149 基本ダンジョン攻略技術者試験6
すみませんガチで遅くなりました……
切りどころが難しくていつもより長めになっておりますご注意ください。
基本ダンジョン攻略技術者試験の内容は、実を言うと大変シンプルである。
一言で言えば、試験用に用意されたダンジョンを攻略すればいい。
それだけだ。
しかし、当然だが、実情はそれだけではない。
単純に難しいだけのダンジョンであれば、ダンジョン関連の術式を操る技術者としての能力を見ることはできない。
ではどういうことなのか。
試験用に用意されたダンジョンは『攻略不能ダンジョン』なのだ。
例えば、とある何の変哲もない迷宮型のダンジョンがあったとしよう。
しかし、冒険者はそのダンジョンの奥に進もうとしても進むことができない。
何故なら、次のフロアに進む為の部屋に超巨大な谷が出来ていて道が無いからだ。
そういった『次のフロアに進ませる気が無いダンジョン』を、ひとまとめに『攻略不能ダンジョン』と読んでいる。
もっとも、その程度の問題であるならば、それは生身の人間には、なんの準備も無しでは、攻略不能であるというだけの話だ。
たとえば、そこに丸太で橋を渡してしまえば、そのダンジョンの先に進むことはできる。丸太じゃなくて立派な石橋でも良いし、逆にロープ一本でも良い。
空を飛べる種族であれば、そもそも攻略不能ですらない。
そこは、己の能力によっていかようにも攻略難易度が変わってくる問題でもあり、そのあたりが『攻略者』の能力に左右される話だ。
そして、この基本ダンジョン攻略技術者試験では、そういう『基本的に攻略不能』なダンジョンを『ダンジョン攻略者』と『ダンジョン技術者』の双方の能力を駆使して突破することが求められるのだ。
試験の合格にはダンジョンを攻略すれば良いが、先に言ったように一筋縄ではいかない。
まず、この試験を受けるものには、持ち点が与えられる。
この『持ち点』とは何かといえば『試験用ダンジョンの改変許容量』とでも言えば良いだろうか。
先程の、次のフロアに進む為の部屋に大きな谷があった場合を例にして。
最初、受験者には『100』の持ち点が与えられるとしよう。
そして、その谷を前にした受験者は、その谷を渡る為に『ダンジョンの術式を改変して』その谷を渡るための手段を得ることが求められる。
飛べる種族であったり、自前のロープで谷を渡れるならば『減点なし』
丸太の橋をかけるだけなら、改変が簡単なので『減点1』
丸太の橋では不安なので立派な橋をかけようとするなら『減点5』
風が吹き抜ける谷を怖れて、転移魔法陣でも設置しようものなら『減点30』
といった具合で、基本的にはダンジョンに対してより無理な改変を行うほど、持ち点に対する減点は増えて行く。
そして、この持ち点が少なくなるほど、受験者はそれ以降のダンジョンを、持ち前の能力と道具だけで突破する必要が出てくるというわけだ。
最終的に、持ち点を1点でも残した状態でダンジョン攻略に成功すれば、合格となる。
試験では持ち点という表現にしているとはいえ、実際に敵対的なダンジョン管理者を相手にした場合に、どれだけ改変が許容されるものだろうか。
そう考えれば、この減点方式はあながち的外れな制度でもない。
相手が支配しているダンジョンの術式を書き換えるのは単純にコストがかかるし、それが大掛かりであればあるほど、コスト以外の問題として、相手に気付かれて改変を修正されたり、妨害されたりといった事情も出てくる。
どれだけダンジョンの支配者に気付かれぬくらいの小さな改変で、迅速に、そして効率的にダンジョンを攻略できるかが、ダンジョン攻略技術者に求められる能力なのだ。
とはいえこれは試験であればこそ、ある程度の温情もある。
武器や道具など、ダンジョンの攻略に必要と思われるアイテムの持ち込みは全面的に許可されているし、二日という制限時間内であれば何度でもダンジョンに挑むことが許されている。
