157 基本ダンジョン攻略技術者試験14
通路に、豪快な足音とそれに似合わぬ呟くような声が響いていた。
「ま、ま、う、あ」
「ま、ま、あっ」
「ま、ま、う、ま、ま、じゃない!」
「ま、ま、う、ま、う、ま、う、うううううううう」
「ま、ま、ああ」
そして、何度目かのトライを終え、ドラ子は叫んだ。
「こんにゃの無理なんですけお!」
あわよくば、そのまま地面もろとも通路も壊れてくれないかなと思って盛大に地団駄を踏んでみるが、破壊耐性がふんだんに付与された通路はびくともしない。
まぁ、さらに本気になれば壊せないこともないかもしれないが、それでギミックが不全になる保証もない。最悪、カワセミが見つけたパターンが使えなくなるだけかもしれない。
現状、通れることが保証されているルートは、カワセミルートだけなのだ。
故にドラ子は、泣きそうになりながらもなんとか通路を突破しようとしており、同時にカワセミはそんな彼女を心配そうに見守っていた。
「諦めないでドラ子ちゃん、最初に比べたら明らかに上達してるから」
「そりゃ最初は踏み込むタイミングすら計れませんでしたからね……」
ドラ子が転移通路に挑戦しはじめてから既に10分ほどが経過していた。
その間、ドラ子が進めた最大ステップは8くらいであった。
ついでに扉に到達するために必要なステップ数は28ステップである。
そう聞くと絶望的に思えるが、同時に既に三割弱攻略できたと思えば希望があるようにも思えた。
とはいえ、やってるドラ子本人はそこまで楽観的に思えていなかった。
「まるでそう、パーフェクト以外だと即死する音ゲーを始めて、まだ発狂譜面まで到達していないかのような絶望感です」
「ごめん、よくわからない」
ドラ子の渾身の喩えは、残念ながらカワセミには理解できなかった。
彼女はその申し訳なさそうな顔のまま、ちらりと背後の扉を見やる。
「本当は私が一人でギミックを解除できれば良かったんだけど」
「いえ、それは先輩のせいじゃないですよ!」
それは、カワセミがギミックを突破したあと、最初に考えたことだった。
カワセミが単独で先に進み、ギミックを解除したのち改めて合流すればいいのではないかと。
しかし、事はそう簡単には行かなかった。
「あんなに戦力を固めているとは」
そう。
当たり前の話ではあったが、扉の先にも防衛装置型のモンスターがひしめいていた。
というかギミックのオンオフなんてダンジョンでもトップクラスに重要な場所に、護衛が存在しないわけがなかった。
カワセミは扉を開いた瞬間に、自分に向けられた銃口の数を数える事無く扉を閉めた。
「ごめんねドラ子ちゃん、私基本的に支援職だから、ソロで戦う想定してなくて」
「でも先輩、白魔導士はソロに最も向いた職業の一つだってメガネ先輩が」
「それは頭のネジの外し方を知ってる上級者の理論だよぉ」
それは自前のバフだけで当たり前のように他者と戦える技能を持った、ごく一部の人間だけに許された暴論である。
白魔導士に当たり前のように前衛をやらせてはいけない。ましてやカワセミは、純粋な白魔導士というわけでもない。支援術士の方が近い。ソロは無理だ。
「でも、このまま足止めを食らい続けても仕方ないし、あと20分チャレンジしてダメだったら、術式に干渉しましょう」
「う、うっす」
カワセミに制限時間を切られて、ドラ子は垂れそうになる冷や汗を気合で引っ込めた。
だが、頭の片隅では冷静に計算を初めている自分もいた。
このまま、自分だけで正攻法で挑んでも、勝機は薄い。
そして、ドラ子は一つ思いついたこと言ってみた。
「カワセミ先輩。一つ提案なんですが」
「なんでしょう」
「私の代わりに、そのうまうま言うのやってくれませんか?」
それは、ドラ子の思考能力の大半を埋めていた、次の動作はなんだっけ、という部分を全て人に委ねるという選択であった。
普通に考えれば、人はコントローラで動くキャラクターではない。
他人の指示通りにラグ無しで動く事はままならず、人の言葉に合わせて動くなど、今回のギミックでは到底通用するはずがない。
「……分かりました。試してみましょう」
「ありがとうございます!」
しかし、ドラ子は一般的な人ではない。
その類い稀な身体能力は常人の非ではなく、銃で撃たれた後に、その銃口を確認して弾丸を避ける程度のことは難なく行ってみせる。
故に、自分で考えて前に後ろに動くより、人の言葉を聞いた後にその通り動いた方が、脳の処理を動作に集中できて良いと判断したのだ。
そうすれば、先程よりも精密な動作ができて、前に行き過ぎたり後ろに行き過ぎたりといった事故が減る筈なのだ。
「それじゃ、いくよ」
「うっす」
カワセミの掛け声に、ドラ子は己の自我を意図的に落とす。
そして、カワセミの声にだけ反応するように、意識を限定的に集中した。
「ま、ま、う、ま、う、ま、ま、う、ま、う、ま、う、ままま、ま、じ──あっ」
「おああああああ! 頭がぁああああ!」
その試みは、一回目にして成果を見せた。
もはや目を開けたまま前を見る事すらなく、己の動作だけに集中したドラ子は、先程まで届かなかった領域に難なく到達した。
そして、初めてのジャンプの指示に加減が分からず、全力でもって天井に脳天を直撃させるところまで行った。
