170 基本ダンジョン攻略技術者試験27
「敵影は、無しと」
満を持して、再び最下層に戻ってくる二人。
迂闊に飛び込む事もなく、周囲の安全を確認してから二人は火山地帯へと足を踏み入れる。
先程は突入と同時に襲って来た下っ端ドラゴンも、今は違う所を巡回中らしい。
入った途端に、熱とも圧とも言えぬ重圧が特にドラ子を襲うが、それを特に気にすることなく彼女は尋ねる。
「それでカワセミ先輩。アレとは」
ドラ子は興味津々でカワセミへと尋ねた。
カワセミはダンジョン攻略者であると同時にダンジョン技術者だ。それもSolomonに関しての知識もドラ子より豊富に持っている。
そんな彼女が、Solomonでなら使えると言い切った秘策に、ドラ子は怖いもの見たさと似たような関心があった。
「ちょっと待ってね」
カワセミはドラ子に静止するように言うと、デバイスを弄りはじめる。
その様子をマジマジと見るのは二回目だ。
一回目は、夢魔の分かれ道(仮)の攻略不能ギミックに持ち点を使って改変を行っていたときである。
……ということは今、何か術式に干渉するようなことをしているのだろう。
「って先輩! 今術式に改変とかマズくないですか? だって持ち点もう1点ですよね?」
「大丈夫大丈夫。私の目算では五割の確率で大丈夫だから」
「五割の確率で大丈夫じゃないってことですよね!?」
ここに来てまさかのギャンブルだった。
さりとて、ギャンブルじゃない正攻法を選んだとしても、結局行き着く先は分の悪いギャンブルなので、ドラ子は思わず止めようと動いた手をなんとか戻した。
代わりに、何があっても動けるように心構えだけはしておく。
「よし。通った!」
あらかじめ改変用の術式は準備していたのか、時間にして十数秒程度でカワセミは作業を終える。
直後、ゴトリという音が響き、同時にドラ子の中の危機感知センサーに反応がある。
今、何か敵対的な存在が近くに現れた気がする。
「…………これは」
音のした方に目を向ける。
すると、当たり前のようにドラ子の目に飛び込んで来たのは──宝箱だった。
火山というフィールドに、全く見合うことのない一見豪華な宝箱が、通路の奥でも宝物庫でもなんでもない、広場のど真ん中に鎮座していた。
「ミミックですよね?」
「ミミックね」
ドラ子の問いに、カワセミは頷く。
とりあえず、なぜカワセミがミミックを出したのかは置いておいて、ドラ子は肝心なことを尋ねた。
「それで、持ち点はどうなりましたか?」
「……消費なし! 持ち点は1点のまま!」
カワセミはグッと拳を握りしめ、小さくヨシと呟いた。
一先ず、カワセミが何をしたいのかはまだ分からないが、五割のギャンブルには勝ったと考えてよさそうだった。
「それで、先輩、このミミックは一体──」
「待って」
ドラ子がいきなりミミックを出現させた意図を尋ねようとしたところで、カワセミは小さくそう言った。
急いでデバイスを確認し、鋭い顔になる。
「この場に大きな反応が近づいてる。多分あの子が向かって来てるわ」
「ちっ、そんなに私に会いたいのかあの振られ虫のマザコンめ」
ドラ子は女の子らしからぬ悪態を吐いた後、カワセミに目線で指示を求める。
また一時撤退するのか? と。
対するカワセミは、余裕をもった笑みでドラ子に言った。
「ドラ子ちゃん、そのミミックを倒して」
「…………え?」
今、敵が向かって来てるんですよね?
良いんですか? 悠長にお宝漁りなんてしていて?
と、ドラ子は困惑の表情を浮かべるが、カワセミは自信満々に頷くのみだ。
「そういうことなら!」
ドラ子は考えるのを止め、豪華な宝箱に扮したミミックへと近づく。
果たしてミミックは、待つモンスターらしく宝箱の振りに興じていたが、ドラ子が手を伸ばせば宝を開けられる位置まできたところで、ガバリと凶悪な口を開けた。
が──、
「そいや」
ミミックが襲い掛かると同時に、ドラ子はかかと落としを叩き込む。
せっかく開いた口が、再びバゴンと閉じたかと思うと、再びミミックが動き出すことはなかった。
「結構強いミミックですね」
「一撃で倒しておいてそれはない」
ドラ子の感想にカワセミは苦笑いを浮かべるも、あまり悠長に話している時間はない。
遠くの空には、既にドラ子を探すひよこの姿が小さく映っていた。
「それで、これから?」
「とりあえず、ミミックから戦利品をいただきましょう」
バサバサという翼の音も聞こえる。
ブレスであればすでに有効射程に届きそうだ。
「ドラ子ちゃんは、落ち着いて、抵抗しないようにね」
本当に大丈夫なのかとドラ子が心配になっているところで、カワセミは静かにミミックの口を開けた。
その瞬間、ドラ子の身体に『あの』感覚が襲い掛かる。
(これは……転移!?)
唐突に身体に襲い来る、座標移動の気配に反射的に拒否しそうになるが、カワセミは抵抗するなと言っていた。
意識的に、転移に対する耐性を切ったところで、カワセミとドラ子の二人は、近づいて来たひよこドラゴンを置いて、即座にフィールドの別の場所へと飛ばされて行った。
「……っ、ここは」
飛ばされた先と言っても階層を跨ぐことは無かったようで、フィールドは火山のまま。
だが、明らかに先程の位置とは全く別の場所にて、ドラ子はきょろきょろと当たりを見回す。
「ここもゴールには遠そうね」
ドラ子の見回した先では、マップデータを確認しているカワセミの姿があった。
「まぁ、そう上手くは行かないか。こういうのは試行回数だし。また起動と」
「あの、先輩、そろそろ説明を」
説明を求めつつ、ドラ子であってもなんとなく何が起きたのかは察していた。
ごとり、と再び気配を感じ、そちらを見やれば新たな宝箱が出現している。
「ドラ子ちゃん。このダンジョンはSolomonで動いている可能性が高いって話をしたよね」
「はい」
「そのSolomonの売りってなんだと思う?」
「えっと──」
ドラ子は頭の中でSolomonのCMを思い出す。
Solomonの特徴は総合ダンジョン管理術式であることだ。
一つ一つの機能に特化はしてないが、そのぶん、総合的に必要な機能は持っていて、これ一つでダンジョンを簡単に管理できる──という。
また、それらの多機能を連動させる機能も充実しているのだ。
「そう。Solomonは、関連イベント機能なんかの、一つの事象からもう一つの事象といった、色々な機能を連動させる機能が売りの一つなの」
ドラ子の独り言を拾ってカワセミは静かに言う。
「そして、Solomonの中でも、ミミックは一際特殊な立ち位置にいてね」
「…………」
ミミックが特殊な立ち位置にいるのは重々承知であるドラ子は、続く言葉を待つ。
カワセミは、少しだけ疲れた笑みを浮かべたあと、言った。
「Solomonでは、ミミックの中にランダムテレポートの罠を仕込む事ができるのよ」
それは、『罠の中に罠』という、冒険者にとって許されざるSolomon仕様であった。




