151 基本ダンジョン攻略技術者試験8
一口に攻略不能ダンジョンと言っても色々とある。
先述したように、渡るための橋がない、なんてのも一種ではあるが、試験に出てくるようなダンジョンはそれほど単純ではない。
ただし、どんなダンジョンにも共通しているものはある。
それは、解法が用意されている、ということだ。
「解法……ですか」
時間となってダンジョンが解放され、同時に参加受付の始まった本試験。
ダンジョンの簡単な設定が明かされ(よく見たらサイトに最初から乗っていた)、このダンジョンは確実に攻略されなければならないと決意を新たにした新人攻略者(という設定)たちは、ゾロゾロと公民館みたいな試験会場前の、受付のカウンターに並んでいた。
その順番待ちの最中に、ドラ子はカワセミから簡単なレクチャーを受けていた。
「そもそも、かつてのダンジョンと今のダンジョンでもっとも明確に違う部分は、何か分かる?」
「えっと」
問われたドラ子は、基本ダンジョン技術者試験の参考書の内容を思い出す。
「かつてのダンジョンは人を拒むもので、今のダンジョンはむしろ人を招き入れるもの、なんでしたよね」
「正解。よく勉強してきたわね」
「えへへ」
にこりと笑顔で褒めるカワセミ。
ドラ子は大分気を良くした。
(なお、このダンジョンの成り立ち方については、大分基礎的な知識である)
「様々な要因で人が寄り付かなくなっているダンジョンはあれど、本質的に今のダンジョンは人を招き入れるためにある。そして昨今の術式もまたその理念に基づいて開発されているわ」
「と言いますと?」
「例えばSolomonを例に挙げれば、本格的に攻略が不可能になるダンジョンは、最初から『作れない』ようになっている、って感じかな」
ふむ、とドラ子は頷いた。
相変わらずの、なるほど分からんの顔であった。
「そうね、Solomonのダンジョンの基本は階層構造になっているのは知っているでしょう?」
「それは、はい」
Solomonは総合ダンジョン管理術式であり、そのSolomonで作れるダンジョンもかなり多岐に渡る。
そして、ダンジョンの中には、単純な階層構造で説明できないものもまた多い。
例えば平原型ダンジョンは、一つのだだっ広い平原をエリアごとに細分化して、モンスターの分布やオブジェクトの配置をしたりする。
とはいえ基本は大事だ。
Solomonのデフォルトの設定は、基本に忠実な階層型ダンジョンを作るようになっているし、階層型ダンジョンと言えば、一階、二階、と階を降りる(または登る)ごとに敵の強さなんかが変わって行くものだ。
「では問題です。Solomonで地下十階建てのダンジョンを作ろうとしたとき、例えば第五階層をまるまる消して、完全に断絶したらどうなると思う?」
「それは……」
カワセミの言うことを頭の中で想定してみる。
十階建てで五階層が存在しないダンジョン。一階から順に降りて行って、四階で行き止まりになるようなダンジョン。
その先は確かに存在するのに、一階層の欠落で攻略不能になっているダンジョン。
それを作ろうとしたらどうなるか、ドラ子は経験的に答える。
「たぶん、ダンジョンの作成完了ができなくなります。五階層が存在しません、みたいなエラーを吐いて」
「そういうこと。四階から六階に繋がる何かを用意しない限り、五階層が丸ごと存在しないダンジョンは、術式側が『作らせない』ようになっているの」
文字通り、作らせないだ。
ダンジョン管理術式は、何も普段からただ無意味にエラーを吐いているわけではない。
ダンジョンに問題があるから、エラーを吐くのだ。
たまに、何の意味も無いエラーを吐いているときはあるが、それはそれだ。
ダンジョン管理術式では、本質的に攻略不能なダンジョンは作れないのだ。
「同じように、例えば平原のボスが居るエリアの周りを絶対に通れない次元断層で塞いだりとか、そういうことはできない。ダンジョン管理術式は、攻略法が存在しないダンジョンの存在を許さないようになっている」
ボスの周りに湖を作って、生身では辿り着けない、くらいするのは許される。
しかし、次元断層で完全に塞ぐことは許されない。
それはSolomonだけでなく、他の管理術式でも基本は一緒だ。
「そうだ。ドラ子ちゃんはSolomonでは『出入り口の無い小部屋』は作れないって知ってる?」
あ、と思いついたような顔でカワセミは尋ねた。
ドラ子は、途端に渋い顔をしながら言った。
「…………良く知ってます」
「……あの? なんで嫌いな親戚と街中でうっかり遭遇したみたいな顔を?」
「大丈夫です」
ドラ子の突然の表情の変化に戸惑いつつ、カワセミは続ける。
「あれも昔は大丈夫だったんだけどね。さっきの話で言えば、五階層を作りはしたけど、そこだけ出入り口が一切存在しない、みたいなダンジョンが作れてしまってね。他の術式なんかだと、そういった場合は自動で階段を生成したり、なんて対策を取るところもあるけど、Solomonではそういった小部屋は作らせない方向になったの」
