17 お問い合わせ『アイテムが補充されません』続
◆前回までのお問い合わせ
いつもお世話になっております。
私は貴社製品を用いてスーパーマーケットの経営をさせていただいております、ゼロキルエースと申します。
貴社製品は無人スーパーマーケットを経営するために必要な要素を揃えていると判断しての使用であり、平素においては特に不満も無く経営を行えております。
しかし、当店の評判も広がり客数が増えて行くに従ってとある問題が生じております。
それが、特に混み合う時間帯になりますと、商品の在庫が充分であるにも関わらず、商品の補充がされないという事態が発生するのです。
搔き入れ時にそのような事態になると大変困ります。
こちらの問題の原因の究明をお願いいたします。
「さて、気をとりなおしてチケットなんですけど。不具合っぽいですよね」
全てを諦めたドラ子と眼鏡の先輩は、顧客の発言の面倒な部分を見なかったことにして、チケットの話に戻った。
お問い合わせのスーパーがどうたらという部分をノイズとして除去すると、内容はシンプルだ。
アイテムの自動補充を設定しているのに、その補充が上手くいっていない。
それだけ見るとあからさまに不具合に思える。
「いや、多分仕様だよ」
だが、眼鏡の先輩は少しも考える素振りを見せずに答えた。
「え? こんなあからさまに不具合っぽい事象なのにですか?」
「ユーザマニュアルじゃなくて、管理者マニュアルのほうだな。末尾のほうに、Solomonで設定されているパラメータの一覧があって、その中の自動環境管理設定あたり」
先輩に言われるがまま、ドラ子はVer30.0のマニュアルを確認する。
ここでSolomonのマニュアルには大きく分けて四種類がある。
一つは、Solomonをインストールするコアやダンジョンそのものに関する、術式起動基盤──OSやオープン術式、ハード面の要件──を案内する設計ガイド。
一つは、Solomonをインストールしたダンジョン内で、モンスターの召喚や、トラップ、家具の配置など、実際に管理を行うための方法が記載されているユーザマニュアル。
一つは、良く寄せられるお問い合わせを解消するQ&Aや、実際に問題が発生した際の解決手順をまとめたフローチャートなどを記載するサポートマニュアル。
そして最後の一つは、ダンジョン全体に影響を及ぼす設定やパラメータの記載、Solomonそのものの設定を変更したりする為の情報などを記載した、管理者マニュアルだ。
その他にも、サブスクリプションによるカスタムオプションにもマニュアルは存在するが今はいい。
ざっくりと言えば、ユーザマニュアルは初級マニュアルで管理者マニュアルが上級マニュアルといったイメージになる。
各種機能を使うだけならユーザマニュアルで事足りるが、各種機能のパラメータを弄ってより自分好みに『Solomon』をカスタマイズしようと思ったら、管理者マニュアルが必要になってくる。
言われるがまま、電子版のマニュアルを開いて末尾を確認しはじめるドラ子。
青年はそのスピードに合わせるように言った。
「そこに『視界認識自動隠蔽機能』って項目があるだろ。デフォルトではそれがTになっているとも」
「あーはいはい。確認しました。これは?」
「Solomonのデフォルトの設定では、冒険者とかの視界を検知したときに、アイテムの補充とか、モンスターの生成とかの『ダンジョンが自動で行う機能』の一部を待機するようになっているんだ」
ドラ子は言われた事を整理する。
通常、Solomonの自動補充機能を用いれば、指定した場所に指定したアイテムを指定した条件で何度も配置することができる。
例えば、通路Aの宝箱の中に鋼の剣を『一ヶ月に一度』配置するとか。
モンスターハウスの中央に脱出の魔石を『モンスターを全滅させたら』配置するとか。
関連イベント機能を使うまでもなく、単純なアイテムの配置ならデフォルトでも色々凝ったことが出来る筈だ。
このあたりの設定のさじ加減はダンジョンごとに個別の案件になるので、こちらとしては関与しないが、とかく、Solomonにはそういったアイテム配置の機能が設定されている。
