175 基本ダンジョン攻略技術者試験30
遅れてすみません。季節の変わり目恒例の風邪をがっつりひいて寝込んでおりました。
体調が幾分回復したのでもう大丈夫です。
そもそも、思っていたことがある。
最近──特にネットのファンタジー小説なんかを読んでいると顕著だと思うのだ。
なんか、ドラゴンって舐められてないか?
ドラゴンと言えば、有名どころの強力なモンスターだ。
巨大な体、鋭い爪や牙、堅固な鱗や甲殻、飛行能力、そして高度な魔法技能やブレスと言った特殊能力に、明晰な頭脳。
どれ一つとっても人間とは一線を画すモンスターの中のモンスター。
まぁ、全てのドラゴンが全ての能力を兼ね備えているとまでは言わないが、それでも人間とは比べ物にならないほど、生き物としての格は上だ。
それこそ、世界によっては魔王を務めたり、神として崇められたりする程度には。
だというのに、最近のネット小説でのドラゴンの扱いはどうだ?
強大なモンスターとして、畏怖とともにその存在が語られているものもなくはない。
なくはないのだが……ほとんどただの雑魚である。
大抵は現地住民に怖れられる存在として書いて、そのあとチートを貰った主人公に殺される為の端役ではないか。
ドラゴンパピーと言えば序盤の主人公の防具になり、ワイバーンと言えば中盤の防具になり、レッドドラゴンが出てくれば火属性の武器にもなる。
伝説の邪龍が復活すると書いて、中ボスが現れたと読めるし、伝説の古龍が現れたと書いたら、一生涯無くならない財布が現れたと読める。
だいたいはちょっと苦戦したかと思ったあとに、主人公の機転であっけなく倒されるための存在で、倒されたあとに素材は加工され、余ったら売られ、肉は食べられ、ついでになんか新しいスキルも覚えて消化されるだけの通過点。
後半になればもう、そんじょそこらの雑魚と同じ扱いで、スライム、ゴブリン、オークの次くらいに狩られていると言っても過言ではないのでは?
かと思えば、卵の状態から生まれたら主人公に懐いて乗り物になったり、なんかの争いで傷ついたら怪我を治されてヒロインになったり、強大な存在として現れたあとに人間の食事ですっかり懐柔されマスコット化したり。
挙句の果てにはチート持ちに舐めてかかってあっさり殺されかけ、必死に命乞いするものまでいたりする。
お前らそれでもドラゴンかと。
ドラゴンとしての誇りはないのかと。
問いつめたい。小一時間問いつめたい。
ドラゴンなら傲岸不遜であれ。
相手の覚悟を嗤い、踏みにじり、傲り高ぶれ。
ドラゴンにはドラゴンの生き様がある。
強者が強者であるためには、プライドが必要だ。
たとえ相手が自分より強かろうと、尻尾を巻いて逃げ出すなど論外だ。
逃げるくらいなら心臓を突き刺されても喉笛を噛みちぎるくらいの気概を見せろ。
人間の勇者と命を削るような一騎討ちの果てに、相手を認めたとかなら、まだ良い。
なにを人間ごときに遅れを取ってるんだという思いはあるけど、それでも、相手もまた積み上げて来たものがあるのだから、そういうのなら理解はする。
でも、大抵はそうじゃない。
もはや主人公の強さを簡単に表すための、ただの定規。
人間<ドラゴン<越えられない壁<主人公って構図を作る為の記号。
そんなんドラゴンでもなんでもねー。ただのトカゲか蛇だ。
だから、己がドラゴンであるのならば、守らねばならない一線はある。
敵対した相手を許すというには、それなりの理由がいる。
相手から逃げるというなら、それは必ず『いつか殺す』という誓いが共になければならない。
それが出来ない状況なら、逃げる選択肢など存在しない。
そうでないなら、ドラゴンを名乗るなど烏滸がましい。
死して屍拾うもの無し、死して屍拾うもの無し。
そう、ドラ子は持論を述べた後に告げた。
「だから、今ここで逃げたら、私は私じゃなくなるんですよ」
言い切ったドラ子の目は、どこかギラギラと輝いていた。
微笑みと共にその言葉を聞いていたカワセミは、微笑みを絶やさぬまま心中で呟く。
(ドラ子ちゃん、ドラゴンの扱われ方に随分と溜め込んでいるものがあったのね……)
途中から熱の入りすぎたドラ子の言葉は、カワセミには少しばかり理解の難しいものではあった。
だが、それはきっとカワセミがドラゴンではないからそう思うのだろう、と納得した。
ドラゴンが色んな物語に出てくるのは、もはや有名税みたいなものだ。
そして、大抵の物語では人間(中身が本当に人間かは置いといて)が主人公なのだから、基本的に人間と敵対するドラゴンがやられ役になるのはどうしようもない。
時代劇の敵役が悪代官になりがちなのを、実際の代官はもっと色々頑張っていたのに! と憤るようなものだ。
ドラゴンと近しい人ならば、スナック感覚で殺されるドラゴンに思うところはあるのだろうが、そうでなければ物語のイベントの一つで処理されてしまう。
だが、それがドラ子にはたまらなく悔しいのだ。
「ドラ子ちゃんの思いはとりあえず理解しました」
「はい」
「それで、ドラ子ちゃんはどうしたいの?」
ここで、カワセミはドラ子の心情に向き合うと決めた。
理性では、自身の取る作戦がベストではないがベターであろうと思っている。
だが、それで突破できるかどうかはまた別の話だ。
繰り返していればいつかは突破できる、という確信はあるが、制限時間という問題がある。
試験時間内に当たりを引けなければ、いくら安全であろうとも意味が無い。
なら、もしドラ子が考えている策があるのならば、検討の余地もある。
と、思ったのだが。
「真っ直ぐいってぶっ飛ばします」
「…………もう一度」
「真っ直ぐ、いって、ぶっ飛ばします」
「…………」
ドラ子は自信満々に答えた。
カワセミは頭を抱えた。
「えっとドラ子ちゃん、相手の方が、現状ではステータスが高いってことは?」
「理解しています」
「それで、作戦は?」
「真っ直ぐいってぶっ飛ばします」
あれ、この子大丈夫かな?
