180 基本ダンジョン攻略技術者試験35
夜です……今は、夜です……。
「くふふ、くふふふふ」
試験が明けて翌日の月曜日。
いつもより少し早めの時間に出勤してしまったドラ子は、先日のあれこれと、そして今日のことを思って、堪え切れずに笑みを漏らしていた。
竜王を倒したのち、どっと力が抜けてしまったドラ子をカワセミがなんとか支え、ボスを倒されたモブドラゴン達が対応に迷っている間に二人はさっさと出口へ向かった。
限定的条件付きとはいえ、転移という移動手段を得た二人は一時間以上の時間を残して見事に試験を終えたのである。
本年度の基本ダンジョン攻略技術者試験結果
受験者数358名
合格者数46名
(内、パーティ11組、トリオ0組、デュオ1組、ソロ0組)
持ち点の残りは1点。
合格基準から考えればギリギリのギリギリではあるが、合格は合格だ。
何よりデュオでの試験突破は相当久しぶりとのことだったらしく、運営サイドや他の受験者達も大層驚いていた。
それはドラ子的にも、とても気分のいいものであった。
まぁ、見覚えのあるスキンヘッド共が『ふっ、俺はこうなると思ってたけどな』的な後方理解者面していたのだけは気になったが。
ついでに、最終階層で竜王を正面から突破したのもドラ子たちだけだったらしく、こっちはドン引きされた。カワセミは恥ずかしそうに目を伏せていた。
その後、流石に明日も仕事ということで後日打ち上げをする約束をし、ドラ子たちは試験会場を後にした。
筆記試験などとは違って採点の必要がない試験でもあり、その場で参加者達の合格は認められ、合格証に関しては後日郵送するとのこと。
ただ、この試験を受験する際に登録したサイトにおいては、合格証明のページが表示できるので、試験に合格したことはすぐにでも会社に知らせることができる。
だから、その日はなんとか合格したという充実感を胸に、満たされた気持ちで帰路についたのだった。
24時間保温されたお米は、少しだけパサついていた。
ということでドラ子は『基本ダンジョン技術者試験』よりも上級の資格とされる『基本ダンジョン攻略技術者試験』に、一年目の新人であるにもかかわらず合格したのである。
受験登録すら忘れていてあわや減給の危機から一転、難関資格であるため、減給どころか昇給することすらありうる。
ましてや、世間的にも大層珍しい二人組での突破となれば、これはもう、普段はドラ子のことを半分馬鹿だと思っていそうな、メガネの先輩ですら見直すのではないか。
この状況で顔がにやけずにいられるだろうか。
目下のところは、この後のミーティングで聞かれるだろう、試験の結果はどうだったかというゴーレム部長の聞き取りにドヤ顔で答える妄想で、とても楽しい気分だった。
「何笑ってんだ、気色悪いな」
「いえー、なんでもー……って女の子に気色悪いってなんですか!」
そんな怪しげなドラ子に、隣の席のメガネは訝しむも、まぁ、試験が上手く行ったのだろう程度に思っていた。
そして、始業時間を迎えた後、保守サポート部の面々は朝のミーティングを行うため小会議室に集ることになった。
──────
「──そういえば、先日は基本ダンジョン技術者試験があったと思いますが」
各々が抱えているチケットに対するミーティングが終わったところで、思い出したようにゴーレム部長が話題を上げた。
そういえば、という語り口とは裏腹に、ミーティング中ずっと聞きたそうにソワソワしていたことに、ゴーレム部長の心理に詳しい数名は気付いていたが、同じく結果を発表したくてうずうずしていた新人は気付かなかった。
「……白騎士さんは、どうでしたか?」
ゴーレム部長はまず白騎士に結果を尋ねた。
それをしたのは、恐らくドラ子に聞くのがほんの少し怖かったからだろうな、とゴーレム部長に理解のある一部の社員は思った。
問われた白騎士は、落ち着いた様子で答える。
「筆記試験のほうは、知識問題、術式構築合わせて、自己採点で98点でした。実技のほうに関しても、提示された課題は問題無くこなせたと思いますので、よほどのことが無ければ合格したと思います」
