181 基本ダンジョン攻略技術者試験36
思わずと言った感じで噴き出してしまった二人に、訝しげな目線を送るドラ子。
だが、流石にゴーレム部長はすぐに表情をいつもの岩に戻すと、軽い咳払いと共に話を続けた。
「失礼、ドラ子さんが基本ダンジョン攻略技術者試験を合格したということは理解しました。まずは、おめでとうございます」
「はい! ありがとうございます!」
ゴーレム部長からの素直な賛辞は、ドラ子の会社員人生──龍生?においても大変稀なことであった。
故に、ドラ子はとても自尊心が満たされ、気持ちよくその賛辞を受け取った。
様子見を決め込んでいた面々も、ゴーレム部長が褒めたところで、ようやくドラ子が結構すごい事をやったんだな、という雰囲気になり、その視線がまたドラ子を気持ちよくさせた。
「ところで、そんなドラ子さんに一つお尋ねしたいのですが」
「はい? なんでしょうか」
と、ドラ子が悦に入っているところで、ゴーレム部長は、相変わらずの岩のような表情で、とても気になっていたことを尋ねた。
「なぜ、ドラ子さんは基本ダンジョン技術者試験ではなく、攻略技術者試験を受験したのですか?」
「それはもちろん──」
もちろん、まで言ってドラ子は、ハッと思った。
そりゃ当然聞かれるに決まっている。
だって、新人に課せられた使命は基本ダンジョン技術者試験の合格である。
結果的には上級資格である攻略技術者を受かったから良いとはいえ、そもそも、なぜそれを受けたのだという疑問は出て当然だ。
だって、この二つの試験──受験日一緒なのだから。
「それは?」
「それ、は……」
ゴーレム部長の促すような言葉に、ドラ子は内心冷や汗を噴き出していた。
正直に言うのなら、こうなる。
『それはもちろん、基本ダンジョン技術者試験の受験登録をすっかり忘れていて、たまたま受験登録が間に合う試験が基本ダンジョン攻略技術者試験だったからです』
さて、これを聞いたゴーレム部長は、どう思うか。
(……言えねー!! 言える訳がねー! 結果的に受かったから最終的にお咎め無しになる気はするけど、それはそれとして絶対に怒られるやつじゃん!)
ドラ子の頭の中でシミュレートしたゴーレム部長は、いつもの岩のように硬い視線で『あなたは何をやっているのですか?』でドラ子にお説教をする姿勢を見せた。
それはそうだろう、ドラ子だって部長の立場なら『何やってんだこいつ?』と思う。
もちろん、ドラ子が受験登録を忘れてしまったのは、メガネ先輩が魔王城でやらかしたせいで頭から吹っ飛んだからという、大いなる理由があるのだが、それを馬鹿正直に話したところで、何も事態は好転するまい。
メガネ先輩が鼻で笑いながら『そもそもその前に登録すませとけよ』と他人事のように言うイメージも簡単にできる。
おのれ鬼畜眼鏡先輩。
と、それらのシミュレーションを、ドラゴンの超然たる頭脳でもってコンマ一秒程度で済ませたドラ子は、起死回生の言い訳を捻り出す。
多分これを言っても怒られるとは思うが、受験登録を忘れていたから、よりはマシな気がした。
実際に、試験会場でばったり出会ってしまったカワカミに対してもドラ子は同じ良い訳を使ってなんとか乗り切った。
そちらと合わせる意味でも、現実的にはこう言うしかないのだ。
そう『本当は技術者試験の方を受けるつもりだったんですけど、うっかり間違えちゃいました』作戦である。
ぶっちゃけ、何も考えずに攻略技術者の試験を受けたというよりは、いくらかありえそうな言い訳と言えばこれくらいなのだ。
ドラ子が本当は技術者試験の受験登録すらしていないことを知っているのは、ドラ子の他にはペンギンのみである。
……いや、やべぇ奴に弱み握られてるな?