持ち点を全て失った場合でも、始めから攻略をやり直すことで再び持ち点を回復させることができるのだ。(一度のリトライごとに一定量を減らされるが)
そして何より、受験者同士の情報交換も許可されている。
ダンジョン攻略に必要な情報収集の能力もまた、攻略技術者には必要なものだと考えられているからだ。
そうして、エキスパートクラスのダンジョンの攻略適性、術式への理解力、そして対応力と情報収集能力の全てを駆使してこそ、受験者達は攻略技術者の資格を手にすることができるのである。
──────
「という話なんだけど」
「なるほど、完璧に理解しました」
ここにきてようやくカワセミから試験の概要を聞いたドラ子は、ふっと笑った。
珍しく、本当に理解できたが故の笑みであった。
「つまり、今から我々は試験を作った側が『常識的に考えて攻略できないだろう』と考えたダンジョンに、身一つで挑むというわけですね?」
「ええと、その、身一つなのはドラ子ちゃんだけかもしれないけど、うん」
カワセミは少し言葉をオブラートに包みながら、肯定した。
これから挑むは、ダンジョンの常識から多少外れたレベルの、悪意に満ちた極悪なダンジョンであり、それにドラ子は、なんの準備も無しで挑まねばならないと。
「どうりで周りが、雪山登山みたいな重装備をしているわけですね」
「攻略に役立つ道具を自前で持てるだけ持つ方が、試験突破の可能性は上がるからね」
かくいうカワセミも、他のやり過ぎ登山民に比べれば軽装とはいえ、ドラ子とは比べ物にならない道具を持ち合わせている。
丸腰も丸腰で、なんなら『二日あるけど日帰りで帰って寝るか』くらいに考えていたドラ子は、明らかに浮くわけである。
「しかし不思議ですね、素人考えですけど『空間収納』とか『マジックバッグ』とかあれば余裕だと思うんですけど」
「基本的に試験用ダンジョンではその辺りは使用不可のルールが敷かれてるの。改変しようとしたら持ち点をごっそり削られるわ」
「なるほど」
ドラ子が考える程度のことは、当然試験側も考えるということだった。
とはいえ、道具を禁止するのと実際の能力を禁止するのは勝手が違うらしく、意外と人間にかけられた制限は解除が安いのだとか。
そのため、空間収納系の能力に長けた人物であれば、最小限の改変で最大限の効果を発揮できるので、そういう人物は引っ張りだこになるという。
そこまで聞いて、ドラ子は『ん?』って思った。
「まるでその、荷物持ちを連れて行くのは自由、と言うように聞こえますが」
「……ええとね、この試験では『最大四人まで』パーティを組むのも自由なの」
「…………え?」
試験にはあるまじき条件が聞こえた気がして、ドラ子は思わず耳を疑った。
だが、当然のことながらドラ子以上に今回の試験対策を行って来た、カワセミの言葉に嘘はなかった。
「この試験は、基本的に難関資格だけど、実は試験が始まる前から試験は始まってるとも言われていてね。最大四人までパーティが組めるから、いかに有能で、なおかつバラけた特殊技能を持っている人材を揃えられるかが、合格の鍵と言われている、んだけどね」
言いながら、カワセミはドラ子の事を直視できずに目線を逸らした。
そう。
実はこの試験は、複数人での参加が認められているのである。
たとえば先程の谷の例にすれば、四人のうち一人が飛行能力を持っていれば、他の人間が飛べなくてもパーティはその場所を減点0で進めるということだ。
ただし、持ち点はパーティ全体で共通なので、その辺りで優遇されることはない。
能力の解放を四人全員に行えば、ソロの四倍の減点を食らう。
とはいえ、それを差し引いても、攻略の安定度を考慮すれば、試験合格のために有能な人材を四人揃えるのが賢い選択と言えるだろう。
「…………なるほどなぁ」
ドラ子はカワセミの言葉で、先程武闘家っぽい人にキレられた理由がなんとなくわかった。
何も知らず、丸腰で、一人で参加しようとしているドラ子を見れば、本気でこの試験に合格しようとしているとは思わないだろう。