カワセミは心中で零さずにはいられなかった。
だけどきっと、何か考えがあってのことだろうと気を取り直して聞いてみた。
「…………どうやって?」
ドラ子は、自信満々の笑みを浮かべて言った。
「それは、実際に当たってから考えます」
「…………勝算は?」
「大丈夫です。なんか私、負ける気がしないんで」
それは、勝算とは言わない。
カワセミは、頭を抱えるのをやめて天を仰ぎ見た。
メガネ先輩は、この子の手綱をどうやって握っていたのか、その秘訣を知りたくて仕方なくなった。
というか、さっきの持論を述べたドラ子ちゃん、メガネ先輩の前で同じ事言えるのかなと思った。
ドラ子がメガネに、プライドを賭して歯向かっている姿がイメージできなかった。
「つまりドラ子ちゃんは、作戦は特にないし、何か切り札を持っているわけでもないけど、なんか負ける気がしないから戦わせてくれと言っているわけよね?」
まとめてみると、およそ仕事では出て来てはいけないような結論であった。
仮にこれが、職場で攻略サポート部の新人が言った言葉だったとしたら、カワセミは脳天にワンドを叩き込んで止めていたことだろう。
だが、相手は保守サポート部の可愛い後輩だし、同時に、これまでなんだかんだやらかしつつも、カワセミをその身で守って来てくれたドラゴンだ。
そんな彼女が、少しばつの悪そうな顔をしながら、それでも言うのだ。
「ま、まとめると、そういうことになりますね」
「ドラゴンのプライド的に譲れないと?」
「……はい。ドラゴンは、舐められたら終わりなんで」
どこぞの任侠もののような言い分だが、それでもドラ子には譲れぬところなのだと思った。
そして、こうまで言っておきながら、恐らく決定権は自分にあるだろう、とカワセミは感じていた。
ドラ子自身も自分が無茶を言っているのは重々承知なのだ。
それでも、思う所があるから言ったし、それをカワセミは聞いた。
カワセミがその意見を無視して、最初の作戦通りに進めると決めてしまえば、彼女はきっと黙って従ってくれるだろう。
その代わり、この可愛い後輩が自分に懐いてくれる未来と引き換えだ。
カワセミは今の状況と、残り時間と、訪れる未来と、そして彼女を育てて来たであろうメガネの顔を順繰りに思い浮かべて、覚悟を決めた。
「もう。分かったわよ。ドラ子ちゃんがどうしても譲れないって言うなら、戦いましょう」
「先輩!」
結局、カワセミは折れた。
恐らく自分は今、目の前に来ていた試験合格の扉を自ら閉めたと自覚しながら。
それでも、後輩のワガママな笑顔に天秤が傾いた。傾いてしまったのだ。
「ただし、一つ条件があります」
「は、はい」
と、ここまで言っても、流石に無条件で通すほどカワセミはお人好しではない。
緊張の面持ちで待つドラ子に、ふっと力を抜いた笑みを浮かべてカワセミは言う。
「今年がダメだったら、来年もまたこの試験を一緒に受けること。それが条件」
「……先輩っ!」
ドラ子は、カワセミのお誘いにぶんぶんと頷いた。
それは、ドラ子にとって、あってないような条件で、断る理由など欠片も無い。
一方のカワセミにとっても、それは切実な条件だった。
(今年がダメで、来年は攻略サポート部で受けるなんて絶対に無理だから!!)
カワセミの脳内では、攻略サポート部の面々でこの試験に合格できるビジョンが見えず。
その結果、毎年のように不合格となって精神を削られる未来だけは断固拒否であった。
ついでにこの時二人の頭から、ドラ子が本来受けなければいけなかった『基本ダンジョン技術者試験』のほうの存在が消え去っていたが、それはまた別の話だ。
ドラ子「でも先輩も私のことぶっちゃけ『雑魚専』って思ってるところありますよね」
カワセミ「お、思ってないよ」




