161 基本ダンジョン攻略技術者試験18
「あれ?」
情報収集と腹ごしらえを済ませ、いざダンジョンに戻ろうかというとき。
ドラ子は軽く共有されたカワセミからの情報に首を傾げた。
「最下層の情報だけ、貰ってないんですか?」
スキンヘッド達は全階層を踏破し、その上で不合格になっている筈である。
であるならば、当然ダンジョンの最下層──あるいは最深層の情報も持っている筈なのだが、カワセミから共有された情報にその階のものはなかった。
「ああ、それはね──」
「俺らは、最後の階層の情報は売らねえようにしてるんだよ」
カワセミの説明を引き継ぐように、先程まで気持ちよくドラ子に昔話を語っていたスキンヘッドが言った。
あれだけ真剣に聞いてやったのにこの仕打ちか、とドラ子は思った。
「なんでですか? 嫌がらせですか?」
「ちげーよ。むしろ、そこは俺達の思いやりみてーなもんさ」
その言い分にドラ子が再び首を傾げると、スキンヘッドがふっと鼻から息を漏らした。
「折角の未知のダンジョンだぜ? 最後くらい、自分の手で攻略したほうが楽しいだろ」
いや、そんな『この先は君の目で確かめてみろ!』みたいなこと言われても。
「それで不合格になったらどうするんですか」
「元から、合格するには力不足だったんだって諦めな」
「むぅ」
食い下がろうかと思ったが、言われた事はド正論だった。
そもそも、ここで情報を貰うこと自体、本当に運営が想定しているかは怪しいところである。
あくまで、情報屋ギミックなどというのは、スキンヘッド達の自称である。
「何より、その情報だって俺達が自分の手で集めただけの情報であり、正しい保証なんて一つもない。パーティとデュオでギミックの内容が違う可能性もある。『夢魔の分かれ道』なんて、ソロでやってたらどうしようもねえしな」
つまり、手に入れた情報を信じるかどうかもまた、ドラ子達次第ということだ。
しかし、肝心の部分の情報がなかったり、誤った情報である可能性もあったりと、そんなところまで『最速攻略本』っぽくなくていいのに、とドラ子は心中で思った。
「しかしそうなると、昔見たっていうソロ合格者も、今回の試験だったら不合格になるんですね」
もちろん、それは『夢魔の分かれ道』が最たる要因になる。
実質的に、どうあがいても一人では攻略不可能だろうギミック。
いくら本人が強くとも、一人が同時に二カ所で戦うことはできない。
それをどうにかしようとダンジョンの術式に介入しようとも、本来はパーティが推奨されるギミックを一人で攻略できるように──なんて無茶な改変をすれば、持ち点を吹っ飛ばすだろう。
そう思うと、そのソロ合格者も運が良かったな、とドラ子は思うのだがスキンヘッドは少し考え込むように押し黙る。
そして、おもむろに言った。
「いや、あの男だったら何も問題ないだろうな。夢の中で戦ってる間、眠っている身体もオートで戦闘を行うくらいのことはやるだろう」
「ええ……?」
そんなアホな、とドラ子は思ったが、少しして考え直した。
そういえば、お昼休みに昼寝していたメガネ先輩に悪戯しようとしたときも、普通にオートで反撃されたな、と。
そういうビックリ人間も、世の中には居るものなのだ。
と、無駄話をしているところで、カワセミが「んん」軽く咳払いを挟む。
「それじゃ、そろそろ行きましょうかドラ子ちゃん」
「はい」
ビシッと姿勢を正して、ドラ子は元気に応えた。
これから暫くは、ドラ子の状態異常耐性が輝く階層が続くはずだった。
「それじゃ、失礼します」
「おう、久々のデュオの合格、期待してるぜ」
──────
ぺこりと頭を下げる美女に、スキンヘッド達は豪快な笑顔を浮かべながら激励の言葉を投げた。
そのまま、二人がこの集会場もどきを抜けて、自分たちの試験部屋に向かったのを眺め、ぼそりとスキンヘッドの仲間の一人が言った。
「で、実際のところどう思う?」
「どうってなんだ?」
「合格の可能性だよ」
ふむ、と僅かに考えてから、スキンヘッドは首を振る。
「まぁ、難しいだろうな」
「……だなぁ」