そのせいで、一切の加減なく自分の頭突きの衝撃をフィードバックしたドラ子が、自身の脳天を押さえながら転移され、そのまま入口あたりでゴロゴロとのたうち回っていた。
そうすることおよそ一分。
「はぁ……はぁ……こ、これは行けますよ先輩!」
「う、うん。頭大丈夫?」
ドラ子は痛みの引いた頭をさすりつつ、笑顔で言った。
「これ、もしかして最初から先輩をおんぶして行けば、すんなり突破できたかもしれませんね!」
「あのね、私、あの勢いでぶつかったら潰れたスイカになるからね?」
良くて散らばったスイカ割りのスイカ、悪ければ天井の染みいったところだろう。
とにかく、それで一度感覚を掴んだドラ子は、そこからメキメキと足を伸ばして行く。
一歩進み、一歩戻り、二歩進み、二歩戻り、ようやっと三歩進んで二歩下がり。
幾度も頭をぶつけ、幾度も転移され、どれだけ振り出しに戻されても、止まる事無く。
もはや転移が身体に馴染んだとも言える頃。
「次で、行けます」
ドラ子は自信満々にそう言った。
しかしそれは決して虚勢ではない。
カワセミが最初に切った制限時間が丁度終わるかといったタイミングで、ドラ子は完璧にカワセミのコントロールを受け入れていた。
「うん、それじゃ、行くよ」
「はい」
目の前の通路は、一見すればに何か脅威があるわけではない。
しかしドラ子の目には、見えない壁というモンスターがはっきりと映っていた。
見える敵に、負ける道理は無い。
「ま、ま、う、ま、う、ま、ま、う、ま、う、ま、う、ままま──」
カワセミのコントロールに最適化されたドラ子は、もはや頭で考えることなく、カワセミがイメージする動きと調和する。
前に、と言えば相手のがら空きの懐に飛び込むように。
後ろに、と言えば相手のテレフォンパンチを余裕で回避するように。
そしてジャンプと唱えれば、相手の下段攻撃を見る前に跳び越えるように。
……いやまぁ、カワセミの動きがダンスだったとすれば、ドラ子の動きは前に後ろにこまめに動いて間合いを調整する、格ゲーキャラのそれではあったが、そのかく付いた動きも、極まればある種の芸術と言えるだろう。
「ま、じ、ま、ま、じ、ま、じ、ま、う、ま、じ、ま──」
そして、ドラ子はついに小難しい動作を終え、最後の一歩を踏み出さんとする。
すなわち──。
「ぴょぴょん!」
「ぴょぴょん!」
テンションの上がったドラ子が、カワセミの言葉に合わせるように自身も口ずさみ、跳んだ。
跳んでから、思った。
「ぴょぴょんってなんですか!?」
冷静に考えると、ここまで到達したのが初めてなので『ぴょぴょん』で何をすれば良いのか知らなかった。
知らぬまま、とりあえずノリで跳んでから、思わずカワセミに尋ねていた。
「ぴょぴょんと言ったら二段ジャンプよ!」
果たして、カワセミの返事はドラ子一段階目のジャンプが頂点に達する前に届く。
届いてから、ドラ子は思った。
(いや私! 二段ジャンプできる種族じゃないんですけど!?)
なんか余りにも当たり前にぴょぴょんと言われたから、出来る気がしていたけど、ドラゴンと言えど二段ジャンプはできなかった。
というか二段ジャンプするくらいなら普通に飛ぶ。今は仕舞っている背中の翼は、二段ジャンプするためじゃなくて、飛ぶ為にある。
では、二段ジャンプの代わりに飛べば良いのかと翼を展開しようとしても、この狭い通路ではドラ子の翼を十全に扱うことはできない。
「ドラ子ちゃん!?」
ドラ子が何故か二段ジャンプをしないことに、カワセミが驚きの声を上げていた。
だが、ドラ子の焦燥はそれよりも強い。
この通路は、確かに攻略不能ダンジョンの名に恥じぬものだった。
つまるところ、この通路は、二段ジャンプできない系種族には、初めから通れない仕掛けだったのだ。
二段ジャンプであることには意味がある。
ようは、空中で一度待たねば、その先の通路が開いてくれない──そういう絶妙な時間差が設定されているのだ。
一度に跳び越えようと思えば、まだ道が空いてなくて転移される。
では、それに間に合うようにゆっくり跳ぼうとすれば、後ろから追いつかれる。
それらを回避するために、ジャンプは、二段必要なのだ。
「っ!」
果たして、空中で踏ん張りが効かぬが故に、最初の勢いを殺し切れず、ドラ子はまだ開いていない転移領域へと頭から突っ込む。
しかし、裏腹にドラ子の頭は嫌に冷静であった。
それはここまでギミックに付き合わされたのにも関わらず、それが無駄だったと知らされた故の怒りであろうか。
あるいは、幾度も転移をすることで、身体中の細胞が転移術式に慣れたことが原因だろうか。
転移領域に突っ込むと同時に、ドラ子の頭の中は、パズルを解くように思考が先鋭化していく。
それは、傍目から見れば一瞬にも満たぬ刹那であっただろう。
だが、ドラ子に取っては何倍にも引き延ばされたような長い時間であった。
己の身体に襲い掛かる転移の術。
それに対抗するドラゴンの遺伝子。
ドラ子がその二つの戦いに決着を付けた時──転移という抗いようのない現象を『拒絶』したとき。
唐突に時間は元に戻る。
入口に戻ることなく、着地したドラ子を残して。
「──転移耐性、ゲットだぜ?」
そう。
状態異常に特に高い適性を持っていたドラ子の一族。
その遺伝子が、このタイミングで更なる成長を遂げたのであった。