ドラ子は、うっかりとんでもない負債を抱えていることに気付いてしまったが、それはそれとして、この場を乗り切るために真顔で嘘を吐いた。
「──その、基本ダンジョン技術者試験と、名前が似てたから、間違えました」
合格はしていると言っても、ここは自分の非を認めて、申し訳なさそうにする場面であろう。
ドラ子はそう思って、いかにもばつが悪そうに顔を俯かせる。
この態度には、流石のゴーレム部長も同情し、次からは気をつけようね、くらいの緩いお説教になるはずだ。
そう思いつつ、ドラ子はゴーレム部長の様子をチラ見すると。
「ふぅっ、ふふ、ふぅ」
「ちょっ、ゴーレムふ、部長、笑っちゃダメっすよっ、くふっ」
「そ、そっちこそ、ふっふふ」
またしてもゴーレム部長と、ついでに蝙蝠さんが笑いを堪えていた。
さすがに二回も連続でこういう反応をされると、ドラ子としても何かあるな? と思わざるを得ない。
というか、自分のことを棚に上げれば、普通になんで笑われているのか分からなくてちょっと不快である。
そして、ドラ子はそう思ったのなら、特に我慢しない性格であった。
「あの、さっきからなんでお二人は笑っているんですか?」
理由が分からないなら、とりあえず聞いてみるドラ子であった。
ドラ子に尋ねられてしまえば、流石になんでもありません、で流すことをゴーレム部長はよしとしなかった。
が、ゴーレム部長が話す前に、ここはとハイパーイケメン蝙蝠がずいっと前にでる。
「ドラ子ちゃん。それは俺が説明しよう。まず、少しだけこの会社の話になるんだけどね」
「はぁ」
なぜ、自分が笑われている理由を尋ねたら会社の話になるのだろう。
とドラ子は思ったが、説明してくれるというなら、口を挟むことはしなかった。
「ドラ子ちゃんが今回受験した『基本ダンジョン攻略技術者試験』は、ご存知の通り難関資格です。これはエキスパート級の攻略者資格と、エキスパート級の技術者資格を持つ者向けの、攻略不能ダンジョンクラスに対応する、スペシャリストのための資格になるね」
これは、先程ドラ子の合格にピンと来ていなかったらしい人々への説明らしかった。
この説明によって、さっきまではなんとなく『ドラ子はすごいことをしたらしい』、みたいなふわふわした認識だった人達が『え、ドラ子すごくね?』みたいな、はっきりとした表情を浮かべるようになった。
いや、ただ1人だけは、相変わらずの、仏頂面なのだが。
そんな仏頂面の人間をこそ、面白がるように見ながら、蝙蝠は続ける。
「先程の説明でも分かるように、これは本来入社一年目の新人が受けるような資格ではないし、受けたところで受かる資格でもない。それだけで、ドラ子ちゃんはまさしく前人未到の偉業を成し遂げた」
ゴーレム部長からと同様に、蝙蝠からも手放しで褒められることはそうそうない。
ドラ子は、また褒められるターンに入ってしまったか、と気を良くする。
「いやぁ、それほどでも」
「──と、言いたいところなんだけど。実はこの会社でそれをやったのは、ドラ子ちゃんで二人目なんだ」
「……え?」
気を良くしたところで、ドラ子に水を差すように蝙蝠は言った。
「記念すべき一人目の時も、会社からの指示は当然『基本ダンジョン技術者資格』だった。だというのに、涼しい顔で一人目は攻略技術者資格の受験をしてきたと報告した。当時の部長──今は専務になってる人なんだけど──も、当然ゴーレム部長と同じことを尋ねた。『なぜ、技術者試験ではなく攻略技術者試験を受けたのか』と」
ここまで来れば、相当鈍い人でも、その答えは分かっていた。
だが、それでもあえて皆が、期待するようにハイパーイケメン蝙蝠を見ていた。
その視線を受けながら、蝙蝠はニヤニヤと笑みを浮かべて言った。
「一人目は言ったよ。『受ける試験を間違えました』ってね」
ミーティングに集っているメンバーの何人かは、それでふふっと笑みを浮かべた。
そう、つまりはそういうことである。
なぜゴーレム部長とハイパーイケメン蝙蝠が笑ったのかと言えば、それはかつての一人目を彷彿とさせる形でドラ子が受験してきた上に、その受験理由まで同じだったからだ。
そして、頭脳明晰であるところのドラ子は、そんな真似を仕出かしそうな人間が誰であるのかくらいはとっくにお見通しであった。
「メガネ先輩ぃい? 受ける試験間違えたとかドジっ子ですかぁ?」
「なんでお前が煽る側に立ってんだよ」