「……ちなみに何故Solomonは禁止に?」
「……多分、技術的にちょっと面倒があったんじゃないかな」
「へぇ」
ドラ子の瞳孔が僅かに開いた。
つまり、ドラ子が苦しめられたチケットの一つは、Solomonの技術者が、技術的不足を理由に道を違えたが故に発生した問題であると。
ドラ子のSolomonに対する不信感が10上がった。
「というわけで、ダンジョン管理術式を使う以上は、本質的な攻略不能ダンジョンは作れない。でも、ダンジョンマスターとしては、絶対に攻略されたくない。ドラ子ちゃんだったらどうする?」
「……私だったら……」
ドラ子は、少し考える。
自分がもし、ダンジョンの最下層で誰にも邪魔されない昼寝をしたいとき、どうするか。
「ダンジョンの罠を凶悪にしたり、モンスターを凶悪にしたり、めちゃくちゃ難しい謎解きをしかけたり、先に進む為のギミックをノーヒントにしたり、ですかね」
自分で言っておいて、どんなクソダンジョンだよ、と思った。
罠やモンスターはまあ、良いとしよう。
ドラ子には鍛え抜かれた……というよりは生来で授かったフィジカルがあるので、大抵のモンスターは倒せるし、罠の殆どは漢女解除できる。
(※漢女解除とは、とりあえず罠に引っかかって、その罠からくるありとあらゆるものをフィジカルで受け止めて罠を無効化するクレバーな解除方法である。ただし、転移罠と増援罠は勘弁な!)
だが、謎解きやギミックはドラ子には無理だ。
ドラ子はRPGなんかで、キーアイテムが分からずに先に進めなくなる経験がしょっちゅうある。それで投げ出したゲームも多い。
だから、そんなことをされると端的に言って詰んでしまう。
だというのに、カワセミはドラ子の言葉にうんうんと頷いている。
「そういうことなの。ここから先の試験は、まさにドラ子ちゃんが言ったようなダンジョンを攻略しないといけないわ」
「…………」
そういうことだった。
ドラ子は、ふぅと小さくため息を吐いて、全てを委ねた。
「カワセミ先輩。私のことは、歩く罠解除機だと思って下さい」
「清々しいね」
ドラ子が何を言いたいのか理解したカワセミは、苦笑いを浮かべた。
そうこうしているうちに、受付は進んで行き、ドラ子とカワセミの番になる。
受付のやり方は、自分たちの前のパーティなんかを見ていたから分かる。
カワセミが代表して、受付のお姉さんに声をかける。
「パーティ登録お願いします。デュオです」
「……はい。デュオですね……一応確認致しますが、デュオの合格率はご存知ですね?」
「知っています。問題ありません」
「畏まりました。ではこちら、38番のダンジョンへお願いします」
カワセミとドラ子の二人でパーティ登録を終え、38番の鍵を受け取った二人は、公民館みたいな建物の内部に入る。
入口からすぐのところ。パッと目に入った光景で、ドラ子は既視感を覚えた。
そこは、魔王城で見た冒険者ギルドを、少し上品にしたような感じだった。
「番号はそれぞれ別だけど、用意されているダンジョン自体は各パーティで共通なの。だからこうして、情報交換のための交流所が設けられているわけね。あとは一応、簡単なアイテムショップや、食堂もあるわ」
「なるほど」
目に入った光景に対して、カワセミが簡単に説明する。
ドラ子は、ギルド併設酒場のような空間に目をやりながら、ぼそりと感想を零す。
「でも、こういう所のアイテムショップって、かなり割高そうですよね」
いわゆる、遊園地価格である。
ドラ子は並んでいる商品に目を向けながら軽い気持ちで言ったが、カワセミは真剣に返した。
「かつて、アイテムショップで売られているアイテムが、ダンジョン攻略のキーアイテムだったこともあるわ。だから、全員、アイテムショップの品揃えには目を光らせているはず」
「アコギな商売してますね」
店売りのアイテムが攻略に必須ってなんだよ。
ドラ子は、この資格試験運営団体の正気を疑った。
とはいえ、周りの雪山登山民たちが用意していないアイテムがもし必要になったら、そこは購入の必要が出るのだろうし、なんとも足元を見られている気持ちだ。
「言いたい事は分かるけど……とりあえずは38番の部屋に向かいましょう。実際のダンジョンアタック開始は、受験者全員が受付を終えてからだから、それまで少し方針の確認がしたいしね」
カワセミに促されて、ドラ子は建物内の壁や床に表示されている案内に従って38番のダンジョンへと向かって行く。
道中、無遠慮な視線を向けてくる他のパーティに対する威嚇は忘れなかった。
カワセミは美人である。そんな美人の先輩をこの野郎だらけの空間で守ることは、ドラ子が勝手に自分に課した役目の一つであった。




