152 基本ダンジョン攻略技術者試験9
攻略技術者の試験では、基本的に全員がエキスパートクラスの攻略者の実力と、エキスパートクラスの技術者の実力を有していることが求められる。
とはいえ、実際にダンジョンを攻略するなら、全員が全員同じ役割を演じる筈も無い。
役割分担は大事である。
それはいかなる仕事でも一緒だ。
四人でパーティを組むのであれば、一人は前衛としてモンスターを受け止める役、一人は斥候としてダンジョンの把握と罠の解除なども行う遊撃役、一人は魔術支援として柔軟に彼らを援護する役。
そして残った一人は、ギミック担当としてダンジョンの考察や術式の書き換えを行う役。
これらの仕事を過不足なく分担するのに、どうしても四人必要になる。
「だから、攻略技術者の試験も基本的にはパーティを組む事が前提なの」
割り当てられた38番の部屋。
そこに用意されている旅の扉型のダンジョンの入口の前で、ドラ子はこの試験のセオリーを聞いていた。
「人数が足りなくなったらどうなるんです?」
「当然、役割を兼ねる必要が出てくるかな」
ドラ子の疑問には、当たり前の答えが返って来た。
四人で分担する仕事があっても、人数が足りなければまとめるしかない。
「だから、先程の例で言えば、ドラ子ちゃんは主に前衛を担当して欲しいの」
「カワセミ先輩は?」
「斥候兼魔術支援兼ギミック担当を」
カワセミがまさかの三役であった。
それには流石のドラ子も思う所があった。
「それは先輩の負担が重過ぎるのでは。言ったように罠の解除なら自分自信ありますよ」
「罠に自分からかかって行くのは、試験的にはちょっと」
「うっ」
言われてみればその通りな気がした。
今回のような要攻略ダンジョンで言えば、ドラ子たち攻略者は、なるべくダンジョンマスターに存在を気取られないことが重要とも聞いている。
術式の書き換えが、持ち点からの減点方式なのも、そういった理由だ。
であるならば、行く先々で罠にかかっていくのは『活きのいいのが来たな』と気取られる可能性もある行為だし、そもそも罠によって正規ルートが閉ざされ、進むのに大きな改変を強いられるパターンもあるかもしれない。
「で、でも、逆に、罠にかかった方がショートカットになるパターンもあるかもしれないですよ」
「そういったパターンも考慮して、罠の把握はより正確に行いたいところかな」
「そう言われると、もう何も言えないです」
ドラ子が思いつくようなことを、カワセミが思いつかないわけもなかった。
とはいえ、お前は何も考えず戦ってれば良いと言われると、楽ではあるが罪悪感があるのも確かである。
のだが、カワセミはそんなドラ子の心中を慮ったように優しく言う。
「大丈夫よドラ子ちゃん。私の元々のメンバーの役割も、基本そんな感じだったから」
「…………ええ?」
カワセミの笑顔は固かった。
しかしそれは、嘘を言っている故の固さではなく、真実である故の固さのように見えた。
「前衛しか出来ない人を前衛にして、斥候とは名ばかりの節穴のフォローをして、火力しか取り柄のない魔術師の照準補佐をしながら、ギミックの攻略を行う──それが少しばかり自分でやることが増えるだけだもの」
「あの、先輩はどうしてそんな連中と試験を?」
「業務命令よ」
攻略サポート部の精鋭とはなんだったのか。
ドラ子が目を細めるが、カワセミは心ばかりのフォローをする。
「でも、Solomon製ダンジョンなら目敏いのよ、ちゃんと、それだけは確か」
「自社製品にだけ強いって、技術者として何のアピールポイントにもなりませんよね」
「…………」
「…………」
カワセミは苦笑していた。
ドラ子はもう何も言わないことにした。
どうせ自分も前衛しかできないことに変わりはない。
「というわけで、基本的にはドラ子ちゃんが戦闘では前に立って。それ以外でも何か気付いた事があれば些細なことでも伝えて欲しいの。ドラ子ちゃん目がいいから、私では気付かないことにも気付くかもしれないし」
「了解です!」
ドラ子はカワセミに仕事を押しつけているという気持ちを呑み込み、言われた通りにできるだけのフォローをすることで返そうと思った。
そんな彼女の表情を、カワセミは相変わらずの、可愛い後輩を見る目で見ていた。
(これで良い。これが良い)
ドラ子は自身の事を前衛しかできないから前衛にされたと思っているが、カワセミの評価は少し違った。
カワセミは自分が三役を兼ねると言ったが、実質的には違うと思っている。
ドラ子が、戦闘の全てを担い、カワセミが技術のフォローをする。つまりは、攻略者役と技術者役で半々だ。
それこそ、言い様によってはドラ子こそが三役を押し付けられたと言っても良い。
カワセミはドラ子をこと攻略者としてはずっと高く評価している。
それこそ、素のフィジカルと咄嗟の機転等は受験者の中でも屈指のものだろう。
彼女が十全に力を発揮できれば、真剣に二人での試験突破もありうる。
だが、その内心とは別に、カワセミはドラ子に役割を与えなかった。
これは今までドラ子と過ごした短い経験と、魔王城で実際にある程度冒険をしたときの所感──そしてメガネのドラ子への扱いから判断したものだ。
この愛らしくも強力なドラゴンは、煽てられるのも好きだし、褒められるのも好きなのだろう。
期待してあげれば、それに応えようとずんずんと前に出て行く。
そして、その状態だと、極端に視野が狭くなる。
つまり、ドラ子は、調子に乗っていると失敗するのだ。
ドラ子に最大限のパフォーマンスを発揮してもらうには、あまり役割を押し付けない方が良い。
自分の役割があると、張り切ろうとして、些細なことを見落とすかもしれない。
それよりは、フラットな気持ちで、気付いた事があれば教えて、くらいの指示の方が何かに気付いてくれると考えた。
ここにメガネは居ないが、彼が居たらきっと『正解』と言ったことだろう。
カワセミがこういった分析を行うようになったのは、攻略サポート部に籍を移してからのことだ。
とかく、傲慢で、暴走しがちで、能力も大した事がないくせに、仕事にだけは一丁前に文句を付ける。
そんなSolomonに特化しただけの攻略モンスターどもの分析をし、上手く手綱を引いてなんとか最低限の業務を遂行する。
それがカワセミに与えられた仕事であり、何も楽しくない毎日の全てである。
「……皮肉ね」
「何がです?」
「いえ、なんでもないの」
そんな場所で培った能力で、カワセミはこの可愛い保守サポート部の後輩を動かそうとしている。
そんな自分に嫌気がさすも、彼女は微笑みを絶やさなかった。
もし自分が保守サポート部に残っていれば、ドラ子や、魔王城で楽しそうにしていた白騎士(仮)といった面々の先輩として、時にメガネに教えを乞う後輩として、今日も楽しく働いていただろう。
そういう光景を幻視すると、自然と口元は緩んだ。
だから、実のところ、ドラ子と居るときの微笑みだけは、嘘じゃないのだ。
「ドラ子ちゃん。無事に試験突破できたら、お祝い飲みに行きましょうか! 先輩として奢って上げる!」
「マジですか! ご馳走様です!」
ドラ子は特に奢りという言葉に反応して喜色を浮かべる。
そんな後輩とのやり取り──憧れていたこういうやり取りにカワセミはまた頬を緩めた。
そんな彼女の頬が、この先引き攣ることになるかどうかはダンジョンのみぞ知る。
カワセミの心情を少し挟みたくなったせいで試験開始に10話もかかってしまいました
次回こそダンジョンへ




