここまでだな。まぁ、可愛い後輩かはともかく、二人とも良く頑張ったな。流石の俺も今日は奢ってやるって言ったんだ、好きなの頼めよドラ子」
「先輩好きいいいいいいいいい!」
ドラ子もメガネに告白していた。
だが、ドラ子の目はメガネにではなく、居酒屋メニューの唐揚げのページに向いていたのだった。
ここで終わらせても良かったのですが、もうちょっとだけ続くんじゃ
次回、メガネ先輩によるダンジョン攻略ダメ出しと模範解答の巻




