178 基本ダンジョン攻略技術者試験33
遅くなってすみません。推移は決まっているはずなのにシンプルに難産でした。
「ほらどうしたぁ! 越えるんだろうが!! 気合入れろやァ!!」
「グ、グォオオオオオン!」
ドラ子の繰り出した力を込めた拳が、竜王の顎を抉る。
肉片と鱗を撒き散らしながら、竜王は少なくないダメージを追ってたたらを踏んだ。
「グォオワワワアアアオオオオン!」
「効かぬわぁああああああ!」
それに応えるように、ドラ子の上半身ごと噛みちぎるように竜王がその顎門を迫らせる。
あまりにも容易く食いちぎられたドラ子であったが、即座にその場に炎が生まれ、食いちぎられた上半身もろとも燃え上がると、元々いた場所に五体満足のドラ子が立っていた。
戦いの流れは、完全にドラ子が握っていた。
再度、握りしめた拳を振り抜けばドラゴンの屈強な鱗はひび割れ、逆に鋭い爪がドラ子を引き裂いても、その傷はすぐに炎に溶けてしまう。
それが、先程から変わらぬ戦いの全て。
そして、ドラ子が想定した『ギリギリ勝てる戦い』の推移である。
(ここまでは計画通りだけど──)
そう。
この戦いが、こういった展開になることは、ドラ子の想定通りだった。
ドラ子は自分が傲慢であることはそれとなく無意識に自覚しているが、だからと言って勝てない戦いに無策で挑むほど無謀ではない。
戦うと決めたなら、どんなに低い可能性であっても『勝つ』ことを念頭に入れる。
であればこそ、普段の仕事とは比べ物にならないほど、頭の中では冷静に、戦況を分析していた。
このフィールドでのフィジカル的な──直接戦闘能力では相手に大きな分がある。
反面、戦闘技術では自分が大きく勝っているだろう。
そこにカワセミ先輩の補助が加われば、あるいは互角のところまで持って行けるかもしれない。
だが、この条件では、いずれ相手に軍配が上がるのは見えている。
一つのミスもなく、強大な相手を技術だけで凌ぎ切るというのは現実的ではないからだ。
一度のミスで終わる戦闘というのは、体力以上に集中力を削がれる。
お話の中では、そういう緊張感の中で戦い続けられる精神性の化け物は良く居るが、そんなこと自分にはできないとドラ子はちゃんと知っている。
常に神経をすり減らす側と、多少の被弾は無視できる側が戦えば、その精神的な差は絶望的なまでに結果を導く。
だから、素直に戦うという選択肢をドラ子はすぐさま捨て去った。
先程は純粋なフィジカルと戦闘技術の話をしたが、そんなものは形式を重んじる決闘の中くらいでしか意味のない、実用的でないパラメータだ。
本当の戦いで一番重要なのは、相手の手の内を知っている事。
そして自分の手の内を知られていないこと。
この二つだ。
ドラ子の好む『戦闘』では、この二つの差が勝敗を大きく左右する。
相手の手の内を知っていれば、その対策を立てるのは当たり前。
自分の手の内を知られていれば、それに対策が立てられるのも当たり前。
だから、心技体のどれでもない、事前知識が一番重要だ。
ドラ子はひよこドラゴンの能力のほとんどを把握しており。
対してひよこはドラ子の能力をほとんど知らない。
故にこそ、ひよこは今、傷と共に燃え盛るドラ子の『秘密』を理解できずにいる。
そして、ドラ子はその『秘密』のアドバンテージを存分に活かして戦っている。
『炎焼心母』
生命の在り方を炎と定義し、生と死の狭間ごと焰に焼べて、存在ごと燃やし尽くすような、ドラ子のオリジナルの魔術である。ドラ子が中学二年生くらいのころに開発した。
その正体は、ドラ子の持つ力の根源から制限無しでドラゴンとしての力の源──ドラ子があえて『命のストック』と呼称したもの吸い上げるという、最終決戦型スキル。
そもそも『命のストック』という呼び方は本質的な言い方ではない。
ドラ子が本来もつ命の根源──あえて言えばドラゴニックオーラ的なものの総量を、現在の人間の姿で何分割できるか、というのが本質的な話だ。
例えば、ドラ子のもつ根源の総量が100で、人間の姿が1しか使っていないとした場合、ドラ子の根源を枯渇させるには100回は人間の姿を破壊する必要がある、という感じだ。
