14 継続お問い合わせ『冒険者が途中で帰ります』
◆前回までのお問い合わせ内容
このたび、貴社のSolomonをコアにインストールし、ダンジョンの経営を開始いたしましたところ想定外の事情が発生しております。
弊ダンジョンでは主にコンセプトとしてアンデッドを中心にモンスターを展開しており、冒険者達の成れの果てが住まう魔の洞窟という位置づけを目指しております。
ですが、弊ダンジョンを探索に訪れた冒険者達は何度か戦闘を行った際に、何故か探索を中断して帰ってしまいます。
ダンジョンのコンセプトでは冒険者たちの装備を手に入れ、それによって多彩な装備をもつアンデッドが出現する、筈なのですが現状ではそのような状態になっていません。
この冒険者達の行動は、Solomonのなんらかの不具合の可能性はありませんか?
もし、何らかの不具合が発生しているのであればご対応お願いします。
そうでないならば、どうすれば問題が解決するのか教えて頂けると幸いです。
『必要な情報を送付いたしました。引き続きご対応お願いします』
そのメッセージと共に、チケットが継続したのは、白騎士(仮)が情報取得依頼を提出して三営業日後のことだった。
その間にも簡易なチケットをいくつかこなし、少しだけ情報取得依頼のことを忘れかけていたくらいの時期である。
だが、継続チケットとしてアサインされた直後には、白騎士はその内容を思い出していた。
「ファイルを展開して、あったあった」
今手をつけていたチケットを一旦止めて、その内容だけさっと目を通しておく。
継続のお問い合わせに添付されていたファイルをダウンロードし、白騎士は要求したファイルが揃っていることを確認した。
ダンジョンの設定データに、各種ログファイル。とりあえず、エラーログだけはすぐに開いて、致命的な問題が発生していないかだけ見る。
「エラーの類は、無しか」
そのログファイルには、クリティカルな警告も、重要な注意喚起も出力されていない。
定期的に、ダンジョンのリソース容量が少し少なくなっていることを記すメッセージだけが淡々と流れている。
もちろん、不具合の全てでなんらかのエラーを吐くわけではないので、エラーログに出力がないからといって、即不具合ではないと断定することはできない。
しかし、少なくともSolomon側で想定されていない動作が起こっている可能性は減ったと言える。
緊急性という点では、チケットの優先順位は下がったと言って良いだろう。
だが。
「単純に気になりますね」
興味という点ではより優先度が増したとも言える。
解決の鍵は、新しく送られて来た『会話ログ』に隠されているのかもしれないのだから。
いずれにせよ、今はより優先度の高いチケットがある。
ログの確認に入るのは、それらを片付けてからだ。
───talkXXXX.danlog───
『やはり、妙だな』
斥候を務めていた軽装の男が呟き、立ち止まった。
その呟きを聞き、足音を立てぬ様静かに移動していた他のメンバーも足を止める。
合計四人。斥候、魔法使い、重戦士、僧侶といったパーティだ。
『まず壁が綺麗過ぎる』
軽装の男が注意深く壁を撫でた。
男の言葉に、ローブの女性が重ねて言う。
『それに、魔力的に不安定な箇所も見当たらないわ』
『なのにアンデッドか』
『ええ。普通、アンデッドが自然発生するなら、どこかに魔力の澱みや歪みがあるものだけど、今の所その気配が全く無い』
何かを探るよう、静かに目を閉じた女性がやはりと言った様子で首を振った。
そして斥候の男性と、ローブの女性は揃って同じ男性を見た。
リーダーらしき男性は、うむ、と頷く。
『人為的に作られたダンジョンの可能性か』
リーダーの声に異論を唱えるものはいなかった。
続けて、斥候の男性が今後の方針を尋ねる。
『探索を続行するか? ダンジョンの調査、及び可能なら攻略が依頼だったが』
『いや。やめよう。お前達もアンデッドの装備は見ただろう?』
その言葉に、それまで静かに話を聞いていた聖職者らしき女性が反応する。
『存在そのもとの比べて、明らかに穢れのない新品の装備でしたね。最弱のスケルトンが持つには不相応な』
『そこが一番怪しい。意図が読めない。偽装するならもっとボロを持たせる。警備のつもりならもっと強い魔物を生み出す。チグハグなんだ。下手に突っ込むのは止したほうがいい』
リーダーの判断に一向は頷き、警戒をより強めたままダンジョンを後にするのだった。
───talkXXXX.danlog終了───
「あ、これはだめだ」
ログを展開した白騎士は即座にそう判断した。
なるほど、これはSolomonのエラーが原因ではない。
エラーなど出るはずもない。
Solomonの術式は正しく作動している。ただ、正しく作動しているから、お問い合わせのお客様の目指すダンジョンとの乖離が進んでいる。
天然の洞窟を利用したわけでなく、Solomonの術式で何も考えずにデフォルトの通路や部屋を配置すれば当然、綺麗な壁になる。
洞窟の壁ではあるが、歪みや澱みのない、綺麗な岩肌に。
もちろん、普通のダンジョンであれば問題にはならないだろう。
だけど今回のダンジョンについてはそれが大いに問題だった。
ダンジョンマスターがどういった想定でダンジョンを作ったのかは詳しくは分からないが、アンデッドが彷徨う魔のダンジョンが、ピカピカのキラキラで良いとは思えない。
「デフォルト以外の壁だってあるのに……」
ログと一緒に出力してもらった設定情報を見れば、このダンジョンの問題は良く分かった。
壁はデフォルトの岩肌、アンデッドは魔力で生み出されるが、その装備はダンジョン開設のために買ったと思しき新品のそれら。
つまりこのダンジョンに出てくるモンスターは、負の念が凝り固まったアンデッドのくせに、キラキラの装備に身を包んだモンスター一年生なのだ。
きっと訪れた冒険者の目には、ここがおどろおどろしい魔の洞窟ではなく、新米ネクロマンサーが買ったピカピカの新居にでも見えたことだろう。
「……問題は分かりきっているけど、どう、回答すればいいのやら」
一つ一つの問題に対して、一つ一つ回答すれば良いのだろうか。
少し悩むも、結局白騎士はいつものように先輩に相談することにしたのだった。
──────
メガネ:不具合はないです。具体的なダンジョンの設計に関してはそっちで考えろ、で回答してください
白騎士:え、それだけですか?