蝙蝠さんの話が始まってからも、一人だけずっと仏頂面だったメガネに向かって、ドラ子は自分を棚に上げて煽っていた。
いや、ドラ子からしてみれば、自分は間違えたわけではないので、純度百%でドジっ子ムーブを仕出かしたメガネを煽っているわけなのだが。
そして客観的に見ればドラ子の方がもっとやらかしている筈なのだが、それは今のドラ子には関係なかった。
「メガネくん。後輩を可愛がるのは良いけど、こんなところまでお手本にならなくて良いんだよ?」
「うぜえ」
普段はまるで完璧超人かのようにボロを出さないメガネの、珍しい弱味である。
ハイパーイケメン蝙蝠も実に楽しそうにメガネをいじっていた。
普段は止める立場にあるゴーレム部長もまた、自分もうっかり笑ってしまった負い目から強く止めることはできないでいた。
あと単純に、メガネがミスをするのは本当に珍しいので、そういう時の彼をフォローする言葉があまり思いつかなかった。
それでいて、やったことは本当に偉業でもあったので、割とガチの賞賛も送られることが多く、本当にメガネは反応に困るところなのだった。
「でも、お二人とも本当にすごいです! 攻略技術者と試験前にパーティを組む所から始まるっていうのに、現地で即席でパーティを組んで突破したってことですよね!」
そんなメガネの心情を知ってか知らずか、それまでやや興奮気味に話を聞いていた白騎士(仮)が言った。
言われたドラ子の方は、ふっ、とまた得意気な顔になる。
……少なくとも、そのつもりの顔をした。
「ま、まぁ、私みたいなコミュニケーション能力強者であれば、即席パーティを組むことくらい楽勝ですからね。引っ張りだこなんで」
「顔引き攣ってんぞ」
「そ、そういう先輩こそ、誰とも組んでもらえなかったんじゃないですかぁ!?」
「…………」
メガネにも返す言葉がなかった。
それで更に、ドラ子は察した。
やっぱり、あの試験をソロで突破したとかいう頭のおかしい受験者この人だなって。
だが、そのドラ子の理解の対価は、メガネからの唐突な質問であった。
「ここで問題です。異世界対応型のダンジョン管理術式を構築するさいに、必ず組み込む事が義務づけられている機能は次のうちどれか」
「へっ!?」
いきなり始まったクイズ番組にドラ子が気の抜けた返事をする中、メガネは顔面から一切の表情を消し去って、淡々と続ける。
「A.『ソウルアクセラレーター』
B.『ソウルサーキュレーター』
C.『ソウルマニュピレーター』
D.『ソウルインキュベーター』
制限時間は10秒です」
「え、えっと!」
ドラ子の頭の中は混乱で満ちていたが、それでいて冷静に考えられるところもあった。
この問題、基本ダンジョン技術者試験の参考書で見た奴だ!
そこまで分かったドラ子は、落ち着いて先日一通り学んだ参考書の内容を思い出そうとするが。
(実際は全く使わなかった知識──それも今後使う予定もなかった知識をしっかり覚えているわけがない!)
ここを勉強した筈だ、は覚えていても、それで答えを覚えているかは別問題だった。
ドラ子はそれでも、確かな聞き覚えがあった単語を、パッと口に出す。
「Aの『ソウルアクセラレーター』です!」
なんか聞き覚えのある単語だった気がする、とドラ子はメガネを見た。
メガネは暫くドラ子の顔をじっと見つめた後、ため息を吐いてから白騎士を見た。
「白騎士、正解は?」
「その……Bの『ソウルサーキュレーター』です。ダンジョンの内外で魂の循環を行うための機能は、ダンジョン管理術式の必須項目です。ついでにA.のアクセラレーターは、主に異世界間で魂の循環を行うのを補助するための加速機構ですね。ちなみにCの『ソウルマニュピレーター』は遠隔操作系の魔術の一種、Dの『ソウルインキュベーター』は、多分ただの造語かと」
「補足込みで完璧だな」
優秀な方の新人が、当たり前のように優秀な部分を見せてきた。
この問いをもって、判断を終えたメガネはそっとゴーレム部長に告げた。
「見ての通りの理解度なので、落ちた扱いで良いと思いますよ」
「ふむ」
「ちょちょちょい! ワンモア! ワンモアセッ!」
本当に資格を得るに値する能力があったか熟考しはじめるゴーレム部長を前に、ドラ子は慌ててクイズのやり直しを求めるのであった。(一応次は当たった)
「僕と契約してダンジョンマスターになってよ」