「ありがとうございます。白騎士さんに関しては、特に心配はしていませんでしたが、合格の通知が来たら改めてお教えください」
白騎士の自信に満ちた答えに、ゴーレム部長は満足気に頷いた。
試験の合格基準は、両科目合わせて140点だ。白騎士の自己採点が確かであれば、実技の課題で相当致命的なポカをやらかしていない限り合格は間違いないだろう。
ついでにこの場合の致命的なポカとは、初心者用の四階層ダンジョンのベースを作れと言われて、400階層の超高難度ダンジョンを作るような暴挙を指す。
そして白騎士がそんなポカをやらかすことはまずないので、この時点で彼女の合格はほぼ確定と言っても良かった。
「では次にですが」
そんな白騎士の堅実な答えに満足したあと。
ゴーレム部長は、少しだけ声に緊張を滲ませながら尋ねた。
「……ドラ子さんは、どうでしたか?」
前回にこの話をしたときは、あまりにもヤバそうな反応をしていたドラ子である。
ゴーレム部長はその反応から、ぶっちゃけドラ子が全然勉強をしていないと思っていた。
実際は勉強をしていないどころか、受験申し込みすらしていなかったわけだが、それはいい。
ついにこのときが来たか、とドラ子は自信満々に立ち上がり、朗らかに告げた。
「ご安心をゴーレム部長! 私もしっかりと合格しました!」
まずは溜め、と言うように、ドラ子は言葉を選びながら言う。
ドラ子の喜色多めの発言に、ゴーレム部長は少し胸をなで下ろした。
「それは、安心しました。しかし結果が返ってくるまではもう少しあるのですから、断定してしまうのはどうかと」
「いいえゴーレム部長、ここはあえて断定させて頂きますとも」
「……ええと、何故ですか?」
ゴーレム部長は困惑の表情を浮かべた。
さきほど白騎士が言った通り、基本ダンジョン技術者試験であれば、現時点でできることは自己採点くらいであり、どれだけ自信があったとしても、合格したと断言できることはないはずだった。
だが、ご存知の通り、ドラ子が受けたのは基本ダンジョン技術者試験ではないのである。
「私が受けたのは、基本ダンジョン技術者試験じゃなくて──上級資格の基本ダンジョン攻略技術者試験ですから!!」
盛大なドヤ顔と共に、ドラ子は自身の合格を知らせるサイトページを、己のデバイスで思いっきり表示して言った。
最初、ドラ子が何を言っているのか分からない他の保守サポート部の面々であったが、そのページの意味を理解したとき、反応は三つに分かれた。
「えっ!? ドラ子さん、基本ダン技じゃなくて、基本ダン攻技を受けたんですか!? しかも合格したって、す、すごいですね!」
一つは、そう興奮の声を上げた白騎士を筆頭に、驚きながらも純粋にドラ子を讃えようとするもの。
保守サポート部に限らず、ダンジョンに関わる部署であれば大抵の人間は基本ダンジョン攻略技術者試験が難関資格だと知っている。
合格したとなれば、それだけで一目置く人は一目置くのだ。
これが口だけであれば、その合格を吹かしだと訝しむ人間も多かっただろうが、証拠として提示されるデバイスの画面が、彼女の言葉の正しさを担保していた。
「……そうなんだ……?」
対して、ドラ子のやったことがイマイチ理解しきれずに、あまり積極的には声を上げないようにした人もいる。
基本ダンジョン攻略技術者資格は、知っている人は知っている難関資格であるが、知らない人は別に知らない、程度の資格でもある。
だから、反応に困った人々は、一様に口を閉ざしてその場の成り行きを見守ることになる。
……いや、一名、不思議と苦虫を噛み潰したような顔で沈黙しているメガネがいるのだが、そんな沈黙を守る彼に構うものはあまりいない。
そして最後の一つは。
「ブフっ!」
「フ、フフっ!」
思わずといった形で、何故か笑ったもの。
この反応を示したのはごく少数であったが、同時に絶対に無視できない二人が同じ反応をした。
即ち、ゴーレム部長とハイパーイケメン蝙蝠の二人は揃って吹き出したのであった。
打ち上げ含めてあと数話で試験終わります。




