162 基本ダンジョン攻略技術者試験19
──第四階層『灰の沼地(仮)』
──第五階層『屍の剣山(仮)』
──第六階層『夢魔の分かれ道(仮)』
手に入った情報を元に、カワセミとドラ子はそれほど詰まることなく、難所を抜けて行く。
もともと、試験用ということもあり各階層の広さはそれほどでもない。問題であるギミックさえ分かっていれば、突破にはそこまで時間はかからない。
問題があるとすれば。
「……くぅ。持ち点が半分近く持ってかれたぁ」
夢魔の分かれ道のボス、夢現の夢魔(仮)をどうにか突破したあと、セーフゾーンと化したボス部屋でカワセミは呻いた。
事前情報の通り、そのボス(現実世界では恐ろしげな魔物で、夢の世界では妖艶な美女である)の特性は現実と夢の両方で、それぞれ倒すことであった。
だが、現状パーティの人数は二人であり、ドラ子はともかくカワセミは単体でボスを倒せるほどの直接戦闘能力はない。
というわけでどうしたのかと言えば、ボスの特性そのものを少し変えた。
ボスの特性に『片方の世界で一度討伐される度に、もう片方の世界でボスが弱体化する』という設定を追加したのだ。
そして、ドラ子は現実世界でカワセミのことを背負いながら戦い、カワセミはドラ子がボスを弱体化しきるまで待つ戦法を取った。
眠るカワセミを背負ったまま、ドラ子が四回ほどボスを屠ったあたりで、夢の世界のボスも十分に弱体化され、カワセミもボスを突破することができた。
できたのだが、こちらのアクションが必要とはいえ、ボスを直接弱体化するようなギミックは反動も大きかった。
ここまで来るのに使った分も含めて、カワセミの想定よりも少し、持ち点を消費しすぎている状態であった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……じゃないかもしれない」
心配そうに覗き込むドラ子に、カワセミは自信なさげに返した。
そも、元々想定していた持ち点の消費というのは、情報屋達が改変した際の情報を元に算出したものだった。
これが想定よりも多いということは、純粋にカワセミの術式改変技術が、彼らに劣っているということである。
攻略サポート部に移籍して以降、術式へ触れる時間が減ったのは間違いないが、技術者としての力量差をこうも見せられると忸怩たる思いであった。
「一度、作戦を立て直しましょう」
「うっす」
残る階層はあと三つだ。
──第七階層『背刃の牢獄(仮)』
──第八階層『海底遺跡(仮)』
──そして最終階層『名称不明』
想定外の消費があると言うならば、逆に想定外のプラス要素もある。
それはドラ子の状態異常耐性が、カワセミが思っていたよりも優れていたということだ。
もともと、ここに来るまでこの階層では、睡眠系の状態異常が至る所に仕込まれていたりした。
それに対し、生まれつきそういう耐性を持っていたカワセミと同じか、あるいはそれ以上にドラ子も耐性を持っていた。
ドラ子の持つ異常耐性は毒麻痺混乱石化睡眠その他諸々、本当に多種多彩であり、一般的にはメジャーとは言えないものまで網羅していると言っても良い。
──洗脳耐性はなかったようだが、まぁそこは、今は良いだろう。
「……となると、やはりこれしかないか」
カワセミは、現状を打開しうる方策を一つだけ思いついていた。
だが、多少どころではない不安もあったので、これまではその作戦を取るつもりはなかった。
しかし、想像以上の消費を鑑みるに、もはやえり好みしている場合ではない。
「ドラ子ちゃん、一つ提案なんだけど」
「はい」
「次の階層、一人で攻略してみる気はない?」
「……え?」
──────
第七階層『背刃の牢獄』は、簡単に言えば『仲間割れ』を誘発する階層であった。
ダンジョン攻略は、しばしば冒険者を極限状態に追いやる。
限られた食料、閉鎖された空間、襲い来る魔物やトラップ、安全の確保できない状況での休息などなど、たとえどれほどの上級冒険者であろうと、ダンジョンアタック中は精神にある程度の負荷がかかるものだ。
