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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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179 基本ダンジョン攻略技術者試験34

長かった。


 戦況は完全に膠着していた。

 元より双方の殺る気以外に理由のない戦いではあったが、それがここに至って完全に根比べの様相を呈しはじめる。


「降りてこいやぁ! 正々堂々勝負しろボケがぁ! チキンがぁ! あっつぅ」


 己の生命の炎と、自らを包む地獄のような業火に包まれながら、ドラ子は空に向かって怒声を張り上げる。


「ゴォオ! ググググギギィオオオオオ!」


 そしてその口撃を一身に受けながらも、挑発に乗らず怒りをブレスに乗せて吐き出し続ける竜王。

 実際に消耗しているあれこれの違いはあれど、お互いが相手に有効打を与えられぬまま時間だけが過ぎて行く。

 このまま千日手となってしまった場合は、ドラ子の命のストックが尽きるのが先か、竜王の飛行時間の限界が来るのかという泥仕合で決着がつくだろう。

 だが、この場ではそのようにはならない。

 時間は、どうしようもなく、ドラ子達の敵であった。


「っつ、先輩! 今何時ですかぁ!?」


 じりじりと額から溢れる汗が、伝うよりも早く蒸発して消える。

 この場でカワセミにコンタクトを取るのは危険もあるとは思ったが、ひよこ竜王の狙いが自分だけの可能性は高い。

 何より、知っておかなければ、何も出来ずに時間切れという一番下らない結末を迎えかねない。

 カワセミの声は遠くから、炎の合間を縫って届く。


「あと二時間強!」


 返って来たのは現在時ではなく、残り時間だった。

 問題はない。むしろ考える手間が減ってありがたい。

 さて、その時間でこの状況が変わることがあるだろうか。

 いや、ありえない。

 ドラ子をこの程度の攻撃で二時間以内に滅ぼすのはまず無理だし、逆に自身が鍛えたひよこが二時間程度で落ちてくるのもありえない。

 つまり、二時間何もしなければ状況は変わらない。

 即ち、現状を打破しなければ、自分たちは負けるということ。


「あづづづづ」


 だというのに、取りうる手段がない。

 自分も翼を生やすのは論外だ。力を飛行に移せば空には行けるが、飛行に力を割いた分火力が足りなくて、攻撃の意味が無くなる。

 ならば足に力を移してジャンプ攻撃はどうだろうか。いや、流石に空を舞うドラゴンに、ジャンプキックが当たると考える程、無鉄砲ではない。

 これが動かないまとならいくらでもやりようがあるが、ひよこと言えど種族的には空の王者なのだ。

 最低でも、こちらも自在に空を移動できるくらいでなければ、攻撃したされたの勝負の土俵にも上がれない。


「──だあああ! あっちいなクソお!」


 そしてその思考の間にも、業火が己の身を焼き続けている。

 自分の炎の炙られているのもそうなのだが、何よりも人の身──ドラゴンの力の無い体の防御力の低さには驚嘆する。

 これが万全のドラ子であれば、この程度の火などこたつ程度の火力にしか感じないのに、少しでも気を抜けば骨まで溶かされてしまいそうだ。

 というか、死ぬほどの炎の中で死ぬ事もできず炙られ続けるって、そういう地獄でもあるんじゃなかろうか。

 今ドラ子が置かれた状況は完全な袋小路。進む事も戻る事もままならない。

 いっそのこと、第二形態になってしまえばとも考えてしまうのだが、それをしたらここまで耐えて来た全てがパーだ。


 だけど、打つ手がない。

 少なくとも、ひよこドラゴンはどれだけ怒りに我を忘れようと、自分が圧倒的に有利な状況を無為に手放すことはしないだろう。


「くっ」


 ドラ子の口から、戦いが始まって以来、初めての苦悶の声が漏れた。

 その声は、燃え盛る炎に掻き消されて誰にも届かなかったが、他ならぬドラ子自身には届いていた。


(負ける気はしなかった。現に負けてはいない。でも、勝てるつもりだった。それがこの結果。この有様で、私は自分をどう誇れば良い?)


