169 基本ダンジョン攻略技術者試験26
『…………誰かがこのデータを開いたということは、恐らく私の生み出したドラゴンと出会ったということだろう』
メッセージデータの骨無しペンギンはそう語り出す。
結局、ドラ子たちは怪しさしか感じないメッセージを確認することにした。
他に手が無いというのはそうだったし、流石のペンギンもこんなところに毒を仕込めるとまでは思えなかった。
……この試験にSolomonが使われている疑いが濃厚な時点で、可能性がゼロとは言えないのが不安要素ではあったが。
いずれにせよ、二人の警戒をよそにメッセージデータのペンギンは話を続ける。
『いや、私が生み出したというのは語弊があるな。ユニークドラゴンプロジェクトの責任者は私だったが『彼』を生み出したのは、私ではなく同志──いや、誤解を怖れずに言うなら、私の親友だった』
「勝手に私を親友にするなぁ!」
「誤解しかない……」
思わずドラ子が突っ込みを入れるも、メッセージデータなのでペンギンの口は止まらない。
「彼女には育成の才能があったのだろう。今まで難航していたドラゴンの育成を彼女は一気に進めて行った。ドラゴンパピーの頃から『彼』を厳しく、ときに厳しく育てていたよ。そして『彼』は、ユニーク個体と言える程の強さを身につけるに至った」
「私の教育が厳しさしかないみたいな言い方を……」
「ごめんドラ子ちゃん。否定できない」
「え」
思わずドラ子はカワセミを見た。
カワセミはさっとドラ子から目を逸らした。
『だが、世界は残酷だった。突如訪れるプロジェクトの凍結。彼女と『彼』は急遽、引き裂かれることが決まってしまった』
「最初から一週間の研修ですからね」
「急遽というか、最初から決まっていたことよね」
運命とは最初から定められているものだったのかもしれない。
『しかも私は知ってしまったのだ。プロジェクトの凍結と共に『彼』を含む、ユニークドラゴンプロジェクトのドラゴン達に、殺処分の危機が迫っていることを!』
「その殺処分を言い出したのあなたですよねぇ?」
「誰が殺処分を考えたのかまでは言って無いわね……」
嘘は言っていない。
『私はすぐにユニークドラゴンプロジェクトのメンバーと情報を共有した。そして彼女を含む多くのメンバーは、私に賛同してくれた。そう、共に悪の秘密結社ライスケーキに反旗を翻す同志となったのだ!』
「可愛い名前の秘密結社だなぁ……」
「モチモチさん……また悪にされてる……」
体制側は得てしてそういう扱いをされるものであった。
『…………だが、我々の計画は失敗する。秘密結社ライスケーキは卑劣な手法で謀反因子の排除を行い、我が同志達の大半も捕まった』
「ただの全員強制カウンセリングなんだよなぁ」
「また来年も、似たような応酬があるんでしょうね」
手を変え品を変え卑劣な洗脳を試みるのはむしろペンギンのほうである。
『だが、そこで彼女は交渉したのだ。自身が持つ情報と引き換えに、ユニークドラゴンプロジェクトや──私の安全を保証して欲しいと』
「言ってないよ、そんなこと」
「ドラ子ちゃん、一応これは架空のダンジョンの設定話だから」
むしろドラ子が要求したのは自身の保身についてである。
『これが聞き届けられた。それによって私やドラゴン達は無事に過ごす事ができるようになった。ただし、彼女は二度とプロジェクトに戻ってくることはない。そう──『彼』は母親を失ったのだ』
「そりゃ洗脳されると分かってる研修にまた行く人いないでしょ」
「でも異動になる可能性は」
「えっ?」
可能性はゼロではない。
『私は彼女の代わりになろうとした。言葉をかけ、食事を与え、彼女を失った心の傷をなんとか埋めようと試みた』
「私がいなくなったので、これ幸いとポジション乗っ取りを試みてるだけですよね」
「一応善意もゼロじゃないと思うから……」
ペンギンの、魔物が好きだという気持ちだけは本当である。
『だが、私が彼女の代わりになることはできなかった。『彼』は私を認めることなく、今日も空を見上げている。傷心という言葉が、似合う姿だとも。ふとした瞬間、彼女を探す為にここを飛び出してしまうのでは、そう思わずにはいられない。だから、そうなるまえにこのメッセージを残すことにしたんだ』
「……そう言われるとちょっと罪悪感が」
「…………たまには仕事抜きで会いに行って上げるべきなのかしらね。私もあの子に」
ちょっとだけ二人をセンチメンタルな気分が襲っていた。
普段の業務的にも、そして名目的にも会いに行くのが難しいとはいえ、後の世話をモンスター生産管理部に丸投げしてしまったことに、思う所もある。
ここまで求められているのなら、少しくらい時間を作って会いに行くのも……。
「ん?」
そう考えたところで、ドラ子は『あれ?』と思った。
さっきまでの話が本当だとして、じゃあおかしくないか?