今回のお問い合わせはこのアイテム配置機能が、上手く動作しないという事象。
パラメータの話を聞くと、要するに冒険者が『宝箱の中をじっと見つめていたり』『モンスターハウスの中心を見つめていたり』すると、アイテムの補充が待機される──という設定がデフォルトになっているということだろう。
「なんというか、あってもなくても変わらなさそうな機能ですね」
「…………」
「え、なんでそんな可哀想な目で見るんですか」
眼鏡の青年はこれ見よがしにため息を吐いてから言った。
「この機能は必要なんだ。少し考えてみろ。もともとダンジョンの管理を妖精さんとか使って頑張ってた世界が、業務改革の一環でSolomonを導入したとするだろ」
「はぁ」
「その世界はもともと『ダンジョンは妖精が管理するもの』って世界観なんだ。そういった信仰のある世界で、ダンジョンの壁とかからぬっとアイテムが湧いてくる光景を見られてみろ。『あ、妖精とかいないんだ』と世界観が崩壊して世界を司る神への信仰は崩れ去り、なんやかんやで神々の形態まで変わって、最終的に世界が崩壊する可能性もある」
「急に世知辛い喩え出してきましたね。私としてはクビになった妖精さんのその後が心配です」
妖精さんの世界でも人件費削減の波を感じてドラ子はおののくが、それはそれとして話はまあ理解した。
Solomonを導入する動機はさまざまだろうが、Solomonの挙動によっては、世界の価値観に深刻な影響を与える可能性もあるのだと。
ダンジョン如きでそこまで、とは思うが、そこまで理解が進んでいない世界だって多々あるのだ。不思議でいっぱいのダンジョンと神々を結びつけることもあろう。
だったら、Solomonが何かをしているのは徹底的に隠すのが、より安全な運用になるのだ。神は間違わないかもしれないが、Solomonは多々不具合を起こすのだから。
そうやって、ドラ子が自分を納得させようと神妙に頷いたのを確認して、眼鏡の青年は遠い目をしながら続けた。
「と、ここまでが表向きの理由だな」
「はい?」
「こちら側の話をするとだ。アイテムの補充とかの瞬間はな、下手に触られると不具合を出すんだ」
「このクソ術式さぁ」
先輩が遠い目になったのを察して、ドラ子も不具合に想いを馳せた。
この不具合だらけの術式に世界観を委ねてしまった世界は、本当に大丈夫だろうかと心配になる。
「隠蔽機能がデフォルトで付いたのはVer.16あたりからだな」
「ということは、ミミックが暴れていた頃ですか?」
「ドラ子もSolomonが分かって来たな。もとより補充の際の動作における脆弱性は指摘されていたんだが、ミミックと組み合わせることで発生する致命的な不具合が見つかってな」
「もう嫌な予感しかしない」
聞いていた話では、その頃のミミックはモンスターとトラップの性質を併せ持った、アンタッチャブルオブジェクトである。
果たして、そんなミミックが引き起こす致命的な不具合とは。
「とあるダンジョンで、ミミックの配置途中にミミックが開けられる事態が起こってな。そのときフラグ管理がバグって、ミミックの配置は完了しているのに、中のアイテムは配置されたと認識されなくなったんだ。たまたま配置される予定のアイテムが、ダンジョンの魔力を使って作られる魔石だったのも悪かった。結果としてダンジョンが機能停止するまで、ひたすらミミックから魔石が溢れ出すという恐ろしい事象が発生したんだ」
「ウチの術式がダンジョン壊しちゃった」
事象を起こしたのは迂闊な冒険者だったのだろう。
壁とか床からぬっと出て来た宝箱など警戒して当然なのに、彼(あるいは彼女)はそれを一目散に開けた。
すると当然の如く宝箱は罠だった。
毒がどうとか、襲い掛かってくるとか、そんなチンケな罠じゃない。
開けた瞬間にダンジョンを埋め尽くすまで魔石を生産し続けるという、冒険者にもダンジョンマスターにも、そして保守サポートにも対応できない罠だ。
おそらく、ダンジョンの魔力が切れるか、無理やりSolomonを強制終了するまで魔石を生み続けたことだろう。