 燃え尽きて灰になり、灰がまた燃えて肉を作る極熱の中で、思考だけはいやに冷たい。

 手を伸ばしても届かない敵。

 思えば、ドラ子はそういった相手に、負けてばかりいた。

 物理的に届かない相手は初めてだが、そうではなく、実力で届かない相手もいるにはいた。

 同年代で最強なんてのは、子供の遊びの延長みたいなもので。

 母にも、一族の大勢にも、もう少しで勝てそうだった魔王にも、そして実力の底がまるで知れない眼鏡の先輩にも。

 手を伸ばしても、届かない。

 敗北とは、口に出すのも憚られるほどの、どうしようもない悔しさに溢れていた。


「ドラ子ちゃん!」


 カワセミの声がドラ子の耳に届くと同時、ここまでに見慣れた物体が目の前に現れた。

 重厚感を漂わせる、豪奢なびっくり箱。

 この階層で何度も殴り飛ばして来た、ランダムテレポート入りのミミックだった。

 人間並の自分とは違って、一般的なドラゴン並みのステータスを持ったそれは、炎に炙られても何一つ動じる事も無く、自分が宝箱だと主張している。


 意図は分かった。

 一度仕切り直せと言っているのだ。


 カワセミが、自分とは違う意味で、戦闘巧者であることはドラ子にも分かっていた。

 直接戦闘能力はそれほどではないが、状況を見る能力が高い。

 彼女は冷静に、彼我の戦力を認識できる。相性差を考えられる。戦略も立てられる。

 故に、勝敗の予測を正確に付けられる。

 そんな彼女が、ドラ子の前にこのギミックを出したとあらば、それはつまり、彼女の目から見ても現状は打つ手無しということなのだ。

 お互いがどうしようも無くなったとき──例えばランダムテレポートに失敗して離れ離れになったときなど──の行動については打ち合わせてある。

 お互いが入口に向かって、階層から脱出。軽く打ち合わせをして再度アタック。

 ひよこがゴールで待ちの姿勢になったため、脱出の成功率は悪くはない。残り時間が厳しいが、現状ではそれがきっと正しいのだろう。

 そして一度失敗したドラ子の作戦を中止し、最初にカワセミが提案した作戦で時間の許す限り挑戦することになる。


 ただし、それはドラ子にとって、事実上の敗北である。


「…………っ」


 そもそも、正しさだけで動くなら、こんな状況になってはいない。

 それを押し通して、ここまで来たのだ。

 ここでカワセミの提案を受け入れるのは、自分の失敗を受け入れるのと同義で。

 それはドラ子にとって酷く苦しくて。

 さりとて、目の前にあるミミックを殴らねばならぬというこの状況は。



 どうしようもない程に、この瞬間を切り抜ける為の力を、ドラ子に渇望させるきっかけであった。



「…………」

「ドラ子ちゃん! 決断して!」

「……ああ、そっかぁ」


 瞬間、彼女の中で一つのピースがかちりと嵌った。

 ずっと感じていた違和感の答えが、見つかった。

 いや、違和感を覚えていたことにすら、たった今気付いた。

 それは、この試験の、あの瞬間から、ずっと己の中で育っていたものだった。


 そして、それがこの状況を打破する力になると、ドラ子は確信した。


「先輩! お願いがあります!」

「もう無茶はたくさんよ!?」

「大丈夫です! ちゃんとコレは使います! ただ!」


 ここに来てのお願いに、カワセミが悲鳴にも似た声を上げるが、ドラ子は彼女を安心させるように言う。

 ただ、その先の言葉を伝えようとして。



「ただ、私が転移してから、十秒だけ待って──ううん、見ていてください!」



 カワセミの了承の声は待たなかった。

 上空にいるひよこがどこか訝しがる気配を漂わせていたからだ。

 ひよこはドラ子からすれば脆弱な雑魚だが、馬鹿に育てたつもりはない。

 どう見てもドラ子が詰みなこの状況でも、ドラ子が諦める素振りを見せなければ、決して警戒を解かない程度には、鍛え上げてあった。

 だから、時間を与えるわけにはいかない。

 警戒させるわけにもいかない。

 何かを察する前に、ドラ子は動く。


「ようクソミミック」

「…………」


