177 基本ダンジョン攻略技術者試験32
時間は少しだけ遡り、カワセミがドラ子を戦わせる許可を出した頃。
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「正面からぶん殴るとは言いましたが、本当に何も考えていないわけじゃないですよ」
作戦はないと言っても、かけるバフを変える事で少しくらいは役に立つのではないか。
そう思って、実際にどのように戦うつもりなのかをカワセミが尋ねたところ、ドラ子から返って来たのはこういう言葉だった。
「でもさっき、作戦はないって」
「いやまぁ、正確には作戦と呼べるほどのものでもない、と言いますか」
「???」
いまいち判然としない物言いのドラ子に、カワセミは疑問の表情を浮かべる。
だが、ドラ子にしても、実はこれから話そうとしていることは、しっかりと言語化されていることではないのだ。
故に、少しずつ言葉を選ぶように説明を始める。
「えっと、言い方悪いですけど、わたしらって基本、人間の姿を取っているだけの知能の高いモンスターじゃないですか?」
「まぁ、完全に人化ができるだけの魔獣と言われると、そうなるかしらね」
このあたりの区分の話は、以前にしたとおりだ。
この世界の住人は、基本的に多種多様な種族で構成されており、人間の姿をとっているのはそれが社会を形成する上で合理的だったからに過ぎない。
つまりは、元の姿があって、現在は変身しているだけなのだ。
「他の下等種族は知らないですけど、私みたいな高貴なモンスターであるドラゴンとかは、この姿になるためにちょっと苦労がありまして」
「う、うん」
ナチュラルに傲慢な後輩の物言いをカワセミは流した。
こんなだから、ドラ子には友達が居ない。
「まぁ、私なんかだと元のドラゴンの力を『えいやっ』って押し込めて封印している感じでして、それを解放すると元のドラゴンに戻る訳でして」
「それを解いたのが、受験NGを食らった第二形態なわけよね」
「はい。正確には段階的に封印を解いて行く感じなので、即元通りではないですが」
最近のラスボスは第三形態以降も持っていることもある。
ドラ子の形態変化のバリエーションについては、今は良い。
問題は、ドラ子は第二形態の時点で受験ではNG判定に引っかかるという事だ。
「で、今のこの姿ですけど、それでも一般モンスターとかに比べたらやっぱりそれなりに強い訳じゃないですか?」
「少なくとも、30倍のバフデバフがかかって、ようやくその辺りのドラゴンと殴り合う感じよね」
カワセミは先程のドラ子の戦いを思い出しながら答える。
ついでにではあるが、この世界の住人の平均的な戦闘力は、さすがに先程のモブドラゴンを圧倒するようなものではない。
それができるのなら、そもそもこんな試験に、パーティを組んで挑むことなどないだろう。
カワセミは直接戦闘が苦手なタイプの種族であるが、別にカワセミはこの世界の平均と比べて弱いわけでもない。
魔王城のジョブ補正が誤差になるほど強いドラ子やメガネがおかしいだけだ。
普通の人は、魔王城に行くとレベル10くらいでも結構強くなるものだ。
そんな異常側のドラ子は、今の自分の状態をつらつらと語る。
「というのも、私のこの人間体は、食べた物から取ったカロリー的なアレではなく、その『えいやっ』ってした場所から細々と流しているドラゴニックオーラ的なアレで動いているわけなんですよ。だから生身と言っても、半分魔法生物みたいな感じなんですかね」
「大分ふわっふわした言い方になったわね?」
「いや、マジでこの辺はなんか感覚的な話でして、誰かに魔術理論を教わって人化したとかじゃないんですよ。親に感覚的に教えられて、なんかノリで? やってるところなんで」
「私も否定はできない……」
ドラ子は相当に感覚的なことを言ってはいるが、それは別にドラ子に限った話でもない。
この世界に生きている住人の中で、人化を理論建てて行っている人間がいったいどれだけいるというのか。
例えるなら、人化は自転車の乗り方のようなものだ。
頭であれこれ考えるより、親に言われて、練習して、それで体得する者が多い。
自転車だって突き詰めれば、物理的なあれこれで『こうすれば倒れずに走る事ができる』と説明はできるわけだが、そんな説明を知らずとも大抵の人間は乗れる。
つまるところ、人化は魔術的な技術というよりも、魔法的な技術なわけだ。
そして、それを知らぬまま大人になってしまって、どうにも自転車に乗れないまま生きている人が、この世界で言う所の魔獣ということになる、だろうか。
そんな話は置いといて、今はドラ子の言う『ドラゴニックオーラ』的なやつだ。
ドラ子は額を指差しながら、説明を続ける。
「それで、その『えいやっ』ってした力の大元は、基本的にこの額の辺りにありまして、そこから身体中に均等にオーラを行き渡らせている感じなんですよ」
「ふむふむ」
「だけど、別にこの大元は、額になければいけないという訳じゃないんです。人化を習得したときのイメージで、この辺りにあるってだけで」
「……ふむふむ」
ドラゴンのような強力なモンスターの人化の話は貴重だ。
折角だからと講義のつもりで話を聞くカワセミに、ドラ子は続けて話す。
「だから、この大元をまず腕に持ってきます」
「……うん」
