167 基本ダンジョン攻略技術者試験24
そのドラゴンは、ドラ子達にとっても印象深い存在であった。
というのも、そのドラゴンを育てたのは他ならぬドラ子だったからである。
あれは忘れもしない、数ヶ月前の話。
社員のリフレッシュも兼ねた研修として、モンスター生産管理部が牧場研修を実施していたときの話。
とあるペンギンのせいで、初日のメインコンテンツである可愛いモンスターとの触れ合いが行えなかったドラ子たちは、そのお詫びのような形でユニークモンスターの育成に関する研修を行った。
その際にドラ子達が育成を担当したモンスターこそがドラゴンであり、そして今目の前に現れたドラゴンは、まさしくドラ子が一週間面倒を見たユニークドラゴン(仮)であった。
あの時は色々あってドラゴンを守る為にクーデターを考えるほど愛情を注いだ子達である。
結局その後は、モンスター生産管理部のマトモなところが引き取った筈である。
だが、その個体がなぜこんな所に?
そう考えたカワセミの頭には、瞬時にいくつかの情報が浮かんでくる。
(偶然似たようなドラゴン──というのはユニークの性質上ほぼありえない。となると、Solomonのモンスター生産管理部と何らかの繋がりがあるのは明白。モンスターのデータだけを試験用に渡した可能性はあるけど……先の階層のイベント発生も少しおかしかった。ギミックを解除してないのに、水がなくなったという条件だけで、追加モンスターが出現するなんて、少し過敏すぎない?)
カワセミは、先程反省会を開いたドラ子のやらかしを思い出す。
実は、その件でカワセミはひっかかっていた部分があった。
本来、ダンジョンでイベントを設定するならば、始点と終点の因果関係は重要だ。
モンスターが解放される理由が、ギミックを解除したことによる地形の変化という設定ならば、ドラ子が人力で水を蒸発させたところでイベントが進行するのはおかしいではないか。
ギミックを操作していない以上、水以外の地形は変わっていないのだから。
だが、現実は水が蒸発したという結果から、連鎖するようにモンスターが出現した。
それは、まるで。
(まるで……Solomonに良くある不具合の一つみたいじゃない)
そう。
あの信じられない所に不具合が埋まっているイベント関連機能であれば。
一連のイベントの途中にある『水が蒸発した』という結果を見て、とりあえずその後に連鎖しているイベントを発生させても不思議ではない。
進行していないはずのイベントが途中から始まる事象とか、絶対にどこかに埋まっているという確信すらある。
ユニークモンスターで見知ったドラゴン。
イベントが連鎖する条件のガバガバさ。
これらから推測されることは、つまり。
(今回の試験用ダンジョンはSolomon製!)
それが分かったからなんだ、という話ではあるのだが。
ここが慣れ親しんだSolomon製ダンジョンであるだろうという予測は、カワセミに少しの余裕と──重大な危機感を与えた。
Solomonを欠片も信用していないわけではないが、Solomon製ダンジョンの中で、規格外のモンスター二頭が暴れ回るのは、怖い。恐怖が過ぎる。
ナチュラルにモンスターのカテゴリに分類されたドラ子はというと、未だにボスドラゴンとメンチをきりあっていた。
「おおん? 久しぶりに会ったわりに随分と態度がでかいんじゃないんか?」
「グルルルルロゴゴオオオオオオ?」
まだドンパチを始めているわけではないが、一触即発であった。
ちょっと火花が弾けただけで、即座に殴り合いに移行してもおかしくはない。
だが、そもそも顔見知りに会って、即座に殴り合いはおかしいのではないか。
カワセミは、慌ててドラ子に言った。
「ドラ子ちゃん! まずは交渉できない?」
そう。交渉である。
あからさまに強力なユニークドラゴンが出て来たのは悪いニュースだったが、それが顔見知りであったことは良いニュースだ。
ドラ子はこのドラゴンの育ての親なのだ。もしかしたら穏便にこの場をやり過ごせるかもしれない。
なんなら、休戦協定だけでなく、護衛というところまで話をつけられないだろうか。
持ち点が心許ないカワセミ達にとっては、戦わずにこの階層を突破できるチャンスは是非とも掴みたいものだ。
そんな願いを込めて『交渉!』と告げると、ドラ子はその発想はなかったと言わんばかりに感心の顔をした。
「交渉ですね。わかりました」
さっきまでの顔はどうあがいてもドラゴンヤクザの鉄砲玉であったが、カワセミに交渉を促されたドラ子は落ち着いたものであった。
先程までのドスの利いた声を改め、静かにドラゴンへと尋ねる。
「ひよ公。ハンデはどんくらい欲しい?」
「ゴアアアン!?」
ドラ子の声に、ドラゴンは爬虫類の顔で器用に不快感を浮かべてみせた。
一瞬、状況に付いて行けてなかったカワセミは、正気に戻るとすぐに突っ込む。
「なんの交渉してるのドラ子ちゃん!?」
カワセミの心からの疑問であった。
火山であるにも関わらず、暑さを忘れるレベルで背筋が凍りそうだった。
ここは穏便に済ます方法を模索して欲しいのに、何がどうしてこうなるのか。
そんなドラ子は、臆する事なく答える。
「どんな理由かは知らないですけど、親に楯突くってことは半殺しされても文句は言えないってことなんですよ?」
「どこの蛮族の話?」
「私の家のルールですけど」
ドラ子の家は、そんじょそこらの蛮族と並ぶほど野蛮なご家庭らしかった。
これがドラゴンの常識なのかは、カワセミには判別が付かない。
それゆえの曖昧な表情をどう捉えたか、ドラ子は補足するように続ける。
「私もちょっと反抗期入ってたときとか、母親につっかかって半殺しにされましたよ」
「そんな思い出話みたいな軽さで、深刻なこと言われても……」
「命を40個も失ったのは、後にも先にもあんときだけですね」
「…………???」
それは半殺しではなく、40回殺したけど半分生きてたというだけの話なのでは。
というか一体幾つ命のストックを持っているの。
そして、それだけ命持ってれば、どんな状況でもそりゃ余裕あるよね。
と、カワセミの中で混乱が巻き起こっていたところで、必要な説明は全て済ませたと判断したドラ子は、当たり前のように一歩を踏み出していた。
「まぁ、ハンデが要らんって言うんならそれで良いけど」
「グルル」
言葉が通じているように、あるいは心が通じているように。
一歩踏み出したドラ子に合わせて、ドラゴンの方も大きく一歩を踏み出す。
だが、そこで正気に戻ったカワセミはドラ子に現状を投げかける。
堂々とした歩みに忘れそうになるが、ドラ子にだいぶ不利な状況なのだ。
「ドラ子ちゃん! 忘れてないよね!? ここには敵が三倍の強さで、ドラ子ちゃん自身は1/10よ!」
「分かってますよ。丁度良いハンデってところです」
カワセミの言葉に、ドラ子は余裕の現れとして手をヒラヒラとだけ振ってみせる。
そして、ついにドラ子とドラゴンの顔が目と鼻の先まで近づいていた。
「いっちょやるかぁ!」
「グオオオオン!」
そして、両者はついにぶつかった。
「それではこれより、反省会をはじめます」
「ふぁい」
その五分後、カワセミとドラ子は第二反省会を開くことになったのだった。




