16 お問い合わせ『アイテムが補充されません』
「先輩、頭がおかしいお問い合わせが来ました」
とある昼下がりのオフィスにて。
ドラ子はつい先程アサインされたチケットを読んで、咄嗟に零していた。
話しかけられた眼鏡の青年は、自身のデバイスを覗き込んだまま気怠げに返す。
「お問い合わせなんてだいたい頭おかしいだろ」
「いや、マジでそういう冗談とかじゃなくて」
「俺も冗談じゃないけど」
「えぇ……」
先輩がナチュラルに、顧客の頭がおかしいと思っていることを知ってしまったドラ子であった。顧客はマニュアルがよめない。
だが、そう言われても、面白い事は共有したくなるものだ。
「良いから、これです」
ドラ子はたった今アサインされたばかりのチケットを、先輩にSlash上で送信した。
『
件名:アイテムが補充されません
差出人:異世界13契約番号43──ゼロキルエース
製品情報:Solomon Ver30.1.3
お問い合わせ番号:20022021018
本文:
いつもお世話になっております。
私は貴社製品を用いてスーパーマーケットの経営をさせていただいております、ゼロキルエースと申します。
貴社製品は無人スーパーマーケットを経営するために必要な要素を揃えていると判断しての使用であり、平素においては特に不満も無く経営を行えております。
しかし、当店の評判も広がり客数が増えて行くに従ってとある問題が生じております。
それが、特に混み合う時間帯になりますと、商品の在庫が充分であるにも関わらず、商品の補充がされないという事態が発生するのです。
搔き入れ時にそのような事態になると大変困ります。
こちらの問題の原因の究明をお願いいたします。
』
「なんでこの人、Solomon使ってスーパー経営してるんですか」
ドラ子は表情と声音で目一杯に、理解ができないということを伝える。
言うまでもなく、Solomonは『総合ダンジョン管理術式』である。
異空間放送にて流しているCMでも間違いなくそう言っているし、想定されている使われ方もダンジョンの管理だ。
当然、スーパーマーケットの経営に沿った術式ではない。
そう考えればドラ子の主張はもっともであるが、眼鏡の青年の返答は冷ややかだった。
「ドラ子。順応性を高めろ」
「はい?」
「何もおかしいことはない。お客様は『ちょっと変わったダンジョン』の経営をしているだけだ。そして俺達はSolomonが何か不具合を起こしていないかを確認するだけだ。何も、おかしい、ことはない」
自分の方を見もせず、デバイスで作業をしながらの青年の声に、ドラ子はふむぅ? と唸る。
が、すぐに正気に戻った。
「いやいやいや。ダンジョン違いますって、ばっつりスーパーマーケットを経営してるって言ってますから。ダンジョンのダの字も無いですから」
「馬鹿には見えない文字でダンジョンって書いてある」
「なるほど、そりゃ確かに私には見えないはずですね──ってそんなわけありますか!」
ドラ子の渾身のノリツッコミに、青年は短くため息を吐いたあと、ようやく後輩に向き直った。
「じゃあ聞くがな。ダンジョンとスーパーマーケットの違いはなんだ?」
「あの、逆にそれ考える必要があるほど共通点あります?」
「良いから言ってみろ」
有無を言わさぬ勢いを感じ、ドラ子はぱっと思いついたことを上げてみる。
「ダンジョンにはモンスターが居ますが、スーパーには居ません」
「モンスターが居ないダンジョンもあるだろ。トラップ系のダンジョンとか」
「いやそれは特殊事例じゃないですか」
「じゃあスーパーも特殊なダンジョンってことだろ」
言い切られると、そうかな? そうかも、と思ってしまうドラ子である。相変わらず押しに弱いのである。
が、流石にそこだけで認めるわけにもいかない。
「ダンジョンには生態系が完成されてるものも多いです。スーパーにはありません」
「生態系なんてスーパーにだってあるぞ。鼠とか虫とかいるだろどうせ」
「やめてください!」
思わず、スーパーの地下帝国で繁栄しているGとか鼠を想像して身震いする。
考えたくなかったのでこの方向はやめて、もっと即物的な切り口を考えるドラ子。
「宝箱が設置されてるスーパーなんてないですよ」
「宝箱のないダンジョンも普通にあるだろ。そもそも、宝箱から取れるアイテムも、タンスを開けたら取れるアイテムも、草むらを探ったら採取できるアイテムも、陳列されているアイテムも、結局はアイテムだ。違いなんてない。宝箱なんてただのガワだからな」
