174 基本ダンジョン攻略技術者試験29
まず、ドラ子達以外の受験者がこの階層に足を踏み入れるとどうなるのだろうか。
基本的に、他の受験者の場合でひよこドラゴン(仮称『竜王』)と遭遇する条件は二つある。
一つは、運悪くお散歩中の竜王にバッティングすること。
もう一つは、階層の至る所にいる配下に見つかり、報告されることだ。
前者の条件は単純に運が悪いと諦める他ないが、後者の場合は選択を強いられる。
ドラゴンに発見される前にこちらが気付ければ、隠れてやり過ごしたり、一度撤退してルート選定からやり直すといった手段が取れる。
もし見つかった場合は、竜王の目となる配下をいち早く排除して隠れるか、竜王が来る前にランダムテレポートで逃げるかだ。
この階層のドラゴンは非常に強力で、さらにバフもかかっているため並大抵の受験者では太刀打ちできない、できないが、倒せないというわけではない。
討伐不可能設定になっているのは竜王だけだ。竜王に見つかったら問答無用でパーティ壊滅となるが、他のドラゴンなら流石にそこまではならない。
だから、追跡の目になるドラゴンを竜王が現れる前に倒せれば、そのまま潜伏してやりすごすことも理論上できる。
それができないのならば最寄りのランダムテレポート目がけて全力で逃げて、あとは運を天に任せることになる。
この階層で重要なのは配下のドラゴンに見つからないための機転と、ランダムテレポートで良い所に飛ぶ運といったところだろうか。
その機転の部分で、ダンジョン技術者としての工夫があれば、あるいは持ち点が潤沢であれば、この階層を抜けることは困難であっても不可能ではない。
しかし、これはあくまで一般の受験者の話である。
これがドラ子達になると話が変わってくる。
竜王はドラ子が放つドラゴンオーラを感知してそこに一直線に向かってくる。
他の受験者達はそれほど強烈なドラゴンオーラは発していないだろうから、竜王は配下のドラゴンの報告を受けて向かってくるのだが、二人に対してはそういうのもなくダイレクトに飛んでくる。
親の仇を見つけた復讐者並に全力で飛んでくる。
この点で言えば、ドラ子とカワセミにとって明らかなマイナスポイントだ。
だが、逆にカワセミは持ち点の消費無しでランダムテレポートの罠(ミミックとも言う)を設置できる。
フィールドマップを見て、どこのランダムテレポートが一番近いか確認しながら、配下のドラゴンと追いかけっこをする必要が一切無い。
だから、逃げることに関してだけは、二人はかなり有利だ。
一度、ランダムテレポートの結果、ほとんど離れていない竜王の真後ろに転移したことがあったが、それでも落ち着いて二体目のミミックを召喚して逃げ果せたくらいだ。
この前提条件の違いにより、この階層は顔を変えている。
一般の受験者にとっては、かくれんぼや、だるまさんが転んだを組み合わせた命懸けの追いかけっこになるだろう。
だが、ドラ子達にとっては、大当たり(ゴール付近)が出るまでひたすら無料で引き続ける、空しいガチャのようなものだ。
ただ、その無料ガチャ期間にも実は終わりが設定されていた。
正確には、ガチャで当たりを引けばそれで良い、という時間の終わりだが。
「参ったわね」
デバイスが拾ってくる情報を見て、カワセミは悔しげに呟いた。
もう何度目かも分からぬランダムテレポートの末に、ついに彼女達はゴールからほど近い絶好のポイントに転移することができていた。
にもかかわらず、カワセミの表情は晴れない。
というのも。
「やっぱり待ちの姿勢に入りましたか」
ドラ子は、身近に感じるオーラを肌で浴びながら、状況の変化を確認した。
それは、幾度となく繰り返された鬼ごっこの結果だ。
竜王は区分としてはまだモンスターの域を出ないが、決して馬鹿ではない。