それはスキンヘッドの忌憚の無い意見であった。
確かに、彼女達は十分に試験に通じる能力を持っているように思えた。
カワセミの方は、直接戦闘能力に不安があるが、それ以外の部分ではかなり高水準でまとまっている。術式の理解も申し分ないし、咄嗟の判断も強そうだ。
何より、僅かな噂を根拠に、自分たちに突貫してくる度胸もある。
恐らく、かなり実戦を踏んだダンジョン攻略者だろう。しかも、仲間に恵まれないタイプの。
仲間を信じられないから、自分で判断して仲間を動かさなければいけない──過酷な環境でこそ、そういう能力が育つのだ。
デュオでなく、ちゃんとしたパーティであれば、まず間違いなく試験に合格できる能力があるだろう。
逆に、ドラ子の方は……素直は素直だが、ダンジョンの知識も、術式の理解も甘い。恐らく、ダンジョン関連業種についた新人か、少なくとも若手であることは間違いない。
はっきり言えば、この試験に挑んでくるには少し未熟と言わざるを得ない。
だが、その戦闘能力はスキンヘッドにも上手く測れなかった。
あれは、天性の化け物だ。
趣味で遊びに行った魔王城の『魔王』から感じた威圧感に近いものを、素で持っている。
足りない部分も、カワセミがブレインであれば問題ないだろう。
故に、恐ろしく、噛み合った二人だった。
「これが普段の試験だったら、間違いなく合格しただろうな」
「……だが、最下層か」
「ああ」
スキンヘッドは例年の試験と今年の試験を頭の中で比較した。
今年の試験は、難易度が高い。
全体的に求められる水準が高いのは、試験の常であるが、今年の最下層は別格だ。
なにせ、スキンヘッド達をして、その正攻法は『分からなかった』のだ。
だから彼らは、持ち点など全く気にせず、その『モンスター』から逃げるようにしてゴールに辿り着いた。
正直に言えば、最下層の情報は『渡さなかった』のではなく『渡せなかった』のだ。
「それまでに持ち点を潤沢に残していれば、俺達みたいな強引な突破でもギリギリ合格はできるだろう。実際、パーティで挑んでる奴らの大半は、そうやって合格する筈だ」
その『モンスター』から逃げるだけなら、ダンジョンの改変でどうにかなる。
不意の遭遇で持ち点が削られて行くという、神経をすり減らす攻略になるだろうが、合格の目は確かに残る。
「だが、彼女達はデュオだ。パーティだったら持ち点を減らさずに突破する所も、ノーダメージとはいかねえ」
しかし、デュオであれば、先程の夢魔の分かれ道のような、実質的に攻略不可能な場面で持ち点を減らさざるを得ない。
そうやって進んで行った先で最下層に辿り着いたとすれば、さて、どれだけの余裕が残っているだろうか。
「あるいはあの『モンスター』をどうにかできれば、越えられるかもしれないが」
「冗談だろう? だってありゃ」
スキンヘッドの言葉に、仲間の一人が苦笑いを浮かべた。
そう。
スキンヘッド達だって最初に考えた。
遭遇するモンスターと『戦う』か『逃げる』かを。
そして彼ら程のベテランが『逃げる』を選択したのだ。
何故なら。
「──ありゃ、魔王城の魔王より強いぞ」
遭遇した時点で、勝ち目はないと判断したからだ。
第一層にいたウェアウルフなど目じゃない、出会ったら即死の徘徊型デスモンスターだ。
「ついにこの試験も、あんな気合の入ったユニークモンスターを用意するようになったか」
「ははは、俺達も情報屋としちゃウカウカしてられねえな」
「ああ。戦わずして情報は手に入らんからな。一から鍛え直さないとな」
自身の身体能力を術式の改変で強化しようと、それにも限界がある。
アバター再生成式ダンジョンで、自身を改変したとしても、実は上限というのは己の肉体に左右されるのだ。
限界まで強化しても勝てないのなら、後はもう、自身のベースを地道に鍛え上げるしかない。
「さて、どうなるもんかね」
これからの自分たちの強化計画もそこそこに、スキンヘッドは受験者達を思う。
今回の試験の最下層。
スキンヘッド達が暫定的に付けた名称は『竜王の巣』であった。