「……いやでも、ダンジョンで見つけた宝箱のアイテムなら取り放題ですけど、陳列されているアイテムを無断で持って行ったら、捕まりますよ。大きな違いです」
「そういう罠がしかけられているダンジョンなんだと考えろ。アイテムは全て罠付きなんだ。取得すると敵とのエンカウント率が上がるアイテムとかと同じだ。しかもお金で罠を解除できるという分かりやすさもある」
どこの金色をした爪だよ、と思いつつふとドラ子は思ってしまった。
ダンジョンに潜るパーティメンバーのうち、斥候系の職業はよく『盗賊』と呼称される。
ダンジョンに入るのになんで盗賊なんだとは常々思っていた。だが、それが今この瞬間にピタリと嵌ってしまったのではないか。
「……あの、じゃあ、盗賊系の職業があれば?」
「罠を無視してアイテムを入手することも、可能かもしれない。そういうことだ」
いや、どういうことだ。と理性では思っているドラ子。
だが、自信満々に言いきる先輩に、ドラ子自身の先程の思いつきもあって、段々と流されて行く。
こうまで言われると、ダンジョンもスーパーマーケットも同じモノに思えて来たのだ。
盗賊という職業的にはやはり、ダンジョンよりもスーパーで実力を発揮するほうが正しい気さえしてくる。
「…………あれぇ……おかしいなぁ……?」
論理的に否定するつもりが、むしろ論理を積み上げるほど、ダンジョンとスーパーの違いがなくなっていく。
そんな風に目がグルグルしてきたドラ子を見て、言いくるめた側の青年の方が少し心配な顔になっていた。
「……大丈夫か? 一度スーパーは忘れて、もっとダンジョン側から考えた方が良いんじゃないか?」
言われて、ドラ子はハッと閃くと、起死回生の一手を打った。
「スーパーマーケットにはダンジョンコアはないですよ!」
毎日のお買い物をするスーパーを想像してみても、どこのお店もダンジョンコアで管理などはしていなかった。
商品の陳列も、店内の掃除も、サービスカウンターやレジの業務も、ダンジョン側のシステムではなく、従業員が手動で行っている。
ダンジョンコアから指令を出してあれこれするのとは、そこが大きく違うはずだ。
これこそが、まさに、ダンジョンとスーパーを分ける決定的な違いだと確信した。
そして、そんなドラ子の返答に、無の表情になった眼鏡の青年は言った。
「じゃあコアがあるならダンジョンってことじゃん。良かったな、お問い合わせのスーパーにはほぼ間違いなくコアがあるぞ。Solomon入れてるからな。あとコアがないタイプの天然のダンジョンもあるから、別にそこは必須じゃないし」
そう。
商品の陳列も、店内の掃除も、それがダンジョンなら自動でやりようはいくらでもある。
サービスカウンターやレジの業務なんて案内機やセルフレジとかで良いし、それが嫌ならメイド型のオートマタでも置けば良いのだ。彼女らはどんな理不尽なクレームだろうと笑顔で受け流してくれるだろう。
万引き対策にアイテムに魔力でタグ付けして、問答無用で盗人を引っ捕らえるゴーレムでも配置すれば、抑止力にもなって一石二鳥だ。
先輩が最初に言ったことがなんとなく分かる。
スーパーだという文言に惑わされなければ、アイテムが置いてあって、掃除がされていて、出現するモンスターがゴーレムとオートマタなだけの、ただの──
「……もうダンジョンで良いです」
先輩と同じように無の表情になった新人に、青年は諭すように言った。
「ドラ子はまだ入ったばかりだから、色々考えるかもしれない。でもな、総合ダンジョン管理術式は、本当に何にでも使えてしまうんだ。魔力さえあればなんでもできる。人件費払って従業員に色々やらせるより、そっちの方がコスパが良いと考える人もいる。そういった個別のケースごとに真剣に悩んでいたら心が死ぬぞ。受け入れろ。お問い合わせは全部ダンジョンについてなんだって。たとえどんなクソみたいな要件だろうと、ダンジョンについての質問なんだって」
遠い目をした先輩に、新人はそれ以上何も聞かなかった。
こうして、世界にまた一つダンジョンが生まれた。
スーパーマーケットは、ダンジョンなのである。
続きます
おまけ
◆メガネの今までで一番クソみたいな要件
お問い合わせ「○ックスしないと出られない部屋を作るにはどうすればいいですか?」
回答「知るかボケ、テメェで考えろ(意訳)」
 