この階層は、それをより嫌らしく突くものになる。
登場するモンスターは、いわゆるビックリ系に該当するものが多い。
例えば、インテリアに見える動く鎧だったり。
例えば、死体の中に混じる動く死体だったり。
例えば、気付かぬうちに迫り来る動く壁だったり。
例えば、動く剣だったり、動く人形だったり、ミミックだったり。
とにかく、こちらの意表を突いて精神を摩耗させることを目的とした魔物が大半である。
そして罠も多い。
特にこちらを分断するタイプの仕切りの罠だったり、テレポートの罠だったり、迂闊に宝箱に近づいた者を閉じ込める牢獄の罠だったり、気をつけなければあっという間にパーティが散り散りにされそうなトラップのオンパレードだ。
ついでに、試験のダンジョンなのに、なぜ受験者が宝箱に引っかかるのかと言えば、たまに宝箱の中に『持ち点を回復するコード』が含まれていたりするからだ。
それ以外にも、試験攻略を有利にする情報だったりアイテムだったりもあるので、それまで宝箱にそういう罠がなかったこともあって、結構人が引っかかるだろう(情報屋談)とのことである。
そして極めつけは、そうやって精神を削り、パーティを分断した後に現れる『ドッペルゲンガー』である。
このドッペルゲンガーは、こちらのパーティメンバーの姿形を模した状態で現れ、パーティメンバーに成り代わろうとする。
しれっと仲間に加わった後は、隙を見て背後から刺してきたり、ある事無い事吹き込んでパーティを崩壊させようとしたり、やりたい放題らしい。
しかも厄介なのは、この魔物はこちらの深層心理を読み取っているらしく、合い言葉などを決めようともその合い言葉も知っているし、なんなら本人が気付いていなかった本当の気持ちまで実は知っていたりするらしい。
ということで、うっかり恋愛的にドロドロしているパーティがこの階層に踏み込んだら、それはもう凄い修羅場が見られるかもしれない。
普段であれば、全く気にしないようなことでも、極度の緊張に、罠の数々、そしてこの階層に薄らと張り巡らされている『疑心暗鬼』の状態異常攻撃(激レア)が重なることで、容易く絆は崩壊する。
故に、背中から刺す刃に囚われる階層──『背刃の牢獄(仮)』ということだ。
「でも、こんな攻略方法で良いのかなぁ」
と、これまで散々紹介していたのだが、この階層とドラ子の相性は、最高であった。
ドラ子はダンジョンの中でほとんど緊張しない。
生まれも育ちもダンジョンの中であったドラ子にとって、他のダンジョンはせいぜい『知らないモデルルームの中』くらいの感覚だからだ。
食料も睡眠もその気になれば必要のない上位生物にとって、ダンジョンの環境は言う程過酷でもない。
ドラ子には、ビックリ系のモンスターはほとんど意味がない。
ビックリはするが、そもそも精神の太さに定評のあるドラ子は、多少びっくりさせられたところで精神には一ミリも傷を負わない。
ドラ子には、分断系の罠は効かない。
後述するが、分断される要素がない。捕らえられようとも漢女解除(物理)で大抵の罠からは脱出できる。
ドラ子には、ミミックが効かない。
ドラ子にとって、ミミックとは不倶戴天の怨敵であり、ビックリよりも怒りが勝る(Solomonのせいで)。
そしてドラ子には、疑心暗鬼の状態異常が効かない。
珍しい状態異常だろうと、耐性を持っていればなんの問題もない。
「ドラ子ちゃん。あんまり油断しちゃだめよ」
「そうっすかね……」
そして、ドラ子の前に現れた『カワセミ先輩』のドッペルゲンガーも、なんの意味も無い。
ドラ子は、こちらを諌めるように注意する『カワセミ先輩』に相槌を返しながら、うーんと唸る。
そもそも、ドラ子はなぜ、隣にいる『カワセミ先輩』をドッペルゲンガーと確信しているのかと言えば。
「……すぅ……すぅ」
ドラ子に背負われて、カワセミ本人がぐっすりと眠っているからだった。