なんで、そうまでして会いたかった私に、会えたときの第一声が咆哮で、そこからシームレスに殴り合いになるんだ?
感動の再会じゃないのか?
そんなドラ子の疑問に対する答え(?)は、すぐにペンギンの口から告げられた。
『もし、これを聞いている人がいたら『彼』に伝えて欲しい──大丈夫! いくら意中のドラゴンに『戦うことしかできない人とは番になりたくない(鳴き声の意訳)』って振られて辛くても、君の家はここだよ! お腹が空いたら戻っておいで!──と』
「…………は?」
「…………え?」
『というわけで、ここまでの話は実話を元にしたフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係がありません。大事な試験の最中にこんなメッセージ聞いてくれてありがとうね君達! 存分に活かすといいよ! 活かせるならね! あっはっは!』
ブチ、っと音がした。
それはメッセージが切れた音の筈だった。
だが、確かにそれだけではなかった。
ドラ子は、静かに今までメッセージを再生していたデバイスをそっと掴む。
「ドラ子ちゃん?」
何をするのか、とカワセミが問いかける前に、ドラ子はデバイスを思い切り振りかぶって──、
「だめよドラ子ちゃん! 落ち着いて!」
「離して下さい先輩! こいつだけは! こいつだけは許せん!」
「それ備品だから! 試験の持ち点とかの前に壊したら弁償だから!」
それを地面に叩き付ける前にカワセミが必死で止めた。
ドラ子のパワーであれば、簡単に振りほどけたかもしれないが、カワセミの必死の制止にドラ子はぐぬぬと止められる。
いかにドラ子といえど、それを壊したらいけないことを理性では理解できていた。
「こんな、こんな与太話を聞かされて黙っていられるわけが!」
「確かに何の役にも立たなかったけど! その行為にはなんのアドバンテージもないから!」
実際、特にドラ子達からすれば、元から知っているドラゴンのバックボーンが明かされただけで、基本的に意味のない話であった。
後半の話だけ少し気になる程度だが、ドラゴンを倒すのに役立つ情報があるようにも思えない。
そもそも、設定がどうあれ実際のドラゴンはSolomonの機能により召喚されてここにいるはずだ。
そうなると、ここのは言わばクローンのようなものだから、牧場から逃げて来ているわけがないのである。
「最初から最後まで時間を使うだけの罠でしたよもう!」
ようやくドラ子が落ち着いて、デバイスをテーブルに戻す。
デバイスにヒビとかが入っていないことを確認しつつ、カワセミは応える。
「でも、もしかしたら一部本当の部分はあるかもしれないわ」
「え、どこですか?」
ドラ子にとって予想外の言葉が帰ってきた。
先程の話は実話を元にしたフィクションであり、実際は都合の悪い部分に蓋をしまくった、質の悪い情報操作の類にしか思えなかった。
だが、カワセミはそんな訝しげな顔をするドラ子をじっと見つめて、言う。
「あのドラゴンちゃんが、ドラ子ちゃんを執拗に狙う理由。もしかしたら、振られたっていうのは本当なんじゃないかなって」
「ええ?」
想定外の真実だった。
だが、そういうこともあるかもしれない。
あのドラゴンをひよこから悲しき戦闘マシーンに育て上げたのはドラ子である。
仮にこれが人間の話で言えば、家の都合でずっと武術を習っていた男の子が、初めて好きになった人に告白して『この時代に武術しか能がない人はちょっと』っと振られたとすれば。
一気に反抗期に突入して、父親につっかかってもおかしくない。
「つまり奴は、振られた理由を私に転嫁して、熱心に襲って来てるってことですか?」
「可能性としては」
「とんだ野郎だ」
もちろんカワセミとて真実は知らない。だが、そういう可能性はある。
実際、ここで周囲から漏れ聞こえてくる話を聞いていると、男女ペアの受験者に対する当たりが強いような気がしてならなかった。
ドラゴンの嫉妬は、おそろしい。
「でもそれはそれとして、一つ突破口も見えたかも」
「!?」
さっきの話のどこにそんな要素が?
ドラ子が更なる驚きの表情でいれば、カワセミは少しだけ悲しそうに笑う。
「このダンジョンがSolomon製なら、もしかしたらアレが使えるかもしれない」
アレが使える。
そのアレとはなんなのかドラ子には全く分からなかった。
分からなかったが、カワセミの表情からして、Solomon特有のクソ仕様が絡んだ何かなのだろうなとは思った。
ふざけているように見えて実は大真面目にヒントが隠されていることに99%の受験者は気づかない