そんな相手から軽々しく声をかけられても、苛立つだけだ。
「でも、一人で攻略する人も居るんですよね?」
一縷の望みをかけて、くらいの気持ちでドラ子は尋ねてみた。
カワセミは、相変わらず視線を合わせないまま、言い辛そうに言った。
「この試験の合格者の割合なんだけどね……四人組の『パーティ』ランクが97%、三人組の『トリオ』が2.8%、そして二人組の『デュオ』が0.2%と言われている、わ」
「…………『ソロ』は?」
「公式発表では『居ない事は無い』とされている、かな」
「……………………」
詰んだな、とドラ子は思った。
ただでさえ、参考書のレベルが全く分からなかったのに、その上ソロで、道具もナシときた。
たとえドラ子がドラゴンであったとしても、攻略は難しそうだと思わざるを得なかった。
「参考までに、カワセミ先輩は……?」
ダメもとで聞いてみたら、カワセミは更に言いにくそうに、虚空を見ながら言った。
「…………その、一応、攻略サポート部の精鋭と、『パーティ』を」
「知ってましたから、そんなに気にしなくても」
軽い気持ちで聞いたところでカワセミを困らせたと思ったドラ子は、そう言ってみるのだが、カワセミは頭を抱えて言葉を漏らす。
「う、うう! ちょっと、ちょっと考えさせて! だって大事なメガネ先輩の後輩なのよ、ウチのどうでもいい同僚を一人切り捨てても別に……いやでもさすがに正当な理由もなくそれをやれば、ようやく地道に高めて来た信頼と発言力がパーに……いやでも──」
「先輩! マジで! マジで大丈夫ですから! 私が怒られるだけですから!」
元はと言えばドラ子自身のうっかりで来る事になった試験である。
たまたま出会ったカワセミに身を切らせてまで合格しようという傲慢さは、流石のドラ子にもなかった。
切る対象が鳥の巣頭の野郎であれば少しは考えたが、彼も今日は基本ダンジョン技術者試験のほうに行っているだろう。常識的に考えて。
そう思えば、ドラ子がカワセミを止めるのは至極当然のことであった。
のだが、カワセミは表情に苦悩を滲ませつつ、ドラ子に微笑む。
「大丈夫よドラ子ちゃん。一人くらい急病で抜けて、仕方なく人員を補充したとしてもおかしくないのがこの試験だし」
「ほ、本当に大丈夫ですから」
カワセミの目は笑っていなかった。
ドラ子は名も知らぬ攻略サポート部の人を庇った。
ドラ子が自分は気にしてないと何度も主張し、ようやくカワセミが落ち着いたところで、ふと、ドラ子は思った。
「ところで、そのパーティを組む相手はまだ来てないんですね」
ドラ子が時間を確認すると、もうそろそろ試験開始の時間となる。
周囲を見ても、パーティの最終確認を終えて、あとはメンバーを登録してダンジョンに挑むかといった気概を見せているところだ。
だというのに、カワセミのパーティメンバーは一向に姿を見せない。
「確かに、ちょっとおかしい……一応連絡を────!?」
連絡を取ろうとデバイスを覗き込んだカワセミが硬直した。
直後、力の抜けた手からデバイスがすり抜け、地面に落ちたと思うと鈍い音を上げた。
ドラ子の目は落ちたデバイスに向けられ、その常人離れした視力は、うっかりデバイスに映されたメッセージを覗いてしまった。
曰く。
《ごめーん! 昨日飲み過ぎて今起きた的な? てか、ここどこ!?》
それと同時に、馬鹿そうな男四人組が、見知らぬ駅で変なポーズを取っている写真が続いていた。
というか、その四人に混じって顔面蒼白にしている鳥の巣頭くんの姿も見えた。
ドラ子の鳥の巣への好感度が500下がった。
もちろん、好感度を下げたのはドラ子だけではなかった。
「あの役立たずの酒カスどもぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
それは、ドラ子が初めて見たカワセミの怒りの慟哭であった。
好感度-500は『こいつ積極的に殺したいとまでは思わないけどありとあらゆる不幸が舞い込めば良いのに』と思える程度の好感度である




