165 基本ダンジョン攻略技術者試験22
時間はお昼過ぎ。
冒険者ギルド風の運営施設にて朗らかな笑みを浮かべたカワセミが言った。
「まずは、第9階層『海底遺跡(仮)』突破おめでとう!」
「わーい!」
ドッペルゲンガーの講義の後、運営から最低限の寝具を借りた二人は即就寝した。
正確には、ドラ子はドッペルゲンガーに尋ねた辺りを含めたガールズトークを期待していたのだが、カワセミが明日も早いという理由でさっさと部屋を消灯したのだった。
酒も飲まず、腹八分目で早々に就寝した二人の朝は早く、当初の予定通り、海底遺跡の階層はその日の午前中に踏破することができた。
ただ、何も問題無く、という言えるほどではなかったが。
「それではこれより、反省会をはじめます」
「わーい……」
そして、朗らかな笑みを急速に無表情にしたカワセミが言った。
ドラ子はテンション低く俯かざるを得なかった。
「海底遺跡のチャレンジによって、私達の持ち点は危険域にまで達しました」
「はい」
「ぶっちゃけると、この状態で次の階層に挑むにしても、ほとんど自分たちに有利な改変はできないと考えてください」
「はい」
カワセミの淡々とした事実陳列に、ドラ子は下を見ながら返事をすることしかできない。
なにせ、二人の持ち点を想定外のことでガッツリと削った原因は、他ならぬドラ子にあったからである。
海底遺跡(仮)は、名前に反して、完全に水没しているという訳では無かった。
その大元は、海底の中に作られた、ドーム上の空気の中にある都市のようなものだ。
設定としては、古代文明が栄えた際に作られた水中城塞都市だったが、劣化だか何かで所々が水没してしまっており、通路の行き来もままならぬダンジョンと言った感じだろうか。
RPGをやっていると一つや二つは出てくる、水ギミック系ダンジョンのお城型のやつである。幽霊船ダンジョンなどがイメージしやすいか。
その大きな特徴は、通路や部屋といった探索するべき場所がところどころ水没していることである。
重要なアイテムがある部屋に向かう道が水没しており、冒険者は水の中を行くか、水をどうにかして排出する方法を探して進むことになる感じだ。
とくに今回のダンジョンは、水没については都市システムの不調を原因としているためか、ダンジョンの至る所に不自然な水没箇所があり、それをどのように処理するのかが腕の見せ所だった。
このダンジョンには二通りの攻略法がある。
一つは王道ルート。
この都市機能を回復していって、水没している箇所の水を排除していき、少しずつ都市の中枢に近づいて行くというルート。
相応に回り道を強要され、敵との戦闘も避けられないが、水の中で行動できないタイプの冒険者が攻略するにはそうするしかない。
王道ルートと銘を打ったのも、実質的に誰でも攻略可能なルートだからだ。
なお、水を排出するたびに、この都市を滅ぼしたモンスターの隔離が解かれて行き、最後には厄介なボスモンスターと戦ったりするのもこっちのルートなので、王道だから別に楽というわけではない。
そしてもう一つが、邪道ルート。
こちらは王道ルートとは逆で、水が張っていて探索できない場所を、なんらかの方法で水を無視して攻略をしてしまうという、ダンジョン制作者涙目のルートだ。
こちらのルートに進むには、水中を自由に行動可能な技能を持っているとか、水中で使役可能な式神がいるとか、もしくは水を自分の手足のように操れるとか、お魚さんと会話できるとかの特殊な技能が必要になる。
そして、ドラ子は全地形対応型の高性能ドラゴンだったので、この特殊条件をクリアしていた。
そうなれば、数多のギミックを無視して最短ルートでキーアイテムをかき集め、ボスと戦わずにさっさと迷宮を抜けてしまうのが、賢いやり方であった。
実際、その作戦は上手く行っていた。
ドラ子は水棲のドラゴンに負けず劣らぬ機動力で、次々と攻略を進めていった。
……いっていたのだが、こうも攻略が順調だと流石に飽きも出た。
何より、何かある度に身体がずぶ濡れになるのは、ちょっと煩わしかった。
だから、ドラ子はふと考えたのだ。
キーアイテム拾ってくるなら、わざわざ水の中を泳ぐ必要はないのではと?