だから、本来のドラゴン姿に戻れば戻るほど、命のストックと呼称できるものは減って行き、半比例してドラ子は強力になっていく。
人の形態で生きている期間がほとんどなので、ドラ子自身が、現在の根源がどの程度で、それを解放すればどこまで強力になれるのかを、実際は把握していないレベルである。
とはいえ、この世界で生きていく上では、本来の姿に戻ることはまずない。
だから、命のストックと読んでも差し支えは無い。
そして『炎焼心母』は、この人間形態の再生成を即時にリアルタイムで行っているに過ぎない。
アバター再生成式ダンジョンで死んだ人間が、あらかじめ設定されている蘇生ポイントで復活するように。
ドラ子が死んだ場合も、根源が記憶している場所(魂の巣的な所)で再生成が行われる事に──本来はなっている。
そもそも、死んだ場所に即復活したら、死んだ原因がまだそこに存在しているわけだから普通に危ない。
これをあえて強引に、その場で復活するように改変したのが、この魔術というわけだ。
開発経緯からして、それは特殊だった。
中学時代は荒れに荒れていたドラ子が、どうしても負けたくない戦いに赴く際に、絶対に負けないために開発されたものなのだ。
負った傷は即座に回復し、万が一殺されたとしても、即座に復活する。
現実の場で殺されるところまではなかなか行かないが、その回復と蘇生はアバター再生成式の限定ダンジョンであっても有効だ。
死なないために、アバター再生成式ダンジョンのように場所を整えた決闘であれば、絶対に負けないとドラ子は言い切れるほどだった。
──そりゃ、有限とはいえ自分だけコンテニューありで戦っていたら、そう簡単には負けないだろう。
その結果同年代でドラ子は無敗となり、天狗となったドラ子が親に反抗した結果が、前述した半殺しである。
母親に『命を粗末にするな!』とキレられながら40回も嬲り殺しにされたのは、ドラ子の中で軽いトラウマである。
そしてそれ以降、ドラ子は『炎焼心母』を封印して生きて来た。
魔王城ではちょっと解禁することも脳裏を過ったが『これが本当に負けられない戦いか?』と自問自答し、ギリギリのところで踏みとどまった。
そもそも結構力を解放していたし、万が一使ったことが母にバレたとき、今だと何回殺されることになるかわかったものではなかった。
だが、今はまさにその時だ。
親代わりとして、この場でひよこに負けることだけは絶対にできない。
ひよこ自身がわざわざ自分有利な環境を作り上げたとか、この環境にドラ子を誘い込んだとかならまだしも、用意された空間で、たまたまバフデバフがかかったからと、ラッキー感覚で勝ちを拾われるなど──たまったものか!
そして、自らの禁を破ったドラ子は、実質的にこの場で負けることはなくなった。
第二形態を封印された状態では、どれだけ殺されたところでストックが尽きることはまずない。
だが、それはあくまで『負け』がなくなったというだけ。
決して『勝ち』が決まったという話では、ないのだ。
「どうしたどうしたぁ!? ビビってんのかぁ!?」
「ゴオオオオオオオ!!!」
ドラ子は、努めて己の相対する竜王を煽るように戦っていた。
ふと浮かびそうになるひよこの弱気は、定期的に更新される怒りで上書きされ、攻撃が効いているかいないかの判断をも曖昧にする。
なによりひよこもまたドラゴンの端くれだ。
ドラ子の攻撃が効くと言っても、そのダメージは命に比べれば微々たるもの。
そのダメージを怖れて、尻尾を巻いて逃げるようなことだけは、許されない。
少なくとも、それを選ぶことを恥ずべき事だと、認識している。
だから、竜王はその爪を、牙を、尻尾を使って果敢に攻め立て、ドラ子はそれら全てで致命傷を食らいながら、命そのものを燃やして立ち続ける。
いつの間にか、1人と一匹の戦いを遠巻きに眺めるドラゴンが増えて行く。
彼ら彼女らは、同じく遠巻きに見つめているカワセミに危害を加えることもない。
ただただ、自らのボスと敵対者の戦いを──二人の攻撃が命に届くのかを純粋に見つめていた。
──────
(でも、ドラ子ちゃん。分かってるよね?)