 ドラ子が目の前のミミックに語りかける。

 当然返事はない。ドラ子が開けようとする素振りを見せるまで、それは宝箱のふりをし続ける。

 現状でドラ子はミミックを蹴り開けることはできない。

 それまで景気良く蹴り上げていたあれは、ドラゴンのパワーが全身を巡っていたからできたことだ。

 だから代わりに、


「オラァッ!」

「──ギシャァアアアアアア!」


 ドラゴンの力を集中させた拳で殴り抜けば、ミミックは悲鳴を上げてバラバラに砕け散る。

 宝箱の開け方としては落第点も良い所だが、ここでそれを咎める者はいない。

 その直後、ドラ子をどこかへ転移させようとする力がダンジョンから発生し、彼女を包む。

 その状況でドラ子に出来た事は、その力に抵抗するか、受け入れるかだった。

 そういうものだと思っていた。

 だけど、僅かな違和感は、転移を経験する度に膨らんでいた。


 どうして、己の行き先を、己以外の何かに勝手に決められなければならない?


 ランダムな転移を拒否することができるほど術式に順応した身体は、次第にその矛先を変えていった。

 それは、心の裡からでた純粋な『怒り』であった。


 何故、自分の行き先を勝手に指定されなければいけない?

 我、ドラゴンぞ。


 それはドラ子の深層に潜む心理であった。

 ドラゴンの行き先を決められるのは、唯一つ、ドラゴンである己のみ。

 そのドラゴンらしい傲慢さが、今この瞬間に、ドラ子の身体に更なる変化をもたらすきっかけとなった。

 勝利への渇望が、求める変化を引き寄せた。


 即ち──。


 手を伸ばしても届かぬ敵がいるというのなら。

 身体ごと、向かえば良いだけだ。


 その足は──『こうして』用意して貰った。

 そして、ドラ子は、転移の構築を『拒否』することなく、

 さりとて大人しく『許容』することもなく、

 あらん限りの力を溜めながら、それに『命じた』のだ。



「私を運べええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!」



 転移の術式は、ひとたび成立すれば遮るものは何も無い。

 彼女は渾身の力を込めた右拳を、しっかり大地を踏みしめながら振り抜き。

 その勢いを持ったまま──

 上空から、いつでも動けるように様子を窺っていた竜王の元へと移り至った。


「ガッ!?」


 竜王の驚愕も、瞬時に取るべき回避行動も、全てがワンテンポ遅かった。

 竜王のもとに転移したドラ子は、その右拳を、防御の間に合わぬ竜王の首の裏、それまでの殴り合いでも一度も当てられなかった、逆鱗に全力で叩き込む。




「死ねえええええええええええええええ!!」

「ゴギャアアオオオアァァ……ン……ォォ」




 空中でありながら、地面の上で殴った渾身の力をこめた一撃。

 それは、正しく、致命の一撃であった。


 直後、上空で力を失った竜王と、転移の片道切符だったが故に重力に従って真っ逆さまに落ちてくるドラ子。

 ズドシン、と巨体に見合う轟音が響きわたり、しばらく。

 竜王の首もとに、燃え盛る白い炎が生まれる。

 その炎は、すぐに人の形になり、ゆっくりと竜王の死骸から歩みでて。



「ヴィクトリー!」



 その様子を唖然と見つめていた、カワセミやその他のドラゴン達に向かって、見事な笑顔でVサインを見せたのだった。



Q.自分が手塩にかけたドラゴンを簡単に手にかけるなんて人の心とかないんですか? そもそもその子のためにクーデターとか起こそうとしてませんでしたか?


A.それはそれ、これはこれです。歯向かってきたなら容赦する必要が感じられません。そもそも私ドラゴンですし、人じゃないです。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁそもそも、ひよこ本体ではなくクローン?だしなぁ。そこらへんの捉え方は人によって違うのかもしれないが。
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