その事象が起きた事により発生するクレーム対応を思うと、まだ新人であるドラ子であっても震え上がる思いであった。
眼鏡の先輩は目頭を揉み解すように強張った表情を緩め、淡々と言った。
「これが宝箱だったら、宝箱のフラグとアイテムのフラグがずれることはなかったんだろうが、ミミックだったからな」
「ミミックなら仕方ないって流す態勢が整ってますよね」
「まぁ、そんな大事件も発生したとあって、流石に放置するのはまずい、とはなったんだが、根本的な解決はSolomon特有のクソスパゲッティ術式により困難だった。苦肉の策として、不具合起きそうなタイミングで冒険者にちょっかいかけられないように、見られているときに自動配置は行わない設定になったんだ」
「その仕様変更の言い訳が『世界観の保護』ですか」
「嘘ではないしな」
嘘ではないが、核心でもない。
言いにくいことはあえて言わず、それでも問題は解決するように言う。
それはくしくも、保守サポートの回答において必要なことでもあった。
だったらそれは、今回の回答にも言えることだろう。
そのしめくくりとして、ドラ子は先輩に尋ねた。
「つまり、事象の原因はSolomonの仕様であり、該当するパラメータをTからFに変えるだけで解決するけど、それはなるべくして欲しくないから、運用対処をお願いすれば良いってことですか?」
「その通りだ」
「もうだめだこの術式」
ぐっと親指を立てた眼鏡の先輩の目は死んでいた。
そして、先輩とお揃いの死んだ目が板についてきたドラ子であった。
なお、運用で対処するというのは、ざっくりと言えば、システムの側の仕様で問題の対処が難しい場合に、システムに手を加えるのではなく、システムを使っている現場の方でなんとかするような対処を言う。
ある意味、丸投げと言っても良い回答だが、そもそも保守サポートは相手のダンジョンの構築に口を出す権利はないので、四割くらいの回答は丸投げになる。
そもそも、どんな無理難題であろうと、関連イベント機能を駆使すればだいたいなんとかできる、というのがSolomonの公式見解である。
条件分岐するイベントを駆使すれば、運用で大抵のことは解決できなくもないのだ。
とはいえ、現場でどのように運用対処すればいいのか、軽い提案くらいはするのが回答としても望ましい。
丸投げは丸投げでも『どうにかしろ』ではなく『こうすればいいんじゃね? 知らんけど』の方が求められているということだ。
そのため、ドラ子は頭の中で自分ならどうするかを考える。
アイテムが補充されないのは、該当のアイテムが品切れになっても大量の冒険者の視線があるため。
であれば、その視線をなんらかの形でなくすことができれば良いのだ。
「例えば、品切れが発生した時に一旦視界を遮るカーテンを設置して、それを下げてもらうとかですかね」
「もしくは、品切れを検知して自動で開閉する棚にするとかだな」
「ふむ……あっ!」
そこでドラ子に電流が走った。
関連イベント機能を駆使して、品切れを検知した際にあれこれする仕組みを組み込むより、もっと簡単な方法があるじゃないかと。
そう。『それ』は最初から、自分の意思で動くのだ。
基本の思考パターンは『襲い掛かる』かもしれないが、自律行動のパラメータを弄れば、いかようにもなろう。
つまり『普段は口を開いているが、中にアイテムが何も無くなったら一旦口を閉じる』という、思考パターンを植え付けた『生きた棚』があればいい。
つまり。
「品切れに対応して口を閉じるミミックとかどうですかね?」
「お前よくそんな恐ろしいこと考えるな!?」
Ver30なら家具なんだし良いじゃないか。
そう思ってしまうのは、ドラ子にその頃の経験が無いからなのだった。
なお、実際にミミックで検証した結果、口を閉じるときの勢いで軽く一般的な人間の手首を千切り飛ばすことが判明したので、安全を考慮してその提案はお蔵入りとなった。
夜忙しいかもしれないので少し早めに
回答はできれば夜のだいたい22時くらいに
 