そう。
ギミックを利用して水をなんとかするのが王道であり、水をそのままにした状態で攻略を進めるのが邪道であるとするなら。
その折衷案。ギミックを使わずに水をなんとかしてしまっても、攻略上は問題はないのではないだろうか。
であるならば、ギミックを解かずに水を蒸発させれば、わざわざ濡れることなくキーアイテムを回収できるのではないか。
ここまでのダンジョン攻略で、そういった抜け穴の多くが、恐らく意図的に残されていることは気付いていた。
そして幸か不幸か、ドラ子ブレスはそれを可能とする程度の火力を有していた。
ドラ子はそのように考え、カワセミに相談してみようと思ったその時に、水の中から敵が現れた。
そして、そんなことを考えていたドラ子は、うっかり敵を倒す際にドラ子ブレスをぶっ放してしまった。
その結果。
「まさか、水もろともキーアイテムまで蒸発するとは思わなかったんです」
「…………」
などとドラ子は後に供述した。
結論として、この方法は大失敗だった。
まず、ギミックを用いずとも水をどうにかしてしまったせいで、本来のギミックを解いた際に起こる敵の増援などが普通に発生した。
そして、その他のギミックを解いていなかったせいで、地形的に不利な状況での戦闘を余儀なくされた。
そして、戦闘を終えてみれば残ったのはキーアイテムの消失という結果──つまりは、持ち点を消費してのダンジョン再チャレンジを余儀なくされたのだ。
これが、朝一で潜り始めたダンジョン攻略がお昼までかかった理由であり、同時に二人の持ち点ががっつりと危険域まで減らされた理由であった。
「とにかく、過ぎてしまったことは仕方ありません。もともと、ドラ子ちゃんの能力を考えなければこのくらいの持ち点は減っていたでしょうし、差し引きでプラマイ0と考えましょう」
「はい」
「でもドラ子ちゃん。ホウレンソウは大事にしないとね。レビュー後によかれと思って付け足した一言が、顧客の逆鱗を逆撫でして、ただのお問い合わせが厄介クレームになる、なんて事態も当たり前に起こるんだからね」
「は、はい」
カワセミからの圧のある言葉に、ドラ子は再び俯いて返事をするハリボテドラゴンと化した。
カワセミから感じるのは、怒りではなく、ほんの僅かな失望であった。
もちろん、そのくらいでカワセミからのドラ子の評価が変わることはなく、相変わらず可愛い後輩と思ってくれてはいるだろう。
だが、それはそれとして、美人な先輩をがっかりさせてしまったという事実は、ドラ子の心に突き刺さっていた。
(これは、次の階層で挽回しなければ!)
そう、ドラ子は決意した。
若干だけ居心地の悪い昼食を食べた後、ついに二人はダンジョン最下層へと足を運ぶことになった。
「……これは」
試験用ダンジョンの最下層。
足を踏み入れた瞬間──いや、足を踏み入れる寸前にカワセミは思わず足を止めた。
見た目は、岩のゴロゴロとした地形の多い、火山地帯のような感じだ。
ダンジョンの最下層だというのに、どう見ても標高が一番高い。
だが、特筆すべきはそこではなく、粘り着くような、プレッシャーだ。
確実に『何か』がいる。
カワセミの直感と、最初の階層で不意打ちをされた経験の二つが、彼女の足を止めた。
「ドラ子ちゃん」
カワセミは思わず後輩に尋ねる。
この戦闘に長けた後輩であれば、この感覚に何らかの答えを持っているのではないかと。
「はい。ビンビン感じますね。懐かしい感覚です」
「懐かしい?」
それはどういう意味かと視線で問いかければ、赤毛の後輩は不敵に笑う。
「私が学生時代に結構ヤンチャしてたときの話ですけど、相手の本拠地に乗り込むときなんかは、こういう心地よいプレッシャーがかかったものです」
「…………カチコミ?」
「このくらいの圧はなかなか無いですね。紋須絶亜乙女連合の本拠地に乗り込んだとき──あるいは、親戚のサヤちゃんと喧嘩して、サヤちゃんの家に殴り込みをかけたときくらいのレベルです」
「サヤちゃん何者なの?」
明らかに物々しい組織の後に出て来たサヤちゃんのことを、思わず突っ込んでしまったカワセミだった。
だが、ドラ子の答えは些かズレたものである。
「確かに、サヤちゃんの家の方が感覚近いですね。プレッシャーの中に、どこか親戚の家のような微妙な親近感があると言いますか」
「ええと、つまり、どういうことなの?」
ドラ子の感覚に何一つ付いて行けていないカワセミが尋ねたところで、ドラ子は確かな自信を持って言った。
「この階層の敵はドラゴンです。それも、私が多少は警戒するレベルの」
警戒、という言葉とは裏腹に、ドラ子の目は同族との戦いを控えて爛々と輝いて見えたのだった。
遅くなり申し訳無い。
今日から平常運転の予定です。




