173 基本ダンジョン攻略技術者試験28
切りどころが難しかったので普段より長めになってしまいました。
「ミミックに罠をしかけられる──ってことは分かったんですけど、それがどうして、無料でいくらでもミミックを設置できることに?」
カワセミから説明を聞いたドラ子は当然のごとくそう思った。
Solomonではミミックの中に罠を仕込む事ができます、までは良いにしても、だから持ち点の消費が0になります、はおかしい。
つまり、ここには何らかの絡繰りがあるはずだ。
まぁ、その仕組みを知ったところでドラ子の役に立つのかと言われたら分からないが、純粋に知らないまま試験を攻略しようとするのはどうかな、とちょっと思ったのだ。
カワセミはそんなドラ子の心情を知ってか知らずか、頷きながらもデバイスの操作をしている。
「説明の前に、次の分だけ出しちゃいますね」
言うが早いか、すぐにドスンと次の宝箱が出現した。
カワセミは再度自分の持ち点を確認し、それが減少していないことにグッと拳を握る。
実際は小数点以下の持ち点が削られている──なんてことは流石にないだろう。
やはりこの『改変』なら、持ち点はそのままだ。
「ええと、それでは、ひよこちゃんはまだこちらを捕捉できていないようですし、簡単に説明しますね」
カワセミは少し背筋を伸ばし、子供に教えを説く教師のように、三つ指を立てた。
「まず私は、この試験における術式の改変には、三つの観点があると推測しました」
「三つの観点ですか」
そもそも、術式の改変にはノータッチを貫いて来たドラ子には、そんなこと言われても分かるわけがない。
それを見越したカワセミは、さっさと説明に移る。
「三つの観点は、それぞれ、術式そのものへの影響、受験者への影響、そしてダンジョンへの影響、となります」
「……ほへえ」
ドラ子はこの時点で『そうなんだぁ』という状態になり、後は親からエサを与えられるのを待つ雛のように、ぼけっと情報を待つスタイルに移行した。
カワセミ自身、こうやって人に説明するのは嫌いではないので、それを疎ましく思ったわけではない。
ないのだが、なぜ戦闘以外のことでは、こんな感じになるのだろうか、とカワセミは少しだけ心配になりつつ、説明に入った。
「まず一つ目、術式そのものへの影響。これは単純ですね、術式の改変が大きければ大きいほど、持ち点の減少が多くなる。試験当初から想定していた観点です。ただし今回は、実際の影響は考慮しません。術式を本と考えれば、本に対する落書きの量そのものがこの観点で、それがただの絵でも、犯人のネタバレでも、同じ量なら同じ影響です」
術式に対して書き込んだ、あるいは改変した文字数そのものの量がこの観点だ。
実際に起こる現象が同じでも、その記述が三行で済むのと、三百行かかるのでは、前者の方が持ち点への影響は少ない。
「つまりは、改変の量が少なければ少ない程良いってことですよね」
「そうなりますね。術式の理解と、組み立てのセンスが必要になる部分です」
このあたりは、ダンジョン技術者としての差が如実に出てくるところであり、この観点で言えば、カワセミよりも、いつぞやのスキンヘッド達の方が上手であろう。
夢魔の分かれ道(仮)で想定よりも持ち点を減らされたのも、カワセミ自身の術式を操る技量の問題であった。
「そして本来であれば、ミミックを召喚して中にランダムテレポートの罠を仕込む、なんてことは、即興で術式を組むのも大変なくらいの改変量になるでしょう」
「まぁ、聞くからに大変ですからね」
言うまでもなく、単純にミミックを召喚するよりも、転移の罠持ちミミックを召喚する方が改変量は多い。
そもそも、ランダムであっても転移の術式は高等術式であり、それを単純に記述しようものなら、それだけで持ち点をごっそり持って行かれるのは間違いない。
実際、この試験中に真剣にそれを考える場所といえば、あの転移罠の通路くらいだろう。
だが、ここに一つ、抜け道があった。
それは、このダンジョンがSolomon製であるということだ。
「ただ、ミミックの関数呼び出して、そこに必要な要素全部入れたら、一文で済んじゃったんですよね」
「ずいぶん冒険しましたね先輩!?」
そう、これがSolomon製で、しかも最新に近いバージョンであるなら、その内部にはミミック専用の関数が存在しているのだ。