カワセミは今まで攻略サポート部で培った状況把握能力をふんだんに使い、この場を整理してみる。
このまま行けば、ドラ子の攻撃は竜王を仕留められるかもしれない。
だが事態はえてして、このまま進めば──と願った通りにはならない。
ドラ子の挑発の甲斐もあって、戦闘は継続している。
だが、効いているのかいないのか分からないドラ子に対する、竜王の攻撃頻度は目に見えて落ちてきていた。
言い換えれば、彼は戦いに消極的になってきているのだ。
さもありなん。
特殊な事情をおいておけば、往々にして生物は勝てる戦い以外したくないのだ。
ひよこ竜王は、ドラ子に勝てると踏んで戦いを挑んだ。
しかし、結果として自分の攻撃は効いているのか分からず、相手の攻撃は確実に自分にダメージを蓄積させていく。
勝てると見た戦いが、自分の不利に傾いている現状を認識していないわけがない。
そもそも、竜王の動機が本当に女の子に振られた腹いせであるのならば、そこまでして戦う理由がないのだ。そもそも。
それに気付いているからこそ、ドラ子は挑発を繰り返している。
戦う理由を植え付けるように、ここで倒さねばと思わせるように。
だが、いくら挑発を重ねようと、死の恐怖は怒りに勝る。
長引く殴り合いの末、自らの敗北と『死』のイメージを明確に感じ取った竜王は、ついに──
「フォオオオオオオオオォォォン!」
「ああああああああ!」
逃げた。
空に。
ブオンという猛烈な風を撒き散らし、苦し紛れのように致死性の炎のブレスを撒き散らしながら、ひよこ竜王は空へと舞い上がる。
傍から見ていれば、次なる攻撃への一手に見えなくもない行動だが、心理を推測していたカワセミはそれが『怯え』から来る行動だと看破した。
ドラ子の攻撃を大袈裟に避けた際に思いのほか勢い良く跳び上がってしまった。
周りで見ているドラゴン達への見栄もあって、それが次の行動の一手だと誤魔化すように空に昇ったのだ。
だが、その際に苦し紛れに撒き散らした『炎』こそ。
ドラ子が最も危惧していた攻撃だった。
「あちっあちっ! アッツ!」
地上に一人残されたドラ子は、置き土産の炎にその身を焼かれ続けている。
そのついでとばかりに命の炎も燃え上がり、もやはどっちで燃えているのかも定かではない。
そして、その状況が出来上がってしまったのが、どうしようもない『詰み』であることを、カワセミは理解してしまった。
(ドラ子ちゃん! 急いで撤退を!)
カワセミは理性で大声を出すのを堪えながら、それでもドラ子に願う。
だが、ドラ子はその場に釘付けされたように、撒き散らされた炎に焼かれ続けていた。
「ゴォオン?」
上空の竜王は、そのドラ子の様子を不思議そうに見つめる。
そんな彼が、状況を理解するのにそう長くはかからなかった。
「てめっ! こらぁ! 降りて来いやぁあああ!」
「…………!」
思わず、と言った感じで口走ってしまったドラ子の言葉で、竜王は全てを理解してしまった。
それは間違いなく、挑発ではなく失言の類だ。
ドラ子は今、己の持つ力のすべてを、その腕に集約させている。
つまりは、ドラゴン的な能力は全て腕にしか宿っていないということ。
そう。
ドラ子が挑発を繰り返していたのは、ひよこ竜王が逃げないようにするため。
そして、何故逃げられたら困るのかといえば。
「逃げんなオラァアアアアア! チキン野郎おぉ!」
ドラ子は今、飛べないのである。
そのための力すら、攻撃に回しているから。
「グフォフォ!」
「笑ってんじゃね──あっつ!」
それを竜王が理解したのち、彼は慌てずに、地上に再び火炎の息を撒き散らす。
そう。竜王もまた、現在のドラ子に対する必勝法を見つけてしまった。
安全地帯から、あまりにも脆弱な今のドラ子が、致死に至る程度のダメージを撒き続ける。
炎の渦作戦が、絶対に負けない戦術なのであった。
炎焼心母の発動には本来以下のような詠唱をします
『我、炎より生み出されしもの。我、炎として燃え生きるもの。我、炎の終わりに灰とともに消えゆくもの(以下略)』
ですが、ドラ子がかっこいいと思って作っただけの詠唱なので、別に発動するには特に必要ありません。えいやっ、で発動できます。
次回、竜王戦決着。できれば早めに投稿します。無理めなら水曜日に……