白騎士:具体的に、装備を見直したり、壁の設定を変更したり、といった回答をした方が良いのではないでしょうか?
メガネ:ちょっと待って、口頭で説明する
──────
そして待つ事暫く、少しだけ言いにくそうな表情をしたメガネが白騎士のデスクへとやってくる。
開口一番、白騎士は尋ねた。
「具体的な解決法を答えてはいけないのでしょうか?」
「今回に限っては、いけないんです」
「それはどうしてですか?」
白騎士の尋ねに、メガネは白騎士のデバイスに記されている『お問い合わせ』の一文を指差す。
そこには『そうでないならば、どうすれば問題が解決するのか教えて頂けると幸いです』と表示されている。
「白騎士はこう問われているから、問題が解決する方法を教えようと思っているよね」
「はい」
「でも、俺達の回答で問題が解決する保証がどこにある?」
「…………え」
白騎士は言われて考え込む。
仮に、システムの不具合であれば、その不具合を解消する方法を回答するだけでいい。
ダンジョン内で完結する事象であれば、ダンジョン内での事象として処理もできる。
だが今回は、冒険者が寄り付かないという問題だ。もし、壁を変え、装備をボロボロにしたとしても、それで冒険者が寄り付いてくれるという保証は、確かにない。ないが。
「問題は、明白なんです。冒険者達の会話ログを確認すれば誰でも──」
「それはその冒険者達の個人の感想だ。重要なヒントにはなるだろうけど、全てのダンジョン侵入者に言えることじゃない」
「……はい」
「そもそも、既にそういった問題が冒険者達に露見しているダンジョンで、いきなり問題点を直してしまったらそれこそ怪しいだろ。ダンジョン開設後に設計上の問題を解決するのは基本的に困難だ」
言われて白騎士はハッとする。
あまりにも問題が明確だと思われたために、簡単なチケットだと思っていたが、そうではないのだ。
本来、ダンジョン管理で発生する様々な問題は、簡単な回答が用意されているものばかりではない。
今回の件も、これだけで解決する保証は、ない。
今からいきなり、スケルトンの装備をボロボロにして、壁を歪ませたところで、それじゃあこれまでのはいったいなんなのか、という新たな疑問が出て来てしまうからだ。
「こういう原因で事象が発生していると考えられる、までは教えても良い。だけど、こうすることで事象が解決する、と回答してはいけない。俺達はお客様のダンジョン設計にまでは口出ししない。それは設計サポートとか開発サポートの仕事だ」
「……でも、それは少し無責任な」
「違う。俺達が責任を持てるのは、それが保守サポートの範囲内である場合だけだ。その領分を越えたところまで責任を持とうとするほうがむしろ無責任なんだ」
頭では白騎士も納得できていた。
だけどどうしても、もう少しだけでもお問い合わせをしてきたお客様に寄り添いたいと思ってしまう。
彼か彼女かは知らないが、今、困っている人がいるのに手を差し伸べられないのは、嫌だ。
なんとなくだが、きっとこのダンジョンマスターも自分のように新人な気がした。それ故の勝手なシンパシーかもしれない。
「…………はぁ」
そんな白騎士の様子を見て、メガネの先輩は露骨にため息を吐いた。
それは、呆れを多分に含んでいたが、同時に「仕方ないなぁ」と言わんばかりの、諦めもまた含んでいた。
「……保守サポートとしての回答には含まないが、参考情報として、何かを教えて上げる分には問題はない」
「……参考情報、ですか?」
「そうだ。例えば、原因が明らかにOSにあると分かるお問い合わせでも、俺達はSolomonの保守サポートだから自分の管轄外のところで責任は持てない。だけど、参考情報として、そういうOSの問題があるから、そっちを当たってみたらどうですか? と提案するところまでは問題無い。だから、お前がどうしてもこのお問い合わせに真摯に向き合いたいなら、参考情報としてどうするべきかを回答すればいい」
「……先輩!」
「言っておくが、俺としては最初に言った通りの回答で問題ないと思ってるからな!」
そう吐き捨てるように言って、メガネは自分のデスクに戻って行った。
のだが、それからすぐSlash上で、白騎士の回答の参考になりそうな過去回答がいくつも送られて来た。
「ツンデレメガネ先輩……っ!」
そして白騎士の脳内ではメガネはツンデレメガネ先輩と呼ばれることになるのだが、それはまた別の話だった。