だから、実際にやったことはカスタム設定を起こして、必要な変数を入れるだけだ。
そうすると、あとは術式の方が勝手にランダムテレポート持ちのミミックを作ってくれるのである。
「まぁ、ちょっとズルいけど、運もまた実力ということで」
「先輩がそれでいいなら……」
この点に関しては幸運が大きかったし、もしSolomonのバージョンが古ければ、存在しない関数を呼び出そうとして術式に負荷がかかり一発アウトだった可能性もある。
なので、リスクを飲んで挑戦したカワセミの勝ちであろう。
長大な記述が必要なところが一文で済むのならば、この観点での減点は限りなく少なくなる。
「次に受験者への影響の観点。これは単純に、その改変が受験者に有利であればあるほど、減点も大きくなるだろう、ってこと」
「先輩も、夢魔の分かれ道(仮)で盛大に悩んでましたもんね」
これは、術式の改変量とはまた違うが、重要な観点だ。
例えば、通れない川の前で木を一本生やすのと、丸太橋を一本かけるのでは、術式への影響も、実際の事象の影響もそれほど大差はないだろう。
だが実際には、丸太橋をかけた場合の方が減点は大きい。
試験的な観点で、安易に自分たちに有利な改変をするほど、減点が大きくなるように仕組んであるのだ。
いや、組んであるだろう、というのがカワセミの考えだった。
術式改変が必須だった夢魔の分かれ道でも、カワセミは相当に悩んだ。
ボスそのもののギミックに影響を与えるというのは、実際の影響もそうだし、受験者にとってはかなり有利になる改変となる。
少しでも踏み込み過ぎれば、即座に持ち点がゼロになると考え、カワセミはギリギリ有利すぎない程度の改変に止めたのだ。
それでもごっそり持ち点を持って行かれたので、敗北必至の状態から勝利の可能性を残すだけでも、かなり有利になる改変という判断がなされたのだろう。
「そんなところで、今回私が用意したのって、何だっけドラ子ちゃん」
「ミミック、ですね」
「そう。用意したのは、罠なの」
単純にダンジョンの入口付近に、ゴール前へ転移する魔法陣でも描こうものなら、試験を三回は落とされる減点を食らうかもしれない。
しかし、実際にカワセミが呼び出したのは『ミミック』という、罠モンスターだ。
有利になる改変に持ち点の減少はあるが、不利になる改変であれば、持ち点の減少はどうなるのだろう、と賭けに出たのだ。
「罠であり、モンスターでもあるミミックは、そもそも受験者に有利な要素は全く無い。中に宝が入っているならまだしも、その中にランダムテレポートの罠まで入っていたら、もう罠の二乗、極めて悪質な罠という分類になる。これはまったくもって受験者に有利な改変ではないわよね?」
「そりゃ、普通に考えたら悪辣極まりない殺意の権化ですね」
例えば、普通にダンジョンに入った冒険者パーティが、階層の入口近くで宝箱を見つけたと思ったらミミックで、しかも中身がランダムテレポートとか、状況によっては必殺コンボとなるだろう。
近づいたことが全ての間違い、というレベルの悪辣さだ。
だが、カワセミはそれを逆手に取った。
悪辣に悪辣を重ねて、丁寧に表面を悪意でコーティングすることにより、冒険者にとっては毒にも等しい『ミミック』を作り上げた。
ダンジョンから冒険者への悪意のプレゼントとなる改変なら、持ち点減少を大幅に軽減することができると考えたのだ。
「まぁ、私達が欲しかったのはそのランダムテレポートの罠そのものなんだけどね」
「試験のシステムに、そこまでこちらを察する機能がなくて良かったですね」
ただし、その悪意を冒険者が喜ばないという保証はないのである。
いずれにせよ、これがカワセミの考えた観点二つ目であった。
「そして最後の三つ目は、ダンジョンへの影響。出現するものがダンジョン内で異物であればあるほど、影響が大きくなるってこと」
例えば用意したギミックを破壊するような改変。
例えば環境を変えてしまうような改変。
例えば、本来ある筈のないものが生まれてしまうような改変。
そういった、ダンジョンに対する違和感の強い改変──言うなれば、ダンジョンマスターに気付かれやすい改変は、その異質さが大きければ大きい程、持ち点への影響がある。