それこそドラ子自身が、勝つために考えるということの大切さを、その身に叩き込んだユニーククラスのモンスターだ。
そんな竜王が、どれだけ追いかけても追いつけないドラ子たちを、いつまでも無策に追い続けることがあるだろうか。
いや、なかった。
どれだけ惜しい位置まで追いつめても逃げられるを繰り返した末、竜王は追うのをやめた。
彼は冷静に、ドラ子達がどこに向かっているのかを推測した。
そして、その行動から階層の中心部にほど近い『ゴール』に向かっているのだと判断した。
彼自身はドラ子達の目的(受験)までは知らないだろうが、獲物がどこに向かってくるのかを知れればそれ以上は不要だった。
目的地が変わらないのであれば、追いかけずともそこで待てば獲物はやってくる。
単純な結論であった。
「そりゃ、あれだけ逃げればそうなるか……」
「流石に頭までひよこなわけじゃなかったですね」
せめてもう少し早く、転移ガチャで当たりを引けていれば、そのままゴールできただろうに。
そのチャンスに恵まれなかったカワセミは、現状を打破する方策を必死に考えていた。
「こうなったら、釣り出すしかないか……」
最も単純な策は、それだ。
ゴール付近で邪魔をしているなら、まず姿を見せてゴールから誘導する。
その上で、改めて転移をして位置関係が逆転すること祈る。
釣り出す際の危険に加えて、再び転移ガチャに勝たなければいけないが、現状で言えば最も成功率の高い方法だろう。
ほかは、どうにか脇をすり抜けるというのもなくはないが、基本的に竜王の方がステータスとしては自分たちよりも上だ。
遠くから釣り出す方式に比べて、その危険度は段違いになる。
「というわけで、ドラ子ちゃんに敏捷バフをかけた上で、私をおぶって全力で逃げ回ってもらう形になると思うけど、良いかな?」
カワセミはそういった事情を話し、ドラ子に同意を求める。
現状で取れる策はそれくらいだ、というのは、ドラ子ももちろん理解はしていた。
だが、そんな彼女の表情は、カワセミ以上に曇っていた。
「…………」
「ドラ子ちゃん? どこか懸念点が?」
ドラ子の浮かない表情を見てカワセミは尋ねる。
この土壇場で、運任せの作戦だ。至る所に穴はあるだろう。
それをドラ子が気にしているというのなら、穴埋めのためにも意見は聞いておきたい。
だが、それに対するドラ子の答えは、どこか独り言のようだった。
「カワセミ先輩。実は私、一つだけ思ってたことがあるんですよ」
「うん」
「今の私達って、ダサくないですか?」
「うん?」
カワセミはドラ子が何を言っているのか分からなかった。
いや、言葉の意味自体は分かったが、何が言いたいのかが分からなかった。
「ダサいって?」
「だってそうじゃないですか。確かに私達の目的は資格を取る事で、そのためにはただゴールに辿り着けばいい、それは理解できてるんです」
でも、とドラ子は目を見開いて続ける。
「私達のやってることって、結局勝てない相手から逃げて、やり過ごそうってだけじゃないですか」
「それは、そうだけど」
「それって、ドラゴンのやることですか?」
「うん???」
なんか、おかしなことを言っているな、とカワセミは思った。
だが、それがドラ子にとって大事なことだというのは分かったので、とりあえず最後まで聞く姿勢に入った。
そんなカワセミの様子を見て、ドラ子は自分の胸の裡を静かに告げた。
「私は、ドラゴンとして、逃げたくないんですよ。立ちふさがる壁があるなら、ひよこがその壁だというのなら、私はそれをぶっ飛ばして前に進みたいんです」
ドラ子はついに、自分の中の思いを言葉にできたのかすっきりした顔をしていた。
相当無茶なことを言い出してるな、とカワセミは微笑みの裏で確かに困惑したのであった。
急にドラ子が変なこと言い出して作者もカワセミと同じ顔をしているところです