「で、全身に循環しているドラゴニックオーラを腕だけに集中します」
「……うんうん」
「あとは、この腕であのひよこ野郎を殴ります」
「うん、うん?」
いつの間にか、作戦の話に戻っていた。
ドラ子が言っていた『まっすぐ行ってぶっ飛ばす』のうち『ぶっ飛ばす』の部分の説明はそういうことらしい。
「つまりドラ子ちゃんは、身体全体で使っている力を、腕一本に集約することで、第二形態に変身せずとも必要な火力が出せると考えているのかな?」
「言葉にするとそうなりますね」
「…………」
さて、そうなるとどうなるだろか、とカワセミは思考する。
受験におけるNG判定は──恐らくだが大丈夫だろう。
何せここはSolomonを使っているダンジョンだ。
エネルギーの総量的に見てドラ子を危険と判断することはあるだろうが、総量が変わらずに一点集中したところで、術式がしっかり検知するかは怪しい。
細かい設定をしていればそうなるかもしれないが、受験の都合上、多種多様な人間が受ける訳で、攻撃力特化型の人材を最初から弾くような設定にはすまい。
だから、ドラ子が現在全身に巡らせている力を、腕に一点集中して攻撃力を高めるという行為は、理論上は問題無いだろう。
だが──、
「えっとドラ子ちゃん。仮に腕だけに力を集めた場合、その他はどうなるの」
「その他、とは?」
「他の、体の部位は」
ドラ子の言うドラゴニックオーラがなんなのかははっきり分からないが、それで全身を動かしているというのならば、それを腕だけに集中しつつ、他は現状維持というわけにはいくまい。
ステータスで攻撃力に特化するというならば、他のステータスは──落ちる筈だ。
「当然、攻撃力以外は生身の『人間』クラスに落ちますね。まぁ、私は生身の『人間』を知らないんですけど、ちょっと撫でたら豆腐みたいに死ぬらしいですよね」
「大問題じゃない!」
ドラ子のやり方で、ひよこにダメージを与えられるというのは良いとしよう。
だが、肝心なところで、そこまで無傷で辿り着ける保証は無い。
まして耐久力が、人間という、全ての種族の中でも性能が低い方の生き物と同等クラスに落ちるというならば、それは相手の行動全てが即死級の攻撃に変わるということだ。
「大丈夫です先輩」
「何が大丈夫なの」
カワセミの心配をよそに、ドラ子はどこか余裕のある表情で答える。
ここまで自信満々だと、本当に何か策があるのかと期待させられる。
だが、ドラ子は、カワセミが考えるよりは考え無しであった。
「私、命を複数持っているって話をしたじゃないですか」
「そう、ね」
「だから──相手の攻撃は命で受けます」
「何が大丈夫なの!?」
「大丈夫です。戦闘途中で蘇生離脱しないように、ちゃんと工夫しますよ?」
「そういう問題じゃない!」
まさかのノーガード戦法であった。
しかも、命を消費することを前提とするという、この世界の住人でも、相当追いつめられた時にしか出てこない発想である。
命を複数持っていて、しかもそれを使い捨てできる種族は少ない。
少なくともカワセミには無理だ。命は一つしかない。
「ドラ子ちゃん、やっぱり考え直さない? どう考えても、プライドを貫き通すための値段が釣り合ってないよ?」
「ドラゴンに二言はないっす。命の十や二十でプライドを貫き通せるなら、安いもんですよ」
その言葉は、さすが、反抗期に親に何回も殺された乙女の貫禄といったところか。
正直に言えば、カワセミにはそのプライドは理解しがたい。
しがたいが、ドラ子の譲れないものは、ドラ子だけが理解していれば良いのだ。
「ちなみに、即死攻撃食らったら痛くないの?」
「文字通り、死ぬ程痛いっす!」
「……どうするの?」
「めっちゃ、やせ我慢します!」
笑顔を引き攣らせながらドラ子は言う。
そんなに嫌なら、やめればいいのに、とはここまで来たらカワセミも言わなかった。
「……分かった。ドラ子ちゃんの命のストックがいくつあるのか知らないけど、いけると言うのなら、お任せします」
「さすが先輩!」
「ただし!」
カワセミ二回目の念押しであった。
「もう後が無くなったら、意地を張らずに撤退すること。いい?」
「え? えっと了解です」
その言葉に、ドラ子は戸惑いつつ頷いた。
その不思議な応答に、カワセミは目を細める。
「何か言いたいことがありそうね?」
「え、いえ、その」
ドラ子は、それを言って良いのか迷いの表情を浮かべたあとに、苦笑いとも愛想笑いとも言えぬ顔で言う。
「だって成人した今の私──一秒に一回殺されても時間切れまで滅びませんよ? 命のストック的に考えて」
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「そうは言ってもノーガードだからねっ」
現在に戻れば、カワセミが見守る中で命の火を散らしながら戦うドラ子の姿である。
「あはははは!」
「グ、ゴオオン!」
致死の痛みを誤魔化すためなのか、あるいは戦闘が楽しいのか、ドラ子は笑いながら殺されて行く。
とはいえ、もちろん一秒に一回ペースでは殺されていないので、試験終わりの時間まで彼女の心配をするのは、無意味であったかもしれない。
ひよこ「まさか何の策も練らずに突っ込んでくるとは想定外でした」
この世界の住人うんたらの話は、だいたい牧場研修の8話くらいです。