「これに関しては、流石にこの階層にミミックを呼び出すとなると、結構なものになる可能性が高かった」
「まぁ、どう見ても宝箱が置いてある風景ではないですね」
ミミックが自然に存在するのが許されるのは、王城型とか迷宮型みたいな『宝箱あります!』の看板が立っているようなダンジョンくらいだ。
別にそれ以外のダンジョンに宝箱を配置してはいけない決まりはないが、その辺はやはり管理者のセンスによる。
少なくとも、この火山地帯で宝箱は異質である。
「だからせめて、ミミックのステータスの方を環境に合わせてみたの」
「つまりどういうことだってばよ」
「さっきドラ子ちゃんが一撃で蹴り殺したミミックね、ステータスがそのまま、そのあたりの野良ドラゴンと一緒なの」
「ドラゴン級のミミックでしたか」
そう。先程あっさりドラ子によって召されたミミックは、実はこのフィールドをうろついている、野良ドラゴンと同等の強さを誇っていたのだ。
見た目が明らかに異質ならば、中身は他に揃えてみたということである。
実際にダンジョンマスターがモンスターを監視していたとしても、数値上はドラゴンと同じ強さのモンスターが一体増えていたとしても、目視するまでは存在に気付かないだろう。
そういうカワセミのささやかな小細工が、持ち点への影響を軽減していた。
「でも戦った感じ、雑魚でしたけど」
「それは、ドラゴン族のパッシブ強化が入らないからね」
「忘れてました」
ただ、特性まで弄れたわけでもなければ、ミミックがひよこドラゴンに認められているわけでもないので、実際に戦う際は野良ドラゴンの三分の一程度の強さとなるわけだ。
「そして中に仕込んだランダムテレポートも、このフィールドに点在しているランダムテレポートと同じものね。だからそっちも、ランダムテレポートが一つ増えたところでダンジョンへの影響は軽微ってこと」
ランダムテレポートに関しても、この階層で言えばそこら中に存在する罠である。
自然に出来たり消えたりしているのは確認していたので、一個余分に増えたところで、ダンジョンそのものへの影響は微々たるものだ。
それ故に、ミミックもランダムテレポートも、この階層に限って言えば、石ころや雑草程度の、極めて小さな異物に偽装することができたのだ。
「というわけで、この三つの観点でそれぞれ、持ち点に繋がる要素を悉く排除してみたら、なんとか持ち点への影響0で、ランダムテレポートを任意に設置することができるようになったみたい」
とカワセミは話をまとめた。
話を聞く限りなら、他の改変にも応用できそうなものだった。
だが、それが三つ成り立ったのは奇跡のようなものだ。
これがSolomonで無ければ、たった一文でミミックを喚び出せるわけもなく。
Solomonで無ければ、ミミックの中に罠という悪辣さを演出できるわけもなく。
そしてここにドラ子がいなければ、野良ドラゴン級のミミックを倒せるわけもない。
まるで導かれるように条件が揃ってしまったが故に、絶対に詰みと思われた状況から、どうにか試験突破の芽が出て来たのである。
「だから今日ばかりはSolomonに感謝するべきなのかもしれないわね」
説明を終えたカワセミは自嘲気味に笑う。
だが、最後の結論だけを聞いていたドラ子はいやいや、と否定した。
「そもそもSolomonに関わる仕事をしてなければ、こんな試験に放り込まれるようなことにはなってないです先輩」
「…………」
カワセミも、曖昧な表情で沈黙するしかなかった。
少なくとも、攻略サポート部で働いてさえいなければ、会場に仲間が一人も来ないなんて状況にはならないのは確かだった。
「さて、そろそろひよこちゃんが嗅ぎ付けてきたみたいね」
思いの外長々と話してしまったせいか、ドラ子の存在を捕捉したひよこドラゴンの羽ばたきが、空の遠くから聞こえてくる。
それを認識するが早いか、ドラ子はさっさと目の前のミミックを再び蹴り殺していた。
「ランダムテレポートいつでもいけます」
「情緒も何もないけれど、最後の階層攻略、始めましょうか」
未だに攻略の条件は厳しい。
それでも、圧倒的なアドバンテージは得た。
カワセミとドラ子は、下手なテレポート数打ちゃ当たるの精神で、ドラゴンとの鬼ごっこを始めるのであった。
Solomonのおかげ(ダブルミーニング)